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四章 幻想調査隊隊員日本一
勇者臨場
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~~同時刻。中庭の噴水前にて~~
打ち合う木剣と木剣。軽い音とは裏腹に鋭い剣閃は他者が入り込む余地は無い。
時折、無作法にも木の葉がその剣の渦に迷い込むが、一瞬にして剣風に巻き込まれ青々しい緑の葉を散らし擦り切れていく。
二振りの短刀を模した短い木剣と一振りの長剣を模した木剣が激しく打ち合い、舞い飛ぶ汗の飛沫をも叩き散らしていく。
「フッ! ハァッ! ちょっ!? ル、ルチ、ルチアちゃん、待って……」
「待たないってば!」
乱れ飛ぶ剣戟を前に音を上げかけているジェリコだけど、私は一切手を抜かずに剣を振り抜く。
打ち合う度に木剣からは火花の代わりに木っ端が散り、互いの剣閃の鋭さが伺える。
「ああァッ! もうッ……奥の手だ!」
窮地に立たされたジェリコは剣を十字に交差させ私の剣を受け止めると、一瞬出来た空白の間に奥の手を発動させた。
人族には無いモノ。獣人族に、さらに言えば蜥蜴人こそ可能な技。
鱗に包まれた強靭な尻尾による攻撃だ。
単純な攻撃力なら申し分無い。さながら鈍器のような図太い一撃が想像出来る。
「ナメ……ないでよ!」
私は左腕を剣から離し、真っ直ぐに尻尾へ突き出し振り払った。
腕と尻尾がぶつかり合うと私の腕には鈍痛が響く。骨こそ折れては無いと思うが、皮膚が服ごと破ける感触がする。
「嘘でしょルチアちゃん!? 避けれるでしょっ!?」
まさか私が避けずにいるとは思わなかったのか、攻撃を仕掛けた側のジェリコは戸惑いの声を出す。
「ハァッ!」
私はジェリコの奥の手を防ぎきり、剣を僅かにずらして双剣から外すと一歩踏み込む。そしてそのままの勢いで気合い一閃。拳骨で叩きつけるような柄頭による打突をジェリコの鼻先に叩き込んだ。
「ぶぎゃっ!?」
斬撃では無い予想外の打撃に不意を突かれたのか、なんの抵抗も出来ぬまま仰向けに倒れこんだ。
私は剣を振り払い、本来なら鞘が着けられている左の腰の所に剣を納めると一息つく。
「はぁ、はぁ、痛いなぁ。……ヒーリング」
詠唱により生まれた光が私の左腕を包み、徐々に痛みは引いていく。傷自体は大した事なくすぐに治ったのだが、服の方は見事に破けたままだ。
「イテテ、ルチアちゃん無茶するねぇ……ジェリコさんはビックリしたよ?」
鼻先を摩りながら起き上がったジェリコは感心する反面、呆れたようにも見える。
鼻先からは薄っすらと血が垂れており、私は想像通りの威力が出たことに密かな達成感を感じた。
「うん。傷は治るからね。たまには私も思いっきり戦いたいなってさ」
腕の痛みは全く気にならなくなり、私は何度か左手で剣を振ってみたが問題は無かった。
「もしかしてアレかな? この前の首無し騎士の件で何もしなかったの気にしてるのかな?」
「……それなりにね。ハジメとイオンが頑張ってたのに私はのんびり寝てただけだなってさ」
別に私とジェリコが悪い訳ではない。むしろ勝手な行動を取ったのはハジメの方なのだ。それでも私は内心ハジメに申し訳なく思っている。
村に戻って来たとき、ハジメの身体はすでに神官さんの手によって治療されていたので傷は目立たなかったが、イオンの傷痕の深さを見るに激戦だった事は間違いない。
(私がいない所で傷ついて……心配だよ本当に……)
首無し騎士とは並の人間が敵う相手では無い。魔物討伐を専門に扱う冒険者、もしくは不死者狩りを行う教会の特殊な戦闘員でなければ単独での討伐は難しい。ましてや今回のは特別調査対象になる特異な個体である。
最低でも複数のパーティ。もしくは軍ならば騎士に率いられた小隊レベルの戦力が必要になるのだ。それをハジメはイオンらの手助けはあったにしても捕獲してみせたのだ。
本来ならば両手を挙げて喜ぶべき快挙なのだが、私は手放しで喜べなかった。
