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三章 首無し騎士と幻想無し
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~~一年前の夏。隊舎内、日本一の居室にて~~
「死ぬまで殺すとかどんだけ馬鹿力任せなんすか?」
空気が読めない西野の一言に場は凍りつく。
最も選んではいけない選択肢の答えを口にした当の本人は、自分が地獄の門に全力疾走で飛び込んでいることに気付かずにのほほんとしており、あろう事か呑気にお菓子の袋まで開ける始末。
「た、タケさん……?」
「み、南野班長……?」
俺と由紀は互いに同じ方向へ首を動かし、地獄の門を見る。
「…………………………」
タケさんの表情は変わらない。
真剣な面持ちでテレビの画面を見つめるその視線は、自分ならどうやってソレを殺すのかを考えているようにも見える。
俺と由紀はタケさんの怖さを知っている。新米だった時の指導係でもあるし、新隊員教育隊の時の班付きでもある。肉体言語による愛の指導は日常茶飯事の出来事だった。
噴き出る冷や汗、じっとりと濡れる手の平。飲み込む唾がまるで熱した鉛のように不快な味を胸に落とし、口の中が乾いて仕方ない。
俺と由紀は断頭台に立たされた死刑囚のように、普段は信じすらしない神に救いの祈りを捧げていた。
「……ん? あぁ悪い、聞いてなかった。なんか言ったのか?」
タケさんは一つ欠伸をして瞼をゴシゴシと擦るとまた大きな欠伸をする。
流石のタケさんも連日の猛暑の中での訓練により疲れが出ているのか、瞼をまた擦ると先程よりもさらに大きな欠伸をする。夜分遅い時間も手伝ってか眠気の方が優っているらしく、おかげで西野の失言にタケさんは気付かなかったようだ。
「マジすか、じゃもう一回言いますよ? ええと……」
場の空気を読まずに繰り返し同じ言葉を口にしようとする西野を、俺は慌てて裸締めにして力尽くで押さえる。
「もがっ!? なにふんすかパイセンんん?」
「ウッセェよ、違う話題を話せ! 死ぬぞてめぇッ!」
「今死ぬっすよ!? ゴホッ、ゴホッ、うぅ……」
突然俺に締められたことにより驚く西野は、戸惑い咳き込み暴れ出す。しかし、その首を押さえているのは屈強な俺の腕だ。多少暴れた程度では抜け出せない。
「……何やってんだこいつら?」
「さ、さぁわかりません」
大人の男が取っ組み合うというむさ苦しい光景を見てタケさんは困惑の声を上げるが、眠気が優っているのかそれ以上は聞いてこなかった。
「あぁ、もう! 違う事聞きゃいいんすよね? うーんどうしようかな……」
「頼むぞ。空気読め」
ようやく俺の腕から解放された西野は二、三度咳き込んだあと少し考え込む。俺はその様子を腕組みをしながら心配そうに見守る。
「あ、じゃあアレを聞きますわ。ずっと気になってたんすよね~」
西野はなにかを閃いたかのように嬉しそうな笑顔を見せると手を一度パンッと音を鳴らして叩く。否が応でも注目が集まり、さっきみたいに聞いてないでは済まされない。俺は生唾をゴクリと飲み込み西野の言葉を待った。
ゆっくりと開かれる西野の口。歯磨きとこまめな歯医者通いによる歯石除去された白い歯がキラリと光る。
「この部隊に元暴走族の特攻隊長がいるって聞いたんですけど、それって南野班長ですか?」
―――――
「一難は去ったな。長い付き合いになりそうで残念だよハジメくん」
