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第九章 ブレイメン公国の戦争

第五十三話 ブレイメン公国軍出撃

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 第五十三話 ブレイメン公国軍出撃
 
 最前線から急使が届いた。
 アルスラン帝国の先遣部隊が五千人から二万人に増強されたのだ。
 食料もないのによくやる。
 俺は対応を協議する為に首都チュロスの王宮へ出向いた。
 
 王宮は思ったより焦りの色が無かった。
 みなこの日がくるのは予想していたのだ。
 そして続く急使はアルスラン帝国軍の一部が国境を突破してきたというものだ。
 とうとう来やがった。
 
 「使者も無く越境とは。これは明らかな戦争行為である」

 オットー大公の言葉に居並ぶ貴族が頷く。
 みな甲冑を身に着けた軍装である。
 ピリピリとした空気が俺にも伝わるが、若手の貴族には一種の高揚感があるのか目元が笑っている者さえいた。
 彼らは自分が吟遊詩人の歌う戦いの歌に登場する戦士のような気持ちなのだろう。
 武勲をあげて賞賛される。
 そんな甘い気持ちを抱いている。
 戦争は舞踏会ではないというのに。
 
 作戦会議は単純明快だ。
 すでにアルスラン帝国へ外交使節団が赴いたが、平和を訴えるブレイメン公国の使者を一蹴したとの報告が入っていた。
 つまり話し合うつもりはないという事だ。
 独立を守りたければ戦って証明するしかない。
 
 「最前線では既に戦闘が始まっている」
 
 俺の父さんが考案設計した要塞群『まじの線』に敵兵が襲い掛かっている。
 この日の為に配置された兵士は五千人。
 アルスラン帝国軍、今後は帝国軍と呼称するが第一陣二万人相手なら持ちこたえるだろう。
 だがスパイの報告ではさらに帝国軍の大軍が迫っているという。
 大軍の波状攻撃を受ければ流石に持ちこたえられない。
 
 それなら反撃して帝国軍を敗走させるべきだが反撃手段は竜騎士しかいない。
 陸上で反撃する『浸透強襲戦術』はまだ実用段階に達していない。
 浸透強襲戦術とは敵陣に一斉に矢を放って動きを止めさせて、その間に高度な教育を施した精鋭部隊が突進し一部の穴を作る。
 その穴から精鋭部隊が侵入し敵軍の後ろにある補給拠点や司令部を攻撃して壊滅させるというもの。
 だがこの戦法には高度な訓練が欠かせない。
 その訓練を行っている部隊は二千人。
 つまりブレイメン公国軍、以下公国軍と呼称。
 公国軍の兵力は要塞守備隊五千人と精鋭部隊二千人。
 そして竜騎士が三百五十騎だ。
 他の部隊は国内警備に五千人が動員されている。
 公国軍総兵力七千人と竜騎士三百五十騎。
 前線にいるのはこれだけしかない。
 帝国軍は現在二万人、本気で動員すれば最低十万人は堅いだろう。
 
 「だが反撃するしかない。このまま要塞に籠ってもいずれは突破されるのだからな」
 
 オットー大公の言葉に皆頷いた。
 作戦は奇襲して帝国軍の補給拠点か司令部を叩く。
 スミロフ将軍を打ち取れば第一陣は崩壊するだろう。
 帝国軍は属領兵が殆どでスミロフ将軍がいるからこそ戦っているが、いなくなったら散り散りになって敗走しそれを精鋭部隊で追撃する。
 
 問題は指揮官だ。
 まず要塞守備隊にはシュタインホフ侯爵が着任している。
 老獪な老将でブレイメン公国を一つに纏め上げた信頼できる将軍だ。
 易々と突破させないだろう。
 そして精鋭部隊だが。
  
