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第四章 ミナセ伯爵誕生

第十六話 情けは人の為ならず

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 第十六話 情けは人の為ならず
 
 日本に帰りたい気持ちは消えないが一時的に忘れる事は出来る。
 それから俺は気球の設計室で新しい気球の開発と設計を学者や技術者と一緒に行う日々が続いた。
 同時に先日の木質パレットの件以来、フランツ宰相に日本の事を聞かれることが多くなった。
 フランツ宰相は日本に大変興味を持っている。
 今日も昼食時間に一緒に食事を食べながら質問を受けた。
 
 「ハヤト殿、日本という国はどのような経済をしているのかな?」
 
 「日本は昔は金銀銅に恵まれた国でしたが次第に無くなりました。特に他国との貿易で使われた銀を制限する為に自分の国で産物を作る事にしたのです」
 
 「ふむ。ブレイメン公国も地下資源に恵まれているがいずれ無くなる。なら金のある間に新しい産物を作るとしよう。日本では何を作っていたのかな?」

 ブレイメン公国に自動車とかはまだ早いだろうし。
 そう考えた俺は江戸時代の経済を考える事にした。
 
 「豊富な木材を使って紙はどうでしょう?紙は輸出にも使えますが本にして読み書きを教えたり情報を伝えたりと役立ちますよ」

 「紙なら細々と作っているがどうしても高価になるのが頭の痛い所でな。本も貴族や裕福な農民の家にはあるが一般の農民には手に入らないほど効果でな」
 
 「印刷機以前に紙が不足しているのか」
 
 「印刷機とはなんですかな?」
 
 俺が呟くとフランツ宰相が食事の手を止めて俺の言葉に聴き入っているのに気が付いた。
 フランツ宰相もクリスに負けず劣らず愛国者でブレイメン公国を平和で豊かな国にしたがっている。
 だから一気に財政が豊かになった今の間に金以外の産物を用意したいのだろう。
 
 「印刷機とは大量の本を作る事ができる機械です。こちらはあとで設計図を提出しますがまずは紙を作りましょう。この二つがあれば農民にも本が手に入りますよ」
 
 「だが農民は字が読めないのだ。日本では沢山の人が字を読めるのかな?」

 「全国民の殆どが字を読めます」
 
 「なんと。それなら国の全てが動き出しますな。法律や布告だけでなく医学や数学なども伝える事ができる」
 
 フランツ宰相は本当に話が早くて助かる。
 政治家はこうでなくっちゃ。
 俺がフランツ宰相の聡明さに感心しながら食事をしているとクリスが乱入してきた。
 
 「ハヤト!!私にも日本の話を聞かせてほしい!!」
 
 クリスはどこで聞きつけたのかフランツ宰相と俺の昼食に割り込んできた。
 いや嫌いなわけじゃないんだよ?
 むしろ好奇心と知識欲のあるクリスは好きだし可愛いと思う。
 ただね……。
 
 「クリス殿、食事中に割り込んでくるなど王族にあるまじき行為ですぞ」
 
 ほらやっぱりフランツ宰相も怒るよね?
 ただこめかみを抑えながらも可愛い姪の事なのでかなり甘い。
 フランツ宰相は控えていたメイドにクリスの分の昼食を用意するように指示している。
 
 「だってハヤトが叔父上と話しているから。私も日本について聞きたい」
 
 クリスは小さな子供のよう目をきらきらとさせながら俺に話をしてほしいと迫る。
 こんなところも可愛くて俺は好きなんだ。
 でも俺のためにフランツ宰相を怒らせるのは申し訳ないので助け船を出す事にした。
 
 「じゃあクリスにも説明するから一緒に食事にしよう」
 
 「うむ。そうこなくてはな」
 
 クリスは無邪気に喜んでフランツ宰相の隣の席に座った。
 それから俺はフランツ宰相にもした日本の説明を繰り返す。
 クリスとフランツ宰相は日本について熱心に聞いてくれて、俺は食事をしながらそれに答えた。
 昼食後の休憩も挟みフランツ宰相の政務時間ギリギリまで日本の話をする。
 
