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第二章 ブレイメン公国の人々

第九話 ベルヒス鉱山

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 第九話 ベルヒス鉱山
 
 クリスの駆るジェイソンに引っ張られて俺と医師たちは事故現場に到着した。
 金鉱の入り口が崩れていて岩で入り口が埋まっている。
 竜騎士達が綱を崩れた岩にかけ引っ張ると坑道が少しだけ開いた。
 際どいバランスで保たれている入り口の岩に何人もの竜騎士が綱をつけて引っ張り続ける。
 二次災害になったら目も当てられない。

 「今だ!!負傷者を救出せよ!!」

 クリスの父親であるオットー大公が陣頭指揮を取って負傷者の救助を指示している。
 竜騎士たちもいつ崩れるかわからない岩場に登り、負傷者を抱えて懸命に救助していた。
 もっと人手が欲しいが竜騎士以外は麓の村から歩いて登らなくてはいけない。
 今頃救助隊は食料も水も薬も背中に背負って必死に夜の山道を歩いているはずだ。

 「父上!!医師を連れてまいりました!!」

 「これが気球の力か。訓練していない者を乗せて飛ぶなど信じられん」

 クリスの声に振り向いた大公は俺の気球から降りてくる医師を見て驚いたがすぐに指示を飛ばす。
 俺の気球を見て大公が感心するがすぐに現場に戻る。
 医師を配置につけて重症者を優先的に診察させる体制を整えていた。
 大公は竜騎士と医師を手足のように動かしていた。
 俺は王様というのは家来に任せて玉座で座って酒を飲んでいるようなイメージを持っていたがそうではなかった。
 他の国は兎も角ブレイメン公国の王は玉座に座っているだけで務まるものではない。

 「皆!!医師と薬が届いた!!今夜が山場だ!!各々ブレイメンの民として励め!!」

 「おおおお───!!」
 
 大公の言葉に竜騎士も医師も声を張り上げる。
 その表情は鬼気迫るものがありまるで戦場のようだ。
 いやここは戦場だ。
 必死になって自分の民を救おうと危険な鉱山に入り陣頭指揮を取るクリスの父親。
 これが王者というものか。

 「クリス。もっと医師が必要だ。すまないがまた飛んでくれ」

 「わかりました。ハヤト頼む」

 「まかせろ」

 俺とクリスは鉱山から運び出された重症者を王都に運び、代わりに医師を乗せて運ぶという作業に没頭した。
 首都チュロスに運ばれた重症者はフランツ宰相が急遽用意した救護施設に収容される。
 救護施設にはかがり火が焚かれ湯が沸かされ手術道具が熱湯で消毒されて重症者を待っていた。
 血で汚れた包帯を取り換え痛みに苦しむ重傷者を励ます女性たち。
 疲れを紛らわせようと城の楽団も呼ばれて一晩中演奏を行う。
 眠気と疲れをいやし闘志を奮い立たせる音楽。
 
 ここも戦場だ。

 誰もかれも懸命になって働いている。
 兵士も民も関係なく負傷者の手当てを手伝い医師は手術に忙殺される。
 現代日本のような清潔とはいいがたい手術室。
 この世界の医術でどれだけの人が助けられるだろうか。
 俺もクリスもほぼ不眠不休だ。
 鍛えているクリスに疲れは見えないが俺は疲労困憊だった。
 何度目かの鉱山と王都への往復の最中に俺は気がついた。

 「……燃料の消費が少ない?」

 明らかに燃料の減りが少ないのだ。
 それに気がついて俺は備え付けの風速計で風を見る。
 谷間から吹く風の影響で浮力が増しているのはわかるが。
 燃料も気球もいつも通りだと思っていたが気球の気嚢という袋に暖かい空気を送ると上昇力が増す。
 こんなに高性能だっただろうか?

 「クリス。これをジェイソンの足にくくりつけてくれ」
 
 「わかった」

 クリスが屈んでジェイソンの足に風速計を付けると、ジェイソンの足にくくりつけた風速計のプロペラが猛回転し壊れてしまった。

 「そういう事か」
 
 「ハヤトなにかわかったのか?」
 
 「異世界フォーチュリアは浮力が俺のいた世界より何倍も大きい。重いドラゴンが悠々と飛べるのはこういう事だったんだ」

 ドラゴンの翼の下に浮力が集まっている。
 気球や翼など風を集める装置があればその恩恵で何倍も重い重量を飛ばす事ができる。
 これなら今よりもっと多くの荷物を積めるだろう。

 「俺の推測が正しければこの気球にはもっと医師と患者を乗せることができる。次は倍の人数を乗せてみよう」

 「大丈夫なのか?」

 「狭苦しい以外はね」

 かなりぎゅうぎゅうに詰めれば乗れると思う。
 この事件が解決したらもっと大きなゴンドラを付けて飛べるか実験してみよう。
 医師の派遣と重傷者の救助に気球を使った事で予想以上に救助は上手くいった。
 続々と送り込まれる医師と薬。
 
 翌朝には救助隊も到着し希望の光が見えてきた。
 だがその過程で助けられなかった命もある。
 俺は死者が並べられた場所に向かい両手を合わせる。
 平和な日本の大学生をやっていた俺は死体を見慣れているわけではない。
 鉱山事故の死体は五体満足な者だけではなかった。
 
 「ハヤト大丈夫か?」
 
 「……ああ、なんとかね」
 
 「少し休むか?」
 
 「クリスが休むなら俺もそうする」
 
 そう言って俺はクリスの赤い瞳を見つめる。
 クリスは俺の黒い瞳を見つめて微笑んだ。
 休んでいる暇はない。
 
 「いくぞハヤト」

 「ああ。まだまだやるぞクリス」
 
 こうして俺たちの一週間に渡る救助作戦は続いた。
 一週間後王都で今回の事故犠牲者の追悼式が行われた。
 通常より遥かに多い医師達と俺達の努力でも助けられない命はある。
 大勢の負傷者と犠牲者家族の見守る中、遺体は棺桶に入れられ上から土が被せられ埋められていく。
 泣き崩れる奥さんと子どもたち。
 けが人を助けられなかった医師達も悔しそうに泣いていた。
 大公も公妃も公子も死者に祈りを捧げている。
 俺の隣ではクリスが涙を堪えて追悼式が終わるまで立ち尽くしていた。
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