30 / 37
行き着くところ
26
しおりを挟む
新しい住まいが決まる。仕事の繁忙期に引っ越し準備がぶつかり忙殺されそうになる。ランチタイムのメンバーに愚痴る。
犯人は誰だか名は知らされなかったが、厳重注意が入ったと聞く。
犯人なんて、嫌がらせなんてせせこましいことをする人に興味はない。
「そもそもさ、イクメンって言葉の存在がおかしい。」
「え? なに、突然。」
「ただの父親じゃん。」
「ああ、今日の原稿のテーマだね。」
「男性がなんで家事育児を『手伝う』なのか、奥さんが手伝ってもいいじゃない。」
「それは、男が、結婚すると今までやっていた家事を奥さんにやらせるからじゃない?」
「なんで自分でやらないの?」
「違うよ、やろうとするとやり方が気に入らないって取り上げられちゃうんだよ。」
「「「……」」」
吏作さんは、掃除と洗濯は趣味じゃないかと思うほどマメだ。初めて彼の家に泊まった日、いい香りの寝具にハウスキーピングのサービスに頼んでいるのかと思った。取り上げられてしまうとしたら、私の方かもしれない。
引っ越しの日が迫り、いよいよ話すべきことを話さなければならない。家賃や生活費お金の問題、家事の分担に住民票や籍など役場関連。世間は立て続けにやってくる冬のイベントに浮かれているのに、リアリティ溢れる生々しい話題に口が重くなる。アドベントカレンダーに、また一つポスッと穴を開ける。
「ん~、クリスマスに籍入れちゃおうか。」
「え!」
「だめ?」
「いや、その前に家事の分担とか生活費とか決めることあるでしょ?」
「そんなの追々決めていけばいいじゃん。」
「……吏作さん?」
「ん?」
「もし、私の国籍が向こうにあったらどうするつもりだったんですか?」
「どうもこうも、かかる時間と揃える書類が変わるだけ。」
「いやいや、準備とかって必要でしょ?」
「だからその準備するんだろ?」
「ん~…?」
それはそうなんだけど、あれ? つまり、何が必要かどうするのか一つ一つ確認しながらやっていくということ? そんな行き当たりばったりでいいの? いや、行かなきゃ当たるものにも当たらない。ぐるりと回って同じところにたどり着く。理解したと思ったのに納得ができない。
ToDoリスト、チェックリストを作るところから一緒にやろうってこと?
「あ、明日ちょっと出かけるから、今日は早く寝よ?」
膝の上のフェイクファーのクッションごとベッドに運ばれた。早く寝ようと言いつつやることはやる。吏作さんが枕元の小箱を手に取り止まる。
「葵ちゃん」
「はい…」
「これ、使い切る頃には買い足さなくてもよくなりたいな。」
「今日はちゃんとつけてくださいね。」
「『は』? じゃあ……」
「吏作さん、もうちょっと気の利いた言葉が欲しいです。」
「この状態じゃ無理、もういい?」
翌日寝不足のまま電車に乗り、郊外の住宅街に連れてこられた。住宅街になんの用? と思ったら1軒のお宅の前で止まる。表札は水上だ。
サーっと血の気が引く。
「ちょっと、吏作さん? 私が寝ぼけているのをいいことにやってくれましたね。」
「だって、一緒に住む前にちゃんと報告しときたいだろ? 葵ちゃんのご両親は海外だから、今日はうち。」
「手土産も何もないし……」
「いいよー、俺が何も言わずに連れてきたって、ちゃんと言うから。」
秋の連休時に、本当は食事会を予定していた。だけど私が風邪をひき流れてしまった。あの朝の電話はそう言うことだったのか。やっと会えて嬉しいと、彼のご両親には歓迎された。彼は、両親の歳がいってからできた子のようで思ったよりお年を召していた。
そして、私の体型を見て、ワンピースを着ているときのお決まり、妊婦と勘違いされる。駅前の百貨店のレストラン街に行き、食後のコーヒーを頼もうとしてたしなめられる。吏作さんが「デキ婚じゃねえよ」と突っ込む。少し痩せる努力しよう。翌朝マカデミアナッツをかじってる場合じゃない。
適当な話題が見当たらなくて、聞かれたことだけに返事をしていた。彼は性格が父親似のようで、横で母親が一人で喋り続けるのを、二人のんびりと眺めていた。あの母親は3人分話しているようで、言葉を挟む隙がない。立て板に水で延々と続き、尽きない話題、よく動く口に感心した。失礼ながら、話そっちのけで他のことを考え始めた私に気がついた吏作さんが、コーヒーカップを置くと母親のマシンガントークを中断させた。
「母さん、今日は、顔出すだけでって無理やり連れてきちゃっただけだから、そろそろ引き上げるよ。」
「あら、そうなの? 葵ちゃん、また来てね、お話ししましょう!」
「…吏作さんと予定が合いましたら……」
日本語って便利だな。吏作さんと予定が合っても、申し訳ないがこのマシンガントークには付き合いきれない。お話ししましょうっていうか、喋るのを聞いててちょうだい、の間違いじゃない? 今日みたいに、できればもっと早く中断してくれる、クッション役なしにはお会いするのはかなりキツイ。
月曜日、先に引越しを済ませた私は、有休を使い住所変更の書類手続きにあちこちの窓口を回った。
犯人は誰だか名は知らされなかったが、厳重注意が入ったと聞く。
