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第13章 アルスラン帝国
第91話 戦争の足音
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第91話 戦争の足音
アストラハンの夜は深くて暗い。
空には雲がかかり街の明かりがぽつりぽつりと灯っている。
西大陸最大の都市は城壁に掲げられたかがり火が照らす光の円の中にある黒い闇のように見える。
火災防止のため夜に火を焚くことは禁止されているから殆ど光は見えないし、僕たちのような旅人以外は明日も仕事があるので早々に寝るから明かりが灯る家は少ない。
夜半は盗賊が出るから宿からは出入り禁止なので、部屋で飲み明かす人も多いのだろう。
飲み足りない酔客が部屋に酒やつまみを持ち込んでいた。
「これからどうするの?」
ワインを飲みながらミレーヌが僕に聞いてくる。
この世界では15歳は成人だ。
結婚だって出来る。
僕も旅を終えたらミレーヌに告白しようと思う。
ミレーヌは僕の妻になってくれるだろうか。
「情報収集かな」
そう僕は答えた。
将来の事より今は勇者ミレーヌの冒険が優先だ。
魔王を倒した後はどうするのだろうか。
僕とミレーヌの冒険は勇者の務めを果たしたあとでも続くのだろうか。
「どうやって?酒場の主人は警戒していたよ」
僕はミレーヌに頷く。
確かに宿の主人は僕たちを疑っていた。
人のよさそうな笑顔を浮かべる主人を疑うのは気が引けるけど、冒険者は少しの油断が命取りになりかねない。
それにヒミン族であるロッテを僕たちが連れているのが不思議だったのだろう。
隙無く探りを入れようとビールで酔わせようとしたくらいだ。
「やはり冒険者ギルドへ向かって情報収集するのがいいだろう」
そう言いながらワインを片手に何かを考えているシグレさんだ。
シグレさんは戦士としても一流だけど育ちの良さを感じさせる立ち居振る舞いと戦術に長けているので故郷では高貴な人だと僕は思っている。
ルクス城で城門を閉じて逃げ出そうとするゴブリンやオーガを抑え込んで見事に殲滅した手腕から見ても軍事教練を受けた軍人だと思う。
そのシグレさんが感じる違和感はいつも鋭い。
天性の武人なのだろう。
シグレさんは故郷の事は語らないし僕もあえて聞いたりしない。
同じ旅をする仲間でも言いたくない事、触れられたくない事はあるだろう。
僕だってこの世界に転生してきたなんて事はミレーヌにも秘密にしている。
「シグレどうしたのさ?」
そうシグレさんに問うのはセシルさんだ。
シグレさんと付き合いが長いから気軽にシグレさんの会話に入り込める。
少し羨ましい。
「いや、酒場に兵士特有の匂いを感じたのでな。戦争は本当かもしれない。その証拠に皆豪華な食事を食べ不味いビールをがぶ飲みしていた。あれは出征間近の兵士の行動だ」
言われてみれば確かにやけ酒を飲む人が多かった気がする。
兵士に余裕がないとはよほど過酷な戦争をするのだろう。
東方のシリカ国という交易国家と戦争をするという噂は本当かもしれない。
そこで僕は下船の時、同じ銀貨って言っても銀の含有量が違うので『同じ重さなら価値があるほうがいいに決まってるさね』とセシルさんが言っていた事に気がついた。
「そういえばセシルさん。ジョルジュ船長にアルスラン帝国のイリヤル銀貨じゃなくてシリカ国のクラン銀貨で報酬を受け取っていましたね」
「お、気が付いたかい。ユキナは頭が良くて助かるよ」
そう言ってセシルさんが僕の頭を嬉しそうに撫でてくれた。
最初に出会った時はいかにも世間慣れした金銭感覚に鋭いお姉さんだと思っていたけど、それプラス面倒見のいい優しい人だと同じ旅をしている間で僕は知った。
セシルさんにとって僕はきっと弟みたいな存在なのだろう。
ミレーヌもセシルさんにとって妹のような存在なんだろうな。
……妹の恋路の為に弟とのSEXを勧める悪いお姉さんだ。
そんな僕とセシルさんの様子をミレーヌが不思議そうな顔で見つめている。
「どういう意味か教えてよ」
