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outside,こぼれ話
32.蒼月の詰め合わせ
しおりを挟む王都からの帰り道、リビエラまであと一日、隣町のルアンまで来た。早く帰りたいのに、もう日が暮れこれ以上進むことはできない。その夜、雨季に先駆けた雨が降る。ぬかるんだ道に無理をして進んでも、泥に足を取られて時間を食うだけ。もう一日この街で過ごすことになった。
「リーダー、早く帰りたいのはわかるけど、落ち着こうよ。予定より、3日早く向こうを出たんだ。予定より3日早く帰れるんだから。」
「そうなんだが、じっとしていられなくてな。そうだ、カルロ、久しぶりに組手でもしてもらえんか?」
「体を動かすのはいい考えだと思うけど、この街、果樹と農業の町だろ? 傭兵組合の訓練所みたいなのあったっけ?」
「……ねえな。」
「あ、そうだ。リビエラの街に綾の国の商店があるだろ? その親戚がここで菓子屋やってるんだって。蒼月ちゃんのお土産にどうだい?」
「行こうか。」
雨よけの外套と傘をかぶり、カルロに連れられて店を訪ねる。
「えーっと、赤い文字の看板が出てるって言ってたな……あった、あれだ。」
「おお、『蒸餅』。……うーん」
「あれ? 芳しくない反応だね。」
「『蒸餅』って、甘く煮た豆を包んだ菓子なんだ。蒼月は甘いものが好きじゃないし、日持ちもあまりしない。」
「チェーみたいなの?」
「いや、もっと水分飛ばしてペースト状に練り上げたもんなんだが、見りゃわかるだろ。」
「そうだね。」
店頭には茶色の皮、緑の皮の饅頭がいくつか並んでいた。すぐ横の釜の蒸し器から蒸気が上がりいい匂いが漂っている。
「主人、普通の白いのはないのか?」
「いらっしゃい。いま蒸し上がるよ。おや、見たところ綾の国の所縁の方だね。」
「そうだ。緑のはよもぎか? 茶か?」
「よもぎだよ。」
「よもぎ?」
「食べてみるか? それ売れ残っても廃棄だし、今日はもうこの天気じゃ客も少ない。茶も淹れよう。」
一口かじり、カルロが納得する。
「ああ、これか。リビエラの街でも似たようなのあったや。」
「これは粒餡なんだな。茶色のはこし餡かい?」
「そうだよ。やっぱり綾の国の者だねえ~」
「?」
「ああ、綾の国ではな、茶色の皮にはこし餡、草餅や白い皮には豆の粒が少し残った餡が多いんだ。この感覚は綾の国の独特の感性、習慣かな?」
「へえ~、よくわからないけど、でもこのほろ苦くて青っぽい香りが甘ったるい小豆と合わせると、爽やかになるのは、この組み合わせはいいってわかるよ。うまい。」
「あー、美味いんだが、甘いものは蒼月は好まない。」
「チェーもこれくらいの甘さの食べてたし、平気じゃない?」
「ん? 奥さんに土産かい?」
「あ、ああ……」
改めて、他人から『奥さん』と言われると照れる。ジリリリリとタイマーが鳴り、主人が蒸し器の前に移動する。
ふかふかと蒸しあがった白い饅頭がすのこの上に並べられ、目の前にやってくる。
「こっちから順に、小豆餡、白あん、白ごまがついてるのが甘芋の餡……」
蒼月のまあるいニコニコした顔が思い浮かぶ。ぽってりした饅頭に蒼月の笑顔が重なる。嬉しい時の笑顔、楽しい時の笑顔、美味しいものを食べた時の笑顔、腕の中で満ち足りた表情の笑顔、……無表情そうでいて、笑顔だけであんなにたくさんの表情がある蒼月。ああ、早く帰って蒼月の顔が見たい。爽やかな香りと甘さ控えめなこの饅頭、苦めの緑茶と合わせて食べさせたらどんな顔をするんだろう、楽しみだ。
「ふふふふふ……」
「こわっ!! リーダー、怖いよ、一人で笑うなよ。」
「いや、すまん。白くて丸いのが蒼月の笑顔に重なってな……」
言ってるそばから、どうにも饅頭が蒼月の笑顔に見えてたまらない。
「なんか、饅頭で人殺せそうだよ。」
「失礼な!」
翌朝、経木で包み竹籠に入れた饅頭を受け取り、町を出た。おまけで昼飯用に山菜のおこわを持たせてくれた。
「ねえ、隊長? 子供にとって、両親が仲が良いってのは、良いことだと思うだけどさ、子供の前で見せるのも限度ってもんがあるだろ?」
マリオがあきれた様子で言う。
久々に4人でチームを組んだ。残念ながら、身重の蒼月は留守番だ。俺も傭兵としてではなく、依頼者側、商人側だが。
今日はその事前打ち合わせで、我が家にメンバーが揃った。そのど真ん中を三男がつかまり立ちで、ふるふると、不安定な足取りで歩く。ゴクリと唾を飲み、その様子を見つめる俺と蒼月。たとえ5人目でも、その瞬間は一瞬で、感動の瞬間だ。
一歩、二歩……三歩、を踏み出したところでよろけ、尻餅をつき、コロンと転がる。さらにモタモタジタバタしながら転がり体を起こし、ラタンのソファにしがみつき、ぷるぷるしながら立ち上がる。
「きゃぁああ! みっちゃんすごい! えらい! 可愛い~~!」
