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三章 首無し騎士と幻想無し
亡者との遭遇
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空も大地も黒く塗りつぶされ、果てのない漆黒。頼りの綱である月明かりさえ分厚い雲に遮られ、その白く美しい横顔を目にすることは叶わない。
「見つけた」
その黒の中で俺は一人呟いた。
いつもの上下迷彩服に防弾チョッキ、肩から吊り下げたスリングに装着されてる89小銃。
防弾チョッキの全面にはマガジンポーチ。背面の腰部に折りたたみ式円匙と包帯などが入った救急品入れ、さらには水筒とその他の雑品を入れるポーチが付いている。
左の腰には銃剣を、右の大腿部には9ミリ拳銃のホルスターとその中身。
キツく結んだ靴紐にはこれまでの道のりで付着した砂埃や土汚れが付いていた。
「結構遠かったな」
俺はポーチに入れてある水筒から水を一口飲むと側に置いてあるリュックサックから双眼鏡を取り出す。
「さすがはタケさんの双眼鏡だ。良いの使ってるなぁ」
装甲車の中に置いてあったタケさんの荷物から拝借した双眼鏡。その性能の高さに俺は嘆息を吐く。
覗き込んだ先には目盛りと数字が表示されており、さらにその先には焚き火の灯りが見えていた。
「三、四……何人だろうな?」
焚き火の周りには腰に剣を差した男達や、弓の弦を張り直す女。カーキ色の外套を羽織る老人がいた。
暗くて分かりにくいが周りにも何人か武装した人間がいて、笑顔で談笑しつつも周囲に目を光らせ警戒していた。
「距離にして一キロは無いな。暗くてよくわかんねぇけど……」
自衛官としての訓練中に学んだ距離の計算法を頭の中で必死に暗算するが、俺自身の頭の出来の悪さと曖昧な記憶により答えは出ず、経験と感覚で距離を判別する。
(さすがに当てられないかもな……)
俺は吊り下げた小銃を指でなぞる。金属は深夜の冷気で寒気を感じるほど冷たく、俺の感覚を研ぎ澄ませる。
89小銃の最大射程距離は忘れてしまったが、恐らく撃ち方を選ばなければこの距離でも届きはするだろう。
(まぁ、誰かを撃つ訳じゃないからな)
安全装置がしっかりとかかっていることを確認し、俺は再び双眼鏡を覗き込む。
「いた。やっぱり……いたか……」
双眼鏡越しに映る焚き火。煌々と火の粉をあげる紅にに照らされる一人の女性がいた。
身体は黒い貫頭衣を着ていて清楚だが、頭部は金色の髪の毛が火の赤色とが混じり、白い肌が朱に染まるその姿は見る者の胸を熱くさせるには充分だと言える。
(エレット……)
俺は知った顔を確認すると安堵の息を吐く。そして改めて目を凝らし彼女で間違い無いことを再確認すると、双眼鏡から目を離して顎に手を当てる。
「さて、どうしようかな?」
「さぁ、どうするのかな?」
「ん? …………ひゅいッ!?」
背後の黒の中から突如として何者かの声が聞こえる。
誰もいるはずが無いと完全に油断しきっていた俺は、子供のような声に驚き黒の中から転げ落ちそうになる。
バランスをギリギリで保つ俺の手を何者かが力強く引き、小さな手に宿る仄かな体温が俺の手を伝う。
「こんな所で何をしてるんだい? 夜更かしすると背が大きくならないぞ」
何者かは子供のように高く、且つ冷酷さすら感じる声で質問する。
バランスを取り戻した俺は手を振りほどくと目の前にいる黒い者に悪態を吐くように舌打ちをしてから質問に答える。
「……成長期はとっくに終わってんだよ。大きくなるのは夢だけでいいさ」
「それで上手いこと言ったつもりかい? ハジメくん」
「上手いこと言ったつもりさ。イオンくん」
俺が何者かに気づかなかったのも無理はない。
なんせ、目の前にいる何者かは黒いコートに黒い仮面という全身が真っ黒な服装であったのだから。
イオンは呆れたように首を振ると黒い中から地面を見下ろす。
「夜の木登りが趣味とは思ってなかったよ。良い趣味だ」
「そこに木があったから登ったんだ。馬鹿となんとかは高い所が好きだからな、真似していいぞ?」
