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第1章 カントン
01 侵入者
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「闇が近づいておる」
赤い座布団の上に正座していた白髪のそれは長い髪の老婆がそういきなり呟いた。その両目は白く濁っており、光を通してはいなかった。
「はて? 闇ですか?」
そばにいた若い男が聞き返したのも無理はない。闇はこの場所より遥か南の場所、最南端に位置する南極の地に、氷の壁より向こう側にその闇が潜んでいる。つまりは、老婆が闇が近づいているというのは、その南からずっとこの地へとやって来たということで、それはあり得ないことだからだ。
二人とも着物姿で男は青色、老婆は橙色で、老婆は更に耳飾りをしている。その耳は人より福耳だ。その老婆が腹を立てて扇子を床に叩きつけた。
「何をしておる! さっさと男達に知らせんか!」
「は、はい!」
老婆に逆らえない若者は慌てて部屋を出て長い廊下を走った。
毎朝雑巾がけされ磨かれた廊下の突き当りを右へ曲がると、そこに刀を持った男達がいた。その男達は若者を見て「何をしている」と訊いた。
「護衛はどうした? お前の仕事だろ」
ハッキリ言って老婆の護衛なんて必要なんだろうか? と若者はずっと疑問に思っていた。わざわざ老婆を殺しに誰かやってくるとでも言うのか? いや、あり得ない。
出来ることなら、同い年の他の男達同様一緒に狩りにでも行きたいところだ。なんで、こんな退屈な日々を過ごさなければならないのか。
「おい、訊いているのか?」
「あ、はい。あの、バルボ様が闇が近づいているから皆を呼べと言われまして」
「何? それを先に言え」
男達はそう言って老婆のいる部屋へと先程の廊下を小走りで向かった。
そのうち男達の一人がわざと若者の肩にぶつかってきた。
「どんくさい奴」
そう睨みつけると、そいつも小走りで部屋へと向かった。
文句を言える立場ではないのは分かっているが、それでもあの男だけは嫌いだった。
狩りにも行けない弱虫と揶揄してくるのだ。しかし、これはお役目。勝手に抜け出せるわけにもいかず、弱虫なんかじゃない。剣術学校でも成績は二位だったんだ。自分だってあの男達に混じっていざとなれば戦えるんだ。なのに、老婆の護衛だなんて……こんな扱いは不当だ。
あ! こんなことしてる場合じゃない。自分も行かなきゃ。
若者はさっきの部屋へ戻り、既に男達が老婆の前で正座している後ろについた。すると、目の前の男が若者に向かって足で蹴った。
若者の腹に当たり、腹を抱えながらうずくまった。
「遅い」
短い一言で充分怒られた意味は伝わった。
なんでこんな役割に…… 。
「皆の者、時は来た」と老婆は皆に語り始める。
「封印されし魔人を復活させようと企む者がこの村へ訪れる」
「バルボ様、敵は何人ですか?」
「一人だ」
「ひ、一人?」
「ああ」
男達は一同、顔を合わせる。
「でしたら楽勝です。我々が全力でその人物を見つけ出し追い払います」
「いや、殺すのだ。それも確実に。そいつを決して逃してはならぬ。そいつを逃せば世界は闇に沈むことになってしまうかもしれぬ」
「その人物って……」
「とても強い。お前達全員がかかっても倒せるかどうか」
「馬鹿な! 我々8人でたかが一人を相手に出来ないとでも言うんですか」
「単なる人ならそうであろう。屈強な戦士達は他の国の戦士とは違う。しかし、あれは千人に一人の」
「まさか」
若者には大人達と老婆の会話に全くついていけなかった。全く何を話しているのか分からない。闇の話しではなかったのか? それがいつの間にか、誰かがやって来て、老婆はそいつを殺せと言う。
「いつ、いつそれはやって来るんですか」
「いや、もう直ぐそこだ」
男達は慌てて「では、直ぐ向かいます」と言ってぞろぞろと男達は血相を変えて走り去っていった。
その頃、村の東側の広大な畑のある場所で、着物姿の屈強な男が一人、既に部外者の来訪にいち早く気づいていた。
青空の彼方から空を飛んで現れたのは、そいつも同様に鍛え上げられた筋肉の持ち主だった。
「空を飛んで現れたってことは、選ばれし者か。その選ばれし者が闇の手先とはな。何の用だ」
上半身裸に黒の短パン姿の男に向かってそう問いただした。そいつは、太い両腕を組み、此方を上から下へとまるで見下すかのような目をしていた。微かに、目からは笑みが見える。
それにキレた男は、空にいる男と同いように空中に向かって飛んだ。それを見た男は驚いた。
部外者は金髪で黄色い目をしている。一方、黒い髪に灰色の瞳の色をした身長190センチの男はポキポキと骨を鳴らし、やる気満々に準備運動をしていた。
男達は空中で睨み合う。そこへ、鷹が二人のそばを飛んだ。それを合図に、二人は飛びかかり、拳をぶつけ合う!
