19 / 20
19
しおりを挟む
部屋探しはなかなか進まない。私は現状で満足しているから焦っていない。
それでもタイミングはやってくる。幸せが形になる。
彼と何気なく散歩をしていた今まで探していた駅の反対側で、希望通りの物件を見つける。あまりにも好条件すぎて思わず曰く付き物件ですか? と聞いてしまった。そういう物件はちゃんと事前にお知らせしなくてはいけないと、不動産屋さんに笑われる。ネットでそういう情報を調べられるサイトを見ても該当はない。単純にリフォームの順番待ちが後回しになったのと一階で人気がなかったからと言われた。むしろ私たちには一年先、二年先を考えると地階の方が都合がいい。
「鈴木、ちょっとこっち来い。」
「はい。…?」
新しい仕事の話だろうか、難しい顔をしたマネージャーの中田さんに呼ばれた。
「鈴木最近痩せたか? 顔色も良くない。」
じっと鋭い目で私を見る。ますます緊張する。中田さんが慌てて付け加える。
「あ、セクハラ的な意味じゃなくて、部下の体調気遣うのも仕事だから。」
「大丈夫です。病気ではないです。」
「最近昼飯の量も減ってるみたいだよ? …恋人とうまくいってないのか?」
「そこまで見られてましたか。いってますよ、仲良しですよ。」
「ならいいけど、……」
「病気じゃないです、ただの寝不足です。」
言ってから思わず赤面する。
「……引っ越しはそういうこと? 配置換えや休みの希望は?」
「たまたまです。荷物片すのでバタバタしてるだけで、休みの希望は今のところはありませんよ?」
「本当? 俺で言い難かったら…」
「あんまり先読みしすぎないでください。配置は多分ここが一番慣れてるし、定時なので都合がいいです。」
「わかった。お大事に。って病気じゃねえんだよな。」
「はい。」
打ち合わせスペースを出るときに、ポソッと呟いたのが聞こえた。
「…あー、やっぱり、ダメだったか。」
「え、何です?」
「いいや。なんでも。」
「?」
「えー、なかなか進展しないなっちゃん達、超えられるかと思ったのに。」
「人と競うようなことじゃないでしょ。」
「うー、そろそろ彼の任期が~」
「物件って、本当タイミングなんだね。」
「え、物件がなかったからってだけ?」
「ん? 前にも言ったと思うけど、考えてなかっただけだよ。でも去年色々あったから、いやでも考えさせられた。」
昨年一年を振り返ると、なんともドタバタした一年だと思う。年度の切り替わり前後の忙しさに同窓会。同級生の再会、同僚の退職。
サト子さんと中村くんの恋の進展はない。どちらかというとサト子さんの一方通行で、中村くん曰く、同性の友人みたいに気を張らずに付き合えていい子だよねと言っていた。私もそんな感じに見えるけど、頼むから本人の前で言うなよ、と釘を刺しておいた。彼はどうやら仲の良い女性とは女として見れなくなってしまう人に好かれやすいようで、結婚したものの奥さんともそんな風になってしまったのではないかと思ったが、下世話な話なので聞くわけにいかない、あくまでも私の予想だ。
彼らのランチテーブルには小島さんの旦那、編集部のマネージャーが加わっていた。
「この会社っていいな」
「何? 突然」
「いや、女の目がギラギラしてない。」
「ぶ」
「サト子こぼれた、お茶!」
「何とかカーストみたいなの期待したの?」
「社風かなあ、そういうの、いないね。」
「うん、いないね。」
「いないのか」
「いないんだよ」
「そうなのか」
「そうなんだよ」
私たちのランチテーブルはやはり変わらず三人で、たまに奥様の機嫌が良かったとお弁当を持ってくる多田さんが加わる。
「菜津さん、今日のスープはなんですか?」
「トマトジュースで簡単ガスパチョ風。」
「美味しそう! 作り方教えてください!」
「いや、なんちゃってだから本物のガスパチョじゃないよ?」
私が料理を始めた頃から一緒にランチをとるようになった原さんには、私はどうやら料理上手と認識されてしまったようで、毎回私のお弁当にチェックが入る。赤いものを入れると美味しそうに見えるんだよ、と教え、レシピサイトとレシピナンバーを伝えた。
