上 下
73 / 84
第十二章 血と暴風

第七十三話 内なる敵

しおりを挟む
 第七十三話 内なる敵
 
 最初の総攻撃に失敗してから帝国軍の動きが鈍くなった気がする。
 ブレイメン要塞が予想外の堅牢さを誇るので攻めあぐねているのだろう。
 とはいえこちらもまったく無傷という訳にはいかない。
 帝国軍に悟られないように慎重に隠しているが、こちらの損害も大きい。
 人員だけでなく武器の消耗が激しいが、フリッツ君の所に武器を送り続けなくてはいけないのでこちらにしわ寄せがきているのだ。
 最近の会議で武器の不足を聞かない日は無く、それは武器の製造と輸送を担う俺への直接抗議となって表れている。
 
 「このままでは矢が尽きる。連弩がどれだけの矢を消費するかわからぬハヤト侯爵ではあるまい。なぜ矢が届かないのか!!」

 要塞司令官シュタインホフ元帥が名指しで俺に不満をぶつける。
 シュタインホフ元帥にもフリッツ君の作戦は秘密なので、彼から見れば当然武器が足りない事の不満が出る。
 まさかアルスラン帝国南部諸州に武器を横流ししているとは言えない。
 今頃アカネは毎日必死で鉄を作り武器にしているはずだ。
 だが矢が不足しては戦えない。
 
 「現在ブレイメン公国は全力で武器の生産を行っている最中であり、遠からず補給物資と共に到着するはずです」
 
 「その前に要塞が落ちていなければよいがな」
 
 シュタインホフ元帥の返答に俺は内心怒りを抑えながらも耐える。
 けして彼らが悪いわけではない。
 各部署全員必死に使命を果たそうとしているだけだ。
 それがわかるから辛い。

 ◆◆◆
 
 会議のあと、俺は要塞内の執務室の机に突っ伏していた。
 誰も悪くないのに状況だけが悪くなっていく。
 だが俺はこの要塞を死守しなければいけない。
 この要塞が落ちればブレイメン公国の国民全員が悲惨な末路を辿る事になる。
 だから俺は耐えねばならない。
 たとえそれがどんなに辛い事でもだ。
 とはいえ俺も人間だ。
 ストレスで胃に穴が開きそうになっている。

 「あ~もうヤダヤダヤダ。なんでこうなるんだよ」
 
 駄々をこねる俺を呆れた顔で見るクリス。
 ため息をついたクリスが俺の顔を抱きしめてくれた。
 柔らかな胸の感触と温もりに癒される。
 そして優しく俺の頭をなでるクリスの掌が心地よい。
 俺は疲れていたんだなぁと思いながら、クリスを抱きしめて目を瞑った。
 
 しばらくしてから目を覚ますと俺はベッドに寝かされており枕元にはクリスがいてくれた。
 
 「悪い。どれくらい寝てた?」
 
 俺はクリスに尋ねると彼女は俺の頭を優しくなでながら答えた。
 
 「二時間くらいだ」
 
 そんなに寝ていなかったらしい。
 だが心が安らぐ良い夢が見れたので疲れは癒えた。
 大きく伸びをする。
 体のあちこちが痛いのは毎日陣頭指揮をしているからだ。
 いつ攻撃があるかわからないので緊張が続く。
 心と身体は別々のものでは無くコインの表裏のようにくっついている。
 心が不調だと身体も不調になるのだ。
 ただひたすら俺の神経を蝕んでいるのはフリッツ君の送ってくる手紙の内容だ。
 
 「フリッツ君からの手紙は!?」
 
 俺はベッドから出てクリスに聞いた。
 自分では気が付かなかったが口調がきつかったらしい。
 クリスは少しだけむくれつつも俺の心情を察してくれたようだ。
 愛妻にイライラをぶつけてしまった自分の不甲斐なさに涙が出そうになる。
 
 「まだだ」
 
 「すまない。クリスに当たっても仕方がないな」
 
 「そんなことは無い。私達は夫婦だ。ハヤトが他人に見せられない所をみるのも妻の特権だ」
 
 「ごめんな」
 
 「ハヤトには感謝している。フリッツがもっと早く反乱を成功させればと思っていても口に出さない」
 
 「そんなことは無い。フリッツ君は一生懸命やってくれている」
 
 正直に言うとフリッツ君がまだ成功しないのは能力不足だったのではと思うときがある。
 そんな思考になってしまうのは、かなり追い詰められている証拠だ。
 俺が代わりに行けばよかったのではないか。
 そんな考えをしたことも一度や二度ではない。
 
 だがそんな事はできない。
 南部諸州の反乱はブレイメン公子フリッツと彼の率いる竜騎士にしかできないし、この要塞の守備も俺にしかできない。
 もし入れ替わったら両方失敗するだろう。
 わかってはいるんだ。
 
 俺は執務室に移動して机に座るとペンを走らせた。
 内容は現在の戦況についてだ。
 そしてフリッツ君に送る手紙の文面も書き始める。
 
 『フリッツ君へ。こちらは現在帝国軍と一進一退の攻防が続いている。すぐに落ちるという事はないだろうが武器の不足で戦局は厳しい。だがそちらに送る武器を減らすことはしない。フリッツ君が失敗すればブレイメン公国は終わりだからだ。頼む。一日でも早く任務を成功させてくれ。君を愛する義兄ハヤト』
 
 手紙を書き終わった直後だった。
 
 「敵襲です!!」
 
 見張りの兵が叫ぶ声が聞こえた。
 俺はすぐに椅子から立ち上がり、机の上に置かれた兜をかぶり外に飛び出した。
 
 「敵はどこだ?」
 
 俺はクリスに尋ねた。
 すると彼女は望遠鏡を渡してくれる。
 それを使って方向を見ると確かに帝国軍が攻めてきていた。
 敵の数は少なく数百人程度だ。
 これなら今の兵力で十分撃退できるだろう。
 だが油断は禁物だ。
 敵は少数でも侮れない相手である事を俺たちは身に染みている。
 
 「敵の罠の可能性が高い。すぐに警戒を」
 
 俺は各部署に指示を送ると望遠鏡で敵の動きを監視した。
 すると敵はこちらの予想に反して要塞からかなり離れた位置で止まった。
 そしてそのまま動かない。
 
 「どういうことだ?」

 俺が疑問を口にすると同時に敵の指揮官らしき男が馬に乗って現れた。
 筋骨隆々の体格をした五十代の将軍で強面の顔には、貴族出身らしからぬ戦場で片目を失った傷が刻まれていた。
 彼は俺を見ると叫ぶ。
 
 「我はアルスラン帝国軍クリーク大将である!!ブレイメン公国の臆病者どもに告げる。直ちに降伏せよ。アルスラン帝国は寛大である!!」 

 ……何を言っているんだ?
 馬鹿な事を。
 あんなコケ脅しに屈するわけがないだろう?
 
 「もう一度だけ言う!!アルスラン帝国は寛大である!!直ちに降伏せよ!!」
 
 何度言われても無駄だ。
 俺たちが皆そう思った時だ。
 俺たちが予想もしなかった事が起きた。
 要塞から火の手が上がったのだ。
 
 「何だ!!何が起こった!!」
 
 敵将クリークの高笑いが聞こえた気がした。
 俺たちは一枚岩ではなかったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...