草原に点々と存在する木々。その中でも特に太くて逞しく、直立する大木に俺とイオンは居た。
俺の言葉に対しイオンは呆れたように肩を竦め、先程から仮面に当たっていた木の枝を折り下へ放り投げる。すると、数秒遅れて地面からカサリと木の葉の音が鳴った。
「よくわかったな? 誰も起きなかったはずだが」
イオンの話を聞いてから、俺は昼に出会ったエレットの事が気になり、一人でコッソリと探索に向かったのだ。
無論、なんの当てずっぽうも無く出たわけではない。
冒険者達は俺達に非協力的との事だったが、拠点として借りている村の村長にまで非協力的な訳では無い。
皆が寝静まる夜間の遅い時間だったが、突然の訪問にも嫌な顔を見せない好々爺な村長は、俺が幻想調査隊と名乗ると快く冒険者達の情報を教えてくれた。
腐っても鯛。
冒険者や教会などの組織からは疎まれているが、流石は王国の機関。民からの信頼は厚いようであった。
「なぜ僕達を誘わなかったんだい?」
俺の言葉を無視したイオンの声はいつもより若干低い。不穏な気配を察知した俺は、自分の尻を守るためにギュッと肛門の穴をキツく閉めた。
「冒険者達の動向を知りたくてな。少しでも情報が欲しい俺の勝手だからな」
「本心は?」
「昼に見た可愛い子ちゃんが気になった」
「……よし、そこに直れ。尻との別れを済ませろ」
大木とはいえ、筋骨隆々の大人が動き回れるような場所でも無い。もたつく俺の動きとは対照的に、外国産の気品溢れる猫のような動きで枝の上を歩くイオン。
「待てっ! せめて地面に降りてからにしてく……れ?」
「……っ?」
尻を蹴る者と尻を蹴られる者の関係の俺達が、その異変に気付くのはほぼ同時だった。
遠くから微かに、だか確実に聞こえてくる何かの音。
それは明らかに風などの自然な音では無く、そして動物や虫が出す音でも無い。
「……楽器? いや、これは……ラッパか!?」
「ラッパ? ……ラッパ……ラッパ……うん、確かにそう聞こえるな。よくわかったなハジメくん」
そう、確かにこの音はラッパの音なのだ。俺自身にも何故判別がついたか分からないが、どこかで聞いたことのある音なのだ。
どことなく口ずさみたくなるメロディー。懐かしさすら感じさせるそれが風に乗って俺の元にまで届いたのだ。
「ふむ、どこからだろうね?」
俺は耳を澄ませてみるが、風の音に邪魔され中々位置が掴めない。
仕方なく辺りを見回すがそこは変わらず闇の中。視界に映るのは冒険者達がいる焚き火の灯りだけだった。
他に得られる情報は無いので俺は双眼鏡を再び覗き込み、狭く丸い視界で冒険者達を見る。
そこには変わらず談笑する冒険者数人とエレットが居た。周りの見張りも特に何かの異常を察知した様子は無い。
「特に変わった様子は……んん?」
休憩中とはいえ、革鎧や剣ぐらいは身につけている冒険者達の中に一人だけ毛色が違うモノがいた。
天幕の側に一人だけポツンと立ち、上半身は裸でボロボロのズボンを履いている。光の当たり具合が悪いのか、肌色は若干暗めで顔はよく見えない。
そのモノが覚束ない足取りでフラフラと焚き火の方に歩いた時、俺は驚きのあまり双眼鏡を手から落としてしまう。脱落防止の為についていた紐が首に引っかかり、宙ぶらりんになった双眼鏡を震える手で握り締める。
「嘘……だろ?」
「どうした、何かあったのか?」
俺の怯えた表情を見て、イオンは只ならぬ気配を感じたのだろう。すぐに近寄り俺の肩を揺する。
「……」
俺は無言で双眼鏡をイオンに渡し、覗くように催促する。イオンは双眼鏡を構えると大きいガラスの方から覗いた。
「全然見えんぞ?」
「イオン、逆だ」
「……」
イオンは無言で持ち替えて再び覗き込む。そして、何かを察したのか、何度か頷くと俺に双眼鏡を返してくれた。
「ハジメくん。君の好きな物は?」
「ゲームと筋トレ」
脈絡の無い質問をするイオンだが、俺は何故イオンがそのような質問をしたのかは分かっていた。
そして次の質問も。
「嫌いなモノは?」
「オバケとかホラーでスプラッタなやつ……あんな風なモノは特に嫌いだ……」
