上 下
54 / 84
四章 幻想調査隊隊員日本一

西方屋敷

しおりを挟む
 ~~二年前。隊舎、日本一居室にて~~

「人生何が起きるかわかんないっすね~」

「全くだよねー。あ、これ負けた人がコーヒー買ってくるのはどう?」

「……」

 楽しげに話す西野と由紀とは対照的に俺は口を一文字にして黙っていた。ただ黙々と目の前に広がる盤上の駒を手で掴みとり、一歩、また一歩と歩ませる。駒を動かし終えると俺は握っていた六面体に点が刻印されたモノを由紀に渡す。

「ん、ありがとう。よきにはからえ」

「……うっせぇ」

 清々しいまでの笑顔を向けられたが、それに対して俺は仏頂面で返す。尚もニヤける由紀の顔は子供のように純真で見ているものを癒してくれる気がする。
 普段の俺ならば間違い無くつられてニヤけてしまうのだが、この盤上の真剣勝負においてそんなことをする余裕は無い。

「人生ゲームってヤバいな。俺の借金が二七億円なんだけどさ、どうゆう事?」

「日頃の行いが悪いんだろうね?」

 善良な人間ならば決して背負う事の無い額を背負い込むこの駒は一体どんな悪行を積んできたのだろうか。俺の興味はそこに逸れていった。

「パイセンの日頃の行いが悪いって意味っすよ?」

「意味知ってるわ! 俺は悪くねぇよ!」

 当たり前の事を嫌みたらしく確認の為に再度聞いてきた西野の顔を睨みつけ、俺は仏頂面で腕組みをする。
 俺とは対照的にウキウキとした顔で由紀はさいを投げる。放物線を描いて落ちていき、コロコロと盤面を転がり真上にきた面は点が六個刻まれていた。

「六だ。えっと……わぉ! セカンドライフ、ボーナス確定だってさ!」

「まじっすか! 良いなー由紀先輩」

 駒をトントンと進め、マスに書いてある文言を読み童心に帰った由紀は手放しで喜ぶ。無邪気に挙げられた両手は喜びの感情を表すのにこれ以上は無いと言えるほど真っ直ぐだ。

「よーし、俺もやるっすよ! そりゃあッ!」

 気合いとともに投げられた賽を投げ、盤の上を力強く転がる。六面体の絵柄は転がる勢いとほぼ同じように回り表情を変える。

「あぁっ!? 一っすわ~。しかも一回休みっすわ……」

「お前は日頃の行い悪いからな」

「否定しないっす」

 淡々と答えた西野だが、歯を噛み締め頬を引攣らせる表情を見るに悔しさはあるようだ。

「俺の番だな。行くぜ!」

 俺は賽子さいころを握りしめ手の内で回す。手の平に感じる角ばりながらも丸みを帯びた形を皮膚で受け止め、真っ直ぐに伸ばした人差し指と中指を伝い放った。

「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。はたまた何が来るかな?」

 手から離れた賽の行方を俺は神に縋る思いで祈り、そして希望を託した。


 ―――――


「人生何が起こるかわかんないもんだな?」

 銃を肩に背負い見上げる俺の視界にそびえる建造物。西洋風の豪華な建物と言ってしまえばそこで終わりなのだが、細かに見るとそんな言葉では済まされないことがよく分かる。
 見上げる高さから判断するに恐らく五階建て。居並ぶ窓はそのまま部屋の多さを表す。レンガ造りの外壁の美しさは一つ一つ丁寧に積み重ねられた事の証明であり、建てた職人の技量が伺える。入り口の観音開きの玄関も造りはシンプルながら、装飾のさりげない美しさが光る。見る者には分かる造りと言えよう。
 また、そこに辿り着くまでの道のりも風情が溢れる。屋敷の周りに広がる庭は庭園と呼べ、刈りそろえられた芝生に生垣の花も整えられ見る者の心を満遍なく満たしていく。
 点々と立つ木には見ただけで熟されてるのが分かる果実が垂れていた。捥ぎ取り手に収め、齧り付き口に含めば、途端に甘みを全身に行き渡らせる事間違い無しだろう。それらの加工された自然を含めて尚、屋敷の美しさを増長させて行く。
 最後に。俺の目の前にある門はそんな楽園への入り口相応しく、厳かながらも堅牢だ。
 城を守るへいのように屋敷の全周を四角く囲う壁はこれまた美しい。屋敷の外壁と同じレンガが使われている。無論、こちらも職人の技量は言うまでも無い。
 数少ない出入り口として存在する門は無骨なまでに強固。分厚い木材を何枚も重ねて作られた門は並大抵の威力の武器では破壊は不可能。よく見ると木材と木材の間に鉄板らしきものが仕込んであり、おそらく現代火器でも対戦車火器並みの威力が無ければ動揺させることすら出来ないだろう。
 レンガの塀を目でなぞっていくと所々に木組みの矢倉が建っていてそこには弓を手にした兵がいた。監視の役目といざという時に高所からの射撃の任を任されているのだろう。

