夏の夜に見た夢

春廼舎 明

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15.蕾

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 俺たちのチームに注目が集まるようになったのは、特に、蒼月が入ってからだ。希少種の薬草の採取。リビエラ・ラパン間の未知のルートでの護衛。賊のアジトの発見、討伐。もともと、それぞれが、それぞれの得意分野でそれなりに名が売れていた連中で、それがごくたまに集まり、任務をこなすことはあった。それがたまたま、この辺りでは有名なチームですら失敗した任務の再戦だったり、有名と言われていたが落ち目のチームの尻拭い的任務だったり、同業者にそれなりに注目を受けていた。

 それが、蒼月が入ってからこなした任務は、リビエラの街、周辺の町の者にも直接的に影響があったために、一気に注目を集めた。傭兵が注目を集めてもいいことはない。恨み・逆恨み、妬み嫉みを買うだけだ。チームメンバーが暗黙の了解として慎重に、蒼月の正体を隠した。
 しかし、任務中、雇い主たちの前で声を発することもあるのに、同業者には蒼月はなぜか、熟練の老兵と思われていた。都合がいいから、勘違いは放っておいた。




「ついた~、ただいま、リビエラ!」

 マリオが伸びをしながら声をあげる。
 蒼月がクスクスと声を立てずに笑っている。全身黒ずくめで、顔もマスクに、深くフードをかぶっているのに笑っているのがわかる。目元の明るい光と、左右に軽く揺れる頭、軽い足取り。いつのまにか、蒼月の歩き方、立ち方の癖を覚えてしまった。
 足音を立てず体を揺らさず、隙や無駄がない、癖のない立ち居振る舞いが、癖だ。

「やっと我が家のメシだ。」
「アンネマリーのご飯、好き。青パパイヤと海老のサラダ好き。」
「ラパンは、距離こそそんな離れてねえのに、ココナツを多用して、甘ったるい香りに小エビの醤を多用するから、くどくて敵わん」
「香草、全部の料理に混ぜ込まれた。」
「それが一番きつかったな」

 二人で言い合いながら家路に向かう。

「あ、隊長と蒼月も、汗流してから帰らねえ?」

 風呂好きのマリオが声をかける。エスメラルダとカルロは気がついたようだが、こいつは未だ気がつかない。

「いや、俺たちはいい。自宅に無料で入れる風呂があるからな。」
「えー、でもウトウトしてる間に介助人がマッサージに爪と髪の手入れしてくれるし、でかい風呂でのんびり手足伸ばせるじゃん。」
「そう、気兼ねなくぐうたらした後、いいタイミングで美味い飯の準備が整うのさ。」


「おわっ! 蒼月、うちの風呂は狭いんだ。俺が出るまで待ってろ。」
「一緒に入れるよ?」
「そりゃ、二人ぐらいならな。家族が入ること想定して作られてるから。てか、なんで家でまで湯浴み着着てんだ? いや、着てていい。」
「一人じゃない時に着るって、マリオ言ってた。」
「それは公衆浴場だからな。家なら一人で入るから着る必要ない。」
「さっき、家族で入るって言ったよ?」
「それは、一人で入れない赤ん坊や、子供の話だ。」
「ふーん?」
「だいたい、女の子が家族以外に裸をみせるもんじゃない。大人の女になれば、夫は妻の肌は誰にも晒したくない。だから湯浴み着ってものがある。まあ、今回はそれで正解だ。」

 体を洗うだけ洗って、湯に浸かることなく風呂を出た。
 あの子には羞恥心がなさすぎる。戦闘力と自然への対応力は申し分ないから、森での任務なら十分やっていけるだろう。でも、それを請け負うにも、対人能力が頼りない。マリオとも歳が近いし、一緒に成長していけるかと思ったが、対人能力を鍛えるにはエスメラルダと組ませた方が、……いや、ダメだな。最近ここらじゃ名前も顔も売れて来てしまったからハニートラップの任務はないが、そっち方面で強化されそうだ。いや、その前にもっと根本的に人としてのなんかを成長させなければ……

 食後、今後の予定や計画を考えているうち夜が深ける。カタリと隣の部屋でかすかに音がする。ランプを吹き消し、寝台に向かう。横になり、上掛けを引き上げたところでスポッと腕の間に蒼月が収まる。

「まずは、ここから教えなきゃならんが、なんとしたものか……」

 ヨジヨジと身じろぎをし、居心地の良い体勢を整え、キョトンとした顔で見上げてくる。ふんわりと、松葉とザボンで香りづけされた石鹸の、スッキリとしてほんのり甘い香りがしてくる。

