〜異世界自衛官〜戦闘経験ゼロですが、89小銃で無双します!!

木天蓼

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序章 陸上自衛官。日本一

飛翔体

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「現在時刻、マルハチヨンサン……マルキュウゴォマルまで武器整備。質問?」

「無しッ!」

「よし、かかれ」

 整列し姿勢正しく気を付けをしている俺たちが元気よく声を出すと、隊長は満足気に頷き回れ右をしてこの場から離れていった。
 俺たちは訓練を終えた後、野営地に戻り訓練後の整備をする事になった。
 野営地とは言っても外周を杭と鉄条網で囲んだ簡素な柵と、居住スペースとなる天幕てんまくが張ってある程度だ。
 野営地の一角にある机を並べた場所にて武器を分解し、汚れを落としたり部品に油を差し込んだりしていた。
 目の前には先程まで射撃と訓練を行ったせいで汚れた銃。それが各部品ごとに分解された姿で並んでいた。

 俺は整備用の布、ウエスを使って部品の一つ一つを綺麗に磨いていた。狭い机の正面には短髪の女性自衛官が不満気な様子で軽機関銃を整備していた。

 隊の紅一点。北村由紀きたむらゆきだ。俺の教育隊時代の同期でもある。
 同期であるのだが、俺よりも年は二つ下で二十三歳だった。短髪で活発な性格の由紀はボーイッシュと言う言葉がよく似合う。

「由紀、どうしたんだ? せっかくの美人が台無しだぞ?」

 俺の言葉を聞いた由紀は一瞬だけ睨んだような顔をしたが、ため息と共に呆れた顔に変わり呟き始めた。

「なんでさー、女の子の私が重たい機関銃で、筋肉ムキムキのあんたが軽い89小銃なの?」

(二十三歳は女の子じゃ無いだろ……)

 それを言うと流石に怒られると思ったので俺は口をつぐんで喋るのを我慢する。

 俺は自分の腕と由紀の腕を見比べる。
 由紀は女の割にはしっかりと筋肉がついていたが、男でしかも日頃から鍛えている丸太のような俺の腕と比べればその差は歴然だ。
 俺はグッと腕を曲げ、力こぶを作ってみせる。それを見た由紀は呆れた様子で機関銃の銃身に整備用の棒を押し込む。

「はいはい、すごいすごい」

「適当に言うなよ~。お前が機関銃なのは俺より上手いからだろ?」

 俺は銃の部品に整備油を多めにかけながら明るく言ってみた。由紀はこちらを見ずに銃口を覗き込んでいた。

「あんたって小銃の射撃はめちゃくちゃ上手いのに他のは大した事ないよね? なんで?」

「そりゃあ……だって、他の銃重いじゃん?」

「見せ筋乙」

「見せ筋じゃねぇよッ!」

 俺はつい声を荒げてしまった。多少の事では怒らない俺だが、筋トレ好きとして見せ筋と言われるのだけはあまり気分が良く無い。
 俺が声を荒げた事に由紀は何故かは分からないがニヤニヤと笑って見ていた。俺はそれが何を意味しているのか分からなかったが、遠くから見える人影を見て笑っている理由が分かった。

「そこ、無駄口叩くな。 整備に集中しろ!」

 大きな声で俺を怒鳴りつけた男。俺たちの隊の指揮を執る隊長の東城平八とうじょうへいはち。年齢は四十後半であり、たたき上げの軍人……のような人物だ。

 正直、俺はこの人の事があまり好きでは無い。なんというか、野心が強いのだ。
 その為には部下の功績を自分の手柄にしたりするとか何かと黒い噂が絶えない。昔からの習慣なのか、言葉遣い、上下関係に対してあまりにも厳しすぎる。特に俺は日本一という変わった名前の所為もあり、この男によく目をつけられていたのだ。

 時代遅れの化石みたいなヤツだ。今時そんなものについて行く若手はいないというのに。

「日本一ッ! 貴様は最近たるんでるんじゃ無いのか!?」

「いえ、東城隊長! たるんでおりません!」

(にほんいちって呼ぶんじゃねぇよ……。俺の名前はひのもとはじめ、って何回言えばわかんだよ?) 

