ジョンの歴史探求の旅

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1週目 巨樹ユグドラシルと炎の剣

03 暗闇の意味

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 出港して早々、ジョン達は嵐に見舞われた。太陽は登っている時間帯だと言うのに、まるでジョン達は暗闇の海を真っ直ぐ進んでいくかのようだった。
 そこに、乗組員の一人が誰かを連れて船橋に現れた。よく見ると例の港にいた酔っ払いのおっさんだった。
「船長、この男勝手に船に乗り込んでいました」
「え!? どこにいたんです?」
「資器材庫で酒瓶抱えて寝ていたんです。どうしますか? 海に放り投げますか?」
「まさか」
 そこにグレンは「今更引き返せないぞ」と船を操縦したがら言った。
 グレンの言う通り、自由にしてもらう条件として二度と国に近づかないことになっている以上、おっさんを国に返してやることは出来ない。
 するとおっさんは「構わない」と言った。ジョンはおっさんから漂うアルコール臭に思わず鼻を摘んだ。
「かなり飲まれたんですね」
「馬鹿言え。飲まずにやってられるか! 人生というものは生まれた時から苦しいものだ。だからこそ人は酒を飲んで幸せになる必要がある。酒を飲まない奴は幸せになろうとしない奴だ。ほら、見てみろ。ワシを。笑っているだろ?」
 すると、腕を掴みふらつく酔っ払いを支えていた乗組員が言う
「俺には酔っておかしくなったおっさんにしか見えないぞ」
 すると酔っ払いは急にゲラゲラと笑い出した。
「この船はどこへ向かっている?」
「ゲルミルという国です」
 年中霧に覆われていて水蒸気の動力をエネルギーにした国だ。
 だが、酔っ払いは嘲笑った。
「違う! お前達の行く先は暗闇だ。失った過去ばかり見てないで若者は未来を見ろ。過去ばかり見るのは年寄りだけで充分だ。そうだろ?」
「あなたはそこに何があるかを知っているんですね?」
「……」
 酔っ払いは答えようとはしなかった。
「あなたの名前を訊いてもいいですか?」
「人に名前を訊く時は自分から名乗ったらどうなんだ」
「ジョンです」
「ギリングだ」



◇◆◇◆◇



 冷たい雨から霧に変わる頃、薄っすらとその影が現れだす。ジョンはグレンに尋ねた。
「グレンは一度この国に来たことはあるんですか?」
「一度だけある。その時はかなり荒れてたな。巨大な地下トンネルをつくり、それを世界一周させる馬鹿げた計画を国家プロジェクト『国家の根』として掲げていたらしいが、当然海外から勿論抗議を受けてな。それでもお国は止めようとしなかった。万里を築きそこに鉄道を通すことで、経済の中心地とする計画。だが、途中でそれは頓挫した。建設中だったトンネルが崩壊し作業員が生き埋めにあった大事故が起き、なんとか全員が救出されたが、後に調査がなされ結局ずさんな建築の実態が判明。その会社は倒産し、他の会社が引き継ぐ予定だったが、今度はトンネル工事を進めた結果、その周辺では陥没が起き始め、周辺住民は反対。結局、借金だけが残り事業は中止。その責任を政府がとろうとしなかったことで政治批判が国中で巻き起こり、政権の支持率は最低を叩き出した。その時タイミング悪く世界最悪の事故を起こすんだが……まぁ、とにかくあれだな。まともじゃなかったんだよ。で、政権交代。その政党は野党になった後で分裂してもう散々なかたちになっているが、エネルギーを水蒸気にしたのは確かその後だな。今がどうなっているかは俺にも分からない」
 航海士のメアリーは外を眺めながら「これじゃ海水浴も出来ないわね」と言った。
 港がようやく見えた頃にはその向こうに煙突があり、白い煙を空に放っていた。
「そう言えばグレン、大事故って何?」
「原子力発電所の事故だよ。国の奥地に石棺があって周辺は立ち入り禁止。他にも冷却塔のある施設を見かけるかもしれないが、どれも廃炉になっている筈だ。逆に海沿いには原子力がない。港以外は険しい崖になっているからな」
「へぇ……」



