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フラッシュバック

歌い手:ユキ

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 突然俯いた雪に俺は首を傾げた。

「どうしたんだ、雪?」

 屋上で風が優しく吹き、俯く雪の髪を少しであげる。
 そこからほのかに色づく頬を覗かせた。

 ーーおや?

 俯く雪を下から覗き込むように、俺はしゃがみながら、雪に近づいた。
 下から雪の表情を覗こうとすると、


 ーーパチッ!

 雪の瞳と目が合う。
 いつも涼しげな目は恥ずかしそうにクシャリとしながら、彼は照れくさそうに微笑んでいる。


 ーーうわぁ。雪、まつげ長い。
 
 俺はぼんやりとその顔を見ていると、雪が少し前屈みになる。

 
 ーーえっ!?近い!近い!


 目と鼻の先にある雪の顔に俺は動揺する。
 
 後ずさりしそうとする俺に雪はさらに顔を近づける。

 
 ーー近いッ!
 
 


「本当に好き?」




「へっ?」
 
 俺の口から思わず間抜けな声が出る。


「好きなの、その歌い手さん?」

 雪はそう言いながら、まっすぐ俺を見つめる。
 目からは感情が読み取れない。

 俺はただ素直に応える。


「あぁ、好きだ。推し?かな」


 その答えに仰のくように顔を上げる。
 
 そこには彼の満面の笑み。

 今までに見たこともないぐらい、キラキラしている彼の笑顔。


「うがぁ!」

 突然覆い被されるように雪に抱かれる。


「僕だよ、綾人」

 俺をがっちりホールドしながら、雪が嬉しそう伝える。
  
「僕が歌い手『ユキ』!」


 どうやら雪は顔だけでなく、歌声にも恵まれた男だった。


***


「そうか、雪はカバー曲を投稿していたんだな。プロみたいだ」

「カバー曲じゃなくて、『歌ってみた』と呼ばれているよ」

 どうやら、この界隈はミュロボのカバー曲を投稿している。
 だけど投稿するまでには曲と声が上手く合うように色々調整したりするようだ。
 
 音楽の世界は深い。

 
「すごいな、俺も」

 思わず口走ったが、途中で止めた。

 ーー俺も?なんだ? 


「綾人も興味ある?」

 聞き逃さなかった雪が詰め寄る。

「いや、俺は聴く専門で良いかな。あまり歌うのは、、、」

「でも僕、綾人の声良いと思うんだよね」

 雪に褒められて俺はギョッとする。

「はぁ?嘘だろ」

「本当。俺の声と違って、少し低くて良いと思う。低音も綺麗に出るんじゃないか?」

「言われたことないけどな・・・」

「サッカーしていたときは大きな声で指示ばかりしていたからじゃない?
 昔はキャプテンやっていたんだろ?」

「関係あるか、それ?」 

「綾人も始めようよ、歌い手活動」

 雪は期待に満ちた瞳を向けてくる。

「僕が手取り足取り教えるからさ」

 最初はそっけなく、俺が話しかけに言ったら虫けらを見るような表情をしていたのに。
 今では俺と目を合わせて笑うまでになった。
 そして俺にだけ見せる素直な雪の姿に、俺は弱い。
 

 ーー雪が悲しむのは嫌だな。


「・・・やってみるよ」
 
 俺がぎこちなく答えると、雪は弾けるような笑顔を見せて抱きしめる。

「僕にまかせて!!!」


 いよいよ、俺もこの歌い手界隈に足を踏み入れようとしていた。
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