幸せのかたち

春廼舎 明

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 食べて飲んで笑って、遅くなる前に四人と別れた。店の前で四人を見送り、もう一度店に入り、カウンター席へ座った。
 食った飲んだ笑ったって、なんかそんなようなタイトルの東欧の絵本があるよなーとふと思い出す。

「あれ、菜津戻って来たの?」
「うん、もうすぐ上がるでしょ? 一緒に帰ろうよ。」

 カウンターのスタッフさんは顔見知りになっていたので、客が引け暇になった厨房から大樹さんを呼んで来てくれた。大樹さんはコック帽と前掛けを外しながら客席側に出てくる。タオルで首筋を拭きながら隣の席に座った。
 カウンタースタッフさんが、レモンを1切れ浮かべた大きめのグラスを2つカウンターに置く。氷が数個浮かんでいるものと、氷なし。

「お、ありがとう。」
「ありがとうございます。」

 大樹さんが氷なしのグラスを取ると、一気に飲み干した。カウンターにグラスを置くと、すかさずお代わりを注いでくれるスタッフさん。
 なんか羨ましくなる。なにこの、息の合いよう。まるで小島さんがジャケットをハンガーに掛けるのを、当たり前に手を貸したような
 あれ?

 社内恋愛って、こういうところからうっかりバレるんだ。いや、隠しているわけでも、禁止されているわけでもないからいいのか。

「大樹、ちょっと早いけど上がっていいよ。ラストは俺とチーフでやるから。」
「そう? ありがとうございます。じゃあ、菜津、着替えてくるからここで待ってて。」
「ん…」

「菜津さんは、大樹と一緒に住んでるんだっけ?」

 カウンターで自家製サングリアを仕込みながらスタッフさんが聞いてきた。オールステンレスのちょっと変わった形だなあと思ったペティナイフで果物をサクサクとカットし、デカンタに入れていく。

「いいえ、ここからの帰り道私の家が途中になるので、送ってもらおうかと思って。」
「そうなの。一緒にはならないの? 結構長いよね、二人」
「まだ3年ほどですよ。3年って長いんですか?」
「うち、結婚決めたの付き合って半年くらい。実際籍入れたのは知り合ってから2年くらいしてからだけど。」
「へえ……」

 何が言いたいんだろう。いや、教訓や訓示を垂れたいわけではない、ただの世間話か。
 どうも私は話に起承転結、QとAを求めてしまう。いわゆる男性脳とかいうやつだろうか、ただ喋るというのが苦手だ。女性同士の会話のダラダラとりとめのない会話、あっちこっちに飛ぶ会話が苦手だ。
 でも、たまにはそんな頭を使わない気楽な会話もいいなと思うし、している。地図はグルグル回さなくても目的地までの道順を読み取れる、でも、冷蔵庫の中のバターも見つけられる。
 キャビネットの扉にはどんなジャンルのものが入っているか書かれた表札が掲示されていて、ファイルの背表紙にファイリングされている書類のタイトルがちゃんと貼られているのに、目的の資料を探せない男性にはイライラする。

「菜津、お待たせ。帰ろう?」
「お疲れ様。」
「お疲れ様でした。お先に失礼します。」

 大樹さんがペコリと頭を下げて入り口をくぐる。
 店を出て、手をつなごうと右手を伸ばしたら、「あ!」と言われて、手を引っ込められた。

「ごめん、今日アーリオ・オリオ仕込んだから手がニンニク臭いんだよ。」
「ん~?」

 背伸びをして首筋に顔を近づける。食べたわけではないからそれほど臭わない。むしろ自分も、ニンニクのたっぷり使われた料理を楽しんだから麻痺してわからない。

「ちょっと、菜津、近い近い!」
「うん、私もニンニク料理食べたからよく分からない。大丈夫。」

 大樹さんが焦る。通り過ぎた人はいたが、こっちを向いている人がいないからいいかと、どうせだからシャツの裾をくいくいと引っ張る。

「もう……」

 結局小さな息をついた後、キスをしてくれた。目を開けると、おでこにもしてくれた。
 私は満面の笑みでウキウキと帰路を歩く。
 手を繋げないので、腕を絡ませ体を寄り添わせる。

「菜津のところに、ステンレスソープってあったっけ?」
「あるよー、私も大樹さんところの真似て買ったんだ~。」
「じゃあ、今日は菜津のところ泊まっていっていい?」
「いいよ。でも、朝ご飯出さないし私は明日、いつも通り出勤しちゃうよ?」
「いいよ。俺もそのあと出るから。ちゃんと戸締りしとくから。」

 途中のコンビニで、明日の朝用に大樹さんがおにぎりを選び、私はプレーンヨーグルトをカゴに入れる。
 ドリンクコーナーの前で、振り返る。

「大樹さん、今日飲む? うち、料理用のお酒かアマラしかないよ」
「また、レアなお酒置いてるね。」
「だって、美味しかったんだもん。」
「今日はいいよ。」

 私が牛乳をカゴに入れると、直巻きおにぎりと一緒に小箱もぽいっと入れられる。
 そういうことか、と納得し恋人の顔を見上げる。

「大樹さんっていつもコンビニで買うの?」
「いやー? 特に決まりはない。」

 カゴを取り上げてレジに進んでしまった。
 家に着けば、キッチンの流しにあるニンニク型のステンレスの塊を見て言う。

「あっれー、随分高いの買ったんだね。」
「うん、100均にもあるの知ってるけど、合金の割合が悪くて匂い落ちないとかだったら嫌だし、商品券のあまりもあったし。可愛いでしょ。」
「にんにくって可愛いのか? これ、バスルーム持って行ってもいい?」
「いいよ。着替え用意しておくから先にどうぞ。」

 バスルームからシャワーの音とともに鼻歌が聞こえてくる。
 クッソ上手い。無駄に上手い。
 っていうか、窓はないから外には漏れないだろうけど、こっちに聞こえてるって……気になって見に行くと、ドアが微妙に空いてる。
 ドアを閉めようと思ったら、シャワーの音が止み、髪や体を洗い始めたのがわかる。
 ピタリと動きが止まり、バッとすりガラスの戸を開けられる。

「なーに、菜津、覗きしてんのさー。一緒に入る?」
「違う、鼻歌聞こえてたから。近所迷惑になるでしょ?」
「窓ないじゃん、ここ。」
「そうなんだけど、やけにはっきり声聞こえるし、水音もするし、気になったから見に来たら脱衣所のドアも、ここのガラス戸も半開き。」
「あれ? そうだった? 閉めたと思ったんだけど。」

 そうか、もし大樹さんと一緒に住むようになったら、彼のドア半開きグセに注意しないと冷暖房が効きにくくなって、電気代が恐ろしいことになりそう。
 いや、それよりも、半開きの癖は部屋の扉だけ? 冷蔵庫もそれやられたらエライことになる。

 泡のついた手で、ニンニク型のステンレスソープで手を擦っている大樹さんを眺める。
 水で泡を洗い流すと匂いが取れたことを確認し、大樹さんが近づいてくる。

「菜津、脱がせて欲しいの?」

 濡れた手でもおかまいなしに、私の服をぽいぽいと剥ぎ取る。
 手際よくパンツ一丁にされ、濡れた体を押し付けて抱きしめられる。
 キスをしながらショーツの中に指が滑り込んでくると、舌を絡ませられる。クチュクチュいう音が一箇所からではなくなる頃、大樹さんが私を抱き上げてバスルームに引っ張り込む。

 ザーっとシャワーをかけられる。シャンプーの泡が流れてくる。考え事が強制的に中断させられた。忘れる前に、思いついたことを言おうと口を開く。

「にが~い。泡、苦い。」
「はは。」
「大樹さん、ドア半開きの癖、まさか冷蔵庫もやってたりしないですよね?」
「それはないよー、中身腐るもん。」

 すっと体を離されて、見つめられる。私は頭にハテナを浮かべる。大樹さんがニヤリと笑う。

「菜津、パンツの中身透けてる。エローい」
「ばか!」

 シャワーヘッドを取り上げ彼に向けて仕返しをした。
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