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そんなもん
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って言うけどさ、結婚は人生の墓場とか、ゴールインとか、まるで最終到達地点、ゴールみたいに言うけどさ!
それが始まりなのよ、スタートなの。事務処理の山が待ってるの!!
結婚初夜なんて言葉だけ聞けば甘ったるいけど、そんなものかけらもない。すでに一緒に住んでいて、結婚するまではダメとか純潔を守ってたわけじゃない。月のもので流れた。吏作さんはとても残念そうな、怒ったような、苦しそうな、難しい顔をしてバスルームに消えていった。たくましいはずの背中に哀愁が漂っていたのは気のせいだろうか。
「なんか、葵、めちゃくちゃ機嫌悪くない?」
「なに? 結婚早々喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩にもなりませんっ」
吏作さんは我関せずとスープジャーの湯葉と菜の花のすまし汁をすすっている。話題の中心人物だと言うのに! 昆布出汁と鰹出汁の絶妙なバランスで、袋の即席出汁なんか使っていない会心の出来だと言うのに、具が少ないとか文句を言う。
ちなみに今日も会社にいる。フリーランスになったわけではなく、会社には所属しているので月次報告会やミーティングにも顔を出す。いつものランチメンバーを前に私はプリプリ怒っていた。
「だって、この間住所変更の手続きで窓口周りしたばっかりなのよ。」
「だから明日車出して付き合うってば。文句言わない。」
「葵、今日の汁物は菜の花?」
「そう、わかるの? あ」
気が付いたら、スープジャーがトレードされている。万理江の今日のスープはグリーンピースと玉ねぎのポタージュだった。意外に彼女はレパートリーも広く、料理上手である。
「だって、男も女も胃袋掴むのが一番手っ取り早い。」
「ぶ」
「その割には捕まえられてないな。」
「うるさいわよ。」
「ちょっとざらつく。濾さなかったの?」
「食物繊維が摂れるからいいのよ。」
「そう言うもん?」
「いいな~、俺もスープジャー買おうかな。」
「中身はどうするんです?」
「……毎回ねこまんまにされそうな予感。」
「雑炊と言いましょうよ、雑炊、おじや。」
「でも、雑炊とかにするとご飯の量おにぎりの半分くらいですから、お腹すきますよ?」
「自分で作ったら?」
「台所で作業させてもらえない。」
「「「……」」」
「なんか、上野家の勢力図が見えた気がします。」
届けを夜間窓口に出しに行ったおかげで、不備があれば2~3日中に連絡が行きますよ、と言われ、つまり手続き完了まで3日は待てと言うことかとドキドキしながら3営業日ほど待った。その間に吏作さんが有休を取りつけ、窓口まわりに付き合ってくれることになった。
彼がいると、不思議と窓口の手続きが苦痛に感じない。番号札をとり、書類を書き、順番を待ち、窓口へ提出し、また処理が終わるのを待ち…それを何箇所も繰り返す。でも、待っている間ただ隣にいてくれるだけで、待つことが楽しくなる。順番が呼ばれ、行っておいでと背中を押され、終わって戻ってくると、おかえり、と微笑んでくれる。読んでいた本から目を上げ、ふわっと変わる表情を見るのがたまらない。でももう回るべき窓口は全て回った。
念のため口座を作った支店にまで足を運んだので、全て終わったのは窓口の閉まる少し前だった。
残念に思う必要はない。まだまだこれからいくらでもこの顔は見れる。
ちょっと嬉しくなった。
「今日、俺がいて良かったでしょ?」
「…助かりました。」
氏名変更ばかりに囚われていて、氏が変われば当然変わるもう一つの手続きがすっぽ抜けていた私に、窓口へ向かう前、吏作さんは小さな平たい箱をくれた。
「うん…葵ちゃん? ちゃんと最後まで言おう?」
「ありがとうございました。」
「ん、ヨシ」
ちゅ とおでこにキスを落とされた。
「葵ちゃん、今日はもういい?」
「うん…」
見てると、バスタオルをベッドに敷き始める。
「何してるんです?」
「今日は手加減なしだから。」
「…手加減、してたんですか。」
「シーツに染みちゃうとか気兼ねなく、思い切りできるように」
「すけべ」
「新婚の一発目くらい、遠慮なくいただかせて…いただきます」
あとはもう、おきまりのコースだ。
いつもより熱い体温と幸せな感覚に二人とろけた。何度か意識を手放しては覚醒し、でも吏作さんはまだ元気。この人ってこんなに旺盛な人だったっけ。そんなことを思い浮かべてると、持って行かれた。
「葵、他のこと考えてんな。」
「んっ…ぁ…アア!」
HPとMPのゲージは空っぽで、でもハッピーとラブ度を表すハートのタンクは満タンで、タプタプと揺れる空きもないくらいいっぱいで、破裂しそうなほど詰まってて、その瞬間噴水のように勢いよく中身が噴き出す。くす玉が割れ紙吹雪が舞ったかと思った。熱が全身に広がる。
吏作さんが耳元で囁く。私の体が勝手にはねる、吏作さんに抱きつく。今日は吏作さんもそのまま私を抱きしめていてくれる。
……シアワセ
キスをして眠りに落ちた。
それが始まりなのよ、スタートなの。事務処理の山が待ってるの!!