激しい戦いは空中で起こり、己の拳を出来るだけ多く相手にぶつけた。両者一歩も引かず、避けることもせず、互いに全力の拳をぶつけることだけに専念していた。
次第に、着物が破れ男の筋肉があらわになる。その肉体に汗こそかいているが、かすり傷一つついていない。相手もまた同じだった。
両者は埒が明かないと悟り、一旦己の拳を引っ込めた。
そして、互い睨み合った。
男はもう一度部外者に問いかける。
「お前は何者だ」
しかし、男は嫌な笑みを見せるだけで質問に一切答えようとはしなかった。
「随分、無口な野郎だ」
すると、部外者の方が急に力を込め始め青いオーラを周囲に纏った。
男もつかさず己の力を込め赤いオーラを纏った。
空に青い光と赤い光が強く発光しだすと、その光から黒いドラゴンと赤いドラゴンが姿を現した。
突然現れた2匹のドラゴン。そこへ、小さな男の子が駆けつけ空を見上げた。
赤いドラゴン……父ちゃんだ。でも、黒いドラゴンは知らない…… 。
2匹のドラゴンはお互い炎を口から出し、炎と炎が衝突し、その力はまさに互角。
炎を吐くのを両者はやめると、再びドラゴンの姿でぶつかり合った。
相手の首筋を狙って鋭い牙を持った口で食らいつき、一方は長い尻尾でそいつを振り払った。
襤褸姿の男子は2匹の凄まじい戦いをじっと見届けていた。
声が出るなら、赤いドラゴンを、父を応援したかった。
男子はそっと自分の喉に手を当て撫でた。
父ちゃん…… 。
相手が誰かは知らんが、父ちゃんと互角にやり合っている。それだけで充分強者だ。
父ちゃんはこの村一番強いんだ。その父ちゃんが苦戦する相手……いったい何者なんだ?
2匹のドラゴンは疲れ知らずに戦い続け、しかし、両者埒が明かなかった。
するとまた、二つの光2匹のドラゴンを包み、今度は赤い翼を持った巨大な鳥が現れた。
今度は同じ色をしているが、微妙に羽が少し違う。父ちゃんの方が羽は燃えていて翼が広い。これが、父ちゃんのフェニックス!! 対して相手の羽は父ちゃんのように炎が出ていなかった。
しかし、口から炎を吐き出してきたのを見ると、やはりあいつも炎を操れるようだ。
多分、あれはフェニックスじゃなく朱雀だ。
フェニックスと朱雀が睨み合い、また空中戦が始まった。
でも、今度は父ちゃんが相手より圧していた。翼が広い分、力がフェニックスの方が上回ったんだ。
そして、フェニックスが空高く飛ぶと、勢いよく急降下し朱雀を踏みつけそのまま地上へと叩き落とした。
せっかくの畑が台無しになってしまったが、今はそれどころではない。
子どもの手には汗が出ていた。
勝てたのか?