「……貴様、口答えするのかッッ!?」

(おいおい、なんでそうなるんだよ!? 口答えはしてねぇだろ? 心の中が読めるのかよ!?)

 俺は日本語が通じない隊長の頭の固さに驚きを隠せなかった。隊長の薄くハゲあがった頭にピクピクと血管が浮き出るのがわかる。

「罰として貴様は他の者が食事をとる間、武器監視の任を命ずる!」

「……了解」

(クソだ。だからこいつは嫌いなんだよ。階級でしか人を見れない奴が上にいるのは本当に気分悪いぜ……)

 そもそもの話、武器監視というのは武器を盗まれたり、壊されたりしないように監視をつけるのだが、ここは我が部隊の野営地である。当然、そこにいるのは部隊の隊員たちである。
 陸上自衛隊という隊員各自の規律の守られている組織に置いて、誰が盗むというのだろうか。

 東城隊長はその後も散々俺を怒鳴りつけた後、やっと満足したのか回れ右をして去っていった。

「はぁぁ……」

 俺は深い溜息を吐いてしまった。面倒な仕事を押し付けられたものだ。こちとら早朝からの訓練で腹が減っているというのに。

「……お疲れさん」

 小声で俺に話しかけてきた由紀はちょっと気まずそうにしていた。整備に使っていた布ウェスを指で弄びなが伏し目がちに俺を見てくる。

「あの人ってあんなに怒るんだね?」

「……お前は女だから怒られないんだよ。あのクソ野郎は野郎には厳しいからな」

 正確には女に甘いんじゃなくて女に気に入られようとしているだけだ。あわよくば若い子にモテたいという中年の妄想が捻じ曲がったのがあの男なのだと思う。

「ほら、ハジメ。終わってるよ」

 由紀は分解してあった俺の愛銃である89小銃を組み立てた状態で渡してくれた。
 銃の表面には僅かに油膜が張ってあり、俺が動作を確認する為に何度か空撃ちをしてみると問題なく動いてくれた。

「由紀、ありがとな!」

 俺が感謝の言葉を言うと由紀は照れ臭そうに笑う。
 短髪に、若干日焼けした小麦色の肌。普段は男勝りなところがある由紀のたまに見せるこの表情が俺は何よりも好きだった。

 数秒、見つめあっていると由紀がハッとしたように首を振る。

「あ……えと、整備油無くなっちゃったから取ってくるね!」

 慌てた様子で離れて行く由紀の後ろ姿を俺はぼんやりと眺めていた。
 トントンと肩を叩かれ、振り向いてみるとそこには悪い笑顔を浮かべる西野がいた。
 俺は舌打ちをして目をそらすと、先程まで由紀がいた場所にはタケさんがいた。
 タケさんも怖い顔のパーツを無理矢理歪めて笑っていた。
 ……嫌な予感した。

「日本一! お前と由紀ちゃんといい感じだな?」

「パイセンも隅に置けないっすね~。付き合ってんすか?」

「タケさん……由紀と俺は同期なんすよ? 仲いいのは普通っすよ? ……西野、お前は後でしばく」

「えーっ!? なんで俺だけ怒るんすか、南野先輩も言ってんじゃないっすか!」

「タケさんは良いんだよ。ただし西野、テメーはダメだ」

 俺の言葉にがっくりと肩を落とした西野を無視し、タケさんには軽く会釈をして俺は89小銃の背負い紐もって担ぐ。

「タケさん、武器置く場所って装甲車の中っすよね?」

 俺の問いにタケさんは頷く。話をしている最中にも自分の武器である携行型無反動砲を整備する手は止めていなかった。
 タケさんのそう言うところを俺は尊敬している。ふざけながらも、しっかりとやる事をやっている手際の良さを。