「照れ隠しとして受け取っておくぜ。天寿を全うしてやるからこれからもよろしくな」
眼下に見える高く昇った火の柱を見ながら俺とイオンは皮肉混じりに会話する。
死体が焼け焦げる臭いが鼻に不快感を感じさせ、俺は顔をしかめて着ているシャツの襟を口元まで伸ばして口と鼻を覆う。見てくれは悪いし服が伸びるからあまり褒められた行為では無いのだが、その効果は確かであり不快な感情は少し和らぐ。
「勝手に全滅してくれそうだな」
どこからとも無く湧いてくるゾンビ達は自らの足で火柱へと飛び込んでいき身体を燃やしていく。一体また一体と薪になるにつれ周囲のゾンビは少なくなっていき、俺は危険が少ない事を確認すると銃の安全装置をかけて双眼鏡を覗く。
丸い視界に映る冒険者達は何やら慌ただしい様子で荷物をまとめていた。天幕を畳み、旅荷物を馬に乗せ、長い木の棒に焚き火の火を移すと砂をかけて火を消していた。
すっかり灯りが弱くなった場所から小さな松明の灯りが離れていく。それを俺は見送ると双眼鏡を下ろした。
「どこに行くつもりだ?」
夜中に拠点を移すことは危険が伴う。
昼間とは違い視界は狭く足元すら満足に見えない。その状態で移動するのは通常よりも体力や精神面での疲労は大きくなる。尚且つゾンビの襲撃は退けたものの他の野生動物や魔物がいる可能性も無くは無い。
さらには新たに拠点を作る場合には適した土地を見つけ、整地し、天幕を張って見張りとなる不寝番を立てなければならない。その労力に見合ったものがなければ拠点を移動する利益は無いと言える。いや、むしろ不利益の方が大きい。
「イオン、奴らは……えーっと、コンパスはどこいったかな?」
「おそらく東だ。彼らは東へ行った」
俺が冒険者達が向かった方角を調べようと思い、リュックの中からコンパスを取り出そうとした時、イオンが先手を打って答えてきた。
「何故わかった、見てないだろう?」
いくら夜目が効くと言っても、ここから冒険者達がいる場所まで一キロはある。野営地の周囲を照らせる焚き火ならまだしも、微かに揺れる松明の灯りはそう簡単に視認できるものでも無い。それなのに向かった方角を自信を持って答えたイオンに俺は首を傾げた。
「村から東に行った所に首無し騎士が目撃された廃城があるんだ。多分彼らは外にいるよりも城の方が良いと判断したのだろうな?」
「……そうだな。一理ある。俺も場所がわかってたらそうするな」
屋外と屋内で休息を取る場合、圧倒的に屋内の方が良い。雨風を防げ暖も取りやすいので疲労の回復具合が段違いであり、また屋外では見張りは全周囲を監視しなければいけないが屋内であれば出入り口を見張れば良いだけなので警戒は容易である上に見張りの負担も少ない。
このように一見すると文句無しの判断だが一つだけ懸念事項はある。
「でも、そこに目的の首無しがいる可能性があるんだろ? そんな所で野営とか大丈夫なのか?」
「さぁな。あわよくば討伐しようとか考えてるのだろう」
イオンの意見に俺は腑に落ちない気分で彼らの判断を分析する。
確かに目的と行動の利点は一致している。冒険者達は現在地よりも安全な場所に移動したい。そして首無し騎士を幻想調査達よりも先に討伐したい。その判断は大いに結構だ。けれども冒険者達だけで首無し騎士を討伐する事が困難だと思われたから彼らは断腸の思いで俺達を頼った筈だ。
(何故だ。冒険者達は何故単独での行動に出たんだ?)