「……助けてあげるって言ったのになー。わかって無かったのかな?」
小声で誰にも聞こえないようにブツブツと私が呟いていると、何やらジェリコが鼻血を出したままニヤニヤと笑っていた。
「なによジェリコ? そんなにニヤついててどうかしたの?」
「いんや~、あらあらもしかして……ぐふふ、ルチアちゃんってばもしかして……」
若干、人を苛つかせる物言いに私は少しばかりムッとする。黙らせようと威圧的に一歩踏み込んでもなおジェリコはニヤつく。その態度がますます気に障り私は木剣を力強く握り締める。ちょっと脅かしてやろうと振りかぶった所でジェリコは予想外の言葉を口にした。
「ルチアちゃんってばアレでしょ? ……ハジメちゃんをイオンちゃんに取られてるから気に入らないんでしょ?」
「はぁっ!?」
予想もしてなかった言葉に私は思わず手の力が抜けてしまう。剣士の魂とも言える剣を、木の剣とはいえその魂を地面に落としてしまう。一度地面で小さく跳ねた剣は私の足元に転がった。
「な、な、なにを言ってんのよジェリコッ!」
私は慌てて手を前に出し左右に大きく振る。自分でも信じられないほどに胸の鼓動が急激に激しくなり、煩わしいほどに耳へと響く。
「違った? ま、いいかな~」
飄々とした振る舞いで言葉をはぐらかしたジェリコは私の剣を拾うと付いた砂を払う。
「どちらにせよ、イオンちゃんがあんなにご熱心になるのは珍しいと思わない?」
言われてみれば確かにそうだ。
私はこの屋敷でクラフおばあちゃんと昔から過ごしていたので、イオンの事を幻想調査隊に入る前からある程度は知っている。
イオンは人と関わる事を拒む性格だ。それは今も変わらない。現にジェリコと話すときも敢えて嫌われるような振る舞いをしていた。もっとも当人には効いていないようだけども。
「なんでだろうね?」
考えても答えは出ず、本当に理由が分からない私は首を傾げてしまった。
「案外アレかもよ? 熱のこもったロマンティックな愛の言葉に弱いのかもよ。イオンちゃんってばさ?」
「どうだろうねぇ……」
言われてみてその可能性は無きにしも非ずだと思う。
私が知るハジメは普段は軽い性格だけどいざという時は決して諦めない鋼の意思が感じられる。どんな窮地や困難に当たっても、道を切り開く為に思考し、実行する頼もしさがあるのだ。
(あれ? 私はなんでそう思ってんだろう?)
頭の中ではハジメの事を冷静に判断しているのだけども、その反面、胸の鼓動はまるで別の生き物のように狂った拍子を繰り返す。
自分でも理解出来ない心臓の鼓動に私はただひたすら戸惑っていた。
「おろ、誰だろう? 客人かな……予定には無いけど……?」
私が物思いに更けていると、ジェリコが何かを見つけて戸惑った声を出す。
私は胸を触ったままジェリコの視線の先を覗くとそこには一台の馬車がトコトコと馬に引かれて進んでいた。
決して華美では無く、むしろ貧相ささえ感じるその外見はよく言えば質素倹約、悪く言えばボロ雑巾のような外見だ。
継ぎ接ぎだらけの幌にささくれ立った木製の骨組み。御者席には誰も居ないが、敷かれたクッションはまるで煎餅のように固そうだ。
そんな廃材の寄せ集めのような馬車からは全く不釣り合いな人物が顔を出す。
髪の毛はハジメと同じく真っ黒。顔の整い方は全然違うけど、どこか似たような雰囲気を醸し出している。中肉中背の体躯に煌びやかな宝石の装飾がされた鎧を身に纏う。年は私に近い。つまりは二十歳を迎える少し前。
私はこの男の事を不本意ながらよく知っている。知りたくも無いのによく知っているのだ。
男は私を見つけると馬車を止めもせず、いきなり飛び降りた。ゴロゴロと転がり、土煙を上げてその高価そうな鎧とマントを汚してから立ち上がり私に向けて苛つくほど清々しい笑顔を見せつける。
「お久しぶりですルチアさんッ! 貴方の勇者、アルベインが会いに来ましたよッッ!! ルチアさーんッッッ!!! 会いたかったですよッッッッ!!!!」
