特殊魔法は蜜の味

束原ミヤコ

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EP:4 セディ・アレグロ 1

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 お母様が亡くなって、新しいお母様とシシリアちゃんが家にやってきた。
 その辺りの記憶は結構曖昧だ。
 物心ついた時にはセディが私のそばにいて、本当のお母様は亡くなっていて、アルス様の婚約者に選ばれた私には厳しめの家庭教師がついていて、お父様と新しいお母様とシシリアちゃんは仲良しで、私はヴィヴィアン家の中では家族というよりは居候といった感じだった。

 それでもシシリアちゃんはよく私に懐いてくれていた。

 ――ごめんなさい、お姉様。本当は私が、なんとかできれば良いのですけれど、私はお父様に気に入られていなければいけないのです。

 ――泣かなくても良いのよ。シシリアちゃんのお母様は、身寄りのない方なのでしょう? ヴィヴィアン家から捨てられたら、寄る方がなくなることは知っているのよ。だから、気にしないで。

 私よりも小さいのに私に謝るシシリアちゃんを、私はよく、よしよしと撫でたものである。
 それに私は一人じゃなかった。
 私のそばにはいつもセディがいてくれて、生活に不自由はしないし、なんでも教えてくれたからだ。

 ――シシリアちゃんはどうしてセディが来ると、すぐに逃げてしまうの?

 ――私は、セディさんが怖いのです、お姉さま。

 理由はよくわからないのだという。
 シシリアちゃんは本当に言いたいことを全部言う子じゃないので、私も深くは聞かなかった。
 セディは優しいのに、どうしてなのかしら。
 そんな風に、思っていた。

「……ううん」

 今日も今日とてたっぷり寝た私。
 ふぁ、と欠伸をして、ぼんやりと天井を見上げる。
 懐かしい夢を見た気がする。子供の頃の夢だ。
 子供の頃のセディを思い出すと、今のセディと重なる。髪型が少し違うような気がするけれど、顔立ちは殆ど一緒。年齢も同じぐらいに見える。

 セディは老けないわよね。
 一体何歳なのかしら。

 二度あることは三度あるとはよく言ったもので、私はまたもやセディに回収してもらったみたいだ。
 流石に三度目ともなれば、アルス様に三倍量の魔法をかけたことが夢ではなかったと理解できる。

 ――それにしても、アルス様は何を言おうとしていたのかしら。

「おはようございます、セディ。今は朝だからおはようで良いのよね?」

「おはようございます、お嬢様。今は朝なので、おはようございますで大丈夫ですよ」

 ぱちりと目覚めた私が見たのは、豪勢に飾り立てられた部屋と『祝』と書かれた横断幕だった。
 いつもどおりのセディがベッドで横たわる私の隣に立っている。
 私はセディと部屋の様子を見渡して、首を傾げる。

「何かおめでたいことがあったのかしら。今日は私の誕生日だったのかしら」

 私の誕生日をお祝いしてくれるのは、アルス様のお手紙と、シシリアちゃんからの真心が籠もったちょっとした粗品と、セディが心を込めて作ったケーキやお食事と飾り立てられた自室と、張り巡らされたお祝いの横断幕というのが恒例だった。

 だからこのお部屋の様子にはとっても見覚えがある。
 でも、私の誕生日って今日だったのかしら。
 今日って何月何日だったかしらねぇと、私は寝起きの働かない頭で考えた。

「誕生日ではありませんよ、お嬢様。これは誕生日のお祝いではありません」

「そうなの。じゃあ、なんのお祝いなの? 建国記念日?」

「違いますよ、お嬢様。突然建国記念日に横断幕を掲げるようなことはいたしません」

「さっぱりわからないわ。何があったの?」

 アルス様の主に私のせいで発揮された三倍の激しさを全身で受け止めた翌朝にお祝いされるとか、よく分からない。
 前回から引き続きだとしたら、屋外でアルス様に魔法をかけたことについて怒られても良いようなものだけれど。

「見てください、お嬢様。アルス殿下から手紙が届いたのですよ。きちんと、王家の刻印付きです」

「まぁ、お手紙が」

 アルス様からのお手紙。
 あんなことがあった後なのだから、苦情の手紙かしら。

「なんて書いてあったの?」

「国王陛下と話し合いを行い、ユエル・アルファムとの話はなかったことに。婚約破棄も白紙とのことです。良かったですね、お嬢様。今日はお祝いです。婚約破棄解消祝いです。今日は授業もお休みの日なので、ゆるりと過ごしましょう、お嬢様」

「そんな……」

 私は頬を膨らませて、唇をとがらせた。

「酷いわ、セディ。アルス様は自分勝手なのよ。自分で婚約破棄とか言っておきながら、それがなかったことになんて、そんな勝手なことはないのよ」

「お気持ちは分かりますが、……今まで国王陛下や宰相の意向に粛々と従っていたアルス殿下が、ご自身のお父上や宰相達を軽く締め上げてご自身の意志を貫いたのですから、そろそろ許して差し上げたらどうでしょうか」

「締め上げたの?」

「ええ、そうらしいですね。昨日アルス殿下の植物魔法が城を半壊させたとの噂が耳に入ってきましたよ。今やお城は植物塗れ、至る所に薔薇が咲き、国王陛下や国王の側室たちがオブジェのように貼り付けにされているらしいです」

「怖いわね」

 私は自分の体を抱きしめて、ぞわっとした腕をさすった。
 今まで物わかりの良い感情の薄いアルス様で居た分、怒ったときはやっぱり悪魔になってしまうのね、きっと。

 感情というのはきちんと出していくべきよね。

 最近のアルス様は私に向かってちゃんと怒ったり、文句を言ったりしてくれているから、良かったわね。突然プチッと怒りをあらわにされたら怖いものね。もうすでに怖いけど。

「まぁそう言わずに。それにお嬢様、お嬢様はアルス殿下がお嬢様に行ったこと以上の酷いことをアルス殿下にしていますよね。やり返してあまりあるような非道なことを」

「何のこと? 酷いことなんてしてないわよ」

「……お嬢様の魔法をアルス様にかけたのでしょう?」

「ええ。かけたわ。それがね、セディ。凄いのよ、アルス様。三倍量にしても会話ができるのよ? 四倍でもいける気がするわね」

「なんて酷い……。お嬢様はアルス殿下を廃人にしたいのですか」

「違うわよ。アルス様も気持ちよさそうにしていたわよ」

「おかわいそうに。性懲りも無く野外で大変なことになっていたのは、そんな理由からだったのですね。私はまたも見物人達を眠らせて、夢だと思い込ませる羽目になったのですよ。そう度々アルス殿下とお嬢様についての淫夢を見てたまるかとは思うのですけれどね、仕方なく」

「そんなに見られていたの?」

「それは見ますよ。校外学習の時間でしたでしょう? そのような人気の多い場所で、あのように派手な行為を行っていては、それは見られますよ。隠す気がつゆほどもありませんでしたでしょう」

「それどころじゃなかったのよ」

「お嬢様のせいですよね」

「そうなのよ」

 頷く私に、セディは小さくため息をついた。

「そんなことよりもセディ」

「そんなことよりも、で済まされる事柄でもないのですけれど、何ですかお嬢様」

「なんとユエルさんは男の子だったのよ。ユールさんと言うそうよ。しかも光の大精霊なんですって。私には変態にしか見えなかったのだけれど、どうやらそうらしいのよ」

「……そうですか」

 私が興奮気味にセディに伝えると、セディは何故だか少しだけ遠い目をした。


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