上 下
96 / 103
第13章 アルスラン帝国

第96話 謎の老人

しおりを挟む
 第96話 謎の老人

 その背中を見送った後、僕とミレーヌはホッと一息つく。
 
 「ありがとうございます」
 
 僕は助けてくれた冒険者ギルドマスターに頭を下げる。
 ギルドマスターは手を振って良いのじゃという素振りを見せて僕たちに微笑むと少年たちに向かって
 
 「仕事をやるからついてこい。あとお前たちは今からわしの奴隷じゃ。文句はないじゃろな」

 有無を言わせぬ口調で少年たちに言う冒険者ギルドマスター。 
 少年たちは顔を見合わせて頷いた。
 どうやら少年たちは奴隷として雇われるらしい。
 
 「行くぞ。まずその汚い恰好をなんとかせんとのう。この冒険者ギルドマスターオットーの奴隷がそんな恰好では儂の名前に傷がつく」
 
 ギルドマスターがそう言って歩き出したので僕とミレーヌも後をついていく事にした。
 その後少年グループたちを連れて冒険者ギルドに戻ったオットーさんは、少年たちをエルフで冒険者ギルドの受付嬢のエレナさんに押し付けた。
 エレナさんは驚いた表情でオットーさんを見つめたあと
 
 「この子達をどうするんですか?」
 
 「なに拾い物じゃ。手配を頼む」
 
 「わかりました。みんな付いてきなさい。まずお風呂に入ってから食事にしますよ」
 
 そう言ってフミンの少年達を連れて行くエレナさん。
 僕達は何がなにやらわからないままオットーさんを見つめる。
 
 「どういう事ですか?」
 
 「あの場であんた達が剣を抜いたら取り返しがつかなくなったじゃろ?儂はフミンの子供がどうなろうが構わんが、あんた達を犯罪者にするのは困る。それに商売を広げて丁度奴隷が足りなくなってきたしの、悪い話ではないと考えたまでじゃ」
 
 また奴隷だ。
 どうしてこの世界の人たちは人間を物扱いするのだろうか?
 前世で日本人だった僕には納得がいかない。
 そんな僕の憤りを感じたオットーさんが口を開く。
 
 「奴隷と言っても働き次第では従業員にしてやる。風呂も飯も与えてやる。それに奴隷なら儂の所有物扱いじゃから、あいつらに街の者は手を出せん。儂の所有物を傷つけるという事は儂を傷つける事と同じ事じゃからな」
 
 オットーさんなりにあの子たちの身の安全を保障してくれたという事だ。
 でも奴隷という扱いは納得できない。
 このアルスラン帝国でフミンの民がなぜこんな扱いを受けるのか僕にはわからない。
 
 冒険者ギルドの奴隷として雇われたフミンの少年達は風呂に入れられて身体を洗われた。
 そして食事を与えられて最初は戸惑っていた少年たちも空腹には勝てずガツガツと食べ始める。
 お腹が満たされると今度はエレナさんが一人一人に合った服を持ってきて着させていった。
 先ほどとは全く違う待遇に少年たちは驚き喜んでいた。
 路地裏で盗みを行う生活よりは幸せなのかもしれない。
 
 「これで貸しひとつじゃな勇者ミレーヌ」
 
 「なぜそれを」
 
 「伊達に長生きはしておらんよ」
 
 そう言って冒険者ギルドマスターはウインクしたのだった。
 僕とミレーヌは胡散臭そうにギルドマスターのオットーさんの後ろをついていく。
 そのままギルドマスターの部屋へ歩いていくと、部屋の前にはブレストプレートアーマーを着込んだ見張りの冒険者らしき屈強な男が二人立っていて、油断なく部屋の周りを監視していた。
 彼らは僕とミレーヌをじっと胡散臭そうに見つめている。
 下手な動きを見せたら即座に襲い掛かってくるだろう。
 
 「これこれ、この二人は客人じゃ」
 
 オットーさんがそう言うと見張りの冒険者二人は姿勢を戻しドアノブを回してギルドマスターの部屋の扉を開く。
 ギルドマスターは二人に手を振って僕たちを招き寄せた。
 うさん臭さしかない老人だけど僕とミレーヌは部屋に入る。
 すると部屋の中に魔法特有の張り詰めた空気が感じられた。
 沈黙の呪文がかけられていたのだろう。
 部屋の中の会話は外に聞こえないようになった。
 
