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三章 首無し騎士と幻想無し

健ヤカナル刻モ。病メル刻モ。

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 イオンの一撃により出来た隙を突き、俺達は逃げ出した。
 負傷したイオンの身体を丁重に運びつつも、俺は廊下を全力で走り抜ける。その振動でイオンは苦しそうに呻き声を上げるが、今はとにかくデュラハンから離れ少しでも安全な場所を探す必要があった。

「そこの部屋に入るぞ!」

 途中にある頑丈そうな扉の部屋を見つけると勢いそのままに飛び込み、転びかけながらも態勢を保ち止まる。
 止まった時にイオンの身体が大きく揺れたのだがそれに対する反応は無く、ただ垂れてくる血が未だにイオンの負傷の度合いを物語っている。

「今助けるから、もう少しがんばってくれよ……」

 俺はイオンが零した言葉が今ひとつ信じきれない。[不死者]という三文字は今の状況からすると喜んで良い点なのか悪い点なのか判断が付けられなかったのだ。
 良い点だと思えるのは、もし本当に不死者なのだとしたら致命傷を負っているイオンはまだ助かる見込みがあるという事。そして、悪い点は……

「は、ハジメさん! 早すぎです! 階段降りるのも廊下走るのも。私、追いかけるのが……や、やっとです!」

 遅れて部屋に入ってきた神官エレット不死者イオンの事をどう思うかだ。

 いくら不死者を疎んでいる教会に属するとはいえ、この状況でイオンが不死者だからと即座に消滅させる事はしないと思うが、もしなにかの気の迷いでエレットが良からぬ事を考えたとしたら俺はどうすれば良いのか考えてしまう。
 イオンは勿論大切な仲間であるが、エレットも蔑ろにしてよい相手では無い。そもそもの話。俺によるこの夜間の単独行動は彼女が心配で行ったのだからこの期に及んで害となる行為はしたくない。

 結論として俺は口をつぐみ、沈黙する事にした。
 今は余計な事を考えずこの窮地を脱しなければならないのだ。

 俺はイオンを床に下ろし状態を確認する。
 大量出血、呼吸減弱、意識無し、手首に触れ脈を測ると限りなく弱い。身体中から汗を大量に噴き出しているのか血以外の液体で濡れている箇所ある。明らかなショック症状だ。

 俺は上着を脱ぎイオンに被せる。血に塗れた迷彩服だがショックによる低体温を防ぐ為には仕方がない。

「これだけじゃヤバイ。エレット、何か使えそうな物を持ってきてくれ!」

「ハジメさん、私はどうすれば……?」

 俺の言葉に困惑の表情で答え、手持ち無沙汰に剣を弄る。
 そんな態度をエレットが取るのも致し方が無い。かつての俺のように、自分とは違う世界の言葉など通じる訳が無いのだ。

「クソッ、言葉が通じねぇか……ん? そうだっ!」

 俺はハッとしてその事を解決する簡単な方法を思いつく。自分の胸元を探り、首元にぶら下がる蒼い宝石を無理矢理引き千切りエレットへ突き出す。

「こいつを持ってろ!」

「これ……は? ハジメさん、何ですか?」

 困惑するエレットに半ば押し付けるような形で俺は幻想調査隊の必需品である藍色の宝石を渡す。戸惑いつつも受け取るエレットに俺は指を一本口に立て小声で話す。

「俺の言葉が分かったら頷いてくれ。いいな?」

「ツッ!?」

 突然言葉が理解できた事に目を見開き、ひどく驚くエレット。咄嗟に俺が口を押さえていなければ声を上げていただろう。何度も首を縦に振るのを見て俺はひとまずの安心感を得る。

