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いびつな三角形
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暴動、いや騒動が起きたのは彼女の着任後1ヶ月過ぎてからだった。桜井さんが検診でお休みされた日、彼女も来なかった。
翌日、桜井さんは出勤したが後任の女性はその後も来なかった。
無断欠勤が人事部に伝わり、緊急連絡先も連絡が取れず何日も連絡が取れないことから警察沙汰になった。しかし、警官が彼女の自宅を訪ねれば、子供が学校から帰ってきたところで、子供に母親の話を聞き、呼び出してもらえればなんのことはない、人事部の面が割れていたため居留守を使われていただけだった。
上期が終了し、下期が始まる。
「あ」
「あ、葵だ。珍しいね。」
休憩時間トイレで珍しく万理江にあった。鏡に映った自分の顔には、ぽつりと一つ吹き出物ができていた。ため息をつくと万理江が、ポーチから小さな軟膏のチューブを取り出し、渡してくれた。ありがたく受け取り、ちょんと吹き出物の上に塗り込んだ。
くすっ
後ろをわざとらしく口元を押さえた女性が通り過ぎた。数名がチラチラこちらを見ながらくすくす笑って通って行く。
なんだろ、感じ悪い。襟元はようやく跡が目立たなくなり、スカーフでごまかしていた。…見えてないよね?
スカーフを念のため整え直してトイレを出る。
「葵ちゃん、仕事辞めない?」
「なんでです?」
「いや、だってさ…」
「え、もしかして転勤させられちゃう?」
「まあ、チームはまたシャッフルされるなぁ。それはいいんだけど、俺、昇格も目指してるし部が変わるかもしれない。」
「ん~? それがどうして私の仕事を辞めることにつながるの?」
「少しは寂しがってくれよ。」
吏作さんがいつものふんわりと笑っている表情から温度が下がる。ドキッとして、思わず身を引くと反対に抱き寄せられた。
「知らないと思ってる?」
「え? 何が?」
まさか子供ができたとか、勘違いされている? 遅れてないし、そもそもするときはちゃんとしている。
「最近さ、紙の消費が激しい子がいるんだよね。」
「え?」
「で、月曜だけ複合機横の出力者不明、原稿置き忘れトレイに微妙に古い資料がたんまり乗ってるんだ。」
「あ、それ私。」
「うん、知ってる。最近は葵ちゃんをピンポイントで狙い始めてる。」
「狙う?」
なんだか物騒な言い方だなあと腕の中から彼を見上げる。
トイレの一件以降、週明けの朝、出勤するとデスクに関係のない資料がデンと置かれていることが続いた。万理江のデスクにも置かれていた。早めに来た万理江と一緒に、この後何が出てくるのかな、誰の仕業だろうね~と『●●のキス』シリーズで職場の女子派閥騒動に巻き込まれるヒロインを思い描きながら、ざっと目を通した後、二人でぽいっと原稿置き忘れトレイに放り込んだ。一応、直上の吏作さんには、報告しておいた。
たまに自分宛の必要な書類も混じっていたりするからタチが悪い。まあ、汚れやシワがなく綺麗だからすぐわかるし。
本当に重要な自分宛の書類はちゃんとリーダーか部長から手渡しされる。だから、すぐ犯人がバレるような些細な嫌がらせ、私たち二人は気にしなかった。
「関係ない書類をデスクに積まれる、その嫌がらせ、まだ葵は続いてるんでしょ?」
「まあ、トレイに放り込むだけだし。」
吏作さんが私をぎゅうっと抱きしめ、力を緩め「はあぁ~っ」と大きくため息をつく。
「上野さんがキレた。」
「え?」
「機密情報も混じってたらしく流石にミーティングでとり上げた。万理江ちゃんから聞いた状況を報告された。」
「あれ、万理江もちゃんと中見てるんだ。」
「彼女こういういたずらに仕返しするの好きそうだけど、それ以上に面倒くさがりだろ?」
「なんだ、万理江の性格バレてるんだ。」
「バレているっていうか、上野さんと気が合うんじゃない?」
「え!」
「面倒事を避けるためには、どんな努力も厭わず全力で避ける。その労力の使い方がなんかそっくりだよ?」
「上野さんって、粛々と作業して猛スピードで紙めくってるイメージしかなかった……。言われてみれば、似てるのかも。」
黙々と、パラララ…とよく見えてるなと言う猛スピードで紙をめくり、ピッと該当を弾き出しては次をめくる。左手で伝票をめくり右手の指がテンキーの上を滑るように高速で動く、よく伝票を二枚一気にめくっちゃったりしないなあという神業的スピード。ゾーン入ってない? って思うほど無駄に高い集中力を発揮する二人を思い浮かべた。いや、仕事で集中力を発揮するのは無駄じゃない。
「葵」
ムッとした表情の吏作さんに髪をツンと引っ張られた。
「なに?」
「他の男のことなんか想像してんなよ。」
「残念。男だけじゃなくて万理江もでした。」
「どっちも、ダメ。」
「もう。…で? なんでそれと、私に仕事辞めて欲しいみたいなことに繋がるんです?」
「そんな目にあって辞めたいな~って思ってくれれば俺に付いてきてくれるかなって。」
「アホに絡まれなくても、ついていきますよ?」
吏作さんがまじまじと私の顔を見る。とろ~っとした笑顔を浮かべぎゅーっと抱きしめられる。
「俺、葵ちゃんのそういうところ好き。」
翌日、桜井さんは出勤したが後任の女性はその後も来なかった。
無断欠勤が人事部に伝わり、緊急連絡先も連絡が取れず何日も連絡が取れないことから警察沙汰になった。しかし、警官が彼女の自宅を訪ねれば、子供が学校から帰ってきたところで、子供に母親の話を聞き、呼び出してもらえればなんのことはない、人事部の面が割れていたため居留守を使われていただけだった。
上期が終了し、下期が始まる。
「あ」
「あ、葵だ。珍しいね。」
休憩時間トイレで珍しく万理江にあった。鏡に映った自分の顔には、ぽつりと一つ吹き出物ができていた。ため息をつくと万理江が、ポーチから小さな軟膏のチューブを取り出し、渡してくれた。ありがたく受け取り、ちょんと吹き出物の上に塗り込んだ。
くすっ
後ろをわざとらしく口元を押さえた女性が通り過ぎた。数名がチラチラこちらを見ながらくすくす笑って通って行く。
なんだろ、感じ悪い。襟元はようやく跡が目立たなくなり、スカーフでごまかしていた。…見えてないよね?