蒼月が満月を抱きしめ、頬ずりする。ハイテンションの母親につられたのか、ふんっと鼻息の荒い幼子。蒼月が満月を抱きしめユッサユッサ揺する。まだ動き足りないのか、ラタンのソファに手を伸ばそうとする。
「みっちゃん、可愛い~……」
チュッチュッとおでこに、ほっぺに口づけを落としては、ゆらゆら揺する。
蒼月ごと抱きしめて、ソファに座る自分の膝の上にのせ、初めてのあんよができた我が子に口づけを落とす。最近少し増えてきたふわふわの髪を撫でる。蒼月がチュッとまた口づけを落とす。子供はまだ未練がましくソファを見ている。
「次はもっとたくさん歩けるかなあ~? ね。」
ゆらゆら子供を揺らしながら、子供の顔を覗き込み、ニコニコと話しかける蒼月。
「そうだなあ~、歩き出して、駆け回れるようになるのもあっという間さ。」
代わりに俺が答える。蒼月が腕の中で俺を見上げ、すっとわずかに顎をあげ口元を緩める。その唇に、そっと口づけを落とす。ふわりと蒼月から柔らかな笑みが溢れ、もう一度唇と額に口づけを落とす。蒼月はゆったりと俺の胸にもたれかかり、満月を抱き寄せる。
「みーっちゃん、毎日ちょっとずつ上手くなるんだもんねー」
ゆらゆら子供を揺する。母親と同じくとろんとした表情になった子供の額にも口づけを落とす。
「かあ様ととう様、イチャイチャ、いっつもあんな感じ。」
長女の朔がマリーと一緒に茶を運んでくる。
「ん~? 違うぞ。3人でイチャイチャしてるんだよ。」
「朔ちゃんもする~?」
「そ、そういうのは、お客様の前でするもんじゃないでしょ!」
「ん~、家族だし。それに、みっちゃん今初めてあんよができたんだよ~?」
「え、ホント?」
「そう、だから今日はいっぱいご褒美だもんねえ~」
蒼月が腕の中の子供を覗き込み、笑いかける。子供もだあっと言いながらご機嫌そうだ。
「蒼月、代わろう。腕が疲れただろ?」
「ん~、平気。」
「どうせ、明日からは俺のぶんも抱っこしてもらわなきゃならないんだから、今無理して腕を痛めても困るだろ?」
「ん……」
蒼月から満月を受け取り、二人にもう一度口づけを落とす。蒼月がちょっと顎を緩めたので、ちょんと舌を触れ合わせた。
「ほんと、この家は糖分過多ねえ」
エスメラルダとカルロから生暖かい目を向けられる。昔はここでマリオはポケーッとしていたが、今では恥ずかしげに視線を外している。いや、もうそろそろ良い歳なんだから視線を外さずにいられるようになっててもらいたいもんだ。
「じゃあ、そろそろ始めようか?」
カルロが仕切る。今回は彼がリーダーだ。
ルアンの街に、蒼月の作った織物、北の商店から醤を数樽納品し、帰りに干菓子、果実を持ち帰る。
「やあ、金髪の兄さん、久しぶりだねえ!」
「あれ? 僕のこと覚えてるの?」
「そりゃ、今じゃ大事な取引相手の玄さんを連れて来た人だからねえ。どうだい、今回は新作があるんだ意見を聞かせてもらえないかい? 一緒に来た皆さんも、菓子が嫌いでなければ、ぜひ」
「どういうのができたんです?」
「どいうお菓子ですか?」
「蒼月の笑顔みたいのだ。」
「は?」
「今回は大福で、餡の中にフルーツを入れているんだ。梅の甘露煮は今じゃ定番だろ? で、それに習って甘芋の餡にはバナナ、白あんにはマンゴーとぶどう……」
主人が白い餅に包まれた大福をいくつもすのこの上に並べ、説明する。白い餅取り粉がまぶされ、いかにもフニフニしていそうな白い餅。コロコロ転がる様が、蒼月の笑顔を切り取ったスナップ写真がばらまかれたようで、見れば見るほど蒼月に重なる。
「ほら、この丸くて白いのなんか、蒼月がニコ~って笑った時にそっくりだろ?」
「蒼月は、そんなまん丸パンパンに膨れた顔じゃないと思うけど?」
「どっちかって言えば、満月ちゃんじゃない? このふにふにの皮なんか、赤ん坊のほっぺそのものだよ。」
「ミツキちゃんって、満月って意味だしねえ。」
芋餡の入った大福をみんなしてツンツンつついている。みんなに否定されたが、まあ、言われてみればきゃっきゃと笑う子供達の顔にも見えてくる。
「こわっ! だから、リーダー、饅頭見て一人で笑わないでよ。怖いよ。」
「ああ、いや、すまん。主人、甘芋に李の甘露煮が入ったやつと、杏の半干の5個ずつ。明日帰るときにもらえるか?」
「はいよ。まいどあり。」
「小さな子に餅を食べさせて大丈夫かい?」
「満月はまだ無理だが、他は大丈夫だ。ゆっくりよく噛んで食べることを教えれば良いだけさ。」
「まあ、そうだね。」
今度は蒼月だけじゃなく、子供達がまん丸な目をしてはぐはぐと菓子を食べている姿が眼に浮かぶ。
コロコロと、経木に包まれたふわふわ大福が竹籠にぎっしり詰まっている。まるで蒼月の笑顔詰め合わせを担いでいるようで、帰りの足取りは妙に軽かった。
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