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第十二章 血と暴風
第七十一話 攻防ブレイメン要塞
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第七十一話 攻防ブレイメン要塞
その夜、俺は定期的に入ってくる敵偵察部隊の報告を受けていた。
数日おきに報告され撃退、もしくは捕虜にした偵察部隊の動きから近日中の攻勢はあると思っていたが、全軍での攻撃があるとは思っていなかったのだ。
常識で考えれば兵糧や物資の備蓄がない軍隊は行動できない。
だが捕虜の証言によればアルスラン帝国は近隣属国から、非人道的手段で略奪した食料を備蓄していると報告が入っていた。
用心して警戒レベルを上げていた要塞前面の森林や山岳から、敵兵が山に登ってきているという報告が入ったのは深夜だ。
俺とクリスはすぐに鎧に着替えて要塞内にある司令部へ向かう。
司令部には要塞防衛司令官のシュタインホフ元帥と幕僚が集まっていた。
「これは明らかな攻撃です。直ちに戦闘準備を命令するべきです」
俺がそう言うとシュタインホフ元帥は腕汲みして考えている。
アルスラン帝国は積極的な偵察を行う事で知られている。
偵察部隊が実際に小規模な戦闘を行って相手の力量を探るという、攻撃過多な偵察だ。
今回もそれではないかという疑問がある。
それにいくら近隣属国から食料を略奪したとはいえ、アルスラン帝国軍十万の将兵を数週間戦わせるほどの食料が集まるとは思えなかった。
だが俺たちは敵将クリーク大将の残忍さを理解していなかったのだ。
「帝国軍が小規模の夜襲を仕掛けてくる事は多い。過敏に反応して将兵を疲れさせるのは如何なものか?」
シュタインホフ元帥の考える事は正しい。
わざと毎晩、夜襲のような騒ぎを起こしてこちらを眠らせないようにして兵を疲れさせる。
これは古今東西で使われた戦法だ。
それに帝国軍は食料や物資が不足している。
大規模な攻撃は出来ない筈だ。
だが俺は嫌な予感がした。
これは本格的な攻撃の可能性だという疑惑が頭をよぎった。
「クリス。竜騎士を率いて敵軍の偵察をしてくれないか?」
「わかった。シュタインホフ元帥はそれでよろしいかな?」
クリスは頷いてシュタインホフ元帥を見る。
命令系統トップはシュタインホフ元帥が長なので、俺は副将クリスは予備軍という形なのでシュタインホフ元帥の許可がいるのだ。
いくら俺が侯爵でクリスが公女だといえ命令系統を守らない軍隊など役に立たない。
ナポレオンも『一人の愚将は二人の名将に勝つ』と言っている。
古今東西、司令官が二人いて命令系統が混乱した挙句負けた軍隊は数知れない。
「安全が確認できるまで要塞に戦闘準備を命令するというのでどうでしょう?」
俺はシュタインホフ元帥にそう提案してみた。
シュタインホフ元帥は頷く。
「そうしよう。直ちに要塞全てに戦闘準備を命じる」
シュタインホフ元帥の命令に幕僚たちが敬礼して各部署に伝令を走らせた。
これが長い戦いの始まりだった。
◆◆◆
「総員起こせ!!直ちに戦闘配置!!」
見張りの兵が叫ぶと同時に要塞内に警報が鳴り響く。
俺はクリスと数十人の竜騎士と共に要塞の屋上に上がる。
厳しい訓練ですぐに戦闘配置に入った要塞は静まり返っている。
風は無く雲が月夜を覆い絶好の夜襲日和だ。
「行ってくる」
「頼むよクリス」
俺とクリスはキスをして別れる。
クリスと竜騎士隊は要塞から飛び立った。
足にはいつものランチャーを装備したドラゴンに跨ってクリスの私兵の女性竜騎士たち。
ほとんどの竜騎士はフリッツ君とアルスラン帝国の南部諸州に遠征したから、ブレイメン公国に残った貴重な竜騎士だ。
ランチャーにはパラシュートが付いた油瓶が入っており、すぐに燃え尽きないように縄に浸した油が燃えて空中でマグネシウム粉と硝酸ナトリウムの混合物に点火。
数分間空中を漂う仕組みになっている。
本当は本格的な照明弾が作りたかったが信管が作れないので断念した。
十分くらいしたころだろうか。
空中で投下された照明弾が辺りを照らす。
これは敵襲の合図だ。
公国軍将兵は帝国軍が連弩の射程範囲に入るまで待つ。
やがて照明弾で発見された事に気が付いた帝国兵が巨大な咆哮と化した叫び声をあげて要塞前面に殺到した。
「戦闘用意!!」
各部署の指揮官に命令が伝わる。
軍隊ラッパが吹き鳴らされ皆が一斉にトーチカと塹壕内で連弩を構えた。
緊張した空気で肺が詰まりそうだ。
しばらくして鉄条網の前面に掘られた空堀に人が落ちる音と悲鳴が響き渡る。
空堀の中にはすぐに抜けないように反り返った刃がついた槍が並べてあった。
そして空堀に敵兵が落ちた瞬間、射程距離に入ったという合図のラッパが吹き鳴らされる。
「撃ち方始め!!」
軍隊ラッパが高らかに吹き鳴らされると同時に連弩から一斉に矢が放たれる。
上空にいる竜騎士から絶え間なく照明弾が投下され敵兵の姿を映し出した。
双方激しい矢合戦が繰り広げられた。
帝国軍の矢も物凄いが尽くコンクリート製のトーチカに防がれて損害はほとんどない。
逆に公国側の連弩は物凄い勢いで帝国兵を射殺していく。
帝国軍の支援部隊が重投石器で巨大な石をトーチカに放つが鉄筋コンクリート製のトーチカはびくともしない。
降り注ぐ石の雨が帝国軍将兵の頭上から降り注ぎ味方の被害を増していく。
「なんてこった。奴ら味方ごと俺たちを潰す気だ」
俺は帝国軍の非人道的な戦法に戦慄した。
帝国軍にとって将兵の損害は気にしなくていい範囲らしい。
俺は敵ながら帝国兵に哀れさを感じていた。
数か所鉄条網を突破されるが突破口に向けて連弩の矢が集中攻撃して、帝国兵の屍の山が築かれた。
帝国軍は大楯を構えて矢を防ぐが密集した所を攻城重弩の巨大な矢で貫かれ大損害を受ける。
あちこちで断末魔の叫びが聞こえた。
戦闘後の事を考えると頭が痛い。
できるだけ敵兵の救護を行うつもりだが、その余裕があるかどうか。
戦闘は朝まで続きその光景が映し出される。
ハリネズミのように矢を受けて死んでいる数千の敵兵の屍。
まさに地獄絵図という光景が目の前に広がり公国軍兵士に嘔吐者が続出した。
数時間における死闘で帝国軍は三千人の死傷者を出し撤退した。
その夜、俺は定期的に入ってくる敵偵察部隊の報告を受けていた。
数日おきに報告され撃退、もしくは捕虜にした偵察部隊の動きから近日中の攻勢はあると思っていたが、全軍での攻撃があるとは思っていなかったのだ。
常識で考えれば兵糧や物資の備蓄がない軍隊は行動できない。
だが捕虜の証言によればアルスラン帝国は近隣属国から、非人道的手段で略奪した食料を備蓄していると報告が入っていた。
用心して警戒レベルを上げていた要塞前面の森林や山岳から、敵兵が山に登ってきているという報告が入ったのは深夜だ。
俺とクリスはすぐに鎧に着替えて要塞内にある司令部へ向かう。
司令部には要塞防衛司令官のシュタインホフ元帥と幕僚が集まっていた。
「これは明らかな攻撃です。直ちに戦闘準備を命令するべきです」
俺がそう言うとシュタインホフ元帥は腕汲みして考えている。
アルスラン帝国は積極的な偵察を行う事で知られている。
偵察部隊が実際に小規模な戦闘を行って相手の力量を探るという、攻撃過多な偵察だ。
今回もそれではないかという疑問がある。
それにいくら近隣属国から食料を略奪したとはいえ、アルスラン帝国軍十万の将兵を数週間戦わせるほどの食料が集まるとは思えなかった。
だが俺たちは敵将クリーク大将の残忍さを理解していなかったのだ。
「帝国軍が小規模の夜襲を仕掛けてくる事は多い。過敏に反応して将兵を疲れさせるのは如何なものか?」
シュタインホフ元帥の考える事は正しい。
わざと毎晩、夜襲のような騒ぎを起こしてこちらを眠らせないようにして兵を疲れさせる。
これは古今東西で使われた戦法だ。
それに帝国軍は食料や物資が不足している。
大規模な攻撃は出来ない筈だ。
だが俺は嫌な予感がした。
これは本格的な攻撃の可能性だという疑惑が頭をよぎった。
「クリス。竜騎士を率いて敵軍の偵察をしてくれないか?」
「わかった。シュタインホフ元帥はそれでよろしいかな?」