スカーフを念のため整え直してトイレを出る。
「葵ちゃん、仕事辞めない?」
「なんでです?」
「いや、だってさ…」
「え、もしかして転勤させられちゃう?」
「まあ、チームはまたシャッフルされるなぁ。それはいいんだけど、俺、昇格も目指してるし部が変わるかもしれない。」
「ん~? それがどうして私の仕事を辞めることにつながるの?」
「少しは寂しがってくれよ。」
吏作さんがいつものふんわりと笑っている表情から温度が下がる。ドキッとして、思わず身を引くと反対に抱き寄せられた。
「知らないと思ってる?」
「え? 何が?」
まさか子供ができたとか、勘違いされている? 遅れてないし、そもそもするときはちゃんとしている。
「最近さ、紙の消費が激しい子がいるんだよね。」
「え?」
「で、月曜だけ複合機横の出力者不明、原稿置き忘れトレイに微妙に古い資料がたんまり乗ってるんだ。」
「あ、それ私。」
「うん、知ってる。最近は葵ちゃんをピンポイントで狙い始めてる。」
「狙う?」
なんだか物騒な言い方だなあと腕の中から彼を見上げる。
トイレの一件以降、週明けの朝、出勤するとデスクに関係のない資料がデンと置かれていることが続いた。万理江のデスクにも置かれていた。早めに来た万理江と一緒に、この後何が出てくるのかな、誰の仕業だろうね~と『●●のキス』シリーズで職場の女子派閥騒動に巻き込まれるヒロインを思い描きながら、ざっと目を通した後、二人でぽいっと原稿置き忘れトレイに放り込んだ。一応、直上の吏作さんには、報告しておいた。
たまに自分宛の必要な書類も混じっていたりするからタチが悪い。まあ、汚れやシワがなく綺麗だからすぐわかるし。
本当に重要な自分宛の書類はちゃんとリーダーか部長から手渡しされる。だから、すぐ犯人がバレるような些細な嫌がらせ、私たち二人は気にしなかった。
「関係ない書類をデスクに積まれる、その嫌がらせ、まだ葵は続いてるんでしょ?」
「まあ、トレイに放り込むだけだし。」
吏作さんが私をぎゅうっと抱きしめ、力を緩め「はあぁ~っ」と大きくため息をつく。
「上野さんがキレた。」
「え?」
「機密情報も混じってたらしく流石にミーティングでとり上げた。万理江ちゃんから聞いた状況を報告された。」
「あれ、万理江もちゃんと中見てるんだ。」
「彼女こういういたずらに仕返しするの好きそうだけど、それ以上に面倒くさがりだろ?」
「なんだ、万理江の性格バレてるんだ。」
「バレているっていうか、上野さんと気が合うんじゃない?」
「え!」
「面倒事を避けるためには、どんな努力も厭わず全力で避ける。その労力の使い方がなんかそっくりだよ?」
「上野さんって、粛々と作業して猛スピードで紙めくってるイメージしかなかった……。言われてみれば、似てるのかも。」
黙々と、パラララ…とよく見えてるなと言う猛スピードで紙をめくり、ピッと該当を弾き出しては次をめくる。左手で伝票をめくり右手の指がテンキーの上を滑るように高速で動く、よく伝票を二枚一気にめくっちゃったりしないなあという神業的スピード。ゾーン入ってない? って思うほど無駄に高い集中力を発揮する二人を思い浮かべた。いや、仕事で集中力を発揮するのは無駄じゃない。
「葵」
ムッとした表情の吏作さんに髪をツンと引っ張られた。
「なに?」
「他の男のことなんか想像してんなよ。」
「残念。男だけじゃなくて万理江もでした。」
「どっちも、ダメ。」
「もう。…で? なんでそれと、私に仕事辞めて欲しいみたいなことに繋がるんです?」
「そんな目にあって辞めたいな~って思ってくれれば俺に付いてきてくれるかなって。」
「アホに絡まれなくても、ついていきますよ?」
吏作さんがまじまじと私の顔を見る。とろ~っとした笑顔を浮かべぎゅーっと抱きしめられる。
「俺、葵ちゃんのそういうところ好き。」
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