元相方は最強歌い手から逃れたい

すずらん

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俺は元相方から逃げたい

ワンマンライブまでの波乱

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 俺は食堂で一番安い親子丼を頬張りながら、スマホを眺めていた。

 相変わらず俺のSNS上は俺のファンとアンチの戦場と化している。


「綾人、負のオーラがすごいよ」

 光がそう言いながら俺の前に座った。
 
 光も俺と同じく親子丼を選んだようだ。


「そりゃそうなるよ。ホシのSNS見たか?荒れに荒れ狂っているよ」

 俺はため息を一度つくと、スマホをテーブルに置いた。これ以上見るのは目に毒だ。


「しばらくしたら鎮火するさ。ホシはいつも通りやるだけだよ。応援している人もそれを望んでいるよ」

「まぁ…頑張るよ」と俺はモソモソと親子丼を口にしながら言った。

「本当に心配しないほうが良いよ。もうすぐダイダスのワンマンライブだろ?」

 光の一言で思い出す。


 そうだ!
 初めてのダイヤモンド・ダストとして行うワンマンライブだ。
 雪がヒットを叩き出す前に準備続けていたワンマンライブ。
 自分たちだけで会場が埋まるのか不安もあったけど、いまの雪の活躍ぶりを見ると心配なさそうだ。

 むしろ、俺を応援してくれる人は来てくれるのか?

 それだけが不安だ。

 
 そして…

「ワンマン。うれしいと同時に少し寂しい」と俺は正直な気持ちを吐き出した。


 今まではダイサイでライブハウスを借りて『ダイヤモンド・ダスト × サマー・サイクロン LIVE』略して『ダイサイライブ』を開催していた。

 ステージには雪、光、瞬と俺の4人で立て、歌いつつ、M.Cもやる。

 お互いを頼りながら駆け抜ける楽しい時間だ。


 だけど、最後に開いたダイサイライブは1年前だ。
 

 最近の瞬も少しずつ声優として大きい役どころも貰い始め、それでスケジュールが合わないことや、声優事務所から歌い手活動に対して難色を示すようになってしまい、現在の瞬の『フウマ』としての活動は微々たるもの。
 最後のフウマの配信は9ヶ月前だ。
 

「頑張れ」と光は微笑み、俺にしか聞こえない小さな声で言った。
「いつかまた皆でやりたいな」



******************************

 新宿のレンタルリハーサルルーム。
 全身鏡もついている広々とした部屋で俺はワンマンライブに向けて、当日歌う曲の練習をしていた。
 特にロングトーンのところは入念に練習しなければ…。

 セットリストの3/4を終え、休憩することにした。
 水分補給をしたら、蜂蜜入りののど飴を舐めながらひと休みをする。

 部屋にある掛けられている壁時計を確認すると時刻は20:30。
 ここのレンタルリハーサルルームを借りれるのは21:00まで。
 残り、30分だ。


「今日も来れないのか…」

 俺は呆れながらため息をつく。
 
 スマホを見ると雪から連絡はきてない。


 最近こればっかりだ。
 雪と一緒にワンマンライブとの練習はできていないし、ダイダスの生配信もできていない。

 多忙なのは分かるけど、正直ダイダスの活動にも時間を少しだけ割いてほしい。


「はぁ…俺、こんなに我儘とはな」


 最近のSNSのコメントが余計に俺を焦らせる。
 
 練習をしなきゃ、でも時間が足りない。
 雪と合わせる時間がほとんどない。

 俺にできることは?


 ひたすら練習することだ。


 --よし、続きをやるぞ!


 そう決意した瞬間、雪が颯爽とリハーサルルームに入って来た。


「雪、遅い!」

 彼の登場に俺は思わず声を上げた。

「もう部屋を退室しないといけない時間だ。連絡ぐらいしてくれよ」 


 俺の発言に雪は悪そうに言った。
「ごめん、メロンソーダーさんとかkoroさんとかと打ち合わせが延びて…」

 そんなすごい歌い手とミュロボPの名前を出されると…怒っている俺が悪いみたいじゃないか。


「そうか…。じゃあ俺はもう帰るから。決まっていなかった各自のソロ曲だけど、俺の二曲は決まったから」

「なににしたの?」

「mugenさん、ほら衛さんの『流星フリーフォール』と雪の『スターサテライト』にした」


 俺の、ホシの初めてのソロ曲は衛さんが作ってくれた『流星フリーフォール』だ。

 まだ衛さんがmugenという名前でミュロボ曲を作り始めた頃、俺が勢いで彼にコンタクトして曲制作を依頼した。この頃はまだ衛さんも新人だったため、彼曰く俺が初めての歌提供依頼だったらしい。

 雪の『スターサテライト』は雪がホシのために初めて作ってくれたオリジナルソロ曲だ。

 初めてのダイダスのワンマンライブだから、俺も色々な「初めて」を入れることにした。



「へぇ、mugenさんの『流星フリーフォール』ね」

 雪は微笑んでいるが、声は面白くなさそうだ。

「文句あるのか?」

「いや、綾人らしいチョイスだなって。でもホシのSNSが荒れているだろう?そこでmugenさんの曲を歌って荒れたら、mugenさんに迷惑かからない?」

「俺の歌声が迷惑をかけると言いたいのか?」


 雪の発言に俺の声が低くなる。


「違うよ!万が一のことを考えてのこと。そしたら俺の曲を歌ったほうが無難じゃないか?」


 チクッと胸が痛む。
 無難…。
 
 雪は俺に期待もしていないのか。


「そうか、心配してくれてありがとう。でも俺はmugenさんの歌を歌うよ。俺の初めてのソロ曲だから」


 はっきり言う俺に雪は頷いた。

「分かった、気をつけて帰りな」

「あぁ」俺は急いでリュックを背負ってそそくさと部屋を退室しようとする。


 今日の俺はダメだ。
 雪から離れなきゃ。


「そうだ!」後ろから雪が声をかけた。「もうすぐコラボした歌ってみたが出るから見てね」

 雪の声は嬉しそうだ。

「…見てみる。じゃあ、明日早いから帰えるな」

 
 振り向かずに俺は真っ直ぐ出口に向かった。

 自分以外と楽しそうに活動の話をしている雪を、俺はどうしても聞いていられなかった。
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