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第十二章 血と暴風

第七十七話 南部属領独立

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 第七十七話 南部属領独立
 
 二十万の大軍を擁する帝国軍は兵を四つに分けた。
 ワシリー大将、ボイス大将、ドミトリー大将、アナトリー元帥。
 それぞれ五万の兵力を率い反乱軍を一隊が正面から引き付けもう三隊で包囲しようとしたのだ。
 これに対してフリッツは反乱軍を騎兵三千人と歩兵四万七千人の二つに分け、歩兵でまず敵の五万人を引き付け残りの三千人の騎兵で打って出る作戦を立てた。
 竜騎士に先導された騎兵は帝国軍の騎兵に見つからないように街道を外れた山中の間道を進む。
 この間道はあらかじめフリッツが率いる竜騎兵が見つけていたものだ。
 
 アルスラン帝国もこの間道の存在は知っていたが、せいぜい数十騎が通れると判断していたので伝令の騎兵を配置しただけだ。
 その伝令が尽く竜騎士に殺されたなど知るはずもない。
 フリッツが率いる騎兵三千人と竜騎士二百人は間道を通り帝国軍の背後に迫る。
 狭い間道を流れる水のように騎兵を統率して走破させたフリッツの采配に、かつて病弱だった少年時代のフリッツを知っていた竜騎士達は立派な騎士に育った姿を見て感慨深く泣く者までいる。
 その頃反乱軍主力の四万七千人は苦戦していた。
 抵抗むなしく四方向からの包囲にあい敗走寸前だ。
 そこにフリッツの竜騎士と騎兵が背後から襲い掛かかったのだ。
 
 フリッツの用兵はまさに神がかり的なものだった。 
 奇襲に驚いたワシリー大将の率いる五万の帝国軍は、背中からの一刺しで命令系統をズタズタにされ、指揮官のワシリー大将が混戦の中で戦死。
 フリッツはそのままワシリー大将の軍を左側面から粉砕していく。
 けして立ち止まらない。
 包囲される前に陣を切り裂き帝国軍を蹴散らしていく。
 
 事態に気が付いたボイス大将が反乱軍を包囲している陣形から、防御陣形に変更する寸前にフリッツ達竜騎士が矢のように突入した。
 激しい混戦の間に騎兵隊も突入し大混乱を鎮める間もなく内部崩壊する。
 逃げる兵が口々に『負けだ負けだ!!』と叫び出す。
 この兵たちは前もってフリッツが忍び込ませていたスパイで、混乱を助長する為に叫び続ける。
 
 『ブレイメンの青い竜騎士が来たぞ!!負けだ負けだ!!』
 
 フリッツは自分の名前を最大限利用し、スパイを通じていかに自分が負け知らずの無敵かと言いふらしていた。
 そして実際に負け知らずだったのも幸いした。
 帝国軍兵士に忠誠心は無い。
 ほとんどが徴兵された南部属州の民で上官の帝国軍人を憎んでさえいた。
 ブレイメンの青い竜騎士と戦って死ぬより彼らは敗走。
 というか逃亡を選んだ。
 
 「敵将ボイス大将とお見受けした。ブレイメン公子フリッツ参る!!」
 
 その頃ボイス大将とフリッツは混戦の中で切り結ぶが数合の剣を交えただけでボイス大将の首はフリッツの手に落ちた。
 主力の二つの軍団を失った帝国軍は戦意を失い後退する。
 しかしフリッツは後退する暇を与えず竜騎士と騎兵で側面を突くと、正面で戦っていた反乱軍と連携して半包囲の体勢から逆撃を開始した。

 ◆◆◆
 
 「ワシリーとボイスが戦死だと!?」
 
 「すぐに退却するべきです!!」
 
 ドミトリー大将の言葉をアナトリー元帥は唖然として聞いていた。
 自分たちは四倍の戦力で戦っていたはずだ。
 しかも相手は訓練も行き届いていない烏合の衆だったはずだ。
 それがなぜ自分たちが追われる立場になっているのだ。
 
