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二章 自衛官。王都へ

調査対象

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「ウェスタいるか?」

「いないぜ、ハジメちゃんよ」

 街での散策を終え、すっかり暗くなった王都を後にし幻想調査隊の隊員と顔合わせをした部屋に戻った俺の言葉を、蜥蜴頭のジェリコが否定の言葉で迎えてくれる。
 窓際で手持ちのナイフを研ぐ彼は夜の闇を背景に仄暗い部屋の中で怪しく眼を光らせていた。

「ルチアちゃん、暗いから明かりつけて」

「……やだ」

「ルチアちゃん~拒否されるとおじさん悲しいかな?」

 ジェリコの先程より真面目な声をルチアは少し間を置いて低い声で答える。素っ気ない対応におどけたように手の平を返すとジェリコは指先を上に向け目を閉じる。

「魔法は苦手なんだよね俺ってさー。えっと、光源ライト……よし、明るくなったな」

 ジェリコの言葉通り部屋の中は先ほどよりも明るくなっていた。
 弱々しい明りが灯っていた天井の洋燈ランプには真っ白な光が出現し、輪郭がボヤけ眼の光ばかりが目立っていたジェリコの身体を鮮明に映し出す。

「お前は相変わらず蜥蜴だな。中に誰か入ってるのかと思ってたぜ?」

「違うよハジメ。アイツはもとから糞蜥蜴よ?」

「二人とも、俺って蜥蜴っぽいけど言葉通じてるから気をつけてな?」

 俺達の遠慮の無い挨拶に、ジェリコは胸元からペンダントを取り出しながら言葉を返して来る。
 取り出された藍色のペンダントは俺とルチアが持つ物よりも色が濃く、宵の空を連想させる。

「これでも俺は幻想調査隊の副隊長よ? 分かるかな? 新隊員のルチアちゃんに、一緒にいるただの人のハジメちゃん?」

 ジェリコは立ち上がり俺に近付くと見せびらかすように宝石をチャラチャラと鳴らす。顔がカナヘビみたいな蜥蜴面なので表情が分かりにくいが、助走を付けて殴りたくなるぐらいに、俺達を馬鹿にしているのだけは確かだ。

「ルチア、こいつ殴っていい?」

「最低でも顎の骨は砕いてね? しばらく喋らないようにさ」

「あっはっは! 冗談上手いな二人とも~。でも握り拳作るのやめてくれないかな?」

 カリカリと音を鳴らしながらジェリコは自分の頬を掻き、細い瞳孔で俺の右手をちらりと見ていた。
 ジェリコの視線に気付いた俺はさらに拳に力を込め、腕の血管をぶくりと浮き上がらせる。
 タケさんとの訓練によって鍛えられていた俺の腕は木の幹のように筋肉一つ一つの形が分かるほどに、それぞれが隆起し丸太のようになっていく。

「……ちょ、ハジメちゃん? 凄いのは分かったからさ、腕降ろしてくれないかな?」

「ルチア、顎だけとは言わずに顔面粉砕してしばらく表出れないようにしてやろうぜ?」

「それ名案。ハジメって頭いいね?」

「はいはいストーップ。賢いジェリコさんは二人が漫才出来るぐらい仲良いのを理解したから、悪ふざけはここまでね!」

 流石に不穏な流れを感じたのか、ジェリコは飄々とした態度を抑えめにし、慌てて俺の腕を掴んで振り握り拳を解かせる。
 見た目が爬虫類だからだろうか。ジェリコの皮膚は少しだけ冷たく手の指紋は俺と比べると凹凸がハッキリと感じられる。そして尖った爪先が俺の皮膚に当たって少し痛みも感じる。

「痛い!? お前、爪ぐらい切れよ! 邪魔だろ?」

「な!? ハジメちゃんお前は俺の密かなお洒落なところを馬鹿にするのか!」

 たしかに言われてみればジェリコの爪は手入れが行き届いているのか。とても綺麗でヒビ割れ一つない。蜥蜴のような見た目にそぐわぬ女々しさに俺は苦笑いするしか無かった。

「んで……ハジメちゃんのその顔を見るに、決めたのかな?」

 ジェリコは席に戻り、今度はナイフでは無く自身の爪の手入れをし始める。
 鋭利な刃物と言えるジェリコの爪は振るえば人の肉など容易く削ぎ落としてしまえると思えてしまう。
 俺は先ほどジェリコに掴まれた腕をさすり、ジェリコの正面を見据える。

「入る」

「そうか、じゃあこれ見てね」

 ジェリコは手入れに使っていたヤスリを机の上に置く。そして俺の言葉は分かってたとばかりに手際良く動き、手入れ道具が入っていた箱から紙を一枚取り出す。
インクの香りがほのかに漂ってくるその紙に書かれた文字を俺はまじまじと見て一言だけ言う。

「……全く読めないんだが?」

 そこに書いてあるのは日本の漢字とも、ハングル文字とも、はたまたアルファベットとも言えない何やら分からない文字らしきものが書いてあったのだが、当然俺はそんなもの読める訳が無くジェリコの元へと突き返す。

「ジェリコ? 読めねぇから読んでくれねぇか?」

「断る。……ハジメちゃん、何故俺が断るのかわかるか?」

「いや知らん。なぞなぞじゃ無えんだからさっさと読めよ?」

 含みのある言い方をするジェリコだが、どうせ何やら企んでいるのがこれまでの彼の行動で何となく俺は分かっていた。
 ジェリコは一度大きく息を吸い、吐き出し、俺の顔をいつも全く違う真剣な面持ちで見つめ、牙が並ぶ口をゆっくりと開く。

「俺は文字が読めないんだ……実は俺も異世界転生者なんだ」

 ジェリコは手を組み、また大きく息を吐いてそれだけ言う。

「あっそ、それじゃあ仕方ないな。じゃあこれルチア読んで」

「いいよー。なになにえーっと……幻想調査隊新規入隊者試験用特異体表一覧。まるいち……」

「ーーッ!? いや、ちょっと待てよ。もっと、こう……驚いてくれよ! なあハジメちゃん!?」

 自身の秘密をあっさりと流されるとは思ってなかったのか、ジェリコは俺の辛辣な態度に言葉が詰まり、逆に自分が驚いてしまっていた。
 それをみて俺はため息一つ吐き、ジェリコの肩をがっしりと掴む。

「なぁ、ジェリコ。俺だって少しぐらい、いや、ほんのちょっぴり……それこそ鼻毛一本分ぐらいはおどろいているぞ?」

「なんだその汚い例えは? いや、ほら、だって……つーか、ハジメちゃんってノウが異世界転生者って聞いた時も対して驚かなかったし……なんで?」

「ハァ…………いいかよく聞けジェリコ」

 ジェリコの肩をポンポンと叩き、俺は一度目を瞑って息を吸ってから、ジェリコを睨むように見る。

「死んだと思ったら異世界で、言葉は通じないし襲われるし、秘蔵のお菓子は食われるし、さらに人の命……ルチアを助ける為とはいえ俺は人を殺しちまったしな?」

「お、おぅ……」

「挙げ句の果てにはなんだ? 年下のクソ生意気な後輩が、髭面ダンディなオッサンになってどっかの国のお偉いさんで何考えてるのかよくわからんときたもんだ」

「お、おう、そうだな……」

「訳わかんないんだよ……これ以上何に驚けっつーんだよッッ! 知らん本とか知らん蜥蜴が異世界転生者とか今更どうでもいいんだよ、虫でも食ってろこの野郎ッ!」


 俺は思わず声を荒げてしまった。

 最初はジェリコを揶揄うつもりで言おうと思っていたのだが、途中から自身の胸の激情を吐き出してしまっていた。

 何もわからないままこの世界に来て、何もわからないまま人を助け、何もわからないまま共に戦っていた。そして何もわからないまま気付いたらここに居た。

 自分で言ってても滑稽な物語だと思う。俺は吐き出し切った言葉の余韻と荒い呼吸の中、つい自分で自分の事を笑ってしまっていた。

(多分、俺は今酷い顔をしてるんだろうな)

 胸の内をさらけ出した後の解放感からか俺の頭は幾分冷静になり、改めてジェリコの顔を見る。
 呆気にとられ、居心地が悪そうに指で自分の爪を触り何かを言おうと口を少し開けては、やはり躊躇い閉じているかが分かる。
 俺自身も言い過ぎなのは分かっている。だが、つい感情が乗ってしまい言葉は出てしまったのだ。
 居心地の決して良くない空気が部屋中を支配していく。俺たちは二人して黙りこむ。


「……私は、嬉しかったなー」

 静寂を切り裂いて小さな声が俺の傍から聞こえてくる。
 ルチアは紙を置いて机の上に腰掛け俺をいつもと変わらぬ眼差しで包んでくれる。

「知ってるハジメ? 私があの時なんて言ったかさ?」

「あの時?」

「初めて会ったときだよ」

 男に襲われて、組み伏せられ、今にも乱暴をされそうになるルチアが俺の脳裏に浮かぶ。その後の光景も……

「逃げて。って言ってたんだよ?」

「え、助けてじゃ無いの?」

「ふふ、だってハジメって剣も持って無かったし、なんか挙動不審だったから最初は駆け出し冒険者かなんかだと思ったのよ? 油断してたから危なかったけど、そんな人に助けを求めるほど私は弱く無いよ?」

 確かにあの時の俺は迷っていたし、それこそ関わるべきでは無いとすら思っていた。
 それでも助けたのは俺が自衛官だったからなのか、それとも他の理由があったのか。今ではよく分からない。

「けど、助けられた。あの時も、その後も、多分これからもかな?」

「えっ……」

 戸惑う俺にルチアははにかんだ笑顔で少し照れてるのか、頬が若干赤い。

「だって、幻想調査隊に入るのならこれからは一緒でしょ?」

 ルチアの言葉に俺は何とも言えないこそばゆさが、身体の芯から昇ってくるのを感じ思わず目線を逸らし腕を掻く。

「私を見て」

 言葉が早いから手が早いか、ルチアは俺の顔を両手で挟み込むと顔を近づけ今にも鼻と鼻とがくっ付くほど接近する。
 突然のルチアの行為に俺は焦るがルチアの真剣な目が邪な心を打ち消し目を逸らすことを許さない。

「私達って言葉も通じなかったんだよ?」

 森の中ではお互い身振り手振りで思いを伝え、たまに理解してくれなかったり、何もせずにも伝わってくれたり。つい先日のことながら遠い記憶にも感じる。

「それでも通じた。だから[わからない]なんて言わないでよ。ハジメがこの世界に来た理由も、なにを成すべきなのかも、私が一緒に分かってあげるからさ!」

 ルチアはそう言うと俺の頬から手を離し、鼻息荒く腕を組んだ。
 俺はルチアの視線を受けながらジェリコに面と向かい合い頭を下げる。

「すまんジェリコ、つい声荒げちまった」

「いや、俺もお調子者過ぎた。ルチアちゃんありがとね」

「……どういたしまして」

 ルチアの行動により部屋の空気は戻っていく。何処と無くぎこちない雰囲気だが、それでも最悪な関係になる事だけは避けられた。

「あー、うん。ルチア。紙には何て書いてあるんだ?」

「うん? えーっと……え? これが入隊試験なの?」

 ルチアは紙を何度も凝視し、紙とジェリコを交互に見やる。

「まぁ……ウェスタの意見だけどな? それが入隊試験だ」

「おい、俺にも内容を教えろ!」

 俺はルチアの持つ紙を引っ張り文字に目を滑らす。書いてある文字は殆どが異世界の文字なのだろう。何が書いてあるのかはさっぱりと分からなかった。

「なにぃ!?」

 しかし、改めて見てみると一番最後に書いてある文だけは違った。
 そこには馴染みのある文字、日本語が書かれており、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

「なんだよ。あんだけ啖呵たんか切ってたのに驚いてるじゃん! いい顔いただきましたー」

「……ジェリコ、これはどういう意味だ?」

 俺は紙を握りしめ、くしゃくしゃにして地面に投げ捨てる。

 そこにはこう書いてあった。

 [特異体。首無し騎士。我々の調査によると異世界転生者と思われ、その特異な行動から転生前は[自衛官]であったと思われる。試験はこの特異体の調査、及び討伐である]
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