いや、まだだ!
父ちゃんはフェニックスから今度は白虎に変身しその朱雀の首を食らいついた!
「さっきのお返しだ!」
白虎の牙と顎はドラゴンより勝る! 朱雀の首筋から血がドロドロと流れ出るが、朱雀の目はより獣に、より凶暴な目へと変化し、それは狡猾な蛇の目になった。
相手はドラゴンよりも頑丈な甲羅を持った玄武へと姿を変え、より重くなった重量を武器に白虎を覆い被さり、そのまま圧し潰そうとした。
白虎は悲鳴をあげた。
父ちゃん!
そこへようやく、8人の男達がその場に到着していた。
「もう戦いが始まっていたか!」
「今戦ってるのはズオンか」
「俺達も行くぞ!」
そう言って8人の男達はその侵入者に向かって戦いに向かった。
8人はこの村を守る戦士だ。彼らがもし万が一負けるようなことがあれば、この村はおしまいだ。
子どもは足を震わせながら、逃げず、戦いを見守った。
それは、長い長い戦闘だった。戦にしては、九人対一人だ。それなのに、何故こうも血なまぐさいのか。
畑は焼け、まだ小さい芋達が転がっている。
炎があがり、煙をあげている。早く消さなければ村の外に気づかれる。
でも、それどころではなかった。
父ちゃん!!
子どもは小さくか細い腕で、横たわる父を起こそうとした。だが、父が目覚めることはなかった。決して…… 。
残りの8人のうち、二人は死に、一人は片腕と片足を失う瀕死の状態。残りの5人でなんとかあの侵入者を村から追い返したが、殺すことまでは出来なかった。
むしろ、奴はまだ戦えた状態だった。でも、何かに気付き男は急に立ち去ったのだ。
「あれは気づかれたな」
「奴は恐らくバルボ様の元へ向かったに違いない」
「だが、もうわしらではどうすることも出来ない」
バルボ様のいる屋敷にはグエンという若者がいたが、あれは護衛として戦うには無理だ。
その屋敷では既に侵入者によって放たれた炎により屋敷は燃えていた。
「グエン、グエン!」
「バルボ様、早く逃げましょうよ!」
「グエン、よく話しを聞くのだ。敵の狙いはだいたい分かっておる。こんな田舎が欲しくてやっているわけではない。敵の狙いは魔人の復活だ。その封印を解くにわしを殺せばいいと敵は考えたようだが、それは思い違いだ。わしを殺したところで魔人の封印が解けるわけじゃあない。しかし、わしなら確かに封印を解くことは出来る。だからこそ、わしはここで死なねばならんのだ」
「何を言ってるんですか! 逃げましょうバルボ様」
「グエン! 話しを聞けと言っておるのが分からんか! よいか、わしは死なねばならん。しかし、お前はそうではない。お前だけはここから逃げるんだ。村も捨てろ」
「村を!? そんなの無理です。僕にとってここは生まれ育った場所なんですから」
「いや、お前は村の子ではない。捨て子だったのだ。わしがお前を見つけ育てた。こんな時で申し訳ない。さぁ、行け!」
背中をおされたグエンは涙を流しながら最後に「僕の本当の名は何ですか」と訊いた。
「テスタ。さぁ、行け!」
テスタは庭から走り燃え上がる屋敷から逃げ出した。
「それでいい」
ふと、バルボは森の中で初めてグエンと会ったことを思い出した。
それはとても元気のいい泣き声で、バルボの顔を見るなり安心したのか、にっこりと笑ったのだ。
「ああ……頼む。長くお前だけは生きてくれ……」
屋敷は崩れ落ちた。
その上空で例の侵入者の男がその様子を伺っていた。