 「精鋭部隊指揮官にミナセ伯爵を任じる」
 
 まじですか!?
 そりゃ確かに浸透強襲戦術を考案したのは俺だし、訓練マニュアルを作成したのも俺だ。
 だが実戦経験なんかないぞ。
 しかも人を斬るなんて想像もしていなかった。
 勿論クリスに剣術は習っていたから並みの兵士よりは戦えるが。
 ただ周りにいる貴族子弟も全員今回が初陣だ。
 これで戦えというのだから無理だ無理だ無理だ。
 
 だがやるしかない。
 やらなければ家族とクリスが戦争の犠牲者になるかもしれない。
 いざとなれば父さん母さんアカネは安全な奥地に避難してもらう手はずになっているが。
 
 「精鋭部隊副司令官にクリスと女竜騎士を連れていけ」
 
 クリスとクリスの私兵、女性だけで編成された竜騎士が俺の部下として配置された。
 そして肝心の竜騎士だが。
 
 「竜騎士本体は儂が二百五十騎。フリッツに五十騎を指揮させる」
 
 ───おおお!!
 ついにフリッツ様の初陣だ。
 会議場がどよめいた。
 父親のオットー大公の武勇は疑う余地が無いがフリッツ君の実力は未知数だ。
 クリスはフリッツ君を高く評価していて、剣術はかなりの腕前でクリスより強いかもしれないとの事。
 ただ指揮官としてはどうだろう。
 フリッツ君は気弱な面があるから指揮官としては未知数だ。
 オットー大公もその面を気にしているのだろう。
 戦力としてあまり期待されていないから五十騎なのだ。
 公子フリッツが大敗しては士気にかかわる。
 だが公子に少ない兵力を指揮させる訳にはいかない。
 だから大敗しても戦局に多大な影響を与えず、かつ公子として恥ずかしくない兵力として五十騎が用意された。
 この時点ではみな、俺も含めてフリッツ君の五十騎に期待していなかったのだ。
 
 「反撃するなら二日か三日後です。強い北風が吹くでしょう」

 「どうしてそんな事がわかるのだ?」
 
 「帝国軍の駐屯地は山の麓にあります。今の北風が高気圧、あ~えっと山脈に雲が少なく今は晴れている状態ですが二日後に風は反時計回り。えっと」
 
 そう言って俺は父さんが作成したブレイメン公国の簡略図を広げ石墨で輪を書いた。
 皆が俺の書く天気図に見入る。
 
 高気圧帯と低気圧帯を書く。
 これは毎日観測している村々から得た情報を総合的に判断したものだ。
 諸葛亮みたいに偉そうに風を変えるなど無理だからあまり偉そうなことは言わないでおく。
 晴れている部分が高気圧だが二日後には低気圧が発生し風が強く雲が厚く天候が崩れるとわかる。
 上昇気流が発生し奇襲に有利な強風と雨雲が発生する。
 竜騎士にとって最適の戦場となる。
 
 「このように高気圧と低気圧が変化します。二日か三日後には奇襲に最適な条件になるでしょう。」
 
 「わかった。ミナセ伯爵の進言を受け入れよう。反撃は二日以後、それまでに皆準備せよ」
 
 ───ははっ!!
 
 参集した貴族は一斉に散会しそれぞれの兵を準備させる。
 俺も精鋭部隊の準備をしなくてはならない。
 竜騎士が前線の敵を蹴散らす、または混乱させると同時に俺の気球船団が敵軍の後方に降下後退路を断つ。
 つまり空挺降下作戦だ。
 迅速な展開とタイミングが重要だ。
 要塞守備兵には頑張って敵軍をできるだけ食い止めてもらう。
 俺は緊張した表情をしているフリッツ君に声をかける。
 
 「フリッツ公子、怖いのは俺も同じです」
 
 「あ、はい。ついに初陣だと思うと」
 
 フリッツ君の足が震えている。
 大丈夫だろうか?
 俺もだが
 
 「では行きましょうか」
 
 俺とクリスと女竜騎士五十騎が出撃する。
 公国軍の精鋭部隊だ。
 俺は緊張しながら馬に乗る。
 そして出陣の号令をかけた。
 
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