「エレット。色々と聞きたいことはあると思うけど……今は説明している時間が無い」

 通じる言葉に動揺しつつも頷く様を見て、俺はそっと手を離す。そしてまだ戸惑いが残る瞳に向けさらなる指示を出す。

「イオンが危ないんだ。毛布でも焚き火に使える薪でもいい。とにかく身体を温められそうな物を探してきてくれ!」

「ア……アルル、ロイガハテ!」

 返された言葉は既に俺にとっては理解不能の言語となったが、承知したとばかりに強い意志を持って立ち上がるのを見る限り俺の思いは通じたと思える。
 エレットは部屋を見回し何も無いことを確認すると、剣を片手に恐る恐る廊下へ出ていきそのまま闇に消えていった。
 後ろ姿を見送った俺はエレットを心配しつつも、自分がやらなければならない事を行う為にイオンへ向き直る。

「さて、初めての野戦救護だな。俺は医者じゃ無えから痛くても文句言うなよ?」

 返事をしないイオンに言い訳をして、俺はチョッキに付けている救急品ポーチを開ける。中には消毒薬や包帯などが入っていて、俺はその中からビニールで封がされた包帯を取り出す。

「まずは服を脱がさないとな」

 黒いコートは赤く湿り、今もなおその範囲を広げている。ここまでの負傷を包帯一つでどうにか出来るとは到底思えないが、何もやらないよりかはマシだと自分に言い聞かせる。
 コートの留め具を外し左右に開くとインナーとして手触りの良いシルクのシャツを着ていた。もっとも今は血に染まり、半端に乾いた血は粘り気があって質感どころの話ではない。
 次に俺は救急品ポーチの中からハサミを取り出し衣服を裂く。

「ウ、ウゥゥ……ステオペ……」

 呻くような声を出したイオンだが、意識は未だに混濁《しているのか力が無い手で払いのけようとするだけだった。俺はそのままシャツを縦に切り裂く。

(あれ? なんか切ったな・・・・・・・?)

 俺が持っている鋏は分厚い布生地でも易々と切れる特注品なので、シルクのシャツはなんの抵抗感も無く切り裂けたのだが、傷口に近い胸の部分でシャツ以外の何かを切る感覚があり、俺は少しおかしいと思いながらも最後まで切り裂いた。
 そして傷口を改めようとシャツに手をかけると、急にイオンが力を込め俺の手を握りしめる。

「……ヨォウ、ペロヴェロテ……ンオ……ンオ……」

 息も絶え絶えな様子だが、俺の手を握る力は強い。
 その手に俺は自分の手を重ね、そっと外す。するとまたもやイオンは俺の手を握り同じ事を繰り返した。何度やっても拒否の姿勢を崩さない事に俺は若干苛立ち始める。

「なんだよイオン? 何が嫌なんだよ!?」

「……ペロヴェロテ、ヨォウ、フゥ……シケ……」

 俺の言葉にそれだけ答えるとイオンの手から力が抜ける。死んでしまったのかと思い俺は焦るが、上下する胸の動きにまだ息は続いてると分かり安堵の息を吐く。

「まずは胸の傷を塞がねえとな」

 本来ならば綺麗な水で傷口を洗い流したい所だが、俺が持つ水筒は既に残り少ないうえに何度も口を付けているので清潔とは言えずまた洗い流せるような量でもない。仕方無しに俺はそのまま巻く事にしてイオンの身体を起こし座らせた状態にする。
 血が止まってきたのか、それとも流せる血の量が少なくなって来たのか。先程までの勢いは無く血は皮膚を伝って垂れるだけだった。

「うっ……でも思った時より綺麗だな?」

 胸の右側を貫いたデュラハンの剣は余程の切れ味と威力があったのだろう。刺突された部位は意外にも綺麗であり破壊されたと言うよりくり抜かれたと表現した方がいいかもしれない。
 肋骨や胸の筋肉は抉り取る様に破壊されているが、幸いにも内臓は皮一枚で避けたのかの心臓や肺臓、背骨は傷がついてはいないようでありそれらしき痕跡も見つからない。
 現代医療で無ければ対処出来無いレベルの損傷であれば諦めるしか無いが、これはまだギリギリの範囲である。これ以上悪化させなければまだ命の繋ぎようはある。俺はそのことに気休めとはいえ少しだけ安心した。