 アナトリー元帥には何が起こっているのかわからなかった。
 元々無能とはいえ流石にこれは理解しがたい。
 その間に続々と中将や少将などの高級将官が戦死したとの報告が入る。
 アナトリー元帥は唖然としたまま退却の命令を下した。
 
 ◆◆◆
 
 戦場は歓声に包まれていた。
 四倍の敵を相手に勝利し敵軍の大半は逃亡するという大勝利だったからだ。
 そのなかで、もっとも快哉と歓声を浴びているのはフリッツ公子だ。
 父親から病弱を理由に公子から外されそうになった少年は、姉のクリスから惜しみない愛情を注がれて育ち今栄光を手に入れた。
 だがそれを南部属領の元王族ラケシュは忌々し気に見ていた。
 
 (本来ならあの歓声は儂が受けるものだ。なぜあんな小僧がこれほど褒めたたえられる)
 
 その視線にフリッツは気が付いていた。
 フリッツは尊敬する義兄さんのハヤトに、くれぐれも栄光を独り占めしてはならないと戒められていたのだ。
 もしフリッツが望めば南部属州の王にもなれただろう。
 だがフリッツにそんな野心はない。
 だが野心があるかどうかが問題ではない。
 フリッツを神輿にして、自分の地位を得ようという輩はどこにでもいるのだ。
 
 「ラケシュ様」
 
 そう言ってフリッツは膝を折ってラケシュに礼を取る。
 その光景はまるでラケシュに忠誠を誓う騎士のようだった。
 フリッツにそんな態度で接せられたラケシュの方こそ驚く。
 彼はまさにフリッツをどのように扱うか決めかねていたのだ。
 
 「私の役目は終わりました。是非この地の王としてご即位ください」
 
 そしてフリッツは深く頭を下げる。
 自分でも演技過多かなと思いつつ、何度もハヤトにこの練習をさせられた事を思い出してクスリと微笑んだ。
 ラケシュはそんなフリッツの態度に戸惑いを隠せない。
 彼はアルスラン帝国の属領の貴族として生きてきたのだ。
 その自分が王になっていいのだろうか?
 そんな迷いがラケシュの心をよぎる。
 
 「ラケシュ様」
 
 そんな迷いを察したかのようにフリッツは優しく語り掛ける。
 ここから先を間違うとラケシュの反感を買ってしまう。
 それだけは何があっても防がなくてはならない。
 
 「ラケシュ様は反乱軍の盟主です。そしてかつての王族の貴方が王になる事に何の問題があるでしょうか?」
 
 フリッツはラケシュの心の中を見透かすように語り掛ける。
 見透かしているのはハヤトなのだがフリッツにも元々野心などないのだ。
 本心を言えばさっさと帰ってアカネとダンスをしたかった。
 アカネはこんな僕を見てどう思うだろう?
 アカネが暮らしていた日本は戦争とは無縁な平和な国と聞いている。
 そんな国で生まれ育ったアカネは、戦場で沢山の人を殺した僕をどう思うだろうか。
 小さな幸せが如何に大切なことかフリッツはよく知っていた。
 
 「貴方が王になる事に反対するものなどおりません」
 
 その言葉が決め手になった。
 ラケシュは跪きフリッツの手を取ると、その手を額に当てる。
 先ほどまでの歓声がラケシュを包む。
 ブレイメンの青い竜騎士が頭をさげるのだ。
 ラケシュはきっと素晴らしい人物に違いない。
 そう思わせたフリッツ一世一代の演技だった。
 
 「よくぞ申してくれたフリッツ殿。儂の国とそなたの国は永遠に同盟国だ」
 
 こうして南部属州の独立が宣言されたのだった。
 そしてブレイメン公国が香辛料交易の特権を得た瞬間でもあった。
 自国の領地を増やすより交易の利益を優先する。
 ブレイメン公国は徹頭徹尾、商売を優先するのだった。
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