「つまりさ。戦争するには大量の現金、つまり銀貨が必要なんだよ。アルスラン帝国は自分たちのイリヤル銀貨に不純物を混ぜて銀の量を減らした銀貨で兵士の給料を払っている。つまり実質的に兵士の給料は下がってるんだよ。そんなゴミ銀貨よりシリカ国の銀の純度の高いクラン銀貨のほうがよろこばれるんだ」
「うん。そこまではボクにもわかるよ」
「クラン銀貨のほうが価値が高いって事は、クラン銀貨で兵士の食べる食料や武器をシリカ国は買いあさる事が出来る。それどころか賄賂を使って兵士や将軍から情報を集めたり、官僚の動きを邪魔する事だってシリカ国の思うがままって事なんだよ。多分もう大口の取引はシリカ国が独占してると思う。食料や武器がないと戦争は出来ないからね」
日本で言うと円が紙切れになってドル決済が普通になっているという状態。この場合日本の経済はアメリカの思うがままという事だ。
アルスラン帝国の経済がシリカ国に乗っ取られそうになっているから、アルスラン帝国はシリカ国を攻め滅ぼすか併合する必要があるんだ。
政治も戦争も突き詰めればお金だからね。
「そっか。だから質のいい麦はシリカ国が買いあさっていて、アルスラン帝国には質の悪い麦しか残ってないからビールが美味しくないんだね」
ミレーヌは賢い。
幼馴染で長い付き合いだけど僕の恋人は文武両道だと改めて思った。
美人で情が深くて強くて優しくて頭も良い。
ベッドの上だと、もの凄く可愛く悶えて感じてくれる。
絶頂するときの表情とか愛しくてたまらない。
是非妻になって欲しい。
「という事は魔物などの討伐を行う兵士がいなくなるから、俺たちの仕事には事欠かないという事だな」
クヌートも納得してくれたようだ。
明日は冒険者ギルドに行こう。
魔物討伐だけでなく他の仕事も多い筈だ。
上手くいけば情報だって手に入るだろう。
いつも思うけど国民の安全と戦争を秤にかけて戦争を選ぶなんて馬鹿げてる。
賄賂が横行してるなら綱紀粛正して正せばいいし、シリカ国と仲良くして外交である程度の落としどころを探ればいい。
僕がそういう発想に至るのは「国民」という共同体意識があるからだ。
アルスラン帝国皇帝にとっては民衆なんていうものは放っておけば増えるアイテムのような扱いなのだろう。
この国の未来は暗いと僕は思った。
アストラハンの夜は深くて暗い。
空には雲がかかり街の明かりがぽつりぽつりと灯っている。
西大陸最大の都市は城壁に掲げられたかがり火が照らす光の円の中にある黒い闇のように見える。
火災防止のため夜に火を焚くことは禁止されているから殆ど光は見えないし、僕たちのような旅人以外は明日も仕事があるので早々に寝るから明かりが灯る家は少ない。
夜半は盗賊が出るから宿からは出入り禁止なので、部屋で飲み明かす人も多いのだろう。
飲み足りない酔客が部屋に酒やつまみを持ち込んでいた。
「これからどうするの?」
ワインを飲みながらミレーヌが僕に聞いてくる。
この世界では15歳は成人だ。
結婚だって出来る。
僕も旅を終えたらミレーヌに告白しようと思う。
ミレーヌは僕の妻になってくれるだろうか。
「情報収集かな」
そう僕は答えた。
将来の事より今は勇者ミレーヌの冒険が優先だ。
魔王を倒した後はどうするのだろうか。
僕とミレーヌの冒険は勇者の務めを果たしたあとでも続くのだろうか。
「どうやって?酒場の主人は警戒していたよ」
僕はミレーヌに頷く。
確かに宿の主人は僕たちを疑っていた。
人のよさそうな笑顔を浮かべる主人を疑うのは気が引けるけど、冒険者は少しの油断が命取りになりかねない。
それにヒミン族であるロッテを僕たちが連れているのが不思議だったのだろう。
隙無く探りを入れようとビールで酔わせようとしたくらいだ。
「やはり冒険者ギルドへ向かって情報収集するのがいいだろう」
そう言いながらワインを片手に何かを考えているシグレさんだ。
シグレさんは戦士としても一流だけど育ちの良さを感じさせる立ち居振る舞いと戦術に長けているので故郷では高貴な人だと僕は思っている。
ルクス城で城門を閉じて逃げ出そうとするゴブリンやオーガを抑え込んで見事に殲滅した手腕から見ても軍事教練を受けた軍人だと思う。
そのシグレさんが感じる違和感はいつも鋭い。
天性の武人なのだろう。
