始まりの順序

春廼舎 明

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 育児休業明けの女性が部署に配属になった。
 育児のための時短勤務は法で約束された権利だ。法で定義され雇用規約でも明記されている範囲で、該当者なら縮こまらず堂々と請求すればいいと思う。

 人より短い時間でも働かせてもらえる、昔と違って文句を言われない。ありがたく思えと母親に諭されハッとした……

 彼女は挨拶でそう言った。

 ハッとしたとは、何に気がついたのだろう。
 ある年代までは専業主婦が当たり前で、既婚女性が自営業でも農業でもないのに働いていると、逆に白い目で見られた。そんな時代から、結婚しても働く、子供ができるまでは働く、子供を預けて働く。そういう生活、考え方の過渡期に彼女の母は働いていたのだろうか。嫌な思いでもしたのだろうか。

『働かる』

 私はなぜ、こんなに心がもやもやとくすぶっているのだろう。

 前職を辞めた理由は、セクハラにパワハラ、マタハラ、前時代的な考え方とそのノリに危機を覚えたからだ。よく見渡せば、一定年齢以上の女性社員はいない。唯一の女性の年上上司は私より後に入った人だった。
 その職場にも育休明け間もない女性がいた。保育園から子供が熱を出したので迎えに来て欲しいと連絡が来て、早退する。良くあることだ。しかし、それを上司が『あんなにしょっちゅう休んでてクビにしないこの会社って優しいよねー』とせせら笑った。
 田舎の家族経営の成り上がりで全国に支社を広げた、でも、高度経済成長期の立役者達がバブル時代のノリのままの会社。今時ありえない、忘年会で常務と肩を組まされカラオケデュエットをさせられ、女性社員、スタッフはお酌を強要される。
 お疲れ様でしたって、気持ちを込めてお酌したくなるじゃない?……ならねーよ
 女性が注いでくれた方が美味しく感じるんだよー……どんな熊のような男がそのピッチャーにビールを注いだんでしょうね?
 社会人のマナーじゃん……知ってます? お酌って欧米では女性が最もやってはいけない行動ですよ? 娼婦ですらやらない下卑た忌むべき行為なんですよ? お酌文化は日本とアジアのごく一部の国だけだそうですよ?

 そうか、それを思い出したのか。女性を下に見る男ども、それを当たり前に受け止めている女上司。今このご時世、正規で働けるだけありがたい。女だから、子供がいるからとか関係ない。
 なのに、なぜ私はイラついている?


 黒く熟したカラスノエンドウマメを摘んでは割って足元に落とす。会社の中庭、昼休み。
 延々、摘んでは割り、指先で弾くとクルクルっと勢いよく弾ける雑草で遊ぶ。指先が青臭くなる。蚊に刺された。そろそろ、この中庭にも来れなくなるな。

 私の体の中で何かが狂い始める。いや、もう狂っていた、耐えきれなくなりあちこちに支障をきたし始める。
 私は未だに彼女が何に気がついたのかわからないでいる。
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