満面の笑みで私に手を振るこの男は。グロリアス王国。特別階級騎士。通称[勇者]である。
私はこの男が反吐がでるほど嫌いだ。
打ち合う木剣と木剣。軽い音とは裏腹に鋭い剣閃は他者が入り込む余地は無い。
時折、無作法にも木の葉がその剣の渦に迷い込むが、一瞬にして剣風に巻き込まれ青々しい緑の葉を散らし擦り切れていく。
二振りの短刀を模した短い木剣と一振りの長剣を模した木剣が激しく打ち合い、舞い飛ぶ汗の飛沫をも叩き散らしていく。
「フッ! ハァッ! ちょっ!? ル、ルチ、ルチアちゃん、待って……」
「待たないってば!」
乱れ飛ぶ剣戟を前に音を上げかけているジェリコだけど、私は一切手を抜かずに剣を振り抜く。
打ち合う度に木剣からは火花の代わりに木っ端が散り、互いの剣閃の鋭さが伺える。
「ああァッ! もうッ……奥の手だ!」
窮地に立たされたジェリコは剣を十字に交差させ私の剣を受け止めると、一瞬出来た空白の間に奥の手を発動させた。
人族には無いモノ。獣人族に、さらに言えば蜥蜴人こそ可能な技。
鱗に包まれた強靭な尻尾による攻撃だ。
単純な攻撃力なら申し分無い。さながら鈍器のような図太い一撃が想像出来る。
「ナメ……ないでよ!」
私は左腕を剣から離し、真っ直ぐに尻尾へ突き出し振り払った。
腕と尻尾がぶつかり合うと私の腕には鈍痛が響く。骨こそ折れては無いと思うが、皮膚が服ごと破ける感触がする。
「嘘でしょルチアちゃん!? 避けれるでしょっ!?」
まさか私が避けずにいるとは思わなかったのか、攻撃を仕掛けた側のジェリコは戸惑いの声を出す。
「ハァッ!」
私はジェリコの奥の手を防ぎきり、剣を僅かにずらして双剣から外すと一歩踏み込む。そしてそのままの勢いで気合い一閃。拳骨で叩きつけるような柄頭による打突をジェリコの鼻先に叩き込んだ。
「ぶぎゃっ!?」
斬撃では無い予想外の打撃に不意を突かれたのか、なんの抵抗も出来ぬまま仰向けに倒れこんだ。
私は剣を振り払い、本来なら鞘が着けられている左の腰の所に剣を納めると一息つく。
「はぁ、はぁ、痛いなぁ。……ヒーリング」
詠唱により生まれた光が私の左腕を包み、徐々に痛みは引いていく。傷自体は大した事なくすぐに治ったのだが、服の方は見事に破けたままだ。
「イテテ、ルチアちゃん無茶するねぇ……ジェリコさんはビックリしたよ?」
鼻先を摩りながら起き上がったジェリコは感心する反面、呆れたようにも見える。
鼻先からは薄っすらと血が垂れており、私は想像通りの威力が出たことに密かな達成感を感じた。
「うん。傷は治るからね。たまには私も思いっきり戦いたいなってさ」
腕の痛みは全く気にならなくなり、私は何度か左手で剣を振ってみたが問題は無かった。
「もしかしてアレかな? この前の首無し騎士の件で何もしなかったの気にしてるのかな?」
「……それなりにね。ハジメとイオンが頑張ってたのに私はのんびり寝てただけだなってさ」
別に私とジェリコが悪い訳ではない。むしろ勝手な行動を取ったのはハジメの方なのだ。それでも私は内心ハジメに申し訳なく思っている。
村に戻って来たとき、ハジメの身体はすでに神官さんの手によって治療されていたので傷は目立たなかったが、イオンの傷痕の深さを見るに激戦だった事は間違いない。
(私がいない所で傷ついて……心配だよ本当に……)
首無し騎士とは並の人間が敵う相手では無い。魔物討伐を専門に扱う冒険者、もしくは不死者狩りを行う教会の特殊な戦闘員でなければ単独での討伐は難しい。ましてや今回のは特別調査対象になる特異な個体である。
最低でも複数のパーティ。もしくは軍ならば騎士に率いられた小隊レベルの戦力が必要になるのだ。それをハジメはイオンらの手助けはあったにしても捕獲してみせたのだ。
本来ならば両手を挙げて喜ぶべき快挙なのだが、私は手放しで喜べなかった。
「……助けてあげるって言ったのになー。わかって無かったのかな?」
小声で誰にも聞こえないようにブツブツと私が呟いていると、何やらジェリコが鼻血を出したままニヤニヤと笑っていた。