俺はもう一度双眼鏡を覗き込み、全身に嫌悪感を巡らせる。
そこに映るのは首の無い身体中がズタボロな人間が、首のある屈強な冒険者達を襲っている場面であった。
「見つけた」
その黒の中で俺は一人呟いた。
いつもの上下迷彩服に防弾チョッキ、肩から吊り下げたスリングに装着されてる89小銃。
防弾チョッキの全面にはマガジンポーチ。背面の腰部に折りたたみ式円匙と包帯などが入った救急品入れ、さらには水筒とその他の雑品を入れるポーチが付いている。
左の腰には銃剣を、右の大腿部には9ミリ拳銃のホルスターとその中身。
キツく結んだ靴紐にはこれまでの道のりで付着した砂埃や土汚れが付いていた。
「結構遠かったな」
俺はポーチに入れてある水筒から水を一口飲むと側に置いてあるリュックサックから双眼鏡を取り出す。
「さすがはタケさんの双眼鏡だ。良いの使ってるなぁ」
装甲車の中に置いてあったタケさんの荷物から拝借した双眼鏡。その性能の高さに俺は嘆息を吐く。
覗き込んだ先には目盛りと数字が表示されており、さらにその先には焚き火の灯りが見えていた。
「三、四……何人だろうな?」
焚き火の周りには腰に剣を差した男達や、弓の弦を張り直す女。カーキ色の外套を羽織る老人がいた。
暗くて分かりにくいが周りにも何人か武装した人間がいて、笑顔で談笑しつつも周囲に目を光らせ警戒していた。
「距離にして一キロは無いな。暗くてよくわかんねぇけど……」
自衛官としての訓練中に学んだ距離の計算法を頭の中で必死に暗算するが、俺自身の頭の出来の悪さと曖昧な記憶により答えは出ず、経験と感覚で距離を判別する。
(さすがに当てられないかもな……)
俺は吊り下げた小銃を指でなぞる。金属は深夜の冷気で寒気を感じるほど冷たく、俺の感覚を研ぎ澄ませる。
89小銃の最大射程距離は忘れてしまったが、恐らく撃ち方を選ばなければこの距離でも届きはするだろう。
(まぁ、誰かを撃つ訳じゃないからな)
安全装置がしっかりとかかっていることを確認し、俺は再び双眼鏡を覗き込む。
「いた。やっぱり……いたか……」
双眼鏡越しに映る焚き火。煌々と火の粉をあげる紅にに照らされる一人の女性がいた。
身体は黒い貫頭衣を着ていて清楚だが、頭部は金色の髪の毛が火の赤色とが混じり、白い肌が朱に染まるその姿は見る者の胸を熱くさせるには充分だと言える。
(エレット……)
俺は知った顔を確認すると安堵の息を吐く。そして改めて目を凝らし彼女で間違い無いことを再確認すると、双眼鏡から目を離して顎に手を当てる。
「さて、どうしようかな?」
「さぁ、どうするのかな?」
「ん? …………ひゅいッ!?」
背後の黒の中から突如として何者かの声が聞こえる。
誰もいるはずが無いと完全に油断しきっていた俺は、子供のような声に驚き黒の中から転げ落ちそうになる。
バランスをギリギリで保つ俺の手を何者かが力強く引き、小さな手に宿る仄かな体温が俺の手を伝う。
「こんな所で何をしてるんだい? 夜更かしすると背が大きくならないぞ」
何者かは子供のように高く、且つ冷酷さすら感じる声で質問する。
バランスを取り戻した俺は手を振りほどくと目の前にいる黒い者に悪態を吐くように舌打ちをしてから質問に答える。
「……成長期はとっくに終わってんだよ。大きくなるのは夢だけでいいさ」
「それで上手いこと言ったつもりかい? ハジメくん」
「上手いこと言ったつもりさ。イオンくん」
俺が何者かに気づかなかったのも無理はない。
なんせ、目の前にいる何者かは黒いコートに黒い仮面という全身が真っ黒な服装であったのだから。
イオンは呆れたように首を振ると黒い中から地面を見下ろす。
「夜の木登りが趣味とは思ってなかったよ。良い趣味だ」
「そこに木があったから登ったんだ。馬鹿となんとかは高い所が好きだからな、真似していいぞ?」
草原に点々と存在する木々。その中でも特に太くて逞しく、直立する大木に俺とイオンは居た。
俺の言葉に対しイオンは呆れたように肩を竦め、先程から仮面に当たっていた木の枝を折り下へ放り投げる。すると、数秒遅れて地面からカサリと木の葉の音が鳴った。