 港に到着すると、ジョン達は国に上陸した。手続きはグレンが行ってくれ、ジョン達は無事に入国許可が降りた。滞在期間はとりあえず一週間と申請した為、その間に目的地へと向かう。
「で、なんで酔っ払いがついて来てるんだ? 国に帰りたきゃこの国から出る船に自分で乗って帰れよ」
「いや、あの国にはもううんざりだ」
「だからって勝手について来るなよ」
「船長はお前じゃないんだろ? なら、船長に乗船許可を求める」
「本気か?」
「いいですよ」
「いいのかよ」
 グレンはジョンの肩まで手を伸ばし耳打ちした。
「本気でよく分からないおっさんを引き受ける気かよ?」
「あの人が酔っ払いで間違ってこの船に乗ったとは思えないんだ。かといって、ただ国を出たいだけなら他の船に乗れば良かった。でも、あの人は港にある船の中でわざわざこの船を選んだ。多分、何か理由があるんでしょう。それに、何か知っているようだったし」
「だからってよく分からないと自分で分かっておきながらよく受け入れるよな」
「それは自分も知りたいから。あの人が言う暗闇の意味を」
 グレンは呆れながら「分かったよ」と答えた。
「船長はあんただ。それに、危険ではないだろうしな。だが、乗船させるからには奴にも働いてもらうからな。客船じゃあないんだから」
「そこは任せます」



