一人で寂しい夜は

春廼舎 明

文字の大きさ
上 下
29 / 37
進展

25.5

しおりを挟む
 来るものが来ない。冷静に思い返す。ただのストレスと過労だ。このところ、仕事帰りあちらこちら不動産屋を回っているからだ。

「葵、顔色悪くない?」
「大丈夫、今日はまっすぐ帰る。」
「送っていこうか? うち泊まる?」

 万理江が心配そうに声をかけてくれる。
 いつもならつり革につかまって過ごす電車内で、目の前の空いた席を見て思わずストンと腰を下ろした。
 駅前商店街のドラッグストア前で思わず立ち止まる。いやいやいや調べるまでもない。

『今日だいぶ調子悪そうだったから、まっすぐ帰るんだよ』

 吏作さんからのメッセージが届いた。
 自宅へ歩を進めた。吐き気を催して病院に駆け込んだら、ストレスによるただの遅れ、想像妊娠でしたってエピソードがあったな。超有名企業の社長さんと恋に落ちちゃったのは●キスシリーズだったっけ? って言うか、一緒に慌てる男も男だ、自分が一番わかってるはずなのに……避妊してないんだ。今はまだ場が整ってないまずい、順番がってこだわってる割に。
 下衆い想像をして嫌になる。

 メイクも落とさず、着替えもせずベッドに転がって考え込む。

「ちゃんとしてる、してた…はず」

 吏作さんとは温泉での一夜以外は、触れる前にちゃんと着けてる。吏作さんはイッたあとはお願いしてもサッと出て行ってしまう、処理も的確で丁寧。

「だよなあ…」
「何が?」

 ぱっと明かりがつく。吏作さんがベッドの縁に座る。

「電気もつけないで、寝てるのかと思ったら、何? 考え事?」
「…はい。いついらしたんですか?」
「今だよ。」
「そうですか」

 時計を見れば大分時間が経っている。ドラッグストア前で時間を食ったのか、思ったより長く考え込んでいたのか。

「パートの一人がインフルエンザになった。葵ちゃんは大丈夫?」
「熱も風邪っぽいのもないです、ただの疲れです。」
「まあ、いろいろあったしな。」

 吏作さんが髪を撫でてくれる。目を瞑ってめまいのようなぐるぐる回る感覚に不安になる。

「今日泊まっていこうか? 帰ったほうがいい?」
「…一緒にいてください。」
「わかった。お風呂沸かす?」

 うなずけば、彼も私の部屋は勝手知ったるもので、風呂を沸かしに行ってしまった。

「飯は?」
「食べてないです、作る気力ないです。」
「そう言うと思って…買って来た。」

 持ち上げて見せてくれたのは、コンロで火にかけるだけの鍋焼きうどんだった。

「風呂と飯、どっちが先?」
「…お風呂。」

 またベッドサイドに戻って来ると、私の髪を撫で始める。

「部屋探し、そんなに頑張らなくていいよ。俺んところに来ればいいんだから。」
「ん…」
「葵ちゃん、それ、悪阻?」
「多分

ガタタ!

 すごい音で吏作さんが、ベッドから崩れ落ちた。

 …ただの遅れかと、」

 呆然とした顔で吏作さんが這い上がって、続きを聞きほっとする。

「そう言い切れない気もして、だから本人に聞いてみようかと」
「え!!」
「実は中で破けちゃってたとか、外れてたとか、」
「ないない! あったら言ってる。」
「私が朦朧としてる時に付けずにしたとか…」
「それは絶対ない!」
「ですよねえ、だから今週末まで待ってみます。」
「うん…待って、病院行く?」
「来なければ。」
「俺もついて行く?」
「必要ないですよ。ただの不順ですから。……」

 吏作さんが不安げに私の瞳を覗き込む。

「ちょっと? 不安になるようなことしたんですか?」
「いや…でも」
「だったら、堂々としててください。吏作さんがそんな顔すると、私までもしかしてって思っちゃうじゃないですか。」

 風呂の沸く電子音が流れて来る。
 ガバッと起き上がって足元にあった部屋着をとってバスルームへ向かう。

 つけてんのにできたって言うの、つけてないからできたって言うのがほとんど。気が付いたら脱げてた、出す時にだけつけたとか、先っぽだけだから大丈夫だと思ったとか、安全日だから大丈夫かと思ったとか、つまりどれもつけてない、避妊してない。
 予約を入れようかと思ったクリニックのQAを見返す。吏作さんが次にバスルームを使い、私はコットンパックをしている間に髪を乾かし、スマホをいじった。
 職場から数駅離れる自宅とは反対方向にあるクリニックは評判が良かった。行ってみれば男性医師か女性医師を選ばせてもらえ安心できた。

 給湯室でぬるま湯をマグカップに注ぎ、小さな錠剤を飲み下す。PTPシートはポーチにしまった。

「あれ、薬でも飲んでた?」
「あ、お疲れ様です。」

 コーヒーを淹れに来たらしい上野さんに声をかけられた。
 ドリップバッグにお湯を落とし、待つ。私もドリップバッグをマグカップにセットし、お湯をおとす。

「パートさんのが感染ったのかな、奥園さんもインフル発症。」
「はい、聞きました。」

 コポポポ……
 順番でお湯を落とす。

「もうちょっと待ってな。」
「はい?」
「複合機の出力ログと防犯カメラの記録とも照合してる。」
「え、そこまでしてるんですか?」
「ここで活用しなかったら、何のため記録取ってるのさ。」

 ドリップパックを三角コーナーへポイっと捨てる。

「あ、奥園さんが復帰するまで1週間お昼は俺か吏作がつくから、一人でふらふらするなよ?」

 …過保護すぎやしませんか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...