一人で寂しい夜は

春廼舎 明

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28.5

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「葵ちゃんは、何人ぐらい子供欲しい?」
「ぶっ…突然それですか」
「できればたくさん欲しいな。」
「……球技のチームができるくらいとか言わないでくださいね。」
「あ、でも妊娠中はできなくなるのは辛いなあ」
「体調考慮しながら激しくなければいいそうですよ? それくらいで我慢してください。」
「本当? でも、この間みたいに具合悪そうなの見てると、それどころじゃなくなるから平気かなあ」
「そうですか」
「葵ちゃんの体の負担を考えたら3人くらい?」
「やけに具体的ですね。」

 マグカップの中のみかんをスプーンで潰す。小さなみかんのかけらを掬って食べる。
 吏作さんはにこにこしながら、マグカップのワインを飲んでいる。

「吏作さん、その前に何かないですか?」
「何かって?」

 本当に思いつかないのか、キョトンとされる。

「言葉とか、一緒に渡すものとか」
「ああ、うん。思ったより時間かかるもんなんだね。」
「なんの話です?」
「もうちょっと待っててね。」

 珍しく吏作さんが疲れたような、万感の思いを込めたようなため息をつく。

「どれくらいかかったんですか? あ、いや、いつから注文してたんですか??」

 モルドワインを煽り、マグカップの中身を揺する。

「んー、みかんが美味しいねー」

 いつも、ふんわりとした雰囲気でなんと無く気がつくと流されていってしまう。私は人の感情を読み取るのが特別に得意というわけでもないけど、今日は吏作さんは意図的にふわふわニコニコしてると気がついた。
 そういえば、先日万理江の部屋に泊まりに行った時、着せ替え大会が始まり、アクセまでつけさせられた。その中に、指輪もあった。もしかして、吏作さんとグル?
 これ以上詰め寄るのはやめにした。




 できれば俺だって、書類とリングと一緒に、さらっとカッコよくプロポーズでもしたい。

「愛してる。結婚してください。」

 そんな小っ恥ずかしいこと、堂々言えるくらいなら、とっくに何度でも言ってる。彼女としては、ハッキリ言って欲しいのだろう。おねだりしたいのを我慢している様子が可愛くて、その度にどうしようもなくなってしまう。その代わり、態度ではちゃんと示してきたつもりだし、度々言葉の端に混ぜ込んだりした。それが精一杯だ。
 結婚式はどうしよう。
 会話の中から拾った情報では、彼女は日本式の結婚式を嫌悪していた。普段これっぽっちも信仰などしていないのに教会や神前で式をあげるのは図々しい白々しい、大金払ってまで晒し者になって祝ってくれる人から金をせびる負の連鎖の悪習、ブライダル産業の金儲けに踊らされているだけ、とのことだ。酷い言い様だ。何かあったんだろうか。
 そもそも芸能人じゃあるまいし、何十万、何百万かけて行う式、披露宴は俺も必要ないと思うが、彼女のドレス姿は見て見たい。写真に残しておきたい。スマホのホーム画面にして見せびらかしたい。いやアイコンが邪魔になるからダメだ。見たらにやけてしまいそうで、公共の場でスマホをさわれなくなるからダメだ。データフォルダに…って、アイドルのグラビアをこっそり隠しとく中坊か……

 すでに一緒に住んでいて、書類も署名のみになっていて、今更エンゲージリングもないから、マリッジリング。と思ったのに、シンプルなデザインなのに、なんでそんなに時間がかかるんだよ。できるなら、書類と一緒にスマートに渡したかったけど、その場で書いてもらえなかったから、まだ渡せなくてもよかった。

 書類といえば、葵ちゃん、ちゃんと気がついてるのかな、ハンコ。注文しておいてあげよう。
 ハンコって、事務処理の象徴みたいな存在だから、リングと一緒に渡すのは気がひける……水晶とか半貴石だったら綺麗だよな、でも実用性を兼ねると…

「うーん……」

 マグカップに残っているみかんをスプーンですくった。

 見ると、葵ちゃんはソファにもたれて眠ってしまっている。
 ベッドルームからブランケットを取ってきて、彼女を包んであげた。
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