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第五章 帰還
第二十六話 フォーチュリアの思い出
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第二十六話 フォーチュリアの思い出
「うーむ。つまりその異世界フォーチュリアという場所は地球の常識が通用しない場所なんだ」
そう言って飯塚教授は腕を組んだ。
もしかして信じていないのか? いやそれはない。
この人の研究への意欲と好奇心には目を見張るものがあるからな。
それに最初にドラゴンの事を話したら目を輝かせて聞いていたし。
「それで君はその異世界で何をしていたんだね?」
「俺はブレイメン公国の公女クリスという女性と出会いました。最初日本の事を話したとき、彼女はブレイメン公国が貧しい事に傷ついて。それで俺は自分の知識で彼女を助けようと思ったんです」
俺があそこにいた時に行った行動は全てクリスの為だった気がする。
クリスに気球を見せてベルヒス鉱山で落盤事故の犠牲者を助けて気球を量産して。
ブレイメン公国の爵位を貰った事だって偉くなったのが嬉しかったより大学を作れると思ったからだ。
どうして大学を作りたかったんだ?
そんなの決まってる。
ブレイメン公国を発展させてクリスを喜ばせたかった。
今までの人生でこれほど俺の中心に入ってきた女性はいただろうか?
「お兄ちゃん泣いてるよ」
そう言って妹の茜が俺の顔にハンカチを当てて涙を拭いてくれる。
優しい両親と妹。
一緒に馬鹿やって育ってきた幼馴染。
お世話になった飯塚教授や大学の人たち。
みんなに再会出来て嬉しいのに。
どうしてクリスの泣き顔が記憶から消せないんだよ。
あんなに喜ばせたかった子の顔を悲しみで曇らせて。
俺はどうすればいいんだ。
「教授。異世界フォーチュリアと日本は繋がってるんですよね」
「そう見て間違いないだろうね」
「じゃあ日本からフォーチュリアに行くことは可能ですか?」
「理論上は可能だが再び戻って来れるかはわからない。戻って来れてもいつになるかわからない」
もしクリスに会いに行っても戻れるかわからない。
折角日本に戻ってこれたのに悩む必要なんてない筈だ。
俺はこれからも家族と友達と教授たちと一緒に過ごして好きな人ができて結婚して子供が生まれて。
そう考えた瞬間クリスの腕の中で眠る三歳くらいの子供のイメージが浮かんだ。
赤毛で可愛らしくクリスの指に手を伸ばして甘えている。
その子が俺を「ぱぱ」と呼ぶというイメージ。
───クリス。
もし異世界フォーチュリアに生きていたら現実になったかもしれないイメージ。
俺は何の為に日本に戻って来たんだ?
勿論俺は故郷と家族を愛している。
だがクリスの存在は俺の中で膨らむ一方だった。
あの日別れてまだ数日しか経っていないのに。
「ちょっと考えさせてもらっていいですか」
「無論だ。ゆっくり考えてほしい。君の人生を左右する問題だからね。それとこの現象は一か月後に再び発生すると予想される」
「つまり一か月以内に結論を出さなきゃいけないんですね」
「そういう事だ。もしかしたら戻れないかもしれないのだから後悔は残さないようにね」
そう言って飯塚教授は憂いた表情を見せた。
◆◆◆
「なあ茜、お兄ちゃんが居なくなった時ってどんな気持ちだった?」
大学からの帰りの車の中で俺は妹の茜に聞いてみた。
茜は目を泳がせた。
普段は明朗快活で思ったことをズバリ言うタイプだ。
そんな妹が言葉に詰まるなんて珍しい。
俺は妹の返答を黙って待った。
やがて茜はぽつりと言葉を漏らす。
「心配したしみんなで必死に探したよ。私だってお兄ちゃんの情報が欲しくて学校のみんなにお兄ちゃんの気球を見ませんでしたかって聞いて回って。警察の人たちも一生懸命探してくれたよ。だからお兄ちゃんはここにいなきゃいけないの」
「───茜」
「お兄ちゃんがあっちでどんな経験したのか、クリスって人が素敵な人か私にはわからない。だけどお兄ちゃんがいなくなるのは嫌」
「ありがとう」
俺は茜の頭を撫でる。
すると茜は目じりに涙をためた。
「あたしお兄ちゃんが大好きなんだから」
そんな可愛い事を言う妹を置いて俺は異世界フォーチュリアに戻る訳にはいかない。
◆◆◆