屋敷から逃げ出したのはさっきの男だけで、それ以外は逃げ出した者はいなかった。
目的が果たされたと分かると、男は村から姿を消した。
それから約2年後。
真っ黒な海が一望できる浜を一人の少年が歩いていた。浜には鉄屑になったかつての古き時代の物、壊れた巨大な戦艦が放棄されてあった。
それも全く興味を示さずに歩き続けていると、戦艦の甲板の所から見下ろす一人の青年がいた。
「おい、貴様。ここが俺の縄張りだと知っての狼藉か?」
少年は顔をあげ青年を見た。
そばかす面にちりぢりの茶髪、白いシャツ姿に黒い紐付きの靴と黒の半ズボンを履いている。
少年は自分の喉を指差しながら口をパクパクさせた。
「お前……喋れないのか?」
少年は頷いた。
すると、青年は飛び降り浜に着地した。
「俺はブスケ。お前は?」
少年は辺りを見渡し、近くに落ちていた木の棒を見つけると、浜で文字を書いた。
「オラスか。お前一人か?」
オラスは頷いた。
「両親は?」
オラスは首を横に振った。
「そうか……俺も一人だ」
オラスはえ? という顔をした。
「俺も両親は死んじまった。戦争でな。それで、ここまで逃げ出したんだ。ここにはガラクタしかないが、直せば使えるものだってある」
オラスは棒で、直せるの? と訊いた。
「ああ、だいたいのはな。でも、海へ逃げるのだけはオススメしないな。知っての通り、この真っ黒い海に船でも出せば、あの黒い海に沈み込まれちまうんだ。そして、二度と海面から出てくることが出来ない」
オラスはへぇーという顔をした。
「なんだお前、海は初めてか?」
オラスは頷いた。
「お前、どこ出身だよ」
オラスは村の名前を棒で書いた。
「アスガード!?」
驚いた顔でオラスをもう一度見た。
「お前、そこから?」
オラスは頷いた。
「悪いが一緒にはいてられないな。お前には恨みがないが、とっととこの場から立ち去ってくれ」
オラスは驚いて聞こうとしたが、その前にブスケは背を向けた。
オラスはそれを見て棒を捨て、再び歩きだした。
そして、歩きだして暫くしてからブスケはオラスの背中に向かって「そっから真っ直ぐ行けば街に行ける筈だ」彼はそう叫んだ。
それからブスケは仕事に取り掛かる。ここにある物を回収し直し、その街で売る為に。
赤い座布団の上に正座していた白髪のそれは長い髪の老婆がそういきなり呟いた。その両目は白く濁っており、光を通してはいなかった。
「はて? 闇ですか?」
そばにいた若い男が聞き返したのも無理はない。闇はこの場所より遥か南の場所、最南端に位置する南極の地に、氷の壁より向こう側にその闇が潜んでいる。つまりは、老婆が闇が近づいているというのは、その南からずっとこの地へとやって来たということで、それはあり得ないことだからだ。
二人とも着物姿で男は青色、老婆は橙色で、老婆は更に耳飾りをしている。その耳は人より福耳だ。その老婆が腹を立てて扇子を床に叩きつけた。
「何をしておる! さっさと男達に知らせんか!」
「は、はい!」
老婆に逆らえない若者は慌てて部屋を出て長い廊下を走った。
毎朝雑巾がけされ磨かれた廊下の突き当りを右へ曲がると、そこに刀を持った男達がいた。その男達は若者を見て「何をしている」と訊いた。
「護衛はどうした? お前の仕事だろ」
ハッキリ言って老婆の護衛なんて必要なんだろうか? と若者はずっと疑問に思っていた。わざわざ老婆を殺しに誰かやってくるとでも言うのか? いや、あり得ない。