理由として考えられるモノの一つとして、彼らは首無し騎士を討伐する作戦があるのだろうと仮定する。冒険者達の実力は決して悪くは無いだろう。俺は槍や剣などの武器での戦闘は詳しくは無いが、先ほどの襲撃の対応の動きは戦士としても悪くはない。
だが、目的の首無し騎士の戦闘力が俺が以前戦った黒いホブゴブリンに匹敵、もしくはそれ以上だと仮定した場合は彼らの実力では討伐は困難だと推測される。
「ルチアの方がアイツら全員よりも強そうだしな……」
森の中でゴブリン相手に無双したルチア。剣を振るえば群がる敵を薙ぎ倒し、魔法を使えば陣形ごと吹き飛ばす。そんな彼女でも特別調査対象の魔物相手には対等に斬り結ぶのがやっとだった。
客観的に見てルチアよりも数段劣ると見える彼らに、実力だけで勝てる相手と思うのはいささか楽観的だろう。
双眼鏡で揺らめく松明の灯りを眺め、少し訝しげに思考していると俺が立つ木の枝が急に大きく揺れる。
咄嗟に木の幹にしがみ付き下を見ると、イオンがまるで猫のように軽やかな動きで地面に着地しているところだった。俺はその後を追いかけるように幹にしがみ付きながらジリジリとした動きで下に降り、地面直前で足を滑らせ地面に尻餅を突く。
「イテテ、意外に滑るんだよなこの靴は。まだ一年も履いてないんだけどな?」
「何を鈍臭い事をしてるんだい? ほら、捕まるといい」
悶絶する俺にイオンは呆れたように手を差し伸べる。その手をしっかりと握り立ち上がるとイオンに頭を下げた。そして小銃を握り直し首を鳴らして俺は進行方向を確認した。
「さてと、俺たちも行くか!」
「そうだね。帰ろうか」
俺とイオンは真逆の方向を二、三歩歩いてから、ハッとしたように互いに振り返る。
困惑する俺の顔と、首を傾げるイオンが言葉を発するのはほぼ同時だった。
「なんで帰るんだよ! 追いかけないのかよ?」
「なんで行くんだい? もう気が済んだろう!」
互いに食い違う意見。俺は銃を手から離し肩に掛けてから自分の理由をイオンに話す。
「こんな中途半端な形で終わるのか? このまま追いかけて冒険者達と一緒に首無し騎士の所まで行くんじゃないのか?」
っという俺の考えを聞いたイオンは大きくため息を吐くとやれやれと言わんばかりに仮面の頬の部分を掻く。
「誰が好き好んで行くんだい? わざわざ僕らが危険を犯してまで勝手に抜け駆けした冒険者達と協力する必要は無いよ」
「ツッ……ぐぬぬ、それ言われるとな……」
文句のつけようもない最もな解答に俺は言葉がぐうの音も出ずに黙ってしまう。イオンの言う通りこれ以上の行動に特に意味は無い。エレットが冒険者達と行動しているのは分かったし、一先ずの窮地は脱している。
首無し騎士の懸念こそあるが冒険者達と行動している以上、仮とはいえ幻想調査隊の一員である俺が干渉するのもよろしくは無い。口惜しいがイオンの言う通りここで一旦引き上げるのが最善の選択だろう。
「チッ、わかったよ。村に戻ろ……う?」
自分の意見を折り、帰るために周囲に忘れ物が無いか確認していた俺の耳に、またあの音が聞こえた。
「またラッパの音だね」
そう、イオンの言う通りまたラッパの音なのだ。少し遠いがその音は確実に冒険者達が向かった方角から聞こえてくる。ラッパの音は何かの音楽を奏でるかのように一定のリズムと音の強弱が合わさり何かのメロディーを奏でていた。
「……ツッ!? まさか……この音色はッ!」
俺そこで気がついてしまった。首無し騎士が自衛官と思われると書かれていた理由が。何故、異世界転生者ではなく自衛官と書いてあったのか。それはこの音色が証明してくれた。