 豪邸でありながらも要塞。それが俺の持つこの屋敷の第一印象だ。

「こんなとこに俺も住めるとはな。今まで考えられなかったぜ」

 開かれた強固な門の金具を触り、ヒンヤリとした感覚を指先に感じさせる。凝った装飾は何を象徴しているのかは分からないが、趣は悪くない造形だ。

「どうしました? ヒノモト殿?」

 俺が指で撫で繰り回していると門の脇にいる剣を腰に差した門兵が声を掛けてきた。

「ん? あぁ、昨日初めて来た時も思ったけど良い仕事をしてるなってさ」

「ほぅ、ヒノモト殿は造形に関して詳しいのですね!」

 若いながらも無精髭を蓄えた見た目は無骨な武人を思わせる。顔の手入れをする暇があれば剣の手入れをしたいと言ってしまうタイプだろう。

「よせやい。俺はそんなに詳しくねぇよ」

 俺の知識は言ってしまえば現代人ならば殆どの者が利用しているインターネットの知識だ。それにプラスして趣味の海外ドラマで得た知識な程度だ。褒められたり人に教えたり出来るほど博識な訳じゃない。

「謙遜なさらずとも。ヒノモト殿は初めて見た時から只者では無いとわかっていましたので」

 鼻をすすりながら答える門兵に俺は首を傾げる。よく見ても出会った記憶などは無く当然昔からの顔馴染みでも無い。顔をしかめて注意深く覗き込んでいると門兵は困ったように頬を指で擦る。

「覚えてないのも当然です。ほら、私はアレです。王の謁見の時に連行した兵士ですよ」

「あぁ~、うん。すみません覚えてないです」

 そういえば俺を羽交い締めにした兵士がいたなと思い記憶を辿るが、いかんせんあの時は異世界に来たばかりでいきなり牢に押し込められるなど通常ではあり得ない事態に遭遇して俺自身気が気でなかった事もあり、正直ただの兵士を覚える余裕などは無かった。

「はは、大丈夫ですよ? これから覚えて頂ければ結構です」

 雑に生やした無精髭を摩り目元に皺を寄せて笑う。気の良さそうな門兵に俺は頭を下げる。

「グロリアス王国西方軍所属の兵士、ウォンです。ご気軽にお申し付けください!」

 俺のお辞儀に負けないほど頭を深く下げたウォンに俺は決して気が悪くない笑みを浮かべる。

「ウォンね。じゃあ早速頼んでも良いか?」

「えぇ、どうぞ」

 二つ返事で答えたウォンに俺は門の外を指差しながら言う。

「ジェリコとルチアがな、俺が射撃で使った資材を持ってくるから整備して置いとけって伝えてくれ。なんか文句言ったら……『村ではよく寝れただろ?』って言えば平気だ」

「は? はぁ……分かりました」

 理由を知らないウォンは俺が何を言っているのかは分かってないのか、戸惑いの色を見せたまま返事をする。

「じゃ、頼む」

 俺は肩に背負う銃の位置を指で直すと屋敷の玄関へと歩き出す。

「あ、お気をつけください! メイド長・・・・がヒノモト殿の部屋が汚いとお怒りでしたよ!」

「げっマジかよ。仕方ないだろ、昨日の夕方到着してまだ間もないんだからよ……」

 俺は背中から聞こえて来た不穏な文言に顔をしかめ、苦虫を噛み潰したような顔をする。

(さて、鬼が出るか蛇が出るか。……どちらにせよ怖えな?)

 心の中で記憶にあることわざを唱え、俺は一歩ずつ重い足取りで屋敷へ向かっていった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜

福寿草真@植物使いコミカライズ連載中!
ファンタジー
【Sランク冒険者を、お姫様を、オイルマッサージでトロトロにして成り上がり!?】 何の取り柄もないごく普通のアラサー、安間想介はある日唐突に異世界転移をしてしまう。 魔物や魔法が存在するありふれたファンタジー世界で想介が神様からもらったチートスキルは最強の戦闘系スキル……ではなく、『エステ』スキルという前代未聞の力で!? これはごく普通の男がエステ店を開き、オイルマッサージで沢山の異世界女性をトロトロにしながら、瞬く間に成り上がっていく物語。 スキル『エステ』は成長すると、マッサージを行うだけで体力回復、病気の治療、バフが発生するなど様々な効果が出てくるチートスキルです。

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順
ファンタジー
ある日、異世界と行き来できる『門』を手に入れた。 友人たちとの下校中に橋で多重事故に巻き込まれたハルアキは、そのきっかけを作った天使からお詫びとしてある能力を授かる。それは、THERE AND BACK=往復。異世界と地球を行き来する能力だった。 しかし異世界へ転移してみると、着いた先は暗い崖の下。しかも出口はどこにもなさそうだ。 「いや、これ詰んでない? 仕方ない。トンネル掘るか!」 これはRPGを彷彿とさせるゲームのように、魔法やスキルの存在する剣と魔法のファンタジー世界と地球を往復しながら、主人公たちが降り掛かる数々の問題を、時に強引に、時に力業で解決していく冒険譚。たまには頭も使うかも。 週一、不定期投稿していきます。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しています。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

処理中です...