犯人なんて、嫌がらせなんてせせこましいことをする人に興味はない。
「そもそもさ、イクメンって言葉の存在がおかしい。」
「え? なに、突然。」
「ただの父親じゃん。」
「ああ、今日の原稿のテーマだね。」
「男性がなんで家事育児を『手伝う』なのか、奥さんが手伝ってもいいじゃない。」
「それは、男が、結婚すると今までやっていた家事を奥さんにやらせるからじゃない?」
「なんで自分でやらないの?」
「違うよ、やろうとするとやり方が気に入らないって取り上げられちゃうんだよ。」
「「「……」」」
吏作さんは、掃除と洗濯は趣味じゃないかと思うほどマメだ。初めて彼の家に泊まった日、いい香りの寝具にハウスキーピングのサービスに頼んでいるのかと思った。取り上げられてしまうとしたら、私の方かもしれない。
引っ越しの日が迫り、いよいよ話すべきことを話さなければならない。家賃や生活費お金の問題、家事の分担に住民票や籍など役場関連。世間は立て続けにやってくる冬のイベントに浮かれているのに、リアリティ溢れる生々しい話題に口が重くなる。アドベントカレンダーに、また一つポスッと穴を開ける。
「ん~、クリスマスに籍入れちゃおうか。」
「え!」
「だめ?」
「いや、その前に家事の分担とか生活費とか決めることあるでしょ?」
「そんなの追々決めていけばいいじゃん。」
「……吏作さん?」
「ん?」
「もし、私の国籍が向こうにあったらどうするつもりだったんですか?」
「どうもこうも、かかる時間と揃える書類が変わるだけ。」
「いやいや、準備とかって必要でしょ?」
「だからその準備するんだろ?」
「ん~…?」
それはそうなんだけど、あれ? つまり、何が必要かどうするのか一つ一つ確認しながらやっていくということ? そんな行き当たりばったりでいいの? いや、行かなきゃ当たるものにも当たらない。ぐるりと回って同じところにたどり着く。理解したと思ったのに納得ができない。
ToDoリスト、チェックリストを作るところから一緒にやろうってこと?
「あ、明日ちょっと出かけるから、今日は早く寝よ?」
膝の上のフェイクファーのクッションごとベッドに運ばれた。早く寝ようと言いつつやることはやる。吏作さんが枕元の小箱を手に取り止まる。
「葵ちゃん」
「はい…」
「これ、使い切る頃には買い足さなくてもよくなりたいな。」
「今日はちゃんとつけてくださいね。」
「『は』? じゃあ……」
「吏作さん、もうちょっと気の利いた言葉が欲しいです。」
「この状態じゃ無理、もういい?」
翌日寝不足のまま電車に乗り、郊外の住宅街に連れてこられた。住宅街になんの用? と思ったら1軒のお宅の前で止まる。表札は水上だ。
サーっと血の気が引く。
「ちょっと、吏作さん? 私が寝ぼけているのをいいことにやってくれましたね。」
「だって、一緒に住む前にちゃんと報告しときたいだろ? 葵ちゃんのご両親は海外だから、今日はうち。」
「手土産も何もないし……」
「いいよー、俺が何も言わずに連れてきたって、ちゃんと言うから。」
秋の連休時に、本当は食事会を予定していた。だけど私が風邪をひき流れてしまった。あの朝の電話はそう言うことだったのか。やっと会えて嬉しいと、彼のご両親には歓迎された。彼は、両親の歳がいってからできた子のようで思ったよりお年を召していた。
そして、私の体型を見て、ワンピースを着ているときのお決まり、妊婦と勘違いされる。駅前の百貨店のレストラン街に行き、食後のコーヒーを頼もうとしてたしなめられる。吏作さんが「デキ婚じゃねえよ」と突っ込む。少し痩せる努力しよう。翌朝マカデミアナッツをかじってる場合じゃない。
適当な話題が見当たらなくて、聞かれたことだけに返事をしていた。彼は性格が父親似のようで、横で母親が一人で喋り続けるのを、二人のんびりと眺めていた。あの母親は3人分話しているようで、言葉を挟む隙がない。立て板に水で延々と続き、尽きない話題、よく動く口に感心した。失礼ながら、話そっちのけで他のことを考え始めた私に気がついた吏作さんが、コーヒーカップを置くと母親のマシンガントークを中断させた。
「母さん、今日は、顔出すだけでって無理やり連れてきちゃっただけだから、そろそろ引き上げるよ。」
「あら、そうなの? 葵ちゃん、また来てね、お話ししましょう!」
「…吏作さんと予定が合いましたら……」
日本語って便利だな。吏作さんと予定が合っても、申し訳ないがこのマシンガントークには付き合いきれない。お話ししましょうっていうか、喋るのを聞いててちょうだい、の間違いじゃない? 今日みたいに、できればもっと早く中断してくれる、クッション役なしにはお会いするのはかなりキツイ。
月曜日、先に引越しを済ませた私は、有休を使い住所変更の書類手続きにあちこちの窓口を回った。
0
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。


クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる