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一章 自衛官。異世界へ
守る者なのか、守られる者なのか。
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一直線伸びる赤き光の閃光。その全てが黒き肉体を持つホブゴブリンへと注がれる。金属を思わせるその身体は迫り来る銃弾全てを弾き返し防いでいた。
銃に込められていた弾薬を撃ち尽くし、新しい弾倉を銃に装着し、槓杆を引いて弾込めを完了させた俺は倒すべき敵を見て呟く。
「効かないかなって思ったけど、少しは効果有りだな」
俺の言葉の通り、放たれた銃弾はさきのゴブリンの様にホブゴブリンの命を奪うことは出来なかった。
だが、銃弾はルチアとの戦闘では傷付ける事が叶わなかった肉体に傷を付け、全身に血を滲ませていた。さらに衝撃までは受け止め切れなかったのか、態勢を大きく崩させ後退させていた。
「ゴ、ゴブ、ゴブルァ!」
「うるせぇ!」
叫ぶゴブリンの口内へと俺は弾丸を撃ち込む。全ての弾が吸い込まれるように向かっていくが赤い光を放つ曳光弾《えいこうだん》はゴブリンの喉元に当たると全て弾き返されていた。
またも弾薬を撃ち尽くし、俺は新しい弾倉を銃に込め直す。
「ちっ、そこも硬いのかよ。魔法ってのは厄介だな?」
苦悶の表情を浮かべ、口内から血を流すホブゴブリンの様子を見るに全く効かないことは無い。だが、そのダメージが余りにも少なすぎるのだ。
このままでは手持ちの弾薬が消費されるばかりだ。既に俺は三弾倉分の弾を撃っている。予め弾が込められている弾倉は全部で十二個。そのうちの四分の一を使っている。もしそれを撃ち尽くしてしまえばまた一発一発弾丸を弾倉に込め直さなければいけなくなる。そんな事は戦闘中には無理な話であり、弾切れになった場合は俺の敗北を意味していた。
(そもそも、弾薬の補給が出来無い可能性があるんだ。出来れば無駄弾は抑えたい)
自衛官として訓練中であるならば弾薬の補給は比較的容易である。だが今は戦闘中、ましてや異世界だ。追加の弾薬を補給する事などまず不可能である。
このまま89小銃で弾が尽きるまで撃ち続けていればこのホブゴブリンは倒すまでいかなくとも戦闘不能にする事は出来るはずだ。だがそれは今後の事を考えるとあまり好ましく無い結果である。
(クソ、あと少し準備する時間があれば……アレを使えたのに!)
俺は撃ち続けながら万全の状態で作戦を実行できなかった事に歯噛みをする。
せめて数分。なんだったら最悪、十数秒の時間でもあれば作戦は実行出来た筈なのだ。
考え込む俺はある一つのミスをしてしまう。
(弾切れ!? ヤッベェ!)
思考の渦に飲まれてしまい、俺は自分が撃っている小銃の弾を撃ち尽くしている事に気が付かなかった。
カチカチと鳴る引き金の虚しい音がやけにハッキリと聞こえてくる。
この隙を明確な見逃す程、相手は甘くはなかった。
「ゴォブラァァ!」
奇声と共にホブゴブリンは持っている大剣を俺に目掛け投げつけてきた。昨日と同じ戦法だが、今回は普通の剣では無く身の丈程の大剣である。大きさ、重量が増した分だけ速度は遅いが、それと同じだけ威力は高くなっている筈である。
眼前に迫る錆だらけの分厚い鉄板が俺の頭へと到達する刹那、それは突如として出現した。
「スハイェルデ、オフ、ガォデ、ルイガハテ」
視界一杯を埋める光の壁。投げつけられた大剣は光に触れるや否や、チリチリと焼けるように光の粒子となって消えていく。目の前で起こる非科学的な光景に俺は唖然として呆けていた。
口をだらし無く開きっぱなしの俺の横ではいつ登ってきたのか、ルチアが杖を構えて立っていた。そして光の壁が消えるのとほぼ同時にルチアが持つ質素な装飾の杖はボロボロに朽ち果て下に落ちていく。
ルチアは軽く手を払うと俺を見つめ黙って親指を立ててくる。無表情な顔にそぐわ無いほどの強い決意がその目からは感じ取れた。