家に帰ると両親も仕事から帰ってきていた。
「今日は大学どうだった?」
母さんが俺の好きなムニエルや刺身など信州サーモンの料理を作ってくれる。
海の無い長野県で養殖された種でニジマスとブラウントラウトというマスを交配させた魚だ。
父さんはテレビのニュースを見ながら新聞を読んでいる。
そんないつもの日常だ。
「飯塚教授に会ってきたよ」
「そうか。飯塚は元気だったか?」
「すごく元気だったよ」
「それならいい。お前もそろそろ身を固めないとな。どこかいい就職先は見つかりそうか?」
父さんがそう言いながら新聞で顔を隠す。
母も妹も箸を止めた。
みんな考えている事は同じだ。
俺の体験した八ヵ月という時間を出来るだけ取り戻したい。
妹の茜はそれプラス俺が異世界フォーチュリアに戻りたいという密かな願いを抱きつつあるのに気が付いていた。
「お兄ちゃん、私の友達のお姉ちゃんがとってもいい人で美人さんなんだよ。お見合いとかしたらどうかな!!」
「あらいいわね隼人も大学を卒業してそろそろ就職もするしお嫁さんを見つけてもいい年頃だわ」
茜と母さんが俺にお見合いを勧めてくる。
父も新聞を置いて頷く。
俺が異世界フォーチュリアの思い出を早く忘れさせたいのだろう。
確かに俺はあの国でクリスという女性と出会い恋に落ちたかもしれない。
いや、確実に愛していただろう。
だがそれは俺の家族を悲しませていい理由にはならない。
俺はこの家族と離れたくないからクリスのプロポーズをすぐには受け入れられなかったのだ。
クリスに結婚を申し込まれた時に考えさせてくれと言ったのは嘘じゃない。
家族と再会して別れがたい気持ちは募る一方だ。
戻るならみんなと別れる覚悟を決めなくてはいけない。
俺が異世界フォーチュリアに戻ればクリスは喜んでくれる。
だが家族と友人たちと飯塚教授は悲しむだろう。
その日の夕食は皆静かに黙々と済ませる事となった。
「うーむ。つまりその異世界フォーチュリアという場所は地球の常識が通用しない場所なんだ」
そう言って飯塚教授は腕を組んだ。
もしかして信じていないのか? いやそれはない。
この人の研究への意欲と好奇心には目を見張るものがあるからな。
それに最初にドラゴンの事を話したら目を輝かせて聞いていたし。
「それで君はその異世界で何をしていたんだね?」
「俺はブレイメン公国の公女クリスという女性と出会いました。最初日本の事を話したとき、彼女はブレイメン公国が貧しい事に傷ついて。それで俺は自分の知識で彼女を助けようと思ったんです」
俺があそこにいた時に行った行動は全てクリスの為だった気がする。
クリスに気球を見せてベルヒス鉱山で落盤事故の犠牲者を助けて気球を量産して。
ブレイメン公国の爵位を貰った事だって偉くなったのが嬉しかったより大学を作れると思ったからだ。
どうして大学を作りたかったんだ?
そんなの決まってる。
ブレイメン公国を発展させてクリスを喜ばせたかった。
今までの人生でこれほど俺の中心に入ってきた女性はいただろうか?
「お兄ちゃん泣いてるよ」
そう言って妹の茜が俺の顔にハンカチを当てて涙を拭いてくれる。
優しい両親と妹。
一緒に馬鹿やって育ってきた幼馴染。
お世話になった飯塚教授や大学の人たち。
みんなに再会出来て嬉しいのに。
どうしてクリスの泣き顔が記憶から消せないんだよ。
あんなに喜ばせたかった子の顔を悲しみで曇らせて。
俺はどうすればいいんだ。
「教授。異世界フォーチュリアと日本は繋がってるんですよね」
「そう見て間違いないだろうね」
「じゃあ日本からフォーチュリアに行くことは可能ですか?」
「理論上は可能だが再び戻って来れるかはわからない。戻って来れてもいつになるかわからない」
もしクリスに会いに行っても戻れるかわからない。
折角日本に戻ってこれたのに悩む必要なんてない筈だ。
俺はこれからも家族と友達と教授たちと一緒に過ごして好きな人ができて結婚して子供が生まれて。
そう考えた瞬間クリスの腕の中で眠る三歳くらいの子供のイメージが浮かんだ。
赤毛で可愛らしくクリスの指に手を伸ばして甘えている。
その子が俺を「ぱぱ」と呼ぶというイメージ。
───クリス。
もし異世界フォーチュリアに生きていたら現実になったかもしれないイメージ。
俺は何の為に日本に戻って来たんだ?
