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第九章 ブレイメン公国の戦争

第五十一話 兵站戦

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 第五十一話 兵站戦
 
 国境でブレイメン公国とアルスラン帝国の軍がにらみ合いを始めてから二か月がすぎた。
 季節は春から夏へと過ぎていき、俺の予想通り今年は冷夏になる。
 偉そうに言うが俺が気球でブレイメン公国全土に気象台と村々の情報を集めていなければ、今年は飢饉になっていただろう。
 また龍肥の量産も行われ、冷夏にも関わらず蕎麦やサツマイモの植え付けも順調だ。
 各要塞には十分な数の連弩と矢が配備され、並行してコンクリートを使った要塞陣地も着々と強化されている。 
 食料も近隣諸国から買い占めたので大規模な騒動には至っていない。
 
 「このままお引き取りいただけないかね」

 俺は毎日気球に乗ってアルスラン帝国の陣地を偵察している。
 望遠鏡で見るアルスラン帝国の軍は数を増し五千人ほどになっていた。
 先日から兵士の眼光が鋭くなり、足元にもゴミらしきものはない。
 明らかに彼らの士気が上がっている。
 
 「こりゃよほど優秀な将軍でも赴任してきたかね」
 
 望遠鏡から目を離して隣を飛ぶ愛妻クリスに話しかける。
 俺もクリスも首都チュロスで行われる会議後は必ずここに来ていた。
 普段は部下に任せているがやはり自分で見るのと他人の報告では違うものだ。
 
 「そうだろうな。敵軍の動きが良くなっている。訓練にも気が抜けた様子はない。相手はスミロフという将軍らしい」
 
 「どんな人かわかる?」

 「粗野で残酷な人物らしい。軍規に厳しく兵に恐れられているそうだ」
 
 「欠点はあるが理想的な軍人だな。戦績はあるの?」
 
 「地方反乱で名をあげた武人で反抗者への暴力や虐殺は数え切れずって人物らしい」
 
 「やだやだ。相手にしたくないね」
 
 厄介な相手が来たものだ。
 ブレイメン公国は訓練度も装備も竜騎士っていう他国には殆どない兵器を持つが、実戦経験が乏しい。
 こちらから仕掛けるのは危険が大きい。
 ブレイメン公国は国境の要塞陣地に三千人の兵士を動員しているので計算上は相手が二万人くらいなら防ぎきれるだろう。
 公国各地に動員令を出しているが長期間の戦時体制は国民がもたない。
 戦争は主導権を持つ者が勝利するから今主導権を持っているアルスラン帝国が勝つ。
 極端な話、アルスラン帝国の兵隊は交代して休めるがブレイメン公国の兵士は休日を与えられるくらいが限界だ。
 
 第二次世界大戦時、アメリカ軍は定期的に最前線の部隊を本国に帰還させて休養させ、再訓練と装備と戦死者の補充を行い前線に新着の軍服で現れたという。
 逆に日本軍は何年も最前線でまともな食事も与えられず、蛇やクモを食べて過ごし軍服はぼろ雑巾状態だったという。
 どちらが勝つかなんて考えるまでもない。
 戦争とは国力の殴り合いだ。
 普通は国力が大きい側が勝つ。
 そりゃ時々源義経なんていう化け物が戦争をひっくり返したりするけど、そんな奇跡を頼りに戦争をする訳にはいかない。
 
 「このままだと負けるな」
 
 「私の前ならいいが、間違えても兵士の前でそんな事を言うなよ?」
 
 「言わないって」
 
 俺とクリスは冷夏でアルスラン帝国の食糧事情が悪化するのを待っていた。
 自然頼みとはかなり情けないが、頼りになるなら神でも悪魔でも自然でも使う。
 好き嫌いで選んでいる余裕なんてないのだ。
 
 翌日前線から戻った俺とクリスは一晩だけミナセ伯爵領の自宅でゆっくり過ごす。
 父さんと母さんと妹も一緒の夕食は久しぶりだ。
 今夜のメニューは豚肉のたっぷり入ったシチューと牛肉のステーキ。
 ステーキの上にはたっぷりと塩味のきいたバターが添えられている。
 毎朝生みたての卵を使ったオムレツと白いパン。
 鶏の中にうずらの肉を詰めた料理などが並ぶ。
 最近は肉が手に入りやすいのでクリスは豪快に焼いた肉を食べていた。
 それも農業生産が良くなって家畜用飼料が豊富に入りだしたからだ。
 
 あと純粋に栄養価の問題もある。
 ジャガイモやサツマイモは炭水化物は豊富だがたんぱく質は少ない。
 なので豚に食べさせて豚肉という形でたんぱく質をとらなくてはいけない。
 第一次世界大戦時のドイツは四方を敵に包囲されたので食料の輸入が出来ず食糧難が予想されたので、ジャガイモを食べる豚を一斉に屠殺してソーセージにしようとした。
 ところがジャガイモではたんぱく質を摂る事ができず深刻な栄養不足になった。
 屠殺場で処理限界を超えた為、腐ってしまう豚肉が大量に出たのも痛かった。

 俺は小さく切ったステーキを塩で食べるのが好きだ。
 シチューにはパンを浸して食べても美味しい。
 そんなささやかな幸せを感じるゆとりくらいはブレイメン公国にもある。
 夕食の後、家族水入らずでゆっくりとお茶を飲む時間が懐かしい。
 母さんは俺とクリスをみてニコニコしているけど、父さんは息子夫婦が仲睦まじいのを見て心なしか寂しそうだ。
 
 「クリスさんお兄ちゃんと結婚して幸せ?」
 
 「これ以上ない幸せだ。アカネは好きな男はいないのか?」

 「今はまだいないかな」
 
 「ならフリッツはどうだ?些か気が弱い所があるがいい男になるぞ。姉の私が言うのだから間違いない」
 
 「あはは。フリッツ君優しいしね。でも公子様なんて私には重いよ」
 
 アカネがそう言って笑う。
 確かにフリッツ君は優しいしいい男だけど、身分が違いすぎる。
 公女と結婚した俺が言う事じゃないんだけどね。
 俺はお茶を飲んで一息ついた後、父さんと母さんに話を切り出した。

 「二人ともこっちには慣れた?」

 「ああ、ここの人たちはみな勤勉でいいな。昔の日本のようだ」
 
 昭和世代の父さんには懐かしいのだろうか?
 色々言われる世代だが一体感は強かった世代なのだろう。
 俺は昭和世代じゃないからよくわからないけど。
 父さんは母さんに目配せして話を続ける。
 どうやらここからが本題らしい。
 俺がお茶を一口飲んでから口を開く。
 この話はクリスにも聞かせたくないからクリスとの話はアカネに任せる。
 二人はフリッツ君の話題で盛り上がっているようだ。
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