あまりにも聴き慣れた音色。一日に一回は耳にするこの音は陸上自衛隊の隊員ならば知らないとは絶対に言えない程、身体に馴染み心に刻み込まれている。
「起床ラッパ……誰が吹いているんだ?」
全国の陸上自衛隊駐屯地において、毎朝六時に必ず流れるラッパの演奏。
自衛官ならば世界で一、二を争うほどに聞きたくないラッパの音色が、この異世界の静かな夜に響いていた。
「死ぬまで殺すとかどんだけ馬鹿力任せなんすか?」
空気が読めない西野の一言に場は凍りつく。
最も選んではいけない選択肢の答えを口にした当の本人は、自分が地獄の門に全力疾走で飛び込んでいることに気付かずにのほほんとしており、あろう事か呑気にお菓子の袋まで開ける始末。
「た、タケさん……?」
「み、南野班長……?」
俺と由紀は互いに同じ方向へ首を動かし、地獄の門を見る。
「…………………………」
タケさんの表情は変わらない。
真剣な面持ちでテレビの画面を見つめるその視線は、自分ならどうやってソレを殺すのかを考えているようにも見える。
俺と由紀はタケさんの怖さを知っている。新米だった時の指導係でもあるし、新隊員教育隊の時の班付きでもある。肉体言語による愛の指導は日常茶飯事の出来事だった。
噴き出る冷や汗、じっとりと濡れる手の平。飲み込む唾がまるで熱した鉛のように不快な味を胸に落とし、口の中が乾いて仕方ない。
俺と由紀は断頭台に立たされた死刑囚のように、普段は信じすらしない神に救いの祈りを捧げていた。
「……ん? あぁ悪い、聞いてなかった。なんか言ったのか?」
タケさんは一つ欠伸をして瞼をゴシゴシと擦るとまた大きな欠伸をする。
流石のタケさんも連日の猛暑の中での訓練により疲れが出ているのか、瞼をまた擦ると先程よりもさらに大きな欠伸をする。夜分遅い時間も手伝ってか眠気の方が優っているらしく、おかげで西野の失言にタケさんは気付かなかったようだ。
「マジすか、じゃもう一回言いますよ? ええと……」
場の空気を読まずに繰り返し同じ言葉を口にしようとする西野を、俺は慌てて裸締めにして力尽くで押さえる。
「もがっ!? なにふんすかパイセンんん?」
「ウッセェよ、違う話題を話せ! 死ぬぞてめぇッ!」
「今死ぬっすよ!? ゴホッ、ゴホッ、うぅ……」
突然俺に締められたことにより驚く西野は、戸惑い咳き込み暴れ出す。しかし、その首を押さえているのは屈強な俺の腕だ。多少暴れた程度では抜け出せない。
「……何やってんだこいつら?」
「さ、さぁわかりません」
大人の男が取っ組み合うというむさ苦しい光景を見てタケさんは困惑の声を上げるが、眠気が優っているのかそれ以上は聞いてこなかった。
「あぁ、もう! 違う事聞きゃいいんすよね? うーんどうしようかな……」
「頼むぞ。空気読め」
ようやく俺の腕から解放された西野は二、三度咳き込んだあと少し考え込む。俺はその様子を腕組みをしながら心配そうに見守る。
「あ、じゃあアレを聞きますわ。ずっと気になってたんすよね~」
西野はなにかを閃いたかのように嬉しそうな笑顔を見せると手を一度パンッと音を鳴らして叩く。否が応でも注目が集まり、さっきみたいに聞いてないでは済まされない。俺は生唾をゴクリと飲み込み西野の言葉を待った。
ゆっくりと開かれる西野の口。歯磨きとこまめな歯医者通いによる歯石除去された白い歯がキラリと光る。
「この部隊に元暴走族の特攻隊長がいるって聞いたんですけど、それって南野班長ですか?」