出来ることなら、同い年の他の男達同様一緒に狩りにでも行きたいところだ。なんで、こんな退屈な日々を過ごさなければならないのか。
「おい、訊いているのか?」
「あ、はい。あの、バルボ様が闇が近づいているから皆を呼べと言われまして」
「何? それを先に言え」
男達はそう言って老婆のいる部屋へと先程の廊下を小走りで向かった。
そのうち男達の一人がわざと若者の肩にぶつかってきた。
「どんくさい奴」
そう睨みつけると、そいつも小走りで部屋へと向かった。
文句を言える立場ではないのは分かっているが、それでもあの男だけは嫌いだった。
狩りにも行けない弱虫と揶揄してくるのだ。しかし、これはお役目。勝手に抜け出せるわけにもいかず、弱虫なんかじゃない。剣術学校でも成績は二位だったんだ。自分だってあの男達に混じっていざとなれば戦えるんだ。なのに、老婆の護衛だなんて……こんな扱いは不当だ。
あ! こんなことしてる場合じゃない。自分も行かなきゃ。
若者はさっきの部屋へ戻り、既に男達が老婆の前で正座している後ろについた。すると、目の前の男が若者に向かって足で蹴った。
若者の腹に当たり、腹を抱えながらうずくまった。
「遅い」
短い一言で充分怒られた意味は伝わった。
なんでこんな役割に…… 。
「皆の者、時は来た」と老婆は皆に語り始める。
「封印されし魔人を復活させようと企む者がこの村へ訪れる」
「バルボ様、敵は何人ですか?」
「一人だ」
「ひ、一人?」
「ああ」
男達は一同、顔を合わせる。
「でしたら楽勝です。我々が全力でその人物を見つけ出し追い払います」
「いや、殺すのだ。それも確実に。そいつを決して逃してはならぬ。そいつを逃せば世界は闇に沈むことになってしまうかもしれぬ」
「その人物って……」
「とても強い。お前達全員がかかっても倒せるかどうか」
「馬鹿な! 我々8人でたかが一人を相手に出来ないとでも言うんですか」
「単なる人ならそうであろう。屈強な戦士達は他の国の戦士とは違う。しかし、あれは千人に一人の」
「まさか」
若者には大人達と老婆の会話に全くついていけなかった。全く何を話しているのか分からない。闇の話しではなかったのか? それがいつの間にか、誰かがやって来て、老婆はそいつを殺せと言う。
「いつ、いつそれはやって来るんですか」
「いや、もう直ぐそこだ」
男達は慌てて「では、直ぐ向かいます」と言ってぞろぞろと男達は血相を変えて走り去っていった。
その頃、村の東側の広大な畑のある場所で、着物姿の屈強な男が一人、既に部外者の来訪にいち早く気づいていた。
青空の彼方から空を飛んで現れたのは、そいつも同様に鍛え上げられた筋肉の持ち主だった。
「空を飛んで現れたってことは、選ばれし者か。その選ばれし者が闇の手先とはな。何の用だ」
上半身裸に黒の短パン姿の男に向かってそう問いただした。そいつは、太い両腕を組み、此方を上から下へとまるで見下すかのような目をしていた。微かに、目からは笑みが見える。
それにキレた男は、空にいる男と同いように空中に向かって飛んだ。それを見た男は驚いた。
部外者は金髪で黄色い目をしている。一方、黒い髪に灰色の瞳の色をした身長190センチの男はポキポキと骨を鳴らし、やる気満々に準備運動をしていた。
男達は空中で睨み合う。そこへ、鷹が二人のそばを飛んだ。それを合図に、二人は飛びかかり、拳をぶつけ合う!