「よくわかったな? 誰も起きなかったはずだが」
イオンの話を聞いてから、俺は昼に出会ったエレットの事が気になり、一人でコッソリと探索に向かったのだ。
無論、なんの当てずっぽうも無く出たわけではない。
冒険者達は俺達に非協力的との事だったが、拠点として借りている村の村長にまで非協力的な訳では無い。
皆が寝静まる夜間の遅い時間だったが、突然の訪問にも嫌な顔を見せない好々爺な村長は、俺が幻想調査隊と名乗ると快く冒険者達の情報を教えてくれた。
腐っても鯛。
冒険者や教会などの組織からは疎まれているが、流石は王国の機関。民からの信頼は厚いようであった。
「なぜ僕達を誘わなかったんだい?」
俺の言葉を無視したイオンの声はいつもより若干低い。不穏な気配を察知した俺は、自分の尻を守るためにギュッと肛門の穴をキツく閉めた。
「冒険者達の動向を知りたくてな。少しでも情報が欲しい俺の勝手だからな」
「本心は?」
「昼に見た可愛い子ちゃんが気になった」
「……よし、そこに直れ。尻との別れを済ませろ」
大木とはいえ、筋骨隆々の大人が動き回れるような場所でも無い。もたつく俺の動きとは対照的に、外国産の気品溢れる猫のような動きで枝の上を歩くイオン。
「待てっ! せめて地面に降りてからにしてく……れ?」
「……っ?」
尻を蹴る者と尻を蹴られる者の関係の俺達が、その異変に気付くのはほぼ同時だった。
遠くから微かに、だか確実に聞こえてくる何かの音。
それは明らかに風などの自然な音では無く、そして動物や虫が出す音でも無い。
「……楽器? いや、これは……ラッパか!?」
「ラッパ? ……ラッパ……ラッパ……うん、確かにそう聞こえるな。よくわかったなハジメくん」
そう、確かにこの音はラッパの音なのだ。俺自身にも何故判別がついたか分からないが、どこかで聞いたことのある音なのだ。
どことなく口ずさみたくなるメロディー。懐かしさすら感じさせるそれが風に乗って俺の元にまで届いたのだ。
「ふむ、どこからだろうね?」
俺は耳を澄ませてみるが、風の音に邪魔され中々位置が掴めない。
仕方なく辺りを見回すがそこは変わらず闇の中。視界に映るのは冒険者達がいる焚き火の灯りだけだった。
他に得られる情報は無いので俺は双眼鏡を再び覗き込み、狭く丸い視界で冒険者達を見る。
そこには変わらず談笑する冒険者数人とエレットが居た。周りの見張りも特に何かの異常を察知した様子は無い。
「特に変わった様子は……んん?」
休憩中とはいえ、革鎧や剣ぐらいは身につけている冒険者達の中に一人だけ毛色が違うモノがいた。
天幕の側に一人だけポツンと立ち、上半身は裸でボロボロのズボンを履いている。光の当たり具合が悪いのか、肌色は若干暗めで顔はよく見えない。
そのモノが覚束ない足取りでフラフラと焚き火の方に歩いた時、俺は驚きのあまり双眼鏡を手から落としてしまう。脱落防止の為についていた紐が首に引っかかり、宙ぶらりんになった双眼鏡を震える手で握り締める。
「嘘……だろ?」
「どうした、何かあったのか?」
俺の怯えた表情を見て、イオンは只ならぬ気配を感じたのだろう。すぐに近寄り俺の肩を揺する。
「……」
俺は無言で双眼鏡をイオンに渡し、覗くように催促する。イオンは双眼鏡を構えると大きいガラスの方から覗いた。
「全然見えんぞ?」
「イオン、逆だ」
「……」
イオンは無言で持ち替えて再び覗き込む。そして、何かを察したのか、何度か頷くと俺に双眼鏡を返してくれた。
「ハジメくん。君の好きな物は?」
「ゲームと筋トレ」
脈絡の無い質問をするイオンだが、俺は何故イオンがそのような質問をしたのかは分かっていた。
そして次の質問も。
「嫌いなモノは?」
「オバケとかホラーでスプラッタなやつ……あんな風なモノは特に嫌いだ……」
俺はもう一度双眼鏡を覗き込み、全身に嫌悪感を巡らせる。
そこに映るのは首の無い身体中がズタボロな人間が、首のある屈強な冒険者達を襲っている場面であった。
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