勿論俺は故郷と家族を愛している。
だがクリスの存在は俺の中で膨らむ一方だった。
あの日別れてまだ数日しか経っていないのに。
「ちょっと考えさせてもらっていいですか」
「無論だ。ゆっくり考えてほしい。君の人生を左右する問題だからね。それとこの現象は一か月後に再び発生すると予想される」
「つまり一か月以内に結論を出さなきゃいけないんですね」
「そういう事だ。もしかしたら戻れないかもしれないのだから後悔は残さないようにね」
そう言って飯塚教授は憂いた表情を見せた。
◆◆◆
「なあ茜、お兄ちゃんが居なくなった時ってどんな気持ちだった?」
大学からの帰りの車の中で俺は妹の茜に聞いてみた。
茜は目を泳がせた。
普段は明朗快活で思ったことをズバリ言うタイプだ。
そんな妹が言葉に詰まるなんて珍しい。
俺は妹の返答を黙って待った。
やがて茜はぽつりと言葉を漏らす。
「心配したしみんなで必死に探したよ。私だってお兄ちゃんの情報が欲しくて学校のみんなにお兄ちゃんの気球を見ませんでしたかって聞いて回って。警察の人たちも一生懸命探してくれたよ。だからお兄ちゃんはここにいなきゃいけないの」
「───茜」
「お兄ちゃんがあっちでどんな経験したのか、クリスって人が素敵な人か私にはわからない。だけどお兄ちゃんがいなくなるのは嫌」
「ありがとう」
俺は茜の頭を撫でる。
すると茜は目じりに涙をためた。
「あたしお兄ちゃんが大好きなんだから」
そんな可愛い事を言う妹を置いて俺は異世界フォーチュリアに戻る訳にはいかない。
◆◆◆
家に帰ると両親も仕事から帰ってきていた。
「今日は大学どうだった?」
母さんが俺の好きなムニエルや刺身など信州サーモンの料理を作ってくれる。
海の無い長野県で養殖された種でニジマスとブラウントラウトというマスを交配させた魚だ。
父さんはテレビのニュースを見ながら新聞を読んでいる。
そんないつもの日常だ。
「飯塚教授に会ってきたよ」
「そうか。飯塚は元気だったか?」
「すごく元気だったよ」
「それならいい。お前もそろそろ身を固めないとな。どこかいい就職先は見つかりそうか?」
父さんがそう言いながら新聞で顔を隠す。
母も妹も箸を止めた。
みんな考えている事は同じだ。
俺の体験した八ヵ月という時間を出来るだけ取り戻したい。
妹の茜はそれプラス俺が異世界フォーチュリアに戻りたいという密かな願いを抱きつつあるのに気が付いていた。
「お兄ちゃん、私の友達のお姉ちゃんがとってもいい人で美人さんなんだよ。お見合いとかしたらどうかな!!」
「あらいいわね隼人も大学を卒業してそろそろ就職もするしお嫁さんを見つけてもいい年頃だわ」
茜と母さんが俺にお見合いを勧めてくる。
父も新聞を置いて頷く。
俺が異世界フォーチュリアの思い出を早く忘れさせたいのだろう。
確かに俺はあの国でクリスという女性と出会い恋に落ちたかもしれない。
いや、確実に愛していただろう。
だがそれは俺の家族を悲しませていい理由にはならない。
俺はこの家族と離れたくないからクリスのプロポーズをすぐには受け入れられなかったのだ。
クリスに結婚を申し込まれた時に考えさせてくれと言ったのは嘘じゃない。
家族と再会して別れがたい気持ちは募る一方だ。
戻るならみんなと別れる覚悟を決めなくてはいけない。
俺が異世界フォーチュリアに戻ればクリスは喜んでくれる。
だが家族と友人たちと飯塚教授は悲しむだろう。
その日の夕食は皆静かに黙々と済ませる事となった。
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