 「ではハヤト殿。また明日もお願いしたい」
 
 「ええ俺でよければ喜んで」
 
 そう言って俺たちの昼食は終わった。
 今日は日本について話しすぎたな。
 後で質問された時に答えられるように日本の事をまとめないと。
 
 「なあハヤト」
 
 「何クリス?」

 「私はもっと日本の話が聞きたい」
 
 「それはいいけど最近やる事があるんだよ」
 
 「やる事とはなんだ?」
 
 「ブレイメン公国の文字の勉強」
 
 ここに来てからそれほど時間が経っていなかったし、俺もすぐ日本に帰れると思っていたからブレイメン公国の文字書きができない。
 学者たちに口頭で伝えてきたが限界がある。
 先ほど紙の話が出て来たし印刷機も作りたいので設計図が必要だ。
 
 「それなら私が文字の読み書きを教えよう」
 
 「お姫様だから忙しいと思うけどいいのか?」
 
 「時間は作る。それにハヤトの知識は軍事訓練より重要だからな。父上にもお願いしてみる」
 
 クリスがこう言ってくれるのは助かる。
 この世界の文字や数字を覚えるのは難しい。
 これなら日本の知識を役立てる事が上手く出来そうだ。
 
 「ありがとう」
 
 俺は笑顔で感謝の意を伝える。
 クリスも嬉しそうに笑顔を返してくれた。
 
 「では早速今から始めるぞ」
 
 「え?今から?」
 
 「うむ。善は急げだ」
 
 いや、クリスも暇じゃないだろうに。
 俺はそう思ったがクリスの好意を無駄にするのも気が引ける。
 それに日本への想いが強すぎて一人だと辛い。
 クリスと一緒にブレイメン公国の為に尽くしていれば忘れられる。
 だからクリスが一緒にいてくれるのはありがたい。
 そう思った俺は大公に借りている自室に向かった。

 クリスが手伝ってくれる事で俺の勉強も順調だ。
  朝は研究室で気球の研究を行い、昼はフランツ宰相と今後のブレイメン公国について語り合う。
 午後はクリスに文字書きを教わりながらブレイメン公国の事を聞いた。
 そしてクリスと一緒に夕食を取り、それから自室に戻ってブレイメン語の勉強だ。
 そんな日々が続くある日フランツ宰相から呼び出しを受けた。
 俺は気球の設計図を書いていた手を止めて部屋を出た。
 どこに行くのかわかっているので城の中を迷わず進む。
 
 着いた場所はクリスぱぱんこと大公が執務を行う執務室だった。
 執務室にはフランツ宰相と共に大公も待っていた。
 もしかして気球開発で何か問題でも起こしたのだろうか?
 そんな不安な気持ちのまま二人の言葉を待つ。
 すると二人は俺の予想とは違う事を言ったのだ。
 俺は二人の言葉を聞いて驚いた。
 それは俺への叙勲だった。
 つまり貴族にしてくれるという事だった。
  「ハヤト殿の功績に報いるには足りないが受けて欲しい。同時に政治顧問を引き受けて欲しいのだ」

 まずこの役職はフランツ宰相の強い推薦によるものらしい。
 フランツ宰相は俺を自分の右腕として政治顧問に据えたいと考えている。
 だからこの世界でまだ右も左もわからない俺への叙勲と言う事だ。
 そしてもう一つ。
 俺が元の世界に戻る事が難しい事をクリスが大公に伝えたからだそうだ。
 この世界に骨を埋めても構わないと思えるほどブレイメン公国が気にいったら、これからも助けてほしいという願いの証でもあるらしい。
 
 「我々はハヤト殿に感謝してもしきれない」
 
 そう大公は俺に話しかける。
 いつもの怖い王者の顔から優しくぎこちない笑顔に変わっている。
 俺は大公のこの笑顔に弱い。
 だから思わず頷いてしまった。
 俺が頷いたのを見て大公は嬉しそうに頷く。
 そしてフランツ宰相が話を続ける。
 どうやら叙勲式は来月の建国記念日に行われるらしい。
 そこで貴族や国民の前で俺に爵位を授与するそうだ。
 俺なんかの為に申し訳ないと思うと同時に感謝の気持ちでいっぱいになった。
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