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第十章 シリカ国編

第六十三話 シリカ国の大商人

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 第六十三話 シリカ国の大商人
 
 俺とクリスはシリカ国を動かしている大商人の家を訪ねる事にした。
 この国は表向き王国という事になっているが、王は名前だけで実際は大商人の指名した人物を王に選出する。
 なので王といっても血筋だけで王にはなれない。
 まず王自体が資産家でなくてはいけない。
 資産家といっても不動産を主力とした資産ではなく、株や投資などの資産が多い。
 シリカ国は交易国家だからだ。
 大商人ほどシリカ国の国債を買う。
 そして国債は社会保障にあてられる。
 シリカ国は海洋交易国家なので特に船乗りへの待遇が良い。
 収入が良いのは当然として、航海中の事故や死亡には手厚い保護がある。
 
 また敗者復活戦の側面もある。
 資産を失って破産した者は、船乗りになるか工場で働く事が義務付けられている。
 健康な若い男子は破産の有無にかかわらず船乗りになる者が多い。
 無論安全な工場で働く者もいるが数年間航海に耐えるだけでそれなりの資産家になれるからだ。
 リスクは健康を害する事だが若い程その危険は少ない。
 そして夫や父母を亡くした女子は結婚するか工場で働く。
 シリカ国は輸入された生糸で織る絹織物の産地なので織物工場で働く。
 このように弱者救済を行い常に金の流れをよくしているのだ。
 貧乏人が多い国家は経済を動かせない事を彼らは知っていた。

 俺とクリスは秘密裏に来ているし、シリカ国が今は同盟を結ぶ気が無いのがわかったから、滞在中は将来の為にシリカ国の大商人たちと顔つなぎをする事にしている。
 アルスラン帝国との貿易で儲けているシリカ国の大商人たちは、アルスラン帝国とシリカ国の関係が悪くなるのを黙ってみているつもりはなく、なんとかアルスラン帝国が戦争を挑んでこないように多額の賄賂を贈っているようだ。
 だが俺たちが考えているようにアルスラン帝国南部で反乱を起こさせるという程、過激で危険の大きい策は考えていないようだ。
 それは俺たちが会談した大商人のマルコ・ロッシーニ氏との会話でわかった。
 
 俺たちがマルコ・ロッシーニ氏と対談したのはシリカ国にある彼の邸宅だ。
 街中で馬車に乗り正体を隠して彼の邸宅へ向かう。
 まず厳重な警備が行われている邸宅の門をくぐって中に入った。
 精緻な彫刻が施された門をくぐるとあちこちに警備員が配置され侵入者を見逃さない様子が見える。
 シリカ国は犯罪者に甘くない。
 刑罰は厳重なので治安はいいが、どこの国でも邸宅に侵入し窃盗を行うものは必ずいるので警戒は怠らないのだ。
 俺たちが邸の扉まで馬車で向かうと太った頭髪の薄い立派なあご髭を生やした人物が出迎えてくれた。
 彼がマルコ・ロッシーニ氏だ。
 俺とクリスは馬車から降りると丁寧な礼をする。
 
 「ようこそおいでくださいました。ハヤト侯爵殿、クリス夫人殿」
 
 「こちらこそお時間を作っていただき感謝します」
 
 俺はそう言って頭を下げる。
 そして俺たちは応接間に案内される。
 応接間は遠い東方にあるというシン帝国製の家具や調度品が並んでいた。
 どことなく中国を思い浮かばせる紋様だ。
 特にテーブルとイスは精緻な龍の彫り物が施されている。
 そこにはマルコ・ロッシーニ氏の他に彼の秘書である女性がいた。
 彼女は俺たちに紅茶を出してくれると部屋を出ていった。
 俺とクリスは紅茶をいただくが味などわからない。
 これから行われる会談はブレイメン公国とシリカ国の非公式の会談だが両者の国益を戦わせる事になる。
 
 「シリカ国はいかがですかな?」

 「とても清潔で笑顔に溢れていますね。裕福なせいか治安も良さそうです」
 
 「ははは。そう言っていただけると嬉しいです。この国では真面目に働く者は飢える事はありません」
 
 「つまり不真面目な者はいらないという事ですね」
 
 「その通り。怠惰は罪です」

 ニートには厳しい国だ。
 多分ニートは非国民扱いなのだろう。
 
 「さて本題に入るとしましょう。ブレイメン公国はシリカ国との同盟をお望みなのですね?」
 
 「はいその通りです」
 
 「残念ながら厳しいと言わざるを得ません。シリカ国はブレイメン公国とアルスラン帝国のどちらにも介入する事はできません。リスクは大きく我々が得られる利益が少ないからです」
 