シグレさんは故郷の事は語らないし僕もあえて聞いたりしない。
同じ旅をする仲間でも言いたくない事、触れられたくない事はあるだろう。
僕だってこの世界に転生してきたなんて事はミレーヌにも秘密にしている。
「シグレどうしたのさ?」
そうシグレさんに問うのはセシルさんだ。
シグレさんと付き合いが長いから気軽にシグレさんの会話に入り込める。
少し羨ましい。
「いや、酒場に兵士特有の匂いを感じたのでな。戦争は本当かもしれない。その証拠に皆豪華な食事を食べ不味いビールをがぶ飲みしていた。あれは出征間近の兵士の行動だ」
言われてみれば確かにやけ酒を飲む人が多かった気がする。
兵士に余裕がないとはよほど過酷な戦争をするのだろう。
東方のシリカ国という交易国家と戦争をするという噂は本当かもしれない。
そこで僕は下船の時、同じ銀貨って言っても銀の含有量が違うので『同じ重さなら価値があるほうがいいに決まってるさね』とセシルさんが言っていた事に気がついた。
「そういえばセシルさん。ジョルジュ船長にアルスラン帝国のイリヤル銀貨じゃなくてシリカ国のクラン銀貨で報酬を受け取っていましたね」
「お、気が付いたかい。ユキナは頭が良くて助かるよ」
そう言ってセシルさんが僕の頭を嬉しそうに撫でてくれた。
最初に出会った時はいかにも世間慣れした金銭感覚に鋭いお姉さんだと思っていたけど、それプラス面倒見のいい優しい人だと同じ旅をしている間で僕は知った。
セシルさんにとって僕はきっと弟みたいな存在なのだろう。
ミレーヌもセシルさんにとって妹のような存在なんだろうな。
……妹の恋路の為に弟とのSEXを勧める悪いお姉さんだ。
そんな僕とセシルさんの様子をミレーヌが不思議そうな顔で見つめている。
「どういう意味か教えてよ」
「つまりさ。戦争するには大量の現金、つまり銀貨が必要なんだよ。アルスラン帝国は自分たちのイリヤル銀貨に不純物を混ぜて銀の量を減らした銀貨で兵士の給料を払っている。つまり実質的に兵士の給料は下がってるんだよ。そんなゴミ銀貨よりシリカ国の銀の純度の高いクラン銀貨のほうがよろこばれるんだ」
「うん。そこまではボクにもわかるよ」
「クラン銀貨のほうが価値が高いって事は、クラン銀貨で兵士の食べる食料や武器をシリカ国は買いあさる事が出来る。それどころか賄賂を使って兵士や将軍から情報を集めたり、官僚の動きを邪魔する事だってシリカ国の思うがままって事なんだよ。多分もう大口の取引はシリカ国が独占してると思う。食料や武器がないと戦争は出来ないからね」
日本で言うと円が紙切れになってドル決済が普通になっているという状態。この場合日本の経済はアメリカの思うがままという事だ。
アルスラン帝国の経済がシリカ国に乗っ取られそうになっているから、アルスラン帝国はシリカ国を攻め滅ぼすか併合する必要があるんだ。
政治も戦争も突き詰めればお金だからね。
「そっか。だから質のいい麦はシリカ国が買いあさっていて、アルスラン帝国には質の悪い麦しか残ってないからビールが美味しくないんだね」
ミレーヌは賢い。
幼馴染で長い付き合いだけど僕の恋人は文武両道だと改めて思った。
美人で情が深くて強くて優しくて頭も良い。
ベッドの上だと、もの凄く可愛く悶えて感じてくれる。
絶頂するときの表情とか愛しくてたまらない。
是非妻になって欲しい。
「という事は魔物などの討伐を行う兵士がいなくなるから、俺たちの仕事には事欠かないという事だな」
クヌートも納得してくれたようだ。
明日は冒険者ギルドに行こう。
魔物討伐だけでなく他の仕事も多い筈だ。
上手くいけば情報だって手に入るだろう。
いつも思うけど国民の安全と戦争を秤にかけて戦争を選ぶなんて馬鹿げてる。
賄賂が横行してるなら綱紀粛正して正せばいいし、シリカ国と仲良くして外交である程度の落としどころを探ればいい。
僕がそういう発想に至るのは「国民」という共同体意識があるからだ。
アルスラン帝国皇帝にとっては民衆なんていうものは放っておけば増えるアイテムのような扱いなのだろう。
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