上 下
99 / 103
第14章 転生者達

第99話 暗躍する邪教

しおりを挟む
 第99話 暗躍する邪教
 
 冒険者ギルドマスターのオットーさんは、僕達を気遣ってか、話題を変えた。
 先ほどとは違い仲間の思い出話をする老人の顔からギルドマスターの顔に変わっていた。
 多分これがオットーさんの本当の姿なのだろう。
 僕はその顔色に思わず背筋が伸びる。
 やはりこの人は油断がならない。
 
 「でだ。ユキナとミレーヌに相談があるんじゃ」
 
 「何でしょう?」
 
 僕とミレーヌは声を揃えて聞いた。
 多分ろくでもない話に違いない。
 
 「お主らこのアルスラン帝国がシリカ国と戦争になるという事は知っておるな?」
 
 「察してはいます」

 街中で出会う兵士がやけ酒を飲むぴりぴりとした雰囲気。
 さっきの商店主が異常に好戦的だったのも売り物の食品の高騰が理由の一つだろう。
 宿の主人が漏らしたビールの貯蔵施設まで軍に押さえられて食糧庫にされた事。
 アルスラン帝国の銀貨が質を落してまで発行量を増やしたのも軍費にあてる為だろう。
 
 「この戦争はのう。アルスラン帝国が負ける」
 
 オットーさんがそういうと僕はその原因を考えてみる。
 兵力はアルスラン帝国が圧倒的に多いけど、多分兵站がもたないのだろう。
 兵站とはわかりやすく言えば食料や武器などの物資から補充の兵士までを含む、戦争を続けるための準備という事だ。
 これには経済力が大きく関わってくる。
 
 アルスラン帝国が発行しているイリヤル銀貨は含まれる銀の量が少ない。
 戦争の為にさらに銀の量を減らして枚数を増やせば一時的には効果的だけど、価値の下がった銀貨はみんなが嫌がる。
 アルスラン帝国はさらに銀の量を減らすかもしれないという不安感もあるだろう。
 逆にシリカ国が発行するクラン銀貨は銀の量が多く、大きな声では言えないが主要な取引はクラン銀貨のほうが信用がある。
 食料や武器などはクラン銀貨で取引されていると思う。
 
 「つまりイリヤル銀貨を使うアルスラン帝国は、クラン銀貨をつかうシリカ国に経済面で劣るという事ですか?」
 
 「正解じゃ。ミレーヌよかったのう。お主の恋人は経済感覚が優れておるようじゃ」
 
 オットーさんがそう言うとミレーヌはとても嬉しそうに笑う。
 恋人の僕が褒められたのが素直に嬉しいようだ。
 ミレーヌが僕の腕にすり寄ると、ミレーヌの大きな胸が僕の腕にあたる。
 夢で見たミレーヌのお母さんの勇者マリータさんの胸に大きさは及ばないけど、ミレーヌの胸は十分大きいし形が良いことを僕はよく知っている。
 
 「当たり前だよ♪ボクのユキナは頭がいいんだから」
 
 「若い者は羨ましいのう。戦争は金塊の殴り合いじゃからな」

 第二次世界大戦で戦ったアメリカは2024年価格の日本円で2億円するM4シャーマンという戦車を34780両、それより劣る1億5千万円の戦車を12000両作れた。
 対して日本は1億円の戦車を4500両しか用意できなかった。
 これに空母やトラックや戦闘機を加えると更に差は広がる。
 つまり経済面でも勝負にならなかったのだ。
 
 「経済面もじゃがアルスラン帝国がシリカ国を攻めるには北の草原か南の森しかない。これがどれだけ困難かわかるじゃろう」
 
 「そうですね。僕なら草原にいる遊牧民にお金を渡してアルスラン帝国の補給部隊を襲って貰います。森を通るなら細く伸び切ったアルスラン帝国軍をゲリラ戦で迎え撃ちますね」
 
 「そういう事じゃ。守りに入り経済力で勝るシリカ国はクラン銀貨を上手く使えばアルスラン帝国の補給をつぶせる。補給が出来なくては大軍も意味がない」
 
 最初はアルスラン帝国が優位に戦争を進めているように見えるけど、最後は負けるとオットーさんと僕の意見は一致した。
 やっぱりオットーさんは兵士だったから補給の大切さをよくわかっている。
 でもアルスラン帝国にだってプロの軍人も経済に明るい官僚や大臣もいると思う。
 僕でも負けるとわかる戦争をどうしてするのだろうか?
 
 「少し考えれば負ける戦争をどうしてアルスラン帝国は行うのですか?」
 
 「このままではアルスラン帝国のイリヤル銀貨はシリカ国のクラン銀貨に乗っ取られる。つまり経済力で支配されるという事と、かつての世界帝国の威信を取り戻したいというのが表向きの理由じゃ。じゃが本当の理由は別にある」
 
 「というと?」
 
 僕がそう聞くとオットーさんは紅茶を一口飲む。
 僕もミレーヌもオットーさんが口を開くまで待つことにした。
 こういう時の老人は話をする前に頭の中で思考をまとめている時だ。
 コチコチと時計の針が動く音だけが部屋に響く。
 しばらくしてオットーさんが口を開いた。
 
 「新しい皇帝が意見する部下を容赦なく殺しているのじゃ。だが皇帝が狂っているのは別の者が皇帝を操っているからじゃ」
 
 「別の者って誰ですか」
 
 「宗教じゃよ。皇帝はマナジ教という魔王崇拝の宗教に操られておる。マナジ教はフォーチュリア最大の国家アルスラン帝国を壊滅させて魔王が世界征服しやすくする為に暗躍しておる」
  
 初めて聞く宗教だった。
 そんな宗教がアルスラン帝国に暗躍していたなんて。
 でも僕の頭に疑問が浮かぶ。
 
 「でもそんな事が簡単に出来るのですか?」

 前世でもキリスト教は最高権力者だったローマ皇帝を宗教的に操って暗躍した。
 アルスラン帝国をマナジ教が蝕む事は不可能じゃないと思う。
 
 「実は今の皇帝は実の父親と後継者だった兄を暗殺して皇帝になったのじゃ。その暗殺にマナジ教が関係しておると儂は考えておる。だが証拠はない。そこでお主たちにマナジ教の事を調べてもらいたい」
 
 「随分変わった依頼ですね。冒険者の仕事というより兵士や官僚の仕事ではないでしょうか?」

 「さっきも言ったが新しい皇帝は反対者を殺しておる。誰も止められないのじゃ。このままではアルスラン帝国は勝ち目のない戦争を始めてしまう。そうなる前に止めなければ沢山の人が死ぬ。勇者として見過ごせんじゃろう?」
 
 そう言ってオットーさんはミレーヌを見つめた。
 ミレーヌは僕とオットーさんを交互に見た後頷く。
 
 「ボク難しい事はわからないけど、戦争を止められるなら何でもするよ」
 
 「うむ。ミレーヌならそう言うと思っとった。ユキナは?」
 
 「僕も同じ気持ちです」
 
 僕がそういうとオットーさんは深く頭を下げる。
 
 「ありがとうユキナ、ミレーヌ。儂らが魔王を倒せなかったから二人には迷惑をかけてすまんな。報酬は弾むぞ」

 それから僕とミレーヌはマナジ教の事を調べる事になる。
 シグレさん達にどう説明しようか迷ったけど、僕とミレーヌの気持ちは変わらなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る

電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。 女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。 「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」 純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。 「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...