「ヨォウ、テハインガ、イセ、イ、デオ、ンオテ、ケンオワ。……ベウテ。」
そういうとルチアは俺の装具に付いていた一本の銃剣を手に取り、逆手に構えて装甲車の上から降りていった。
「テロウセテ、ムーエ。ベェルイエベェ、イン、ヨォウ。テロウセテ、ムーエ!」
ルチアは一度だけ振り向いてきた。そして俺から目を離し、腰に差していた折れた剣を抜き、銃剣と合わせて二刀流の構えを取る。
ルチアは一呼吸をするとまるで放たれた矢の如くホブゴブリンに向かっていく。丸腰のホブゴブリンはそれを迎え討たんとばかりに、両の手に力を込め自身の指先から肩の範囲までを黒く染め上げる。
武器を失っていても奴の戦闘力は微塵も衰えてい無い。何故なら鉄の剣よりも強固な肉体を持っているのだから。
自身の肉体に絶対の自信があるのか、ホブゴブリンは悪い笑みで目を細め、ルチアを見つめる。
それでもルチアは向かって行く。たとえ己の武器が通用しないとわかっていても。
(……あとは任せてくれ、ルチア……)
恐らくは武器を失った自分はこの場において足手まといなのだという判断だろう。そして今唯一ホブゴブリンに通用する武器を持つ俺を全力で援護する為に敢えて効果が無い武器で戦いを挑んだ。
その信頼に俺は応えなければいけ無い。ここで、応えなければ漢では無い。
俺は弾薬を装填し直して数発をホブゴブリンに向けて撃ち、牽制するとすぐに上部ハッチを開け車内に入る。
入る間際に金属と金属がぶつかり合う高く鈍い音。そしてルチアの勇猛な声が耳に残った。
無機質な鉄に囲まれた車内は相変わらず暗闇に沈んでおり、激戦を繰り広げた外の温度とは違い冷えきっていた。
「クソ、狭いな」
俺は身をかがめ、狭い車内を這うように進んでいきすぐに目的の場所へと着いた。
ハンドルに座席にシートベルト。メモリが着いた速度計に、ヘッドセット無線機付きのヘルメット。防弾ガラス付きの小さな目出し窓が外の景色を歪めて映している。
96式装輪装甲車。WAPC。その運転席。
俺は低い姿勢で運転席の座席に座ると懐のポケットから車の鍵を取り出す。
十徳ナイフが付けてある中元班長から預かったモノだ。俺はそれを躊躇なく差し込みキーを回す。
車のセル音が鳴り響き、エンジンは……かからなかった。
「おいおい待てよ……そりゃ無いぜ!?」
俺は焦りを隠さずにもう一度キーを回す。しかし同じようにセル音が鳴るだけでエンジンがかかることは無かった。
「まさか、バッテリー切れ? ……中元班長、暖機運転ぐらいしといてくれよ!」
キュルキュルというセル音が鳴るだけでエンジンは全くかかる様子は無く、俺の焦りはやがて不安に変わり、ついには怒りに変わっていった。
俺は自分の拳で思いっきりハンドルの真ん中を殴りつける。クラクションの音が俺の鼓膜を揺らし、俺は顔をしかめて悪態を吐く。
「……ふざけんなよ、これが動かなきゃ、あの作戦が出来ねぇだろ!」
叫び声は狭い車内で反響し、再度俺の鼓膜を震わせる。
「ルチアが……ルチアがよ……戦ってんだよ。あいつは、あいつが俺を守ってくれてんだよ!」
どこの誰とも知らない俺を助け、言葉も通じないのに俺を守り、言葉を交わさずとも俺を助けてくれている。
桃色の髪の少女ルチアは何も言わずに、今も俺を守るために戦ってくれている。俺を信じて戦っている。
「だからよ。……とっとと動けよこのポンコツがァ! ナメてんじゃねぇぞクソ野郎がよォォォッッ!」
俺は怒りに身を任せ、目の前のハンドルを思いっきり蹴る。鈍い音だけが虚しく車内に響いていった。
「…………ヨウカ?」
「あ?」
荒い呼吸を吐く俺のすぐ後ろからナニかの声が聞こえた気がした。
振り返り見てみるとそこには無線機付きのヘルメットが転がっていた。不快な砂嵐の様な音が小さく鳴り、ただそこに転がっていた。
「ザーッ……ザーッ……。……タ……テ……アゲマ……ウカ?」
「誰、だ?」
突如繋がった無線機の声に、俺の胸には期待と不安と疑問を織り交ぜた様々な感情が溢れ出てくる。
誰が、喋っているのか?
