一人で寂しい夜は

春廼舎 明

文字の大きさ
上 下
14 / 37
いびつな三角形

14

しおりを挟む
 暴動、いや騒動が起きたのは彼女の着任後1ヶ月過ぎてからだった。桜井さんが検診でお休みされた日、彼女も来なかった。
 翌日、桜井さんは出勤したが後任の女性はその後も来なかった。
 無断欠勤が人事部に伝わり、緊急連絡先も連絡が取れず何日も連絡が取れないことから警察沙汰になった。しかし、警官が彼女の自宅を訪ねれば、子供が学校から帰ってきたところで、子供に母親の話を聞き、呼び出してもらえればなんのことはない、人事部の面が割れていたため居留守を使われていただけだった。
 上期が終了し、下期が始まる。

「あ」
「あ、葵だ。珍しいね。」

 休憩時間トイレで珍しく万理江にあった。鏡に映った自分の顔には、ぽつりと一つ吹き出物ができていた。ため息をつくと万理江が、ポーチから小さな軟膏のチューブを取り出し、渡してくれた。ありがたく受け取り、ちょんと吹き出物の上に塗り込んだ。

くすっ

 後ろをわざとらしく口元を押さえた女性が通り過ぎた。数名がチラチラこちらを見ながらくすくす笑って通って行く。
 なんだろ、感じ悪い。襟元はようやく跡が目立たなくなり、スカーフでごまかしていた。…見えてないよね?
 スカーフを念のため整え直してトイレを出る。


「葵ちゃん、仕事辞めない?」
「なんでです?」
「いや、だってさ…」
「え、もしかして転勤させられちゃう?」
「まあ、チームはまたシャッフルされるなぁ。それはいいんだけど、俺、昇格も目指してるし部が変わるかもしれない。」
「ん~? それがどうして私の仕事を辞めることにつながるの?」
「少しは寂しがってくれよ。」

 吏作さんがいつものふんわりと笑っている表情から温度が下がる。ドキッとして、思わず身を引くと反対に抱き寄せられた。

「知らないと思ってる?」
「え? 何が?」

 まさか子供ができたとか、勘違いされている? 遅れてないし、そもそもするときはちゃんとしている。

「最近さ、紙の消費が激しい子がいるんだよね。」
「え?」
「で、月曜だけ複合機横の出力者不明、原稿置き忘れトレイに微妙に古い資料がたんまり乗ってるんだ。」
「あ、それ私。」
「うん、知ってる。最近は葵ちゃんをピンポイントで狙い始めてる。」
「狙う?」

 なんだか物騒な言い方だなあと腕の中から彼を見上げる。
 トイレの一件以降、週明けの朝、出勤するとデスクに関係のない資料がデンと置かれていることが続いた。万理江のデスクにも置かれていた。早めに来た万理江と一緒に、この後何が出てくるのかな、誰の仕業だろうね~と『●●のキス』シリーズで職場の女子派閥騒動に巻き込まれるヒロインを思い描きながら、ざっと目を通した後、二人でぽいっと原稿置き忘れトレイに放り込んだ。一応、直上の吏作さんには、報告しておいた。
 たまに自分宛の必要な書類も混じっていたりするからタチが悪い。まあ、汚れやシワがなく綺麗だからすぐわかるし。
 本当に重要な自分宛の書類はちゃんとリーダーか部長から手渡しされる。だから、すぐ犯人がバレるような些細な嫌がらせ、私たち二人は気にしなかった。

「関係ない書類をデスクに積まれる、その嫌がらせ、まだ葵は続いてるんでしょ?」
「まあ、トレイに放り込むだけだし。」

 吏作さんが私をぎゅうっと抱きしめ、力を緩め「はあぁ~っ」と大きくため息をつく。

「上野さんがキレた。」
「え?」
「機密情報も混じってたらしく流石にミーティングでとり上げた。万理江ちゃんから聞いた状況を報告された。」
「あれ、万理江もちゃんと中見てるんだ。」
「彼女こういういたずらに仕返しするの好きそうだけど、それ以上に面倒くさがりだろ?」
「なんだ、万理江の性格バレてるんだ。」
「バレているっていうか、上野さんと気が合うんじゃない?」
「え!」
「面倒事を避けるためには、どんな努力も厭わず全力で避ける。その労力の使い方がなんかそっくりだよ?」
「上野さんって、粛々と作業して猛スピードで紙めくってるイメージしかなかった……。言われてみれば、似てるのかも。」

 黙々と、パラララ…とよく見えてるなと言う猛スピードで紙をめくり、ピッと該当を弾き出しては次をめくる。左手で伝票をめくり右手の指がテンキーの上を滑るように高速で動く、よく伝票を二枚一気にめくっちゃったりしないなあという神業的スピード。ゾーン入ってない? って思うほど無駄に高い集中力を発揮する二人を思い浮かべた。いや、仕事で集中力を発揮するのは無駄じゃない。

「葵」

 ムッとした表情の吏作さんに髪をツンと引っ張られた。

「なに?」
「他の男のことなんか想像してんなよ。」
「残念。男だけじゃなくて万理江もでした。」
「どっちも、ダメ。」
「もう。…で? なんでそれと、私に仕事辞めて欲しいみたいなことに繋がるんです?」
「そんな目にあって辞めたいな~って思ってくれれば俺に付いてきてくれるかなって。」
「アホに絡まれなくても、ついていきますよ?」

 吏作さんがまじまじと私の顔を見る。とろ~っとした笑顔を浮かべぎゅーっと抱きしめられる。

「俺、葵ちゃんのそういうところ好き。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...