 「ヒヒヒ。取って食いやせぬから座りなさい」
 
 そう言ってギルドマスターが手を振ると白磁の高価なティーセットと皿に乗った前世で食べた金塊のような台形の形をしたフィナンシェというお菓子が空中に現れて、僕とミレーヌの前にふわふわと浮いていた。
 多分魔法生物を使役しているのだろう。
 僕とミレーヌはお互いの顔を見たあとソファに座る。
 テーブルの上に先ほどのティーセットが静かに置かれて紅茶が注がれる。
 香りだけで高価な茶葉だとわかった。
 
 「儂は人間は信用せぬのでな。こやつらに一切まかせておる」
 
 そう言って僕たちに紅茶とお菓子を勧めてきた。
 
 「いただきます」

 お菓子に手を付けようとしたミレーヌを手で制して、僕は金塊の形をしたフィナンシェというお菓子と紅茶に口を付ける。
 
 毒見だ。
 
 大丈夫そうなのでミレーヌに頷くとミレーヌもお茶とお菓子に手を付ける。
 フィナンシェはアーモンドのような薄く切った豆がちりばめており、甘くて上品なおいしさだった。
 
 「ヒヒヒ……美しく育ったのうミレーヌ。儂の事は覚えておらぬじゃろうな」
 
 「ボクを知ってるんですか?」

 「よく知っておるとも。勇者マリータの娘、わしらの大切な親友の産んだ子供じゃからな。よく抱き上げさせてもらったものじゃ」
 
 そう言ってギルドマスターは懐かしそうにミレーヌを見つめる。
 見つめるがその目が一瞬ミレーヌの胸元を見ていた事に気が付いた僕はミレーヌを抱き寄せて手でミレーヌの胸元を隠した。
 意味を察したミレーヌが顔を赤くしてギルドマスターを睨む。
 
 「ホホホ。胸の大きさはまだまだマリータには及ばぬのう。で、小僧。ミレーヌの抱き心地はどうじゃった?」
 
 「ちょっ!?何を聞いてくるんですか!?」

 「まさかまだ手を出しておらんとか言わぬじゃろうな?」

 「いえ…まあその」
 
 「ヒヒヒ」
 
 いきなり何を聞いてくるんだこの人は。
 僕が恥ずかしくて俯いているとギルドマスターはイヤらしく笑った後。
 
 「お主も転生者じゃろう?」
 
 そう言われた。
 僕の心臓が高鳴って胸が苦しい。
 どうしてこの老人はこんな事を言うのだろうか。
 そもそもどうしてその事を知っているのか。
 
 「ユキナ?」
 
 ミレーヌが僕の顔を覗き込む。
 その顔から僕は目を逸らした。
 別に悪い事をしているわけじゃない。
 悪い事をしている訳じゃないのに。
 
 ずっと考えていた。
 
 僕が転生したときに本来この身体の持ち主であるユキナという少年はどこに行ったのだろうと。
 僕が最初からフォーチュリアで生まれたというなら何も問題はない。
 僕が前世の記憶を知ったのは4歳の頃。
 じゃあ4歳まで存在したはずのユキナ君は?
 本当に生まれた時から4歳までこの身体も心も僕のものだったのだろうか。
 僕がユキナ君の身体を乗っ取ってしまったのではないか?
 そう考えてしまったら不安で不安で仕方なかった。
 
 「どうしてその事を?」
 
 僕は震える声でギルドマスターに尋ねる。
 するとギルドマスターは紅茶を啜ってから口を開いた。
 
 「ヒヒ……儂も転生者じゃからな」
 
 その言葉に僕は驚いて顔を上げる。
 そんな僕を見てギルドマスターのオットーさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スクールカースト最底辺の俺、勇者召喚された異世界でクラスの女子どもを見返す

九頭七尾
ファンタジー
名門校として知られる私立天蘭学園。 女子高から共学化したばかりのこの学校に、悠木勇人は「女の子にモテたい!」という不純な動機で合格する。 夢のような学園生活を思い浮かべていた……が、待っていたのは生徒会主導の「男子排除運動」。 酷い差別に耐えかねて次々と男子が辞めていき、気づけば勇人だけになっていた。 そんなある日のこと。突然、勇人は勇者として異世界に召喚されてしまう。…クラスの女子たちがそれに巻き込まれる形で。 スクールカースト最底辺だった彼の逆転劇が、異世界で始まるのだった。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

僕っ娘、転生幼女は今日も元気に生きています!

ももがぶ
ファンタジー
十歳の誕生日を病室で迎えた男の子? が次に目を覚ますとそこは見たこともない世界だった。 「あれ? 僕は確か病室にいたはずなのに?」 気付けば異世界で優しい両親の元で元気いっぱいに掛け回る僕っ娘。 「僕は男の子だから。いつか、生えてくるって信じてるから!」 そんな僕っ娘を生温かく見守るお話です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...