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EP3:ユエル・アルファム 6
しおりを挟む悠久を生きるというのは――退屈との戦いである。
原初の世界は、瘴気のように濃い魔力に満ちた不毛の大地だった。
そこに光と闇、二人の精霊が生まれた。
一人はユール。
光の大精霊である。
明るく輝く真昼の世界を担う光の大精霊ユールと、その片割れである闇の大精霊は共に世界を練り上げた。
己の力を分け与えて、水や、樹木や、大地や、炎、風や雷、雨、雪ーーといった、様々な精霊を作った。
密度の高い魔力の塊である精霊たちは、不毛の土地を緑豊かな大地へと変えた。
川が流れ、木々がはえ、土地が豊かになると、動物が生まれた。
しばらく動物たちを眺めて暮らしていたユールと闇の大精霊は、退屈を感じた。
そうして、闇の大精霊が自分に似せた姿で人間の男を作り、ユールは美しい自分に似た姿の人間の女を作った。
男女は番い、瞬く間に増えていった。
大精霊たちの作り出した人間が増えるたびに、精霊たちは大精霊に敬意を払い、祝福を与えるようになった。
精霊から祝福を受けた人間たちは、それぞれ魔法が使えるようになった。
火や、水、樹や、風の力を使い、人々の生活はより豊かなものになっていった。
集落ができ、街となると、最も魔力の強いものが王として選ばれた。
二人の大精霊は王の前に姿を現すと、最初の祝福を与えた。
王は大精霊たちを敬い、それぞれに立派な神殿を建てた。
ユールは長い間、神殿で暮らしていた。
世界は安定していて、ユールにはもう為すべきことがない。
そのうち、若い娘が身を捧げに来るようになった。
ユールに娘を捧げることで、家が繁栄すると思う者が少なからず居たらしい。
拒む必要もなかったので、退屈を紛らわすために人と、人のように交わった。
最初はよく分からなかったが、何度も繰り返すうちに、怯えて怖がる少女たちが快楽に身を委ね、溺れ壊れる様を見るのが楽しくなった。
誰か一人を深く愛するようなことはなかったが、少女たちは愛らしい。
一晩の交わりで家に帰してしまうこともあれば、気に入った者は長く留め置いておく場合もあった。
けれど、それも飽きてしまった。
街は大きくなり、更に沢山の街や村が出来上がっていく。
魔法に頼りきりの生活をしていた人間たちは、便利な道具を作り出したり、採掘した燃料を動力源とした機械を開発し出したりと、目まぐるしい進化を遂げていた。
争いの火種はそこここにあるものの、大きな諍いは起こらない。
王国には、己は必要ないのかもしれないなと、ユールは考えた。
人々は過不足なく暮らしているように見えるのに、ユールのもとへと助けを求めに来る者たちは後を立たない。
その願いは様々だ。
切実なものもあれば、醜悪なものもある。
ユールは万能ではあった。
傷も病気も治すことができ、死の運命を待つだけの者も五体満足で快癒させることもできる。
けれどそれは、人の運命を捻じ曲げる行為なのではないか。
自分の存在が、人々の堕落を誘っているのではないか。
そう思ったから、神殿から姿を消した。
というのはーー半分で、半分は、神殿での生活に飽きてしまったからである。
退屈を紛らわすために、少女や、老婆や、爺、青年、少年、あらゆる姿になりながら、人に紛れて生きていた。
ユールは死ぬことができない。
できるのかもしれないが、試したことはない。
死にたいわけではない。
死にたくなるほどに、つまらないだけだ。
闇の大精霊が久々に姿を見せたのは、怠惰で堕落した日々を繰り返しているときのことだった。
姿形を変えて、女性たちが客として訪れる高級娼館で男娼の一人として生活していたユールの元へ、闇の大精霊が唐突に姿を現した。
今までどこで何をしていたのかよくわからないユールの片割れである闇の大精霊は、ずいぶん前に見たときと同じ柔和な表情を浮かべていた。
「――祝福を与える?」
提案されたことを、ユールは訝しい表情で繰り返した。
「ええ、そうです。私は長い間ずっと、私が祝福を授けるに足る人間を探していたのですが、ようやく見つけました。あの子はきっと、とても美しく育ちます」
「もう生まれているのか?」
「いいえ、まだ生まれてはいません。ですが、私にはそれが分かるのです」
「それは良かったな。それで、どうして俺も人間に祝福を与える必要がある?」
――私は人間に祝福を与えます。だから、ユール、あなたも一緒に祝福を与えましょう。
そう、闇の大精霊は言ったのである。
「もちろん、あの子は私のものです。名前ももう決めてあります。けれど、それだけではつまらないでしょう。私は退屈をしているユールが不憫でなりません。その気持ちは、私にもわかりますので」
「何をして遊びたいんだ?」
