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衝動
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涼みながら一杯どう? と訪れた最上階のテラスは、柔らかな照明のウッドデッキでタイミングが良かったのか人が少なかった。
「衝動って言えばさ、普通のカップルでも衝動に耐えらんない奴らってのも少なくはないな。」
「今日の私ですか?」
「それもそうだけど、そうじゃなくて」
「どういう意味です?」
「飯田と桜井がいい例だろ。」
「?」
「あいつら、時期を考えると、衝動に耐えらんなかったからと思わねえ?」
「本人たちもこんなに早いと思わなかったんじゃ?」
「まあ、最終的に上手く回るように整ったし、もう、どうでもいい。」
吏作さんがビールをぐっと煽ると背もたれにもたれた。
「それにしても、後任予定だった彼女、本当にリーダーだったんですか?」
「初の任期だったらしいよ。で、今までいたことのある部署だし、できると思ったらしいけど……」
「当時って、吏作さん、いました?リーダーシップ発揮できる人だったんですか、そもそも。」
「俺はいなかった。部長は部長じゃなかったけど、いたらしい。8年経って少しは成長したと思って受け入れたらしいけど……あのザマだ」
リーダー云々以前に、無断欠勤なんていち社会人としてどうかと思う。学生のアルバイトじゃあるまいし。いや、それじゃ真面目な学生に失礼な言い方だ。それにしたってよく8年も在籍できていたな、と思ったが、6年ブランクがあるから、2年しか社会人経験がないと言える。なんだ私より社会人経験ないじゃん。
ちょっと待て、じゃあ、新人時代を除けば実質1年の経験でリーダーになれるの? 吏作さんや飯田さん、経験を積んで勉強して、そんな人たちと並べるの?
険しくなりかけた表情に気づいた吏作さんに声をかけられる。
「言いたいこと、なんとなくわかるよ。コネだよ。」
「他の人選、子育てひと段落したベテランさんだっているでしょ?」
「ベテランたって、定時数分前から帰る準備始めてタイムカードの前で0分になるのを待ってるようなのが、今更キャリアアップ目指すかね? 間違い無いのは、もう次はない。」
「……」
指示を待つだけ、言われたことを言われた通りにだけする人。向上心のない人。指示を待ち、指示通りでいいなら頭を使わなくていい、責任も指示を出してくれた人が取ればいい。そのくせ給料が安いと文句を言う。こう言うの奴隷根性って言うんだっけ?
ぼんやりそんなことを考えた。なんかイライラしそうだから切り上げた方がいいかも。
「吏作さん…」
「ん? 部屋戻る?」
うなずいて席を立つ。部屋に戻れば、ドアに鍵がかかる。『Don't disturb ……』あの曲も不倫だ。
「おいで」
ソファでくつろぐ吏作さんの元に行くと、ビールの味の苦いキスをされ、温泉でしっとりした肌に手が滑る。ふにふにと胸を揉み、口づけの痕をつけられる。あ、忘れてた。思い切り大浴場で見せびらかしてた。思い出すのと同時に、吏作さんがピタリと止まった。
「やば、……今更気がついた。」
「なあに?」
「ここじゃ、ゴム、無い。」
「……あれ」
駅ビルのショップで買って来た紙袋を指差す。吏作さんが明日の着替え用のシャツを出す。中に残っていた小さなラベルが1枚貼られただけのジッパー付きアルミパウチの小袋を取り出す。手に取った瞬間、あ、という表情をし、ラベルを見て下を向いた。パッと顔をあげると、満面の笑みを見せつけられた。
「葵ちゃん、ヤる気満々じゃん」
「だって、こうなると思ったから。ないと困るでしょ?」
「俺は困らないよ?」
「え、だって…やだ」
「イヤ!? ええ!」
「だって、予定外のことがこう立て続けに起こったから、吏作さん忙しくなって、疲れて、こんな目に合ったんですよ?」
「仕事の心配してるの?」
「だって、今さっきまでそんな人たちの話してたのに、考えちゃうじゃないですか。」
「そんなん、葵ちゃんが考えることないだろ」
「だって、また人手減って吏作さんがやせ細ったら……。そんなのやだ。」
「ぶ…痩せ細るって…。」
吏作さんが困ったような表情をして、私の頭を撫でる。
「葵ちゃん? さっきから『だって』ばっかりって気がついてる?」
「あ…ごめんなさい。」
「欠員が出たら補填する、それだけ。そんなこと考えてたら、いつまでたってもできないよ?」
「ちょっと、ちょっと? なんの話!? その前に守るべき順番ってあるでしょ。」
「『べき』なんてもの、ないよ。」
「そうかもしれないけど、何が起こるか予想がつきそうなことを、わざわざ踏みに行かなくてもいいじゃないですか。」
「だから、俺は葵ちゃんがいいって言ってくれるなら。むしろ無い方がイイ」
ニヤリと口角を上げられる。でも目は真剣だ。
ゴクリと唾を飲む。真剣な眼差しで、唇が今にも触れそうな距離まで詰められる。
「ない方がいいの?」
「うん、葵に直に触れたい、触れさせたい。」
「え…」
「どう?」
ジリッと何時ぞやのように迫られる。え、そんなに熱意込められて迫るほどなの?
