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第十三章 最終章

第八十三話 先を越された

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 第八十三話 先を越された
 
 ブレイメン公国に春がやってきた。
 長い冬の間に積もった雪が解け、雪解け水が森を満たし川に流れ込む。
 悠々と流れる川は滝となり清浄な飲料水として人々と田畑を満たす。
 戦争で荒廃したブレイメン公国に笑顔が戻ってきた。
 動員解除された兵士は家に戻り畑を耕す。
 そして今年から新しい農業が始まる。
 水田を使った米作りだ。
 
 勿論困難は承知だが、幸いブレイメン公国の夏は日照量はあるし寒冷地に適した稲を日本から持ってきたので可能だろう。
 早速稲作の研究が始まる。
 アカネが農林水産省の発行した農業書を片手に研究と実験を行っている。
 今すぐは無理でも数年後にはきっと稲穂がブレイメン公国の水田を黄金色にしているはずだ。
 そしてフリッツ君と竜騎士達が凱旋してきた。
 盛大なお祝いが行われ、戦功をあげた竜騎士の叙勲や褒章が行われる。
 俺も家族もアカネもいる。
 しかしフリッツ君は叙勲を断った。
 何故だろう。
 そして思いがけない一言を述べた。

 「私はアカネを妻に迎えたいと思います」
 
 その言葉に一同唖然とした。
 だってフリッツ君は公子で将来の大公になる人だ。
 その人の口から異世界人であるアカネを妻にしたいと言ったのだ。
 オットー大公は唖然とした後、自慢の赤い顎髭を震わせながら怒りに身体を震わせた。
 確かにアカネはミナセ侯爵、つまり俺の妹だから家柄的には問題ない。
 だが子供を授かるかわからない。
 俺とクリスの間に未だ子供はいないのだ。
 そして公子は何人も側室を持って子供を作らないといけない。
 その役目を放棄したのだ。
 だがフリッツ君は自信ありげに答えアカネの手を取りオットー大公の前で膝をつく
 
 「アカネはすでに妊娠しております」
 
 ちょちょちょちょっとまてええええ!?
 お前らいつの間に!?
 ていうかいつヤッタ!?
 逆算すると冬になる寸前にフリッツ君が一時帰国した時になるが、その帰りにアカネの所に寄った事になる。
 アカネが妊娠? 俺はクリスと顔を見合わせる。
 
 「アカネ、フリッツその……おめでとう」
 
 「ありがとうございます」
 
 「それで男の子か女の子どっちだ?」
 
 「まだわかりません」
 
 いやまあ確かにアカネは美人でスタイルもいいし、フリッツ君は美少年だからそういう関係になるのもわからないでもないが……。
 でもちょっと早すぎない? いやこの世界だと普通なのか? 俺が戸惑っている間にオットー大公がフリッツ君に掴みかかる。
 
 「お前は大公家を捨てるのか! その子が無事に生まれるとは限らないのだぞ!」
 
 オットー大公は怒鳴り続ける。
 フリッツ君は立ち上がり堂々と答えた。
 
 「父上、私はアカネを愛してます。他の女性を愛する事など出来ません」
 
 その言葉に俺は感動した。
 自分の妹をこんなに大切にされて嬉しくない訳がない。
 でもまだフリッツ君は子供だしさ、もうちょっと大きくなってからでよくないかな? 
 クリスも困惑していた。
 だがフリッツ君の真剣な眼差しに何も言えなくなる。
 そしてアカネはオットー大公の怒りを正面から受け止め、堂々と自分の考えを述べる。
 
 「私の戦功全てと引き換えにお願いいたします。アカネを妻にする事を認めてください」
 
 フリッツ君はアカネの手を取ったまま引く気は無いようだ。
 オットー大公は玉座に座り直し言う。
 みんなフリッツ君が成人した後に誰を妃にするか悩んでいたのだが、全ての戦功と引き換えとまで言われたら断る事などできはしない。
 フリッツ君が南部属州であげた戦功でブレイメン公国は救われたようなものだからだ。
 
 「意志は変わらぬのだな?」
 
 「変わりません」
 
 「アカネはどうだ」
 
 「フリッツ公子と添い遂げます」

 「ならば正式な婚儀はアカネが無事に出産してからとする」
 
 オットー大公としてはぎりぎりの妥協点だ。
 二人が愛し合うのはわかったが、生まれてくる子供が健康かどうかはわからない。
 この世界では沢山子供が生まれて半数が生まれて五年以内に死ぬ。
 だから沢山の子供を産む事は大公家にとってとても重要な事だ。
 クリスにも数人の弟と妹が生まれたが無事に育ったのはクリスとフリッツ君だけだ。
 もしアカネが女の子を産んで無事に育てば女大公として有力貴族と結婚する事になる。
 健康な男子なら竜騎士に育てられる。
 つまり戦死率が高いので男子は多い方がいい。
 二人の間に生まれる子が男子で無いことを祈る。

 ◆◆◆
 
 俺とクリスはベッドに腰かけて苦笑する。
 まさかお互いに年下の兄妹が先に親になるなんて予想外だったからだ。
 だがクリスは上機嫌だ。
 異世界人のアカネとフリッツ君の間に子供ができるということは、俺とクリスにも子供が出来るという事だからだ。
 といっても未だに授からない。
 毎晩頑張っているのだがなあ。
 
 「しかしあの二人いつの間に」
 
 苦笑する俺にクリスが頭を撫でてくれる。
 俺がシスコンなのを承知で結婚したのだから今更隠す気は無いが、アカネが結婚するというのはなかなか辛いイベントだ。
 まさかなあ。
 寂しい。
 
 「ハヤトはアカネの夫がフリッツでは駄目なのか?」

 「いやとんでもない。むしろ良かったと思っているよ」
 
 「その割には落ち込んでいるが?」
 
 「絶対幸せにしてくれるって思ってるけど寂しいものは寂しいんだよ」
 
 「それだけアカネに愛されているという自信が無いのか?」
 
 「そりゃ……フリッツ君なら幸せにしてくれるだろ」
 
 我ながら情けない。
 でもなあ。
 俺はクリスのお腹を優しく撫でる。
 
 「ハヤト、くすぐったいぞ」
 
 「ごめん。でも俺頑張るからさ」
 
 「そうだ頑張ろう。ハヤトも自分の子を抱けば寂しさも紛れるだろう」
 
 俺たちはまだ子供を作る事を諦めていない。
 いつか生まれてくる俺とクリスの子供の為に。
 ブレイメン公国全ての人々の為に俺は頑張らなくちゃいけない。
 そして俺はある計画を実行に移した。
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