何故、繋がったのか?
どうして、電源を入れてないはずの無線機が使えているのか?
「タスケテ、アゲマショウカ?」
全ての疑問は聞こえてきた機械的な少女の声によって遮られる。
俺は、この声に聞き覚えがあった。
「電子の……歌姫……?」
訓練で疲れた時に聴いていた歌。
俺がこの異世界に来る少し前、突如としてネット上に現れた機械の声を持つ歌姫。
彼女の歌声は機械的なのだが、時に人としての感情を感じることもできる声だと話題になっていた。
その声が今、無線機から聞こえてくる。
「ダウンロードシマス。サン……ニ……イチ」
「おいおいおいおい、何をするつもりだ?」
突然の、突拍子もない出来事に混乱する俺を無視し機械の声はカウントダウン始める。
「ゼロ。ダウンロード、シュウリョウシマシタ」
カウントダウンが終わると同時に装甲車の中が一瞬ノイズが入ったかのようにブレる。
俺は目の錯覚かと思い目をゴシゴシと擦り、もう一度装甲車の中を見つめる。そこには先程と全く変わらない狭く暗い車内が目に映っていた。
「今の、は……?」
俺は戸惑いつつも後ろに手を伸ばしヘルメットを拾い上げる。ヘッドセットのスイッチを弄るが反応は何もなく、クリック音がカチカチと出るだけだった。
「……」
無言で俺はヘルメットを床に置きエンジンキーを回す。セルが周り、装甲車独特の唸り声をあげかかる。
目の前に付いている防弾ガラスののぞき窓から外をみるとルチアとホブゴブリンが戦闘を繰り広げていた。
「今は、それどころじゃ無いんだよ……ッ!」
あらゆる疑問が俺の胸に一気に湧いてきた。しかし、その一切を俺は遮断する。
(今やるべきことは、一つだけだ)
俺はアクセルを思いっきり踏みエンジンを盛大に噴かすと、ギアを変え俺は当初自分が立てた作戦に従い車を急発進させる。
「オハナシ……デキタ。ウレシイ。……モット、アナ……タト……オハナシデキタラ……イイ、ノ………ニナ……」
銃に込められていた弾薬を撃ち尽くし、新しい弾倉を銃に装着し、槓杆を引いて弾込めを完了させた俺は倒すべき敵を見て呟く。
「効かないかなって思ったけど、少しは効果有りだな」
俺の言葉の通り、放たれた銃弾はさきのゴブリンの様にホブゴブリンの命を奪うことは出来なかった。
だが、銃弾はルチアとの戦闘では傷付ける事が叶わなかった肉体に傷を付け、全身に血を滲ませていた。さらに衝撃までは受け止め切れなかったのか、態勢を大きく崩させ後退させていた。
「ゴ、ゴブ、ゴブルァ!」
「うるせぇ!」
叫ぶゴブリンの口内へと俺は弾丸を撃ち込む。全ての弾が吸い込まれるように向かっていくが赤い光を放つ曳光弾《えいこうだん》はゴブリンの喉元に当たると全て弾き返されていた。
またも弾薬を撃ち尽くし、俺は新しい弾倉を銃に込め直す。
「ちっ、そこも硬いのかよ。魔法ってのは厄介だな?」
苦悶の表情を浮かべ、口内から血を流すホブゴブリンの様子を見るに全く効かないことは無い。だが、そのダメージが余りにも少なすぎるのだ。
このままでは手持ちの弾薬が消費されるばかりだ。既に俺は三弾倉分の弾を撃っている。予め弾が込められている弾倉は全部で十二個。そのうちの四分の一を使っている。もしそれを撃ち尽くしてしまえばまた一発一発弾丸を弾倉に込め直さなければいけなくなる。そんな事は戦闘中には無理な話であり、弾切れになった場合は俺の敗北を意味していた。
(そもそも、弾薬の補給が出来無い可能性があるんだ。出来れば無駄弾は抑えたい)
自衛官として訓練中であるならば弾薬の補給は比較的容易である。だが今は戦闘中、ましてや異世界だ。追加の弾薬を補給する事などまず不可能である。
このまま89小銃で弾が尽きるまで撃ち続けていればこのホブゴブリンは倒すまでいかなくとも戦闘不能にする事は出来るはずだ。だがそれは今後の事を考えるとあまり好ましく無い結果である。
(クソ、あと少し準備する時間があれば……アレを使えたのに!)
