一人で寂しい夜は

春廼舎 明

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前のめり

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 二人じゃないと選べないもの……? まさか結婚指輪!? いやいやいや、乙女ゲームのヒロインじゃないんだ、前のめり過ぎだろ。その前にプロポーズすらされてない、……ないのに…すっ飛ばしすぎだ。じゃ、婚約指輪……いやだから、でも吏作さんってすっ飛ばすのも順番とか関係ないって言う人だし、え、じゃあ? ブライダルサロンとか!? 
 一人でニマニマしたり眉根を寄せたり、外から見た私はきっと気持ち悪いだろう。

「何想像してたの?」

 吏作さんは楽しそうに私の顔を見てる。

「どこ連れて行ってくれるのかなーっと」
「え、葵ちゃんの考えに合わせて行き先決めようかなっと思ってたんだけど?」
「は? じゃあ『二人じゃないと選べないもの』って言葉はどこから出てきたの?」
「ノリ?」

 やっぱりそう言うオチか。恋する女に前のめりになるなって、なかなかそれは無理な注文だ。

「もう…少しくらい期待させてくださいよ。」
「ごめんごめん。でも葵ちゃん、なんか想像してただろ。」
「そう言うことなら、地上上がりましょう。」
「この上?」
「えっと上でなら見てるんですが、確か南口よりの方にあったの覚えてます。」
「何?」
「部屋探し。私、今の所あと4、5ヶ月で更新なんです。」

 不動産屋さんが入っているビルの前には、間取り図や外観写真の貼られたオススメ物件情報の看板が立っている。それを見つけ、適当に入ってみる。雑居ビルの入り口で、なんか危なそうなところだったらどうしようかと思ったけど、中に入ってみると普通でちゃんと整頓されたオフィスだった。しかし、希望条件を伝えるシートには勤め先や役職、年収まで書かせる欄があり、その場で店を出てきた。

「契約したい部屋も決まってないのに、あそこまで書かせる必要ないよね?」
「個人情報を扱うことをあまり深く考えてないな、ってのがよくわかる。」

 次に入ったところは、大手の賃貸情報を扱う店舗で店内のタッチパネルで自由に物件情報を検索できる。なら、家で見ればいいじゃんと言うところだが、私たちのように、ふと立ち寄ってみるカップルがいい客寄せパンダになる。
 しかし、これはと言うものがなく店を出る。

「俺んとこくる?」
「吏作さんのところと私のところ、乗り換え多いからもっと近いところがいいかなとは思ってますけど」
「だろ? だからおいでよ。決まるまではうちに居ればいい。」
「え、今のところ?」
「そう。」
「ちゃんと複数人ファミリー用の物件探しましょうよ。」

 吏作さんの表情を見逃した。
 翻訳やリライトの仕事って別にどこででもできる。妊娠中とか通勤がしんどい時、在宅勤務ってのはいいよな、桜井さんを思い出す。ボンと脳みそが沸騰するほど恥ずかしいことに気がついた。さっきから前のめりすぎ。
 だめだ、今日はなんかそう言うのが抜けない。もういっその事、この件をうやむやにしないで流されていないで、しっかり徹底的に話した方がいいんじゃないだろうか。そう思って、意を決して吏作さんの顔を見上げた。でも吏作さんはいつも通り、肩透かしを食らわす。こちらの肩の力を抜かすようなふんわりのんびりした様子で、通りかかった家電売り場でロボット掃除機をふらふら追いかけて行ってしまった。

「ちょ、何やってんですか、吏作さん。」
「ん~、いや、二人して仕事が忙しくて疲れてる時なんか掃除するの面倒だから、ああいいうのあると楽かな~って。」
「だからって、追いかけなくてもいいでしょ。」
「いや、近くで見ようかと思ったら逃げられた。」
「生き物じゃないんですから…」

 遊んでるわけじゃなかったのか、そんなことも考えてくれてたのかと思うとなんだか嬉しくなった。こういうタイミングの良さがこの人だ。

「吏作さんは住みたい街にこだわりってありますか?」
「ん~、今のところがいいかな。静かだけど駅にも商店街にも近い。でも一緒に住むならもう一部屋あるといいかな。」

 にこ~っと柔らかい笑みを浮かべる。近くにいた数名の女性がポーッとした表情で吏作さんを見ていた。彼が手を差し出すので、私はその手を取り近寄った。
 吏作さんが私の背に手を添え、下りエスカレーターに乗る。地下階に来たところで、パンの焼ける幸せな香りがしてくる。二人で顔を見合わせる。

「買って帰ろうか?」
「地元の駅のパン屋で買えば良いんじゃない?」

 ふと、それぞれの部屋にそれぞれ帰るという選択肢がないことに気がつく。私の家はそっちじゃないのに、彼の家はこっちじゃないのに、それがたまらなく寂しく感じた。ちょっとだけ握る手の力を強める。すぐにぎゅっと、もっと力強く手を握られる。

それはどっちの家の駅?

 聞くまでも無い。見上げると吏作さんがにこーっと微笑んで、当たり前のように彼の家へ帰る路線の改札に歩を向ける。

「オリーブの入ったやつ食べたいです。」
「ああ、アレね。」

 彼と一緒にいるのが当たり前になりすぎて、前はどうしてたのか思い出せない。
 ああ、そうだ、ゲームをやって気を紛らわしてたんだっけ。今でも会えない日は一人で寂しい。気を紛らわすゲームしてる。なんだ、変わってないじゃん。
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