本日のランチはスープジャーに、トマトジュースで作った簡単なガスパチョ風スープ、ルビーグレープフルーツとブラッドオレンジのゼリー。
スープには近所のパン屋で、木槌を使って砕くほど硬くなったバゲットの端っこ詰合せをもらったので、スープジャーの中で大量にブヨブヨと浮かんでいる。
食パンですら耳を落としてサンドウィッチを作る日本人には、そこまで硬くなったバゲットの端はハードルが高すぎるのか、大量に余っていた。喜んでもらって行く私達を不思議に思った店主に、ガスパチョやオニオングラタンスープの具にするんですよ、と伝えたところ、次の時は大樹さんのお店のスープのレシピカードが添えられていた。
バラしちゃっていいの? 聞いてみたところ、たいていのお宅に置いてあるであろう調味料で代用してる、いい宣伝でしょ? と悪戯そうに笑った。
そのうち私のレパートリーには、ミルク粥や旬の素材を使った大樹さん直伝のレシピが増える予定だ。
テーブルの上で透明容器の中で、ゼリーがプルプル揺れキラキラ光っている。
明日はグレープフルーツとキウイの蜂蜜ヨーグルトシャーベットでも持ってこようかな。お昼くらいが溶けてちょうど食べごろだ。今から明日のお昼のデザートを考える私は、なんてお気楽な人間だ、平和な証拠。
冬には幸せの形が見える。
それでもタイミングはやってくる。幸せが形になる。
彼と何気なく散歩をしていた今まで探していた駅の反対側で、希望通りの物件を見つける。あまりにも好条件すぎて思わず曰く付き物件ですか? と聞いてしまった。そういう物件はちゃんと事前にお知らせしなくてはいけないと、不動産屋さんに笑われる。ネットでそういう情報を調べられるサイトを見ても該当はない。単純にリフォームの順番待ちが後回しになったのと一階で人気がなかったからと言われた。むしろ私たちには一年先、二年先を考えると地階の方が都合がいい。
「鈴木、ちょっとこっち来い。」
「はい。…?」
新しい仕事の話だろうか、難しい顔をしたマネージャーの中田さんに呼ばれた。
「鈴木最近痩せたか? 顔色も良くない。」
じっと鋭い目で私を見る。ますます緊張する。中田さんが慌てて付け加える。
「あ、セクハラ的な意味じゃなくて、部下の体調気遣うのも仕事だから。」
「大丈夫です。病気ではないです。」
「最近昼飯の量も減ってるみたいだよ? …恋人とうまくいってないのか?」
「そこまで見られてましたか。いってますよ、仲良しですよ。」
「ならいいけど、……」
「病気じゃないです、ただの寝不足です。」
言ってから思わず赤面する。
「……引っ越しはそういうこと? 配置換えや休みの希望は?」
「たまたまです。荷物片すのでバタバタしてるだけで、休みの希望は今のところはありませんよ?」
「本当? 俺で言い難かったら…」
「あんまり先読みしすぎないでください。配置は多分ここが一番慣れてるし、定時なので都合がいいです。」
「わかった。お大事に。って病気じゃねえんだよな。」
「はい。」
打ち合わせスペースを出るときに、ポソッと呟いたのが聞こえた。
「…あー、やっぱり、ダメだったか。」
「え、何です?」
「いいや。なんでも。」
「?」
「えー、なかなか進展しないなっちゃん達、超えられるかと思ったのに。」
「人と競うようなことじゃないでしょ。」
「うー、そろそろ彼の任期が~」
「物件って、本当タイミングなんだね。」
「え、物件がなかったからってだけ?」
「ん? 前にも言ったと思うけど、考えてなかっただけだよ。でも去年色々あったから、いやでも考えさせられた。」
昨年一年を振り返ると、なんともドタバタした一年だと思う。年度の切り替わり前後の忙しさに同窓会。同級生の再会、同僚の退職。