クリスは頷いてシュタインホフ元帥を見る。
命令系統トップはシュタインホフ元帥が長なので、俺は副将クリスは予備軍という形なのでシュタインホフ元帥の許可がいるのだ。
いくら俺が侯爵でクリスが公女だといえ命令系統を守らない軍隊など役に立たない。
ナポレオンも『一人の愚将は二人の名将に勝つ』と言っている。
古今東西、司令官が二人いて命令系統が混乱した挙句負けた軍隊は数知れない。
「安全が確認できるまで要塞に戦闘準備を命令するというのでどうでしょう?」
俺はシュタインホフ元帥にそう提案してみた。
シュタインホフ元帥は頷く。
「そうしよう。直ちに要塞全てに戦闘準備を命じる」
シュタインホフ元帥の命令に幕僚たちが敬礼して各部署に伝令を走らせた。
これが長い戦いの始まりだった。
◆◆◆
「総員起こせ!!直ちに戦闘配置!!」
見張りの兵が叫ぶと同時に要塞内に警報が鳴り響く。
俺はクリスと数十人の竜騎士と共に要塞の屋上に上がる。
厳しい訓練ですぐに戦闘配置に入った要塞は静まり返っている。
風は無く雲が月夜を覆い絶好の夜襲日和だ。
「行ってくる」
「頼むよクリス」
俺とクリスはキスをして別れる。
クリスと竜騎士隊は要塞から飛び立った。
足にはいつものランチャーを装備したドラゴンに跨ってクリスの私兵の女性竜騎士たち。
ほとんどの竜騎士はフリッツ君とアルスラン帝国の南部諸州に遠征したから、ブレイメン公国に残った貴重な竜騎士だ。
ランチャーにはパラシュートが付いた油瓶が入っており、すぐに燃え尽きないように縄に浸した油が燃えて空中でマグネシウム粉と硝酸ナトリウムの混合物に点火。
数分間空中を漂う仕組みになっている。
本当は本格的な照明弾が作りたかったが信管が作れないので断念した。
十分くらいしたころだろうか。
空中で投下された照明弾が辺りを照らす。
これは敵襲の合図だ。
公国軍将兵は帝国軍が連弩の射程範囲に入るまで待つ。
やがて照明弾で発見された事に気が付いた帝国兵が巨大な咆哮と化した叫び声をあげて要塞前面に殺到した。
「戦闘用意!!」
各部署の指揮官に命令が伝わる。
軍隊ラッパが吹き鳴らされ皆が一斉にトーチカと塹壕内で連弩を構えた。
緊張した空気で肺が詰まりそうだ。
しばらくして鉄条網の前面に掘られた空堀に人が落ちる音と悲鳴が響き渡る。
空堀の中にはすぐに抜けないように反り返った刃がついた槍が並べてあった。
そして空堀に敵兵が落ちた瞬間、射程距離に入ったという合図のラッパが吹き鳴らされる。
「撃ち方始め!!」
軍隊ラッパが高らかに吹き鳴らされると同時に連弩から一斉に矢が放たれる。
上空にいる竜騎士から絶え間なく照明弾が投下され敵兵の姿を映し出した。
双方激しい矢合戦が繰り広げられた。
帝国軍の矢も物凄いが尽くコンクリート製のトーチカに防がれて損害はほとんどない。
逆に公国側の連弩は物凄い勢いで帝国兵を射殺していく。
帝国軍の支援部隊が重投石器で巨大な石をトーチカに放つが鉄筋コンクリート製のトーチカはびくともしない。
降り注ぐ石の雨が帝国軍将兵の頭上から降り注ぎ味方の被害を増していく。
「なんてこった。奴ら味方ごと俺たちを潰す気だ」
俺は帝国軍の非人道的な戦法に戦慄した。
帝国軍にとって将兵の損害は気にしなくていい範囲らしい。
俺は敵ながら帝国兵に哀れさを感じていた。
数か所鉄条網を突破されるが突破口に向けて連弩の矢が集中攻撃して、帝国兵の屍の山が築かれた。
帝国軍は大楯を構えて矢を防ぐが密集した所を攻城重弩の巨大な矢で貫かれ大損害を受ける。
あちこちで断末魔の叫びが聞こえた。
戦闘後の事を考えると頭が痛い。
できるだけ敵兵の救護を行うつもりだが、その余裕があるかどうか。
戦闘は朝まで続きその光景が映し出される。
ハリネズミのように矢を受けて死んでいる数千の敵兵の屍。
まさに地獄絵図という光景が目の前に広がり公国軍兵士に嘔吐者が続出した。
数時間における死闘で帝国軍は三千人の死傷者を出し撤退した。
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