 予想通りの答えだ。
 確かに表面的にはそう見えるが俺はシリカ国が他人の争いと静観できないと知っている。
 
 「今はそうでしょう。ですが多額の軍費を補うためにアルスラン帝国は大量の粗悪銀貨を量産している。そしてその価値を高める為にシリカ国の銀貨を締め出そうとしている。つまり交易を取りやめようとしている。アルスラン帝国は強大な国家です。折角金の生る木を手に入れたのに失うのはシリカ国にとって痛手でしょう。そしてブレイメン公国が狙われているのはまさに純度の高い銀そのものなのです。この銀が手に入ればアルスラン帝国は質の良い銀貨を作れることになる」
 
 これは半分嘘だ。
 経済制裁は上手くいかない。
 売り手と買い手が求める限り密貿易という形で取引は行われる。
 ナポレオンが大陸封鎖令でイギリスとの交易を遮断したが結局破綻した。
 質の高いイギリスの製品に粗悪なフランス製品は勝てなかったのだ。
 だがこの世界に住む人はこれをしらない。
 そこに望みがあった。
 
 「たしかに近年アルスラン帝国との交易は先細りですな。それに銀貨の締め出しも辛い」
 
 よし乗ってきた。
 一度崩れた市場はすぐに市場安定しないのが俺の望みだ。
 
 「純粋に銀の埋蔵量ならブレイメン公国の銀のほうが質と量で勝ります」
 
 これはうちの鉱山で灰吹き法をしているからだがその事を知っているだろうか?
 
 「ええ、ミナセ侯爵殿の鉱山の銀は質、量ともに申し分ないご様子」
 
 知ってたし。
 やっぱ下調べはしてるよな。
 
 「ですからこそブレイメン公国と同盟できないということの意味はお分かりいただけるはずです」
 
 「つまりブレイメン公国が負けて俺の銀山がアルスラン帝国に奪われれば、シリカ国は本当に市場から締め出されるとお考えなのですね」
 
 「その通りです。失礼ながらブレイメン公国が勝てる可能性は低いでしょう。むろんアルスラン帝国が良質の銀を手に入れれば不利になるのは承知していますが、そのあたりの損を考えても我々がアルスラン帝国と敵対する事のリスクのほうが大きいのです」
 
 「まあそうですよね。確かにブレイメン公国が勝利する可能性が低いのに味方する理由はないですよね」
 
 「ご期待に沿えず申し訳ありません」
 
 「わかりました。ではブレイメン公国が勝てると思っていただけるように頑張りますよ。ただ一言申し上げたいのは『唇枯れて歯寒し』ということわざです」
 
 「聞いたことが無いことわざですな」
 
 そりゃそうだ。
 これは古代中国の言葉なんだから。
 
 「口を閉じる唇、つまりブレイメン公国ですが。ブレイメン公国が滅んだあとアルスラン帝国の矛先がシリカ国に向けられるかもしれない」
 
 「なるほど。覚えておきましょう」
 
 そのあとは歓談して豪華な夕食までご馳走になって散会した。 
 シリカ国の大商人、マルコ・ロッシーニ氏や彼の紹介してくれた大商人と会談した結果、やはり金で解決したいようだ。
 俺の印象だと彼らは金の力を過信しすぎている。
 
 金は確かに人を引き付ける多大な力を持っているが、金が通用しない相手もいる。
 シリカ国は彼ら大商人が合議で決めた選挙制の国王が統治する金が全てを決定する国家だから無理もない。
 世の中の事の九十九パーセントは金で解決できるが残りの一パーセントは金で解決できない。
 かつての栄光を取り戻し、国内の内乱に怯えるアルスラン帝国が残り一パーセントの考えだという事がわかっていない。
 つまりブレイメン公国の次はシリカ国だという事だ。
 
 商人は商人で政治家ではない。
 理性的な彼らは気が付かないが、人は時々理性的でない行動に出る。
 それが歴史を動かしてきた。
 第一次世界大戦のオーストリアや第二次世界大戦のドイツのように理性的でない判断が世界大戦を引き起こした。
 そんな事をこの世界の人々は知らないから仕方がないだろう。
 
 ブレイメン公国が負けるという評価を覆す為に、アルスラン帝国で内乱を起こさないと駄目らしい。
 暗たんな気持ちで俺たちは帰国した。
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