 俺は肩を落として黙々と武器を整備している西野にタバコを一本渡して肩を叩く。
 嬉しそうに笑った西野を尻目に俺は自分が乗っていた装甲車へと向かう。




 装甲車の運転席には大柄な男が仰向けで寝ていた。
 顔のところにグラビア雑誌を乗せ豪快なイビキをかいている。

 中元昴なかもとすばる。我が隊の装甲車を運転している操縦手だ。三度の飯より車の運転が好きであり、スバルという名前に誇りを持っている三十前半の頼れるオッさんだ。

「中元班長、武器監視変わりますよ」

「……zzz……」

 返事がイビキで帰ってきた。俺は中元班長の耳元に口を近づけ大きな声を出す。

「中元班長ッッ! 武器監視変わりますねッ!」

「うおっ!? ……日本一、ビックリさせんなよ」

 俺は全く悪びれた様子を見せずに頭を下げる。

東城隊長クソ野郎に命令されて来ました。監視変わりますね」

 俺が東城隊長の名前を出すと、中元班長は苦笑いを見せてきた。優しそうな笑顔をが中年の魅力を醸し出している。俺が女でオジサマ好きなら間違いなく堕ちると思えるほど魅力的だ。しかし、悲しいことに俺は男で年下の女の子が好きであるので全く関係ない。

「あの人もそこまで悪い人じゃ無いんだぞ? ……ただ、若い奴には好かれないだけだ」

「すいません、俺は若いんで」

 中元班長はまた笑うと車の鍵を俺に渡す。キーケースに十徳ナイフを付きの中元班長お気に入りの鍵だ。

「なんかあったら動かせよ?」

「班長。俺、装甲車運転出来ないです。車の運転下手くそなの知ってますよね?」

「んなもんガーッとやってバーッとやれば動くから大丈夫だ。簡単だろ?」

 全く簡単じゃない説明を受けた俺は返事だけして鍵を受け取る。
 去りゆく中元班長の後ろ姿を眺めなら俺は装甲車の後部座席に乗り込んだ。


 ―――――

 装甲車の中には整備が終わった武器が運ばれて来た。89小銃に機関銃、携行型無反動砲に携帯型対戦車弾。さらには重機関銃も運ばれてくる。そしてさらにさらに、各種弾薬や発煙筒に火薬、携行食レーションまでも積み込まれ、狭い装甲車の中はさらに狭くなっていた。
 俺は数少ない空いたスペースに腰を下ろしのんびりとスマートフォンを弄っていた。もちろん、サボっているのがバレないように隠しながらだ。

「あっ、くそッ……わっ!? 死んだよ……クソゲーだな。消しとこ」

 俺は今プレイしていたゲームのアプリを長押しして消去した。中々難しいゲームでストレス発散どころか逆にイライラしてストレスが溜まってしまった。

 俺はタバコに火を付け煙を空いてるドアから吐き出す。


(あー、なんかつまんねぇな。あっ、そうだ)

 俺はもう一度スマートフォンを指で弄りネットに繋げた。スルスルと指を動かし、目的のものを見つけ俺は少しだけ興奮した。

「これかな? ……これだ!」

 スマートフォンの画面には沢山の文字が並んでいる。それはいわゆるネット小説と呼ばれるものであった。

「由紀に教えてもらったネット小説……ふーん異世界転生物か。変なの好きだなあいつは」

 俺は筋肉質な見た目とは裏腹に趣味が読書だ。推理物や、所謂ラノベというやつもたくさん読んできた。そんな俺に由紀が勧めて来たのがこのネット小説というものだった。
 アマチュアの小説家の卵が自作の小説を投稿している。駄作も沢山あるが、名作と言える作品も沢山あって探すのが中々楽しい。暇を見つけては名作を探すのが日課となるまでハマってしまっていた。