激しい戦いは空中で起こり、己の拳を出来るだけ多く相手にぶつけた。両者一歩も引かず、避けることもせず、互いに全力の拳をぶつけることだけに専念していた。
次第に、着物が破れ男の筋肉があらわになる。その肉体に汗こそかいているが、かすり傷一つついていない。相手もまた同じだった。
両者は埒が明かないと悟り、一旦己の拳を引っ込めた。
そして、互い睨み合った。
男はもう一度部外者に問いかける。
「お前は何者だ」
しかし、男は嫌な笑みを見せるだけで質問に一切答えようとはしなかった。
「随分、無口な野郎だ」
すると、部外者の方が急に力を込め始め青いオーラを周囲に纏った。
男もつかさず己の力を込め赤いオーラを纏った。
空に青い光と赤い光が強く発光しだすと、その光から黒いドラゴンと赤いドラゴンが姿を現した。
突然現れた2匹のドラゴン。そこへ、小さな男の子が駆けつけ空を見上げた。
赤いドラゴン……父ちゃんだ。でも、黒いドラゴンは知らない…… 。
2匹のドラゴンはお互い炎を口から出し、炎と炎が衝突し、その力はまさに互角。
炎を吐くのを両者はやめると、再びドラゴンの姿でぶつかり合った。
相手の首筋を狙って鋭い牙を持った口で食らいつき、一方は長い尻尾でそいつを振り払った。
襤褸姿の男子は2匹の凄まじい戦いをじっと見届けていた。
声が出るなら、赤いドラゴンを、父を応援したかった。
男子はそっと自分の喉に手を当て撫でた。
父ちゃん…… 。
相手が誰かは知らんが、父ちゃんと互角にやり合っている。それだけで充分強者だ。
父ちゃんはこの村一番強いんだ。その父ちゃんが苦戦する相手……いったい何者なんだ?
2匹のドラゴンは疲れ知らずに戦い続け、しかし、両者埒が明かなかった。
するとまた、二つの光2匹のドラゴンを包み、今度は赤い翼を持った巨大な鳥が現れた。
今度は同じ色をしているが、微妙に羽が少し違う。父ちゃんの方が羽は燃えていて翼が広い。これが、父ちゃんのフェニックス!! 対して相手の羽は父ちゃんのように炎が出ていなかった。
しかし、口から炎を吐き出してきたのを見ると、やはりあいつも炎を操れるようだ。
多分、あれはフェニックスじゃなく朱雀だ。
フェニックスと朱雀が睨み合い、また空中戦が始まった。
でも、今度は父ちゃんが相手より圧していた。翼が広い分、力がフェニックスの方が上回ったんだ。
そして、フェニックスが空高く飛ぶと、勢いよく急降下し朱雀を踏みつけそのまま地上へと叩き落とした。
せっかくの畑が台無しになってしまったが、今はそれどころではない。
子どもの手には汗が出ていた。
勝てたのか?
いや、まだだ!
父ちゃんはフェニックスから今度は白虎に変身しその朱雀の首を食らいついた!
「さっきのお返しだ!」
白虎の牙と顎はドラゴンより勝る! 朱雀の首筋から血がドロドロと流れ出るが、朱雀の目はより獣に、より凶暴な目へと変化し、それは狡猾な蛇の目になった。
相手はドラゴンよりも頑丈な甲羅を持った玄武へと姿を変え、より重くなった重量を武器に白虎を覆い被さり、そのまま圧し潰そうとした。
白虎は悲鳴をあげた。
父ちゃん!
そこへようやく、8人の男達がその場に到着していた。
「もう戦いが始まっていたか!」
「今戦ってるのはズオンか」
「俺達も行くぞ!」
そう言って8人の男達はその侵入者に向かって戦いに向かった。
8人はこの村を守る戦士だ。彼らがもし万が一負けるようなことがあれば、この村はおしまいだ。
子どもは足を震わせながら、逃げず、戦いを見守った。
それは、長い長い戦闘だった。戦にしては、九人対一人だ。それなのに、何故こうも血なまぐさいのか。
畑は焼け、まだ小さい芋達が転がっている。
炎があがり、煙をあげている。早く消さなければ村の外に気づかれる。
でも、それどころではなかった。
父ちゃん!!
子どもは小さくか細い腕で、横たわる父を起こそうとした。だが、父が目覚めることはなかった。決して…… 。
残りの8人のうち、二人は死に、一人は片腕と片足を失う瀕死の状態。残りの5人でなんとかあの侵入者を村から追い返したが、殺すことまでは出来なかった。
むしろ、奴はまだ戦えた状態だった。でも、何かに気付き男は急に立ち去ったのだ。
「あれは気づかれたな」
「奴は恐らくバルボ様の元へ向かったに違いない」
「だが、もうわしらではどうすることも出来ない」
バルボ様のいる屋敷にはグエンという若者がいたが、あれは護衛として戦うには無理だ。
その屋敷では既に侵入者によって放たれた炎により屋敷は燃えていた。
「グエン、グエン!」
「バルボ様、早く逃げましょうよ!」
「グエン、よく話しを聞くのだ。敵の狙いはだいたい分かっておる。こんな田舎が欲しくてやっているわけではない。敵の狙いは魔人の復活だ。その封印を解くにわしを殺せばいいと敵は考えたようだが、それは思い違いだ。わしを殺したところで魔人の封印が解けるわけじゃあない。しかし、わしなら確かに封印を解くことは出来る。だからこそ、わしはここで死なねばならんのだ」
「何を言ってるんですか! 逃げましょうバルボ様」
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「いや、お前は村の子ではない。捨て子だったのだ。わしがお前を見つけ育てた。こんな時で申し訳ない。さぁ、行け!」
背中をおされたグエンは涙を流しながら最後に「僕の本当の名は何ですか」と訊いた。
「テスタ。さぁ、行け!」
テスタは庭から走り燃え上がる屋敷から逃げ出した。
「それでいい」
ふと、バルボは森の中で初めてグエンと会ったことを思い出した。
それはとても元気のいい泣き声で、バルボの顔を見るなり安心したのか、にっこりと笑ったのだ。
「ああ……頼む。長くお前だけは生きてくれ……」
屋敷は崩れ落ちた。
その上空で例の侵入者の男がその様子を伺っていた。
屋敷から逃げ出したのはさっきの男だけで、それ以外は逃げ出した者はいなかった。
目的が果たされたと分かると、男は村から姿を消した。
それから約2年後。
真っ黒な海が一望できる浜を一人の少年が歩いていた。浜には鉄屑になったかつての古き時代の物、壊れた巨大な戦艦が放棄されてあった。
それも全く興味を示さずに歩き続けていると、戦艦の甲板の所から見下ろす一人の青年がいた。
「おい、貴様。ここが俺の縄張りだと知っての狼藉か?」
少年は顔をあげ青年を見た。
そばかす面にちりぢりの茶髪、白いシャツ姿に黒い紐付きの靴と黒の半ズボンを履いている。
少年は自分の喉を指差しながら口をパクパクさせた。
「お前……喋れないのか?」
少年は頷いた。
すると、青年は飛び降り浜に着地した。
「俺はブスケ。お前は?」
少年は辺りを見渡し、近くに落ちていた木の棒を見つけると、浜で文字を書いた。
「オラスか。お前一人か?」
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「両親は?」
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「俺も両親は死んじまった。戦争でな。それで、ここまで逃げ出したんだ。ここにはガラクタしかないが、直せば使えるものだってある」
オラスは棒で、直せるの? と訊いた。
「ああ、だいたいのはな。でも、海へ逃げるのだけはオススメしないな。知っての通り、この真っ黒い海に船でも出せば、あの黒い海に沈み込まれちまうんだ。そして、二度と海面から出てくることが出来ない」
オラスはへぇーという顔をした。
「なんだお前、海は初めてか?」
オラスは頷いた。
「お前、どこ出身だよ」
オラスは村の名前を棒で書いた。
「アスガード!?」
驚いた顔でオラスをもう一度見た。
「お前、そこから?」
オラスは頷いた。
「悪いが一緒にはいてられないな。お前には恨みがないが、とっととこの場から立ち去ってくれ」
オラスは驚いて聞こうとしたが、その前にブスケは背を向けた。
オラスはそれを見て棒を捨て、再び歩きだした。
そして、歩きだして暫くしてからブスケはオラスの背中に向かって「そっから真っ直ぐ行けば街に行ける筈だ」彼はそう叫んだ。
それからブスケは仕事に取り掛かる。ここにある物を回収し直し、その街で売る為に。
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