―――――
「一難は去ったな。長い付き合いになりそうで残念だよハジメくん」
「照れ隠しとして受け取っておくぜ。天寿を全うしてやるからこれからもよろしくな」
眼下に見える高く昇った火の柱を見ながら俺とイオンは皮肉混じりに会話する。
死体が焼け焦げる臭いが鼻に不快感を感じさせ、俺は顔をしかめて着ているシャツの襟を口元まで伸ばして口と鼻を覆う。見てくれは悪いし服が伸びるからあまり褒められた行為では無いのだが、その効果は確かであり不快な感情は少し和らぐ。
「勝手に全滅してくれそうだな」
どこからとも無く湧いてくるゾンビ達は自らの足で火柱へと飛び込んでいき身体を燃やしていく。一体また一体と薪になるにつれ周囲のゾンビは少なくなっていき、俺は危険が少ない事を確認すると銃の安全装置をかけて双眼鏡を覗く。
丸い視界に映る冒険者達は何やら慌ただしい様子で荷物をまとめていた。天幕を畳み、旅荷物を馬に乗せ、長い木の棒に焚き火の火を移すと砂をかけて火を消していた。
すっかり灯りが弱くなった場所から小さな松明の灯りが離れていく。それを俺は見送ると双眼鏡を下ろした。
「どこに行くつもりだ?」
夜中に拠点を移すことは危険が伴う。
昼間とは違い視界は狭く足元すら満足に見えない。その状態で移動するのは通常よりも体力や精神面での疲労は大きくなる。尚且つゾンビの襲撃は退けたものの他の野生動物や魔物がいる可能性も無くは無い。
さらには新たに拠点を作る場合には適した土地を見つけ、整地し、天幕を張って見張りとなる不寝番を立てなければならない。その労力に見合ったものがなければ拠点を移動する利益は無いと言える。いや、むしろ不利益の方が大きい。
「イオン、奴らは……えーっと、コンパスはどこいったかな?」
「おそらく東だ。彼らは東へ行った」
俺が冒険者達が向かった方角を調べようと思い、リュックの中からコンパスを取り出そうとした時、イオンが先手を打って答えてきた。
「何故わかった、見てないだろう?」
いくら夜目が効くと言っても、ここから冒険者達がいる場所まで一キロはある。野営地の周囲を照らせる焚き火ならまだしも、微かに揺れる松明の灯りはそう簡単に視認できるものでも無い。それなのに向かった方角を自信を持って答えたイオンに俺は首を傾げた。
「村から東に行った所に首無し騎士が目撃された廃城があるんだ。多分彼らは外にいるよりも城の方が良いと判断したのだろうな?」
「……そうだな。一理ある。俺も場所がわかってたらそうするな」
屋外と屋内で休息を取る場合、圧倒的に屋内の方が良い。雨風を防げ暖も取りやすいので疲労の回復具合が段違いであり、また屋外では見張りは全周囲を監視しなければいけないが屋内であれば出入り口を見張れば良いだけなので警戒は容易である上に見張りの負担も少ない。
このように一見すると文句無しの判断だが一つだけ懸念事項はある。
「でも、そこに目的の首無しがいる可能性があるんだろ? そんな所で野営とか大丈夫なのか?」
「さぁな。あわよくば討伐しようとか考えてるのだろう」
イオンの意見に俺は腑に落ちない気分で彼らの判断を分析する。
確かに目的と行動の利点は一致している。冒険者達は現在地よりも安全な場所に移動したい。そして首無し騎士を幻想調査達よりも先に討伐したい。その判断は大いに結構だ。けれども冒険者達だけで首無し騎士を討伐する事が困難だと思われたから彼らは断腸の思いで俺達を頼った筈だ。
(何故だ。冒険者達は何故単独での行動に出たんだ?)