サト子さんと中村くんの恋の進展はない。どちらかというとサト子さんの一方通行で、中村くん曰く、同性の友人みたいに気を張らずに付き合えていい子だよねと言っていた。私もそんな感じに見えるけど、頼むから本人の前で言うなよ、と釘を刺しておいた。彼はどうやら仲の良い女性とは女として見れなくなってしまう人に好かれやすいようで、結婚したものの奥さんともそんな風になってしまったのではないかと思ったが、下世話な話なので聞くわけにいかない、あくまでも私の予想だ。
彼らのランチテーブルには小島さんの旦那、編集部のマネージャーが加わっていた。
「この会社っていいな」
「何? 突然」
「いや、女の目がギラギラしてない。」
「ぶ」
「サト子こぼれた、お茶!」
「何とかカーストみたいなの期待したの?」
「社風かなあ、そういうの、いないね。」
「うん、いないね。」
「いないのか」
「いないんだよ」
「そうなのか」
「そうなんだよ」
私たちのランチテーブルはやはり変わらず三人で、たまに奥様の機嫌が良かったとお弁当を持ってくる多田さんが加わる。
「菜津さん、今日のスープはなんですか?」
「トマトジュースで簡単ガスパチョ風。」
「美味しそう! 作り方教えてください!」
「いや、なんちゃってだから本物のガスパチョじゃないよ?」
私が料理を始めた頃から一緒にランチをとるようになった原さんには、私はどうやら料理上手と認識されてしまったようで、毎回私のお弁当にチェックが入る。赤いものを入れると美味しそうに見えるんだよ、と教え、レシピサイトとレシピナンバーを伝えた。
本日のランチはスープジャーに、トマトジュースで作った簡単なガスパチョ風スープ、ルビーグレープフルーツとブラッドオレンジのゼリー。
スープには近所のパン屋で、木槌を使って砕くほど硬くなったバゲットの端っこ詰合せをもらったので、スープジャーの中で大量にブヨブヨと浮かんでいる。
食パンですら耳を落としてサンドウィッチを作る日本人には、そこまで硬くなったバゲットの端はハードルが高すぎるのか、大量に余っていた。喜んでもらって行く私達を不思議に思った店主に、ガスパチョやオニオングラタンスープの具にするんですよ、と伝えたところ、次の時は大樹さんのお店のスープのレシピカードが添えられていた。
バラしちゃっていいの? 聞いてみたところ、たいていのお宅に置いてあるであろう調味料で代用してる、いい宣伝でしょ? と悪戯そうに笑った。
そのうち私のレパートリーには、ミルク粥や旬の素材を使った大樹さん直伝のレシピが増える予定だ。
テーブルの上で透明容器の中で、ゼリーがプルプル揺れキラキラ光っている。
明日はグレープフルーツとキウイの蜂蜜ヨーグルトシャーベットでも持ってこようかな。お昼くらいが溶けてちょうど食べごろだ。今から明日のお昼のデザートを考える私は、なんてお気楽な人間だ、平和な証拠。
冬には幸せの形が見える。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない
橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。
そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。
1~2万文字の短編予定→中編に変更します。
いつもながらの溺愛執着ものです。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

あなたが幸せになるために
月山 歩
恋愛
幼馴染の二人は、お互いに好きだが、王子と平民のため身分差により結婚できない。王子の結婚が迫ると、オーレリアは大好きな王子が、自分のために不貞を働く姿も見たくないから、最後に二人で食事を共にすると姿を消した。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

王命って何ですか?
まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる