幸せのかたち

春廼舎 明

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「よう、菜津。会うかもとは思ってたけど、本当に会うとは。」
「は? なんで中村くんがここにいるの?」
「なんだ? 君たち知り合い?」
「小学校の同級生です。」

 中村くんが、うちの社に商談でやって来た。セールスエンジニアとして仕様打ち合わせに来ていた。
 なに? この間の電話は、探りを入れていたの? 
 そう思うと、なんだかちょっと気分が良くない。私が扱うのは数字データで、彼が扱うのは画像や動画がメインで、編集系の部署が使用する機器メーカーのエンジニアだった。

「なっちゃーん、お待たせ。」
「あれ、編集部のマネージャー、さん… どう言う組み合わせ?」
「お疲れさま。あ、じゃあ私はこれで」

 いつものランチメンバーの小島さんと佐藤さんが来たところで、ぺこりと頭を下げ、退散する。
 同性とつるまない私が、なぜ彼女らと一緒にいるかと言うと、小島さんは愛犬家で最近彼女は自宅にwebカメラを設置し、愛犬たちの様子をランチタイムに覗き見するのだ。それを私も一緒に観させてもらう。
 今の部屋、気に入ってはいるけどペットが飼えないのが不満だ。いや、仮に飼えたとしても世話をし切れないので、やっぱり飼えないだろう。大樹さんと一緒に住んだら飼えるのかな。私が犬好きなのは知っていて、彼も子供の頃飼っていたと言っていた。嫌いではないと思う。ワンコを飼いたいから一緒に住む? そんな理由許されるのだろうか。

「なぁーーつ! なっちゃんってば」
「え、なに? ごめん。考え事してた。」
「さっきの、編集部のマネージャーさんと一緒にいた人、菜津の知り合い?」
「鈴木さん、気をつけて。サト子が狙ってる。」
「え? ああ、いいんじゃない? バツついてるけど。」
「え! どう言う知り合い?」
「小学・中学の同級生。この間、同窓会があって、噂聞いて来た。」
「えー、今は? 恋人とか付き合ってる人っていないのかな?」
「さあ? そこまでは知らない。中村っていうんだけど、紹介しようか?」

 午後は作業が進まなかった。tureとスペル間違いに気がつかず、延々時間が過ぎた。こんな初歩の手前みたいなこと間違えるとは!
 15時の小休憩で甘いカフェオレをグビグビ飲み、リフレッシュスペースを後にした。
 戻って作業を再開させれば、またエラー。今度は何!?

「鈴木さん、イラついてる? それ、結構進んでるから、焦らずやりなよ。」
「焦ってはいないんですが、なんだか変ですね、私。」

 隣の席の多田さんが心配そうにこちらを見る。普段、この部署の者はそれぞれが自分の作業に没頭しているので、隣近所の席の者と言葉を交わすことは少ない。
 しかし、社内ヘルプデスクの役割もあるため、内線で話していたり、声に出して指差し確認していたり、作業に没頭するあまり大きな声で独り言を言っていたり、それなりのざわめきがある。だから隣の人が『ああ! もうっ』とか言っていても、いちいち反応しない。それなのに、声をかけられたということは、今日の私は相当なんだろう。

「ん~? 鈴木、煮詰まってる? ならこっちちょっと手伝ってくれない?」
「なんですか?」
「安藤さんの後任の人のパソコン、Oracle入ってないからそれインストール、セットアップ、諸々。」
「要は安藤さんと同じ状態にすればいいんですね。」
「そそ、よろしく。終わったら、3階持って行って。」

 マネージャーの中田さんから新たな指示を受ける。
 作業スペースでパソコンにモニタとキーボード・マウスをつなげ、電源を入れる。ウェイクアップ音を聞き、立ち上がるのをゆっくり待つ。
 見ると、パッチプログラムの更新が延々続いている。
 待っている間に、インストールするアプリケーションとセットアップ情報のリストを確認する。

うわー、安藤さんってばなかなかレアなアプリケーション使ってるなあ。
これ、何世代も先の新バージョンが出てるはずだけど、なんでアップグレードしてないんだろう? なんか不都合?
マネージャーに聞いてみよう。
今度の社内コンテストの内容決まってないし、『受け継がれて来た古~いシステムの刷新』とか?でもそんなことやると、いつ誰が作ったのかわからないモノだったり、そんなものがたくさん出て来てしまったら……恐ろしい。いや、この間XPのサポート終了に合わせてマシン総交換したから、その時に各々でシステム棚卸ししてるはず。

 インストールするソフトのリストを眺める。ふと気がつく。このソフト最終更新がずいぶん前、対応してるの? え? 安藤さん一体OSなに使ってるの? マシン交換されてない? 退職が決まってたから変えないままだった? それにしてもマシン交換は随分前の話だ。

「中田さん。ちょっといいですか? 安藤さんの後任の新人さんのパソコンの件で確認と相談です。」
「どうした?」
「インストールするソフトが古過ぎて、OS対応してません。安藤さんのパソコン、いつぞやのパソコン交換対象から漏れてません?」
「ええ~? ちょっと待て、いくつか検証用とか、データ移し替えに時間かかるからちょっとずつ移行させるとかいうので、旧OSが残ってることは残ってるんだ。」
「それにしたって……で、このインストールできないソフトはどうします?」
「どうもこうも、対応してないなら対象外。ちょっと待ってな。」

 マネージャーの中田さんがシリアルナンバーのリストを漁りつつ、内線で安藤さんのいる部署のマネージャーへ連絡を入れている間に、セットアップチェックリストをチェックしていく。
 非対応の欄にレ点チェックを入れる。

 安藤さんは庶務で細々としたいろんなことをやっていたおかげで、細々としたソフトウェアが多い。スクリーンショットを撮るアプリ? 【Print/Screen】キー押せばいいじゃん。
 改めてリストを眺めれば、別にいらなくね? というアプリがそれ以外にポロポロと見つかる。

 電話を切り、近づいてくる中田さんをふり仰ぐ。

「どうしますか?」
「急を要して必要なわけじゃないらしいんだけど、ないと困るそうだ。改めて依頼だすって。」
「なんのソフトです? アプリ名とアイコンの見た感じ画像データを扱うような感じに見えますけど……」
「うん、そんな感じだね。」
「あ」
「どうした?」
「今日、編集部にセールスエンジニアが来てたんですが、思いつきました。編集部で使ってるアプリで代用できるのないですか?」
「ああ、なるほど。なんでそんなの知ってる?」
「ランチで会いました。そのエンジニアが地元の同級生でした。」
「はは、なるほど。」
「あと、中田さん…」
「んー?」
「いらないソフトがいっぱいあるように見えます。プリントスクリーンを撮るとか、付箋とか。」
「……それ貸せ。…本当だ。なんでこれ、インストールの許可降りたんだよ……ったく」

 中田さんがリストを取り上げると、ペンを持って来て何やらガシガシ書き込んでいる。
 戻って来たリストを見ると、ほとんどのアプリが不要、OSに標準搭載されている機能を使え、全社共通でインストールされるソフト使え等書き込まれている。

「もしかしてWindows95の時代から脈々と受け継がれて来たのではないでしょうか……」
「XPの時代が長かったからなあ。まだセキュリティが緩かった時代にあんまり考えず入れちゃったんだろうな。」

「中田さん、思いつきました。いいですか?」
「何?」
「社内コンテスト、パソコン教室開きましょうか。」

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