「ハジメ……ペロヴェロテ……ヨォウ……ペロヴェロテ……」

 意識は既に無いというのに仮面の内側でブツブツと呟き続ける姿に若干気味悪く思いながらも、俺はイオンの身体に包帯を巻き付ける。背中側から腕を回し胸の前で一周巻いた所で何かに気付く。

「……はぁ?」

 胸の前を通った際に俺の手はかに触れた。それは小さいながらも確かに存在する膨らみだった。俺は背筋に冷たい物を感じつつさらにもう一周巻く。

「おいおいマジかよ?」

 巻かれた包帯により少し潰れた膨らみは柔らかく、決して筋肉の硬さでは無かった。手に感じた感触を何度も反芻してから、イオンが黙り込んでいるのを確認して俺は恐る恐る仮面に手を伸ばす。本来ならそんな事はせずに治療を優先すべきなのだが、興味と好奇心が今の俺を支配していた。
 紐で固定しているだけの仮面は、結び目に触れ少し弄ると意外と簡単に解く事が出来た。包帯を巻く手を一旦止め俺はゴクリと唾を飲み込み、両手でゆっくりとイオンの仮面を外す。

 白い肌。青い髪色。以前に見た事がある金色の瞳は目を瞑っているせいで確認出来なかったが、まつ毛が綺麗である事は確認できた。口元は吐いた血の所為で赤黒くなっていたが、半開きになった小さな口から覗く綺麗な歯並びはとても綺麗で血に汚れてなければ真っ白な歯がそこにあっただろう。
右目の下にある涙ボクロが幼い見た目とは裏腹に色っぽさがある。初めて見たイオンの素顔はまさしく美というモノを体現していて、暗い室内にありながらもここだけ輝いているような錯覚すら覚えてしまう。
 最後に。恐る恐る、まるで腫れ物を触るようにイオンの股間を軽く触る。そこには俺と同じモノは付いていなく、何も無かった・・・・・・

「嘘だろ?」

 俺は動揺する心を落ち着けるために大きく息を吐く。想定外の事実に頭を殴られたようなショックを受け、思わず額を手で押さえる。

「お前まさか、おん……」

「スィロ。シオムーエ、ハオムーエ」

「ワオッ!? ビックリさせんなよエレットォッ!」

 後ろから声を掛けられ背筋が真っ直ぐに伸びるほど驚き、咄嗟にイオンの胸の前をシャツで隠し、仮面を押し付けるように装着させる。そして俺は首だけを後ろに向けてエレットを見る。
 突然大声をあげた俺にエレットは驚いたのか目を丸くして困っているようで、胸の前に組んだ暖かそうな毛布をギュッと握り締める。

「ス、ス、スウロロヨォ……ムーロハジメ、スウロロヨォ……」

 申し訳無さそうに頭を下げ、驚き過ぎたのか目にはうっすらと涙が浮かぶ。

「ごめんエレット。持ってきてくれてありがとうな」

 俺は手早くイオンの身体に包帯を巻いて掛けていた上着をどかして毛布を被せる。傷口を塞いだ事により少しは楽になったのかイオンの呼吸が安定する。

「これで一安心。でも、早く治療しないといけねぇな」

 エレットの魔法を大人しく受けてくれれば良いのだが、当のイオンは今もエレットが近付くと無意識に身体だけが起き、手で振り払おうとする。神官の魔法を拒む以上、今この場でイオンに出来る事はない。
 残された希望は村にいるルチアが都合良くここに来てイオンを治療するか、イオンの言う不死者としての力に頼る他は無い。どちらにせよ俺にはどうする事も出来ないのだ。

 ~~ッ♪

「またラッパの音か……」

 どこからとも無く聞こえてくる音色は依然としてデュラハンが俺達を殺す事を諦めていないという証拠だ。
 助けを待つにせよ。イオンを安静にさせるにしても。あの首無し騎士をなんとかしなければならない。