「私の加護を与えた子どもと、あなたの子供、どちらかがこの国を手に入れるかを、競いませんか?」
「国を手に入れるとは?」
「王国には、国王がいますでしょう。国王には息子がいます。その息子は王子と呼ばれていますね」
「その程度のことは知っている」
「私とあなた、どちらの祝福を持つ少女が、王子を手に入れることができるか、勝負しませんか?」
「それのどこが楽しいのか、俺にはわからん」
ユールは嘆息した。
昔から闇の大精霊は、同時に生まれた片割れとはいえ、何を考えているのかよくわからないところがある。
「手塩にかけて育てた愛娘が可愛いのは当然です。王国の人間の中で一番尊い存在が、己の娘を選ぶとしたら、それは祝福を与えた娘が理想通り可愛く育ったという証拠になるのではないでしょうか」
「つまり、どちらがより理想的な女を作り上げられるか、勝負したいと?」
「ええ、そうですね。かつて私は男を作り、あなたが女を作りました。それなので、私は未だ、女を作ったことがないのです。これが初めてなので、それはそれは理想的な愛らしい少女に育てるつもりでいます」
「……どうせ暇だ。付き合ってやろう」
熱心に語る片割れの話を聞いても、いまいちよくわからなかった。
けれど、ユールは退屈していた。
退屈しのぎぐらいにはなるだろう。
そして結局、ユールは誰にも祝福を与えなかった。
闇の大精霊――セディのように、己が祝福を与えるに相応しい者を探してみたが、誰も彼も、気に入らない。
なんせどんなに美しく育つ未来のある赤子でも、結局己の方が美しいと思ってしまうからだ。
そうしてユールは、己自身が王子とやらを手に入れてやろうと考えた。
ユエルという女に変身し、アルファム家の者たちの記憶を弄り、三女という肩書きを得た。
男に興味があるわけではないが、これは勝負だ。
絶対に勝つ。
そう自分に言い聞かせて、アルス・エルジールに近づいた。
「……しかし、ずいぶん愛らしく育てたものよな」
レティで遊んでいたら、件の王子に邪魔をされた。
アルス・エルジールはエルジール王家の第一王子だ。
エルジール王家とは、かつてユールを敬い大切に扱った者たちなので、どちらかといえばユールはアルスに甘い。
レティを奪い返すこともできたが、それはしなかった。
人と違い、ユールの時は、長い。
必死になる必要も、焦る必要もない。
林から姿を消して元の姿に戻ると、ユールはセディの元へ向かった。
セディはせっせと、アルスとレティの様子を見物している若者たちを、眠らせて回っているようだった。
「そうでしょう、そうでしょう。お嬢様は王国一愛らしいのですから、当然です。少々お馬鹿さんに育ってしまいましたが、それはそれで良しとしましょう」
ユールに背後から話しかけられても驚きもせずに、セディは満足気に頷いた。
――林の中で近づいてきたと思ったら、セディの大切な愛し子であるレティが、自分に魔法をかけてきたときは少々驚いた。
悠久の年月を生きているユールでも、あのような魔法をかけられたのは初めてだった。
弾き返すこともできたが、甘んじて受け入れた。面白かったからである。
レティは、愚かで単純で、素直で強かで、愛らしい。
まぁ、セディは己の片割れなので――趣味も似ているのだろう。
「俺は、あれが気に入ったぞ、セディ。しかしお前は、あれに厄介な魔法をかけているな」
「お嬢様は、まだまだ子供です。本当に愛する人が見つかるまでは、その体は清らかなままでいていただきたいのです」
「あぁ、だからこその、呪縛なのか」
なるほどなぁと、ユールは呟く。
レティの秘所に舌を差し込んだときに、魔力の気配を色濃く感じた。
どうも、いくら男を受け入れても、子種が体に張り巡らされた結界によって、受け入れられないようになっているようだ。
「お嬢様は愛し合っている男女の元へ、コウノトリさんが子供を運んでくると信じているのですよ。つまり、お嬢様が誰かを愛した時に初めて、私のかけた処女性の呪縛が弾け飛ぶことになっているのです」
「レティにろくでもない魔法を授けたり、妙な呪縛を施したりと、厄介な男だな」
「良かれと思って。あぁ、そろそろお二人を回収しなければ」
林の草むらで、見物人の若者たちがすやすや寝ている。
ぱんぱんと黒手袋に包まれた両手を払うと、セディは言った。
「そうそう、ユール。レティお嬢様がユールを好きだと思ったら、もちろんあなたがお嬢様を手に入れることができますよ。私はアルス殿下の可能性が一番高いと思ってはいるのですが、シャウラ先生も中々……」
「お前は?」
「私? 私がお嬢様に触れるなど、とんでもないことです」
セディはそう言って肩を竦めた。
本当にそう思っているのか、それともただの軽口なのか、ユールにはよくわからなかった。
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