元相方は最強歌い手から逃れたい

すずらん

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俺は元相方から逃げたい

港区に陰キャはいない

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 背後から聞き覚えのある声に呼ばれる。
 その声に身体が思わず硬直する。

 --まさか・・・。

 バクバクッと忙しなく鳴り始める心臓。

 それを押さえ込むように胸元のシャツを握る。
 震える手を無視しながら後ろを振り向くと、バンから降りた人物の顔が見える。

 あの頃と変わらない銀髪に切れ長な目。
 少し前より顔つきがキリッとし、身につけている服は上質なのが窺える。
 面影はあるものの、その佇まいはいわゆる芸能人だ。


 ―あぁ、すごいな・・・そして遠いな・・・
 と思わずぼんやりと思ってしまった。



「綾人だよね?」


 声が俺を現実に引き戻す。

 一番会いたくない人に会ってしまった。

 俺の顔はいまどんなものかは想像できない。
 ただ引きつっている表情を見せているのは間違いないだろう。

 彼が俺に近づこうと足を一歩前に出す。
 ゾワッと鳥肌が立つ。
 
 ―俺に近づくな。

 彼がもう一歩進もうと脚が前に動いた瞬間、全速力でその場を逃げ出した。

「綾人!!!」

 雪の悲痛な声が耳に届くが、俺は振り返らず走り続けた。

 大丈夫、あいつは生粋のひきこもりだ。
 走れる訳がない。
 こちとら、営業で鍛えた足腰だ。

 マンション前の大通りを全速力で走る。
 早く、早く、人がいる繁華街のところへ。

 なんでマンションはこんな落ち着いたところにあるんだ。
 
 


「捕まえた」
と後ろから腕を捕まえられた。

 そのまま後ろから抱かれるように俺は雪の腕の中にいる。

「綾人?綾人だよね?」と何度も俺の名前を口にしながら、優しい目で見つめてくる。


--それが怖い


「ひっ、人違いです!」と咄嗟に嘘をつく。

 スルリッと雪の腕から逃れたが片腕は捕えられたままだ。

 俺の発言に雪はキョトンとすると、徐々に恍惚とした表情を浮かべた。

「あぁ…綾人だぁ」

 甘い声で彼は呟く。
 ウットリとした目で自分を見つめる彼に戸惑いながら、彼の手を振り払おうとする。

「だから違いますー」

「僕が綾人の声を聞き間違えるわけないだろ」

 低い声で雪は俺の言葉を遮るとニッコリと微笑んだ。

「話したいことたくさんあるんだ、綾人。前みたいに僕の部屋で話そう」

 この話し方…。
 高校生だったころと同じ。

 思わず泣きそうになる。
 あの頃の自分たちと今は違うんだ。

 お前の側にいるのが苦痛なんだ。
 お前から離れられるなら嫌われても構わない。
 ほっといてくれよ。
 

「俺に関わるな、ユキさん。お前の相方はいない。」

 勇気を振り絞り、平静を装いながら俺は静かに話し始めた。

「お前がダイダスを捨てたんだろ?でもそのおかげでこんなにビッグになれたんだ。よかったなぁ」

--あぁ。俺ダサい。

 でも口が止まらない。
 せき止めていた思いが言葉として溢れ出す。

「ホシは無期限の活動休止だ。戻る予定はない。」

 雪の表情を確認するが、相変わらず感情が読めない。
 彼は喋る俺をただただ微笑みながら聞いている。
 
「ホシとの活動はいい踏み台になったな。同じ売れっ子のkoro さんと組んだほうが性に合うよな」

 ピクッと雪が反応した。


--図星か


「だってお前の相方は 『koro』さんだろ!」


 カッ!と雪の目が見開いた。


「二度とそれを言うな」と雪は俺を見下ろしながら低い声で言う。


 ここで絶縁しよう、雪。
 お前に踏み台にされたことに俺は怒っていないよ。
 お前の邪魔になるのが一番嫌だ。
 俺のことを嫌いになって、忘れてくれ。

 雪に殴られる覚悟で俺は身を構えて目を瞑った。



 そして雪がかぶりつくように俺にキスをした。
 
 頭が真っ白になる。

「んっ!」と抗議しようとするが、雪は俺の顔を両手押さえ込む。


 嫌だ!嫌だ!嫌だ!
 怖い!怖い!怖い!

 俺、こんな雪知らない!


--ガリッ!

 雪は顔を上げ、俺はその隙に完全に離れる。

 ツゥーッと彼の唇から痛々しく血が垂れる。


「こんなことするなんて…お前クソ野郎だな」
 最後に吐き捨てると俺は駅の向こうへ走り出した。

 後ろから雪が追う足音は聞こえなかった。


 
 俺は平穏に過ごしたくて離れた。
 雪の成功も願って離れた。


 成功してお前は幸せだろ、雪?
 
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