特殊魔法は蜜の味

束原ミヤコ

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EP2:シャウラ・エルナト 11

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 ふ、と息を吐いた。
 熱が急速に引いていく。

 シャウラは教会の椅子に座り背中をゆったりと背もたれに預けて、天井を見上げる。
 柄にもなく、遊びすぎてしまった。

 レティ・ヴィヴィアンという生徒は、シャウラにとってはどこにでもいる女生徒の一人にしか過ぎなかった。
 精霊検査で少々引っかかるところがあったものの、毎年数多の生徒を調べているシャウラにとっては、大きな出来事ではなかった。

 八つほど年下の幼い頃から知っているアルス・エルジール第一王子の婚約者であるという認識はあったものの、ただそれだけだった。特に自分と何か関わり合いになるわけでもない。

 シャウラ・エルナトはエルナト神官家に生まれた。

 生まれた時から水の精霊の加護が強く、魔法反射の力についても卓越していた。

 何をやっても大抵は人並み以上にできてしまう。

 見目もまぁ、良いのだろう。

 女性からも男性からも、羨望の眼差しを向けられた。

 つまらないと思っていた。

 何もかもが。

 次期神官長として育てられたシャウラは、教会に訪れる街の人々の懺悔を聞き、許しを与える仕事を幼い頃から行っていた。

 少年時代のシャウラは少女のように可憐な見た目をしていた。
 そのせいもあったのだろう。
 皆がシャウラを天使か何かのように崇めた。

 シャウラになら、全てを曝け出すことができる。人々はそう考えたのだろう。
 後ろ暗いこと、捕縛されるほどではないけれど、眉を潜めたくなるような行為、裏切り、愛憎。

 そのような話を聞かされて、シャウラは表面上は微笑みながら、人間は愚かだと結論づけた。

 精霊の加護を持つ王国の人々は、善良な者ばかりではない。

 生とは無益。人は愚かだ。懺悔を聞き許しを与えても、過ちを繰り返す。

 学園に入学するころには、何に対しても興味がわかなくなっていた。

 刺激を求めるように遊郭に入り浸り、不義を働く人間の心理を理解しようと思い、恋人のいるものを誘惑した。女も男も気にせずに、誘惑して淫らな行為にふけり遊んでいると、シャウラの行動を見かねたのだろう。
 父から呼び出しを受けた。

 エルナト神官家のもう一つの役割を聞かされたのは、その時だった。

 ――シャウラ。お前は本来なら、私のあとを継ぐ。神官長になるお前は関わる必要がないことだった。だが、お前は退屈しているのだろう。ならば、お前にもう一つの道を与えてやろう。

 ――何のことですか、父上。

 ――お前は身体能力に優れ、反魔法にも優れている。水の精霊の加護のおかげで、相手の持つ力についても調べることが容易にできる。お前の力は、暗部向きだ。

 エルナト神官家のもう一つの役割。
 それは、王家の暗部である。
 教会というのは、様々な人々が懺悔に訪れる。それ故、情報が容易に集まる。

 真偽を調べ、暴き、場合によっては、罪に問えないけれど人々の害になるような者、危険な魔法を持ち捕縛さえ困難な者は、王命によって暗殺する。
 なるほど、それは楽しそうだと思った。

 そうしてシャウラは、学園を卒業すると王家の影となったのである。表向きは、教師ということになっている。

 教会での情報収集は未だ現役な父が行うことができる。
 学園もまた、貴族たちの情報を集めるためにはうってつけだった。

 教師の仕事も、暗部の仕事もシャウラの無聊を多少は慰めはした。
 それでも退屈は変わらない。

 このまま変わらない日々が続くのかと思っていた。
  
「面白かったなぁ」

 くすくす笑いながら呟いた。
 面白いと感じるなんて、いつぶりだろう。

 まさかこの自分に、あのような魔法をかけようとするなんて。
 単純で素直で、愚かで可愛い。
 性行為にさえ飽きてしまっていたのに、久々に興奮した。

「どうしようかな」

 アルスのことは別に嫌いじゃない。
 幼い頃に色々あって感情を閉じ込めているように見えた第一王子。
 そして、レティはその婚約者。
 けれど――

「僕の方が、気持ち良くできるのに、惜しいことをした」

 怯えながらも快楽に素直に従うレティの、愛らしい顔がもっと見たい。
 もう一度仕返しに来てくれないかなと、シャウラは笑いながら考えた。

 そうしたら、きっともう、逃さないのに。
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