「ムーロハジメ、テハイセ」

 どうしたものかと悩む俺へエレットが瓶のような物を差し出す。受けとった俺はそれを見てみるが、ラベルに書いてある言葉は異世界の文字であり理解する事は出来なかった。だが、俺はその見た目の形でそれが何であるかを察することができた。

「酒か?」

「ヨェス。テハイセ、ワインエ」

 そうだと言わんばかりに嬉しそうに頷くエレットへ俺は乾いた笑いを送る。
 確かに俺は身体を温める物を探して来てほしいと言ったが、これはまた違う意味で温める物だ。
 火酒として飲むのならば確かに良いが、傷を負ったイオンに飲ませてしまえばそれこそ烈火の如く血が吹き出てしまうだろう。

「はは、エレット。これは使えな……いや、待てよ?」

 俺の頭の中に一つの手段が浮かぶ。頭の中で何度も反芻し、俺は口を開く。

「エレット? この酒はまだ沢山あったのか?」

 暫し考えてからコクリと頷き、エレットは立ち上がり俺へ手招きをする。そのまま廊下を出て少し歩くとそこには大きな扉があり少しだけ開いていた。その中に入りエレットが光の球を出して照らすと部屋の様子が明らかとなった。

「これは食糧庫か?」

 広い部屋の両側に棚が置かれそこには小麦の袋と思われる物や、近づくと異様な臭いを放つ干し肉の山が置かれていた。放置されて長い年月が経っているのだろう。全体的にカビ臭い。
 そんな部屋の奥に積まれている木箱の中には大量の酒瓶が置かれていた。その中の一つを手に取り、注ぎ口を銃剣で叩き割って液体の匂いを直に嗅いでみる。

「ぐぉっ!? こ、これはヤバイ!」

 度数の高いウオッカによく似たアルコールの刺激臭が鼻を突き刺し、思わず悶絶する。ゲホゲホと咳き込み、何度か嗚咽を漏らしつつも俺は目的のモノがある事に嬉しそうに笑った。

「ムーロハジメェ……」

 その様を見ていたエレットが若干引き気味な視線を送ってくる事に気付いた俺は誤魔化すための咳払いを一つした。

「エレット。喜べ。あのデュラハンを倒す手段が見つかったぞ!」

「ロエアルルヨ!?」

 信じられないとばかりに声を上げエレットは期待を込めた眼差しで俺を見つめる。
 俺はその眼差しに少しドキドキと胸を弾ませながらもその続きを言う。

「その為には準備が必要だ。奴に見つかる前に済ませないといけないからさっさとやるぞ? いいな?」

「オケ!」

 元気の良い短い返事を聞き、俺は満足気に頷く。そしてその作戦内容をエレットに伝える。

「じゃあ先ずはな。服を脱げ」

「……ワハテ?」

 一瞬空気が静まり、食糧庫の中は酒の臭いと静寂に包まれる。

「ムーロハジメ。ワハテ?」

「エレット服を脱げ。俺も脱ぐからさ。ほら、早く!」

「……」

 黙り込んでしまったエレットをおかしく思いながらも俺は急いで服を脱ぐ準備をする。ベルトを外し、手にズボンを引っ掛けた時にエレットが突如えた。

「ヨォウ、フゥッシケッ! ハジメ、ペロヴェロテッ!」

「ま、待てエレット! ヌッフゥ!?」

 勢いそのままにエレットは剣の腹を思いっきり俺の頭に叩きつけると、自分の顔を両手で覆う。耳まで真っ赤に染め上げその場に蹲る。

「痛てて。頼むよエレット、早く服脱いでくれ!」

 頭を押さえて急かす俺に、エレットは立ち上がり涙目で睨みつけてくる。
 そこで俺はようやく自分が口にしている言葉がどれだけ変態的な事なのか気が付いた。

(やっちまったな……)

 作戦の為とはいえ、いきなり脱げというのは流石に問題があった。その事を認識した俺はエレットに向け深々と頭を下げた。
 涙目でそっぽを向くエレットが許してくれるまで俺はひたすらに謝り、何度も頭を下げる羽目になってしまった。 
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