「旦那様、マリーのご飯、美味しかったねー」

 ねー、っとつられてニコニコしてしまいそうだが、どこのバカ親だ。こんな厳しい男がデレデレと情けない。

「ああ、なんでもかんでも香草を入れないのがいい。」
「ラパンの、綾の国のお料理、違ったね」
「そうだなー、ありゃ、綾の国風ラパン料理だったな。」
「嘘つきー」
「うーん、そもそも客がこの国の人だから、この国の人が食べやすい、この国の人の好みの味にアレンジしてるんじゃないか?」

 期待と違った料理に、思い出し笑いならぬ怒り、プリプリする蒼月。寝る前に興奮させるのはよくない。おさめないと。
 しかし、あれは良くない。味の好みが近い蒼月が料理を作れるようになれば、調味料は手に入らないが故郷の味に近いものが食えるんじゃないか?

「そういえば、蒼月は掃除や洗濯はできるけど、料理はしなかったのか?」
「んと、奴隷、お館様の食べるものに触れるの、よくない。厨房は入れない。厨房の人が汚した服洗ったり、むしって飛び散ってた羽毛片付けたり、血の跡消したり。」
「なるほど。でも、綾の国の者は、ノコギリパクチー食べないって、綾の国の料理覚えてるのか?」
「んーっと、かあ様、作ってたの、味? 匂い?」

 『かあ様』、スラムの子供や一般平民の子供が自分の親を『様』づけでなんか呼ばない。それなりの身分の良家の子か、でも、それなら母親自ら料理をするか?
 考え事をしているうち、無意識に蒼月の頭を撫でていた。蒼月は気持ち良さそうに、ウトウトと目を細めてる。

「そうか。蒼月はもう奴隷じゃないんだから、厨房に入っていいんだぞ。今度料理の基礎をアンネマリーに習うといい。」
「ほんと!」
「そしたら、味の好みの近い蒼月が作ってくれれば、美味いと思うんだけどな。野営時の最低限の調理技術の習得も必要だしな」
「作る! 蒼月、それ、やる! 旦那様に、美味しいの作る!」

 まずい、せっかくうとうとしてたのに、興奮させてしまった。ぱっちり目をあけ、なかなか寝付いてくれそうにない。
 嬉しそうに腕の中でにょこにょこしている蒼月の背中を優しく叩き、落ち着かせる。まるで小さな子供をあやしている気分だ。しかし、手のひらの下に感じる、俺の体に巻きついている蒼月は、この家に来た当初より、柔らかに肉がついたように感じる。以前ほどゴツゴツと骨が刺さらない。肌もあちこちにあったかすり傷、切り傷が癒え、キメが整い、髪もゴワゴワバサバサしていたのが、いつのまにかサラサラと艶やかな黒髪になっている。
 手触りが良いから思わず髪を撫でていたら、蒼月はスリスリと腕に頬ずり、唇を押し当てまた頬をくっつける。その仕草がまるで求愛表現のようだと気がつき、思わずドキッとする。目があった蒼月は眠そうなとろーんとした表情で、にこーっとゆるく微笑む。
 こりゃ、本格的に親離れ、子離れが必要そうだ、そう思っても俺も口元が緩むのを抑えられなかった。



 にっこり微笑んでくれた旦那様に包まれて眠りに落ち、これ以上ない温かな心持ちは、明け方の不快感で絶たれた。雑巾を絞るように、下腹部の内臓を絞られたのじゃないかと思う痛みがシクシクとする。やるせない、うんざり、だるい、げんなり、そんな気分に潰されそうで、仕方なく寝返りを打った。布団の中のお腹と胸のあたりにあった空間から、フスッと空気が肩口の掛け布団から抜け、言い知れぬ不快な臭いにギクリとする。寝返りを打った際の、足の付け根に感じた不快なジトっと、お尻にベタっと張り付いたものが剥がれるような、……
 サァーっと血の気が引く。
 旦那様がつられて寝返りを打ち、動いた空気に混じる臭いは決定的で、必死に頭を下げた。

「旦那様、申し訳ありません!」
「…ん、どうした? おはよう。」
「蒼月は、首を刎ねられても、手首を切り落とされて西の岩切場に連れてかれても構いません。旦那様、申し訳ございません」
「なに、なに、どうしたんだ? ……血? 怪我でもしたのか……あ……」

 旦那様が慌てて、寝台に体を起こし、臭いに寝間着や寝具についた染みを見つける。
 もうお別れなんだと、とめどなく涙が溢れた。


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