「おっ、これは中々面白いな……ん?」

 俺がスマートフォンの画面に熱中していると、不意に空が明るくなった気がした。

「なん……だ……? あれは……?」

 空を見上げる俺の目に上空で光り輝く火の玉があった。いや、あったでは無い。僅かに、だが確実に大きくなってきている。あろうことにそれはこちらに向かってきているようにも見えた。

「照明弾? ……いや違う……まさか、隕石ッ!?」

 野営地にいる他の自衛官たちも空に輝く飛翔体に気付いたのか、慌ただしく駆け回っているのが見える。避難しようと場を離れる者達、呆然とし立ち尽くす者達、衝撃に備え地面に伏せる者達。
 写真を撮ってる者もいた。
 その中の一人が俺のいる装甲車へと走ってくる。

 由紀だ。

 その背後の空には先程よりも明らかに大きくなっている燃えるように赤い飛翔体が迫ってきている。太陽を思わせるその形は隕石以外には思えなかった。
 必死な形相でこちらへと走ってくる由紀に俺は手を振りこちらに来るように促す。

「ハジメッ!」

「由紀ッ! こっちだ、早く来い!!」

「う、うん!」

 たとえ装甲車とは言っていても、それはあくまで銃弾を防ぐ事を目的としている装甲だ。上空から迫り来る隕石からの衝撃を防げるはずがないのは重々承知している。

(だが、無いよりはマシだ!)

 由紀は俺がいる装甲車まであと少しの所まで来ていた。あと少し、距離は十メートルも無い。

 その時、空の飛翔体が速度を急激に上げて迫って来た。迫りくるだけで飛翔体は野営地を吹き飛ばすような風を生み出していた。外周の鉄条網は杭ごとどこかに飛んでいき、天幕は吹き飛び、俺が乗っている装甲車も大きく揺れる。
 由紀はもう目の前まで来ており、お互いの顔がハッキリと確認できた。
 今にも泣きそうで、でもそれを必死に我慢している由紀の顔が俺の目にしっかりと映っていた。


 ……だが、悲劇の時は来てしまった。現実というものは時に残酷な程に非情である。


 空からの飛翔体は野営地のど真ん中の地面に直撃した。戦車の砲撃とは比べ物にならない、むしろ音として認識出来ない程の轟音が鳴り響き、まるでフカフカの絨毯じゅうたんを捲り上がるように地面が盛り上がる。着弾と同時に発した熱量と衝撃波は近くにいた人間を一瞬にして消し炭に変え、跡形も無く吹き飛ばす。


 それは俺の目の前に[いた]由紀も例外では無かった。
 迫り来る熱波により由紀の体に火が付く。あっという間に服は焼け落ち由紀の身体が露わにされる。苦痛に染まる由紀の顔。露わになった身体は健康的な肌色から、一瞬にして真っ暗な炭に変わっていく。

「ーーッハジ……」


 最期・・に由紀の口が僅かに動き、名前を呼ばれた気がした。


 俺はその言葉を最後まで聞くことが出来なかった。
 衝撃波が装甲車を襲い、俺の目の前のドアを思いっきり閉じる。俺と由紀の間に分厚い鋼鉄の壁が阻む。

「ふざけんなよッッッ! 由紀、由紀、由紀ィィィィ!」

 俺は閉じられたドアを思いっきり殴りつける。だがそんなもので開くはずが無く、手の骨が折れる感触だけがした。

 そして、俺にもその時は訪れた。

 装甲車の中が急激に熱くなり、整備油で汚れていた俺の体にも火がついた。だが、そんな異常事態にも関わらず、俺の頭はやけに冷めていた。

(……由紀……ごめんな……最期ぐらい……正直に……言えば……)

 思考はそこで終わってしまった。最期に身体が感じたのは熱により引火した弾薬による大爆発。
 それによって自分の身体が粉々に砕け散る感覚だけだった。
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