結婚初夜なんて言葉だけ聞けば甘ったるいけど、そんなものかけらもない。すでに一緒に住んでいて、結婚するまではダメとか純潔を守ってたわけじゃない。月のもので流れた。吏作さんはとても残念そうな、怒ったような、苦しそうな、難しい顔をしてバスルームに消えていった。たくましいはずの背中に哀愁が漂っていたのは気のせいだろうか。
「なんか、葵、めちゃくちゃ機嫌悪くない?」
「なに? 結婚早々喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩にもなりませんっ」
吏作さんは我関せずとスープジャーの湯葉と菜の花のすまし汁をすすっている。話題の中心人物だと言うのに! 昆布出汁と鰹出汁の絶妙なバランスで、袋の即席出汁なんか使っていない会心の出来だと言うのに、具が少ないとか文句を言う。
ちなみに今日も会社にいる。フリーランスになったわけではなく、会社には所属しているので月次報告会やミーティングにも顔を出す。いつものランチメンバーを前に私はプリプリ怒っていた。
「だって、この間住所変更の手続きで窓口周りしたばっかりなのよ。」
「だから明日車出して付き合うってば。文句言わない。」
「葵、今日の汁物は菜の花?」
「そう、わかるの? あ」
気が付いたら、スープジャーがトレードされている。万理江の今日のスープはグリーンピースと玉ねぎのポタージュだった。意外に彼女はレパートリーも広く、料理上手である。
「だって、男も女も胃袋掴むのが一番手っ取り早い。」
「ぶ」
「その割には捕まえられてないな。」
「うるさいわよ。」
「ちょっとざらつく。濾さなかったの?」
「食物繊維が摂れるからいいのよ。」
「そう言うもん?」
「いいな~、俺もスープジャー買おうかな。」
「中身はどうするんです?」
「……毎回ねこまんまにされそうな予感。」
「雑炊と言いましょうよ、雑炊、おじや。」
「でも、雑炊とかにするとご飯の量おにぎりの半分くらいですから、お腹すきますよ?」
「自分で作ったら?」
「台所で作業させてもらえない。」
「「「……」」」
「なんか、上野家の勢力図が見えた気がします。」
届けを夜間窓口に出しに行ったおかげで、不備があれば2~3日中に連絡が行きますよ、と言われ、つまり手続き完了まで3日は待てと言うことかとドキドキしながら3営業日ほど待った。その間に吏作さんが有休を取りつけ、窓口まわりに付き合ってくれることになった。
彼がいると、不思議と窓口の手続きが苦痛に感じない。番号札をとり、書類を書き、順番を待ち、窓口へ提出し、また処理が終わるのを待ち…それを何箇所も繰り返す。でも、待っている間ただ隣にいてくれるだけで、待つことが楽しくなる。順番が呼ばれ、行っておいでと背中を押され、終わって戻ってくると、おかえり、と微笑んでくれる。読んでいた本から目を上げ、ふわっと変わる表情を見るのがたまらない。でももう回るべき窓口は全て回った。
念のため口座を作った支店にまで足を運んだので、全て終わったのは窓口の閉まる少し前だった。
残念に思う必要はない。まだまだこれからいくらでもこの顔は見れる。
ちょっと嬉しくなった。
「今日、俺がいて良かったでしょ?」
「…助かりました。」
氏名変更ばかりに囚われていて、氏が変われば当然変わるもう一つの手続きがすっぽ抜けていた私に、窓口へ向かう前、吏作さんは小さな平たい箱をくれた。
「うん…葵ちゃん? ちゃんと最後まで言おう?」
「ありがとうございました。」
「ん、ヨシ」
ちゅ とおでこにキスを落とされた。
「葵ちゃん、今日はもういい?」
「うん…」
見てると、バスタオルをベッドに敷き始める。
「何してるんです?」
「今日は手加減なしだから。」
「…手加減、してたんですか。」
「シーツに染みちゃうとか気兼ねなく、思い切りできるように」
「すけべ」
「新婚の一発目くらい、遠慮なくいただかせて…いただきます」
あとはもう、おきまりのコースだ。
いつもより熱い体温と幸せな感覚に二人とろけた。何度か意識を手放しては覚醒し、でも吏作さんはまだ元気。この人ってこんなに旺盛な人だったっけ。そんなことを思い浮かべてると、持って行かれた。
「葵、他のこと考えてんな。」
「んっ…ぁ…アア!」
HPとMPのゲージは空っぽで、でもハッピーとラブ度を表すハートのタンクは満タンで、タプタプと揺れる空きもないくらいいっぱいで、破裂しそうなほど詰まってて、その瞬間噴水のように勢いよく中身が噴き出す。くす玉が割れ紙吹雪が舞ったかと思った。熱が全身に広がる。
吏作さんが耳元で囁く。私の体が勝手にはねる、吏作さんに抱きつく。今日は吏作さんもそのまま私を抱きしめていてくれる。
……シアワセ
キスをして眠りに落ちた。
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