俺は撃ち続けながら万全の状態で作戦を実行できなかった事に歯噛みをする。
せめて数分。なんだったら最悪、十数秒の時間でもあれば作戦は実行出来た筈なのだ。
考え込む俺はある一つのミスをしてしまう。
(弾切れ!? ヤッベェ!)
思考の渦に飲まれてしまい、俺は自分が撃っている小銃の弾を撃ち尽くしている事に気が付かなかった。
カチカチと鳴る引き金の虚しい音がやけにハッキリと聞こえてくる。
この隙を明確な見逃す程、相手は甘くはなかった。
「ゴォブラァァ!」
奇声と共にホブゴブリンは持っている大剣を俺に目掛け投げつけてきた。昨日と同じ戦法だが、今回は普通の剣では無く身の丈程の大剣である。大きさ、重量が増した分だけ速度は遅いが、それと同じだけ威力は高くなっている筈である。
眼前に迫る錆だらけの分厚い鉄板が俺の頭へと到達する刹那、それは突如として出現した。
「スハイェルデ、オフ、ガォデ、ルイガハテ」
視界一杯を埋める光の壁。投げつけられた大剣は光に触れるや否や、チリチリと焼けるように光の粒子となって消えていく。目の前で起こる非科学的な光景に俺は唖然として呆けていた。
口をだらし無く開きっぱなしの俺の横ではいつ登ってきたのか、ルチアが杖を構えて立っていた。そして光の壁が消えるのとほぼ同時にルチアが持つ質素な装飾の杖はボロボロに朽ち果て下に落ちていく。
ルチアは軽く手を払うと俺を見つめ黙って親指を立ててくる。無表情な顔にそぐわ無いほどの強い決意がその目からは感じ取れた。
「ヨォウ、テハインガ、イセ、イ、デオ、ンオテ、ケンオワ。……ベウテ。」
そういうとルチアは俺の装具に付いていた一本の銃剣を手に取り、逆手に構えて装甲車の上から降りていった。
「テロウセテ、ムーエ。ベェルイエベェ、イン、ヨォウ。テロウセテ、ムーエ!」
ルチアは一度だけ振り向いてきた。そして俺から目を離し、腰に差していた折れた剣を抜き、銃剣と合わせて二刀流の構えを取る。
ルチアは一呼吸をするとまるで放たれた矢の如くホブゴブリンに向かっていく。丸腰のホブゴブリンはそれを迎え討たんとばかりに、両の手に力を込め自身の指先から肩の範囲までを黒く染め上げる。
武器を失っていても奴の戦闘力は微塵も衰えてい無い。何故なら鉄の剣よりも強固な肉体を持っているのだから。
自身の肉体に絶対の自信があるのか、ホブゴブリンは悪い笑みで目を細め、ルチアを見つめる。
それでもルチアは向かって行く。たとえ己の武器が通用しないとわかっていても。
(……あとは任せてくれ、ルチア……)
恐らくは武器を失った自分はこの場において足手まといなのだという判断だろう。そして今唯一ホブゴブリンに通用する武器を持つ俺を全力で援護する為に敢えて効果が無い武器で戦いを挑んだ。
その信頼に俺は応えなければいけ無い。ここで、応えなければ漢では無い。
俺は弾薬を装填し直して数発をホブゴブリンに向けて撃ち、牽制するとすぐに上部ハッチを開け車内に入る。
入る間際に金属と金属がぶつかり合う高く鈍い音。そしてルチアの勇猛な声が耳に残った。
無機質な鉄に囲まれた車内は相変わらず暗闇に沈んでおり、激戦を繰り広げた外の温度とは違い冷えきっていた。
「クソ、狭いな」
俺は身をかがめ、狭い車内を這うように進んでいきすぐに目的の場所へと着いた。
ハンドルに座席にシートベルト。メモリが着いた速度計に、ヘッドセット無線機付きのヘルメット。防弾ガラス付きの小さな目出し窓が外の景色を歪めて映している。
96式装輪装甲車。WAPC。その運転席。
俺は低い姿勢で運転席の座席に座ると懐のポケットから車の鍵を取り出す。
十徳ナイフが付けてある中元班長から預かったモノだ。俺はそれを躊躇なく差し込みキーを回す。
車のセル音が鳴り響き、エンジンは……かからなかった。
「おいおい待てよ……そりゃ無いぜ!?」
俺は焦りを隠さずにもう一度キーを回す。しかし同じようにセル音が鳴るだけでエンジンがかかることは無かった。
「まさか、バッテリー切れ? ……中元班長、暖機運転ぐらいしといてくれよ!」
キュルキュルというセル音が鳴るだけでエンジンは全くかかる様子は無く、俺の焦りはやがて不安に変わり、ついには怒りに変わっていった。
俺は自分の拳で思いっきりハンドルの真ん中を殴りつける。クラクションの音が俺の鼓膜を揺らし、俺は顔をしかめて悪態を吐く。
「……ふざけんなよ、これが動かなきゃ、あの作戦が出来ねぇだろ!」
叫び声は狭い車内で反響し、再度俺の鼓膜を震わせる。
「ルチアが……ルチアがよ……戦ってんだよ。あいつは、あいつが俺を守ってくれてんだよ!」
どこの誰とも知らない俺を助け、言葉も通じないのに俺を守り、言葉を交わさずとも俺を助けてくれている。
桃色の髪の少女ルチアは何も言わずに、今も俺を守るために戦ってくれている。俺を信じて戦っている。
「だからよ。……とっとと動けよこのポンコツがァ! ナメてんじゃねぇぞクソ野郎がよォォォッッ!」
俺は怒りに身を任せ、目の前のハンドルを思いっきり蹴る。鈍い音だけが虚しく車内に響いていった。
「…………ヨウカ?」
「あ?」
荒い呼吸を吐く俺のすぐ後ろからナニかの声が聞こえた気がした。
振り返り見てみるとそこには無線機付きのヘルメットが転がっていた。不快な砂嵐の様な音が小さく鳴り、ただそこに転がっていた。
「ザーッ……ザーッ……。……タ……テ……アゲマ……ウカ?」
「誰、だ?」
突如繋がった無線機の声に、俺の胸には期待と不安と疑問を織り交ぜた様々な感情が溢れ出てくる。
誰が、喋っているのか?
何故、繋がったのか?
どうして、電源を入れてないはずの無線機が使えているのか?
「タスケテ、アゲマショウカ?」
全ての疑問は聞こえてきた機械的な少女の声によって遮られる。
俺は、この声に聞き覚えがあった。
「電子の……歌姫……?」
訓練で疲れた時に聴いていた歌。
俺がこの異世界に来る少し前、突如としてネット上に現れた機械の声を持つ歌姫。
彼女の歌声は機械的なのだが、時に人としての感情を感じることもできる声だと話題になっていた。
その声が今、無線機から聞こえてくる。
「ダウンロードシマス。サン……ニ……イチ」
「おいおいおいおい、何をするつもりだ?」
突然の、突拍子もない出来事に混乱する俺を無視し機械の声はカウントダウン始める。
「ゼロ。ダウンロード、シュウリョウシマシタ」
カウントダウンが終わると同時に装甲車の中が一瞬ノイズが入ったかのようにブレる。
俺は目の錯覚かと思い目をゴシゴシと擦り、もう一度装甲車の中を見つめる。そこには先程と全く変わらない狭く暗い車内が目に映っていた。
「今の、は……?」
俺は戸惑いつつも後ろに手を伸ばしヘルメットを拾い上げる。ヘッドセットのスイッチを弄るが反応は何もなく、クリック音がカチカチと出るだけだった。
「……」
無言で俺はヘルメットを床に置きエンジンキーを回す。セルが周り、装甲車独特の唸り声をあげかかる。
目の前に付いている防弾ガラスののぞき窓から外をみるとルチアとホブゴブリンが戦闘を繰り広げていた。
「今は、それどころじゃ無いんだよ……ッ!」
あらゆる疑問が俺の胸に一気に湧いてきた。しかし、その一切を俺は遮断する。
(今やるべきことは、一つだけだ)
俺はアクセルを思いっきり踏みエンジンを盛大に噴かすと、ギアを変え俺は当初自分が立てた作戦に従い車を急発進させる。
「オハナシ……デキタ。ウレシイ。……モット、アナ……タト……オハナシデキタラ……イイ、ノ………ニナ……」
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