フッと吏作さんが目尻を下げる。
「そんな、緊張するなよ。無理やりはしないよ。」
「…なら、やっぱりなくて困るの吏作さんじゃない。」
「衝動って言えばさ、普通のカップルでも衝動に耐えらんない奴らってのも少なくはないな。」
「今日の私ですか?」
「それもそうだけど、そうじゃなくて」
「どういう意味です?」
「飯田と桜井がいい例だろ。」
「?」
「あいつら、時期を考えると、衝動に耐えらんなかったからと思わねえ?」
「本人たちもこんなに早いと思わなかったんじゃ?」
「まあ、最終的に上手く回るように整ったし、もう、どうでもいい。」
吏作さんがビールをぐっと煽ると背もたれにもたれた。
「それにしても、後任予定だった彼女、本当にリーダーだったんですか?」
「初の任期だったらしいよ。で、今までいたことのある部署だし、できると思ったらしいけど……」
「当時って、吏作さん、いました?リーダーシップ発揮できる人だったんですか、そもそも。」
「俺はいなかった。部長は部長じゃなかったけど、いたらしい。8年経って少しは成長したと思って受け入れたらしいけど……あのザマだ」
リーダー云々以前に、無断欠勤なんていち社会人としてどうかと思う。学生のアルバイトじゃあるまいし。いや、それじゃ真面目な学生に失礼な言い方だ。それにしたってよく8年も在籍できていたな、と思ったが、6年ブランクがあるから、2年しか社会人経験がないと言える。なんだ私より社会人経験ないじゃん。
ちょっと待て、じゃあ、新人時代を除けば実質1年の経験でリーダーになれるの? 吏作さんや飯田さん、経験を積んで勉強して、そんな人たちと並べるの?
険しくなりかけた表情に気づいた吏作さんに声をかけられる。
「言いたいこと、なんとなくわかるよ。コネだよ。」
「他の人選、子育てひと段落したベテランさんだっているでしょ?」
「ベテランたって、定時数分前から帰る準備始めてタイムカードの前で0分になるのを待ってるようなのが、今更キャリアアップ目指すかね? 間違い無いのは、もう次はない。」
「……」
指示を待つだけ、言われたことを言われた通りにだけする人。向上心のない人。指示を待ち、指示通りでいいなら頭を使わなくていい、責任も指示を出してくれた人が取ればいい。そのくせ給料が安いと文句を言う。こう言うの奴隷根性って言うんだっけ?
ぼんやりそんなことを考えた。なんかイライラしそうだから切り上げた方がいいかも。
「吏作さん…」
「ん? 部屋戻る?」
うなずいて席を立つ。部屋に戻れば、ドアに鍵がかかる。『Don't disturb ……』あの曲も不倫だ。
「おいで」
ソファでくつろぐ吏作さんの元に行くと、ビールの味の苦いキスをされ、温泉でしっとりした肌に手が滑る。ふにふにと胸を揉み、口づけの痕をつけられる。あ、忘れてた。思い切り大浴場で見せびらかしてた。思い出すのと同時に、吏作さんがピタリと止まった。
「やば、……今更気がついた。」
「なあに?」
「ここじゃ、ゴム、無い。」
「……あれ」
駅ビルのショップで買って来た紙袋を指差す。吏作さんが明日の着替え用のシャツを出す。中に残っていた小さなラベルが1枚貼られただけのジッパー付きアルミパウチの小袋を取り出す。手に取った瞬間、あ、という表情をし、ラベルを見て下を向いた。パッと顔をあげると、満面の笑みを見せつけられた。
「葵ちゃん、ヤる気満々じゃん」
「だって、こうなると思ったから。ないと困るでしょ?」
「俺は困らないよ?」
「え、だって…やだ」
「イヤ!? ええ!」
「だって、予定外のことがこう立て続けに起こったから、吏作さん忙しくなって、疲れて、こんな目に合ったんですよ?」
「仕事の心配してるの?」
「だって、今さっきまでそんな人たちの話してたのに、考えちゃうじゃないですか。」
「そんなん、葵ちゃんが考えることないだろ」
「だって、また人手減って吏作さんがやせ細ったら……。そんなのやだ。」
「ぶ…痩せ細るって…。」
吏作さんが困ったような表情をして、私の頭を撫でる。
「葵ちゃん? さっきから『だって』ばっかりって気がついてる?」
「あ…ごめんなさい。」
「欠員が出たら補填する、それだけ。そんなこと考えてたら、いつまでたってもできないよ?」
「ちょっと、ちょっと? なんの話!? その前に守るべき順番ってあるでしょ。」
「『べき』なんてもの、ないよ。」
「そうかもしれないけど、何が起こるか予想がつきそうなことを、わざわざ踏みに行かなくてもいいじゃないですか。」
「だから、俺は葵ちゃんがいいって言ってくれるなら。むしろ無い方がイイ」
ニヤリと口角を上げられる。でも目は真剣だ。
ゴクリと唾を飲む。真剣な眼差しで、唇が今にも触れそうな距離まで詰められる。
「ない方がいいの?」
「うん、葵に直に触れたい、触れさせたい。」
「え…」
「どう?」
ジリッと何時ぞやのように迫られる。え、そんなに熱意込められて迫るほどなの?
フッと吏作さんが目尻を下げる。
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