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第二章 ブレイメン公国の人々

第五話 白銀の美しい山脈の国

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第五話 白銀の美しい山脈の国

「本当に飛んだな!!」

「俺は嘘つきじゃないよ」

「今から係留綱を投げるから受け取ってくれ」

クリスが投げた係留綱を受け取ってゴンドラについている器具に引っ掛けた。
その間も歓声をあげる兵士を見て嬉しく思う。

「準備出来たよ」

「それでは引いていくぞ」

クリスが手綱で合図するとジェイソンが前進する。
ジェイソンに引っ張られて気球が動く。
風任せの気球に推力があればと思っていたがこれでも大丈夫そうだ。
推力をつけようとすれば巨大なプロペラのついた飛行船の分類になる。
あそこまで行くと巨大すぎて逆に山間の高原から飛び立つのは難しくなる。

良い風も吹くし山国ブレイメン公国には気球が適した乗り物に思えた。
可能なら山間に風力計をつけて風で操りたいが、俺は日本に帰る気なのでそこまでする時間はない。
だが帰れない時はどうしよう。
両親と妹と友人たちに会えないのは辛い。
日本の思い出を思い出しながら意識を気球の操作に集中した。

山と谷の間に見える村の上空を通過すると、ヤギを飼っていた牧童がこちらを指さして叫んでいる。
村の家々から村人が出て来て俺と気球を見て驚いている。
村人の服装はお世辞にも上品とはいいがたく、ヤギの革で出来たジャケットを着て丈夫そうな羊毛のズボンを履いていた。
ズボンは土に汚れていてあちこち敗れている。
天然のダメージジーンズだ。

俺の目には頂上付近を雪に覆われた山脈が広がっていた。
白銀の峰々がとても美しい、クリスが誇る美しい国土。
谷間から吹く上昇気流に乗って高度を上げていく。
風は冷たく肌を刺すのは高度のせいだけでは無いだろう。
眼下に先程の村が手のひらに収まるくらい小さく見える。
この光景を竜騎士以外で見たのは多分俺が最初だろう。

山間に先程のような小さな村が幾つもあり、険しい山道が村々を繋いでいる。
中には馬車が通るのがやっとという細い道もあった。
上空から見るのは楽しいが、生活するのは辛いだろうなと俺は思う。
この細々とした山道が唯一の外界との道で、冬は雪に閉ざされて何ヶ月も自給自足しなくてはならない。
日本の長野県も昔はこうだったのだろうか。
武田信玄始め道路や鉄道を作ってくれた現代日本の人々には感謝しかない。

「クリスの国はみんなこんな光景なのか?」

「だいたいはな。首都チュロスは大きな盆地にあるが、他の都市も狭い谷間に作られている」

「総人口はどのくらいなんだ?」

「正確にはわからないが三十万人といった所だ」

「首都には何人住んでいるんだ?」

「大体一万人くらいだな」

首都でさえ一万人という事は、三十万人の殆どが猫の額のような山あいの村で暮らしている。
この山脈が全部クリスの国だとしたら人口の希薄さは推して知るべしだ。
そんな感想を抱いていると岩のあちこちに竜をかたどった彫刻が施されていた。

「あれは何だ?」

「竜神シュマラとその眷属だな。我々の国を作った神様だ」

「随分多種類あるんだな」

「竜神シュマラと眷属は百騎の竜で家族を作っている。村々に別々の竜がいてその竜が村を守護していると言われているんだ」

つまり村々は独自の神様が認められているという事か。
日本でも山や海など自然が厳しい所では信仰心が篤い。
クリスの国は山脈ごとに文化が違うのかもしれない。
つまり形の上ではブレイメン公国としてまとまっているが実体は多民族多宗教国家という事か。
公女のクリスが自ら竜騎士になって模範を示さないといけないくらい危うい状態なのかもしれない。
そう考えれば先ほどの砦にいた兵士が常に臨戦態勢なのも頷ける。
あれは外敵に向けられた目じゃない。
内部の敵に備えているんだ。
 
「やれやれ。とんでもない所にきちまったぜ」
 
「何がだ?」

「いやクリスの国も大変だなって思ってな。クリスはお姫様だろ?なんで竜騎士なんてしてるのか不思議だったがわかった気がする」

「この世界に大変じゃない国があるとは思えないな。ハヤトの住んでいた日本は大変じゃないのか?」

「そりゃまあ大変だけどさ」

学費返済しつつ就職活動もしないとだし。
自分の専攻していた分野とは無関係の企業面接も受けている身としては楽だとは言えない。
だが日本で内乱は多分ないなあと思う。
自衛隊がクーデターするような話はアニメやゲームでしか想像できない。
でも過去の日本は軍隊がクーデターしたことがあったんだよな。
今まで平和だったのは奇跡かもしれない。
 
「でも食べる事と寝る事は出来たから幸せか。早く日本に帰りたいよ」

初めて見る美しい山々に囲まれたクリスの国を見て、俺の実家のある長野県の日本アルプスを思い出し泣きそうになった。
今頃両親と妹は俺の事探してるだろうなと思うと申し訳なくなる。
早く日本に帰りたい。

夕暮れ近くに首都チュロス上空に到達すると、数騎の竜騎士がこちらに近寄ってきた。
竜騎士は手に手に弓を持っている。
俺の気球が怪物か何かに見えたらしく、竜騎士が遠巻きに俺と気球を包囲する。
警戒を解かない竜騎士達の所へクリスが飛んでいき事情を説明している。
そのうち竜騎士が数騎眼下の街に降下していく。
クリスが説明しているようだが他の竜騎士はまだ包囲を解かない。
あの竜騎士が一斉に矢を撃ってきたら俺と気球なんてひとたまりもない。
怖いから卑屈に愛想笑いを浮かべたが竜騎士にスルーされた。

くそっ俺一流の卑屈笑いが通用しないとは。

待つこと一時間くらいだろうか。
やっとクリスが戻ってきた。
同時に竜騎士が包囲を解く。
やれやれどうやらわかってくれたようだ。

「館の裏庭に降下していいそうだ」

クリスが眼下の街の目立つ小高い丘に立つ館を指さした。
館は三階建くらいの簡素な作りだが、砦のように石垣と櫓で囲まれている。
いつ戦争が始まってもいいように作られているのだろう。
といってもクリスの国は山が険しく占領するどころか地理を把握するだけで一苦労なので攻められる心配は無いだろう。
はっきり言って労力に対して割に合わない。
遠目で見た竜騎士達はよく訓練されているようだし、空を飛ばないと移動もままならないだろう。
そんな感想を抱きながら俺はクリスと一緒に館の裏庭に降下していった。
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