「なによジェリコ? そんなにニヤついててどうかしたの?」
「いんや~、あらあらもしかして……ぐふふ、ルチアちゃんってばもしかして……」
若干、人を苛つかせる物言いに私は少しばかりムッとする。黙らせようと威圧的に一歩踏み込んでもなおジェリコはニヤつく。その態度がますます気に障り私は木剣を力強く握り締める。ちょっと脅かしてやろうと振りかぶった所でジェリコは予想外の言葉を口にした。
「ルチアちゃんってばアレでしょ? ……ハジメちゃんをイオンちゃんに取られてるから気に入らないんでしょ?」
「はぁっ!?」
予想もしてなかった言葉に私は思わず手の力が抜けてしまう。剣士の魂とも言える剣を、木の剣とはいえその魂を地面に落としてしまう。一度地面で小さく跳ねた剣は私の足元に転がった。
「な、な、なにを言ってんのよジェリコッ!」
私は慌てて手を前に出し左右に大きく振る。自分でも信じられないほどに胸の鼓動が急激に激しくなり、煩わしいほどに耳へと響く。
「違った? ま、いいかな~」
飄々とした振る舞いで言葉をはぐらかしたジェリコは私の剣を拾うと付いた砂を払う。
「どちらにせよ、イオンちゃんがあんなにご熱心になるのは珍しいと思わない?」
言われてみれば確かにそうだ。
私はこの屋敷でクラフおばあちゃんと昔から過ごしていたので、イオンの事を幻想調査隊に入る前からある程度は知っている。
イオンは人と関わる事を拒む性格だ。それは今も変わらない。現にジェリコと話すときも敢えて嫌われるような振る舞いをしていた。もっとも当人には効いていないようだけども。
「なんでだろうね?」
考えても答えは出ず、本当に理由が分からない私は首を傾げてしまった。
「案外アレかもよ? 熱のこもったロマンティックな愛の言葉に弱いのかもよ。イオンちゃんってばさ?」
「どうだろうねぇ……」
言われてみてその可能性は無きにしも非ずだと思う。
私が知るハジメは普段は軽い性格だけどいざという時は決して諦めない鋼の意思が感じられる。どんな窮地や困難に当たっても、道を切り開く為に思考し、実行する頼もしさがあるのだ。
(あれ? 私はなんでそう思ってんだろう?)
頭の中ではハジメの事を冷静に判断しているのだけども、その反面、胸の鼓動はまるで別の生き物のように狂った拍子を繰り返す。
自分でも理解出来ない心臓の鼓動に私はただひたすら戸惑っていた。
「おろ、誰だろう? 客人かな……予定には無いけど……?」
私が物思いに更けていると、ジェリコが何かを見つけて戸惑った声を出す。
私は胸を触ったままジェリコの視線の先を覗くとそこには一台の馬車がトコトコと馬に引かれて進んでいた。
決して華美では無く、むしろ貧相ささえ感じるその外見はよく言えば質素倹約、悪く言えばボロ雑巾のような外見だ。
継ぎ接ぎだらけの幌にささくれ立った木製の骨組み。御者席には誰も居ないが、敷かれたクッションはまるで煎餅のように固そうだ。
そんな廃材の寄せ集めのような馬車からは全く不釣り合いな人物が顔を出す。
髪の毛はハジメと同じく真っ黒。顔の整い方は全然違うけど、どこか似たような雰囲気を醸し出している。中肉中背の体躯に煌びやかな宝石の装飾がされた鎧を身に纏う。年は私に近い。つまりは二十歳を迎える少し前。
私はこの男の事を不本意ながらよく知っている。知りたくも無いのによく知っているのだ。
男は私を見つけると馬車を止めもせず、いきなり飛び降りた。ゴロゴロと転がり、土煙を上げてその高価そうな鎧とマントを汚してから立ち上がり私に向けて苛つくほど清々しい笑顔を見せつける。
「お久しぶりですルチアさんッ! 貴方の勇者、アルベインが会いに来ましたよッッ!! ルチアさーんッッッ!!! 会いたかったですよッッッッ!!!!」
満面の笑みで私に手を振るこの男は。グロリアス王国。特別階級騎士。通称[勇者]である。
私はこの男が反吐がでるほど嫌いだ。
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