理由として考えられるモノの一つとして、彼らは首無し騎士を討伐する作戦があるのだろうと仮定する。冒険者達の実力は決して悪くは無いだろう。俺は槍や剣などの武器での戦闘は詳しくは無いが、先ほどの襲撃の対応の動きは戦士としても悪くはない。
だが、目的の首無し騎士の戦闘力が俺が以前戦った黒いホブゴブリンに匹敵、もしくはそれ以上だと仮定した場合は彼らの実力では討伐は困難だと推測される。
「ルチアの方がアイツら全員よりも強そうだしな……」
森の中でゴブリン相手に無双したルチア。剣を振るえば群がる敵を薙ぎ倒し、魔法を使えば陣形ごと吹き飛ばす。そんな彼女でも特別調査対象の魔物相手には対等に斬り結ぶのがやっとだった。
客観的に見てルチアよりも数段劣ると見える彼らに、実力だけで勝てる相手と思うのはいささか楽観的だろう。
双眼鏡で揺らめく松明の灯りを眺め、少し訝しげに思考していると俺が立つ木の枝が急に大きく揺れる。
咄嗟に木の幹にしがみ付き下を見ると、イオンがまるで猫のように軽やかな動きで地面に着地しているところだった。俺はその後を追いかけるように幹にしがみ付きながらジリジリとした動きで下に降り、地面直前で足を滑らせ地面に尻餅を突く。
「イテテ、意外に滑るんだよなこの靴は。まだ一年も履いてないんだけどな?」
「何を鈍臭い事をしてるんだい? ほら、捕まるといい」
悶絶する俺にイオンは呆れたように手を差し伸べる。その手をしっかりと握り立ち上がるとイオンに頭を下げた。そして小銃を握り直し首を鳴らして俺は進行方向を確認した。
「さてと、俺たちも行くか!」
「そうだね。帰ろうか」
俺とイオンは真逆の方向を二、三歩歩いてから、ハッとしたように互いに振り返る。
困惑する俺の顔と、首を傾げるイオンが言葉を発するのはほぼ同時だった。
「なんで帰るんだよ! 追いかけないのかよ?」
「なんで行くんだい? もう気が済んだろう!」
互いに食い違う意見。俺は銃を手から離し肩に掛けてから自分の理由をイオンに話す。
「こんな中途半端な形で終わるのか? このまま追いかけて冒険者達と一緒に首無し騎士の所まで行くんじゃないのか?」
っという俺の考えを聞いたイオンは大きくため息を吐くとやれやれと言わんばかりに仮面の頬の部分を掻く。
「誰が好き好んで行くんだい? わざわざ僕らが危険を犯してまで勝手に抜け駆けした冒険者達と協力する必要は無いよ」
「ツッ……ぐぬぬ、それ言われるとな……」
文句のつけようもない最もな解答に俺は言葉がぐうの音も出ずに黙ってしまう。イオンの言う通りこれ以上の行動に特に意味は無い。エレットが冒険者達と行動しているのは分かったし、一先ずの窮地は脱している。
首無し騎士の懸念こそあるが冒険者達と行動している以上、仮とはいえ幻想調査隊の一員である俺が干渉するのもよろしくは無い。口惜しいがイオンの言う通りここで一旦引き上げるのが最善の選択だろう。
「チッ、わかったよ。村に戻ろ……う?」
自分の意見を折り、帰るために周囲に忘れ物が無いか確認していた俺の耳に、またあの音が聞こえた。
「またラッパの音だね」
そう、イオンの言う通りまたラッパの音なのだ。少し遠いがその音は確実に冒険者達が向かった方角から聞こえてくる。ラッパの音は何かの音楽を奏でるかのように一定のリズムと音の強弱が合わさり何かのメロディーを奏でていた。
「……ツッ!? まさか……この音色はッ!」
俺そこで気がついてしまった。首無し騎士が自衛官と思われると書かれていた理由が。何故、異世界転生者ではなく自衛官と書いてあったのか。それはこの音色が証明してくれた。
あまりにも聴き慣れた音色。一日に一回は耳にするこの音は陸上自衛隊の隊員ならば知らないとは絶対に言えない程、身体に馴染み心に刻み込まれている。
「起床ラッパ……誰が吹いているんだ?」
全国の陸上自衛隊駐屯地において、毎朝六時に必ず流れるラッパの演奏。
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