 街は蒸気自動車が行き交う街で車が走る道路と歩道が区別されており、赤と青の信号機に皆従っていた。交通機関としてバスが街中を走っており、バス停から乗り降りが出来た。それ以外ならタクシーがあり、また、街中を蒸気機関車が黒い煙を吐きながら走っている。鉄道は高架化されており、それは鉄製。街の窓は全て嵌め殺しで、バルコニーも存在しない。街の店の電化製品を見れば、ドラム式洗濯機が充実しており、それ以外の洗濯機はむしろ端に追いやられ、その品数は少ない。店から通行人に目を移すと、男性はスーツを着ている人がほとんどで、女性は半数の割合でマスクをしていた。男性はその半分の割合か。確かに、この街の空気は良いものではない。
 ジョン達は銀行へまず行き、この国だけ使える通貨、紙幣を手にすると、そこからタクシーをつかまえ、目的地まで直行した。因みに、タクシーは最大5人乗りだった為、助手席にジョン、後部座席にグレン、航海士のメアリー、そしてギリングが乗った。他の乗組員は次の航海用の買い出しに向かった。買い出しというのは食料と必要品だ。あと、燃料の補給。食料は長持ちする保存食とかになる。それ以外に必要な者は各自申告した上で購入となる。その間にジョン達が向かうのは今度は遺跡ではなくある人物に会う為だった。その人物とはこの国の歴史博物館館長であり、著書も幾つか出版しており、ジョンはその中で失われた文明を破壊したのは巨人だと語った本を読んでいた。この国にも、巨大ロボットの片腕が発見され、その正体を突き止める研究を長くする人物の一人になる。残念ながらその片腕を直に見ることは国が関係者のみに限定している為に一般人はそれを見ることは出来ない。だが、これから会う人物はそれを見てもいるし、調査もしていた。
 歴史博物館は街の中にあり、タクシーから降りたジョン達は博物館内にある事務所で館長の面会を希望した。勿論、簡単に会えるとは思えないが、ジョンには前の国で新たに発見した片足の話しを持ち出した。それを材料に館長の面会に期待した。その狙いは見事上手くいき、応接室へ案内されたジョン達は館長とそこで出会った。
「君がジョンかね?」
 丸眼鏡を掛けた見事な口髭の男はジョンに近寄り手を差し出した。
「私がここの館長です。ようこそ、ゲルミル歴史博物館へ」
 ジョンは館長と握手をし、それから全員が席に座った。
「君の話しではニヒルで巨大な片足が発見されたという話しだが本当かね?」
「はい。順番に話すと、あの国の地下都市が稼働し、ただエネルギーの暴走で地震が発生しまして、そのせいで近くの場所で亀裂が走りました。その亀裂の隙間から巨大な片足が発見したんです」
「ニヒルの地下都市のことは知っているが、あれはもう稼働しないと思っていたが」
「はい。でも、稼働したんです。その後、エネルギーの暴走で仕方なく国は地下都市のエネルギーを放出しました。その際に虹が発生し地下都市はビフレスト石を失い今度こそあの地下都市はエネルギーを完全に失って稼働出来なくなりました」
「分からない。君は順番に話すと言ったが重要なことが抜けている。何故、動くことがなかった地下都市がいきなり暴走したんだ?」
「それは……」
 グレンはジョンの横から「そんなこと言われたってな俺達にも分からないさ」と言ったが、館長はまだ納得しなかった。
「君達は何故それを知っている?」
「そこにいたからです。私が地下都市のエネルギーに興味を持ったからです。膨大なエネルギーを生み出すビフレスト石は原子力に頼る必要もなくエネルギー不足に陥る不安の必要がない人類にとって重要だと思ったからです。そして、失われた文明のエネルギーをあの石が担っていた。でなければあの科学技術に必要なエネルギーをどう担っていたのかという謎があるからです。自分はあの石を直に見て、そしてあの石が持つエネルギーを確認しました。その上で一つの仮説が湧いたんです。それは、あの巨人のエネルギーは地下都市を動かしていたビフレスト石だったのではないのかと」
「君の仮説は興味深いし、地下都市を動かす程のエネルギーと考えれば巨人を動かすことも出来るというのは理論上は成り立つだろう。問題はビフレスト石には謎が多いということだ」
「ビフレスト石は物質なんですか?」
「ビフレスト石は不思議な性質を持っている。水に漬ける前は確かに物質だが、一度水に漬けるとビフレスト石を触れることは出来なくなる。その不思議な性質は物理学者を悩ませている。そんな物質を物質と呼べるのかとね」
「あの石でどれだけのエネルギーが生み出せるんですか」
「それは未知数だな。まだ、分かっていない」
「そうですか……」
「地下都市が稼働した話しをもう少しだけ聞かせてくれないか。君達がその地下都市に来る前から稼働していたのか?」
「いえ、来てからです」
「その時の前兆はあったか?」
 グレンは「なかった」と答えた。
「前兆無しに動き出した? まるで君達に反応し地下都市が稼働したみたいな話しだな」
 ジョンは悟った。この館長は自分とグレンをかなり怪しんでいる。だが、全てが嘘だと思っていないからこそ、質問を重ね慎重に情報を整理しようとしている。この人の前で嘘は無理だし、かと言ってここで切り上げてはここまで来たのが無駄足になってしまう。ジョンは迷った末にこの場にいる全員に真実を打ち明けることに決めた。
 ジョンは「あなたには敵いません。私の秘密を打ち明けますが、どうか他言無用にお願いします」と言った。
 館長は「いいだろう」と答えると、ジョンはサングラスを外した。
「そうか……そうだったのか」
「お前!? その目は」
 メアリーは驚きのあまり声が出ないといった反応だったが、ギリング彼一人だけは平然としていた。
「何故お前達は気づかないんだ。こんな日差しの悪い国でサングラスなんか掛けているなんておかしいだろ」
「お前はもう酔っ払っていないのかよ」
「あれから飲んでないわ!」
 ジョンは咳払いをする。
「秘密にしていたことは謝ります。事情が事情の上だったので」
「それは分かるが……」
「ジョンさん、あなたの事情は分かりました。約束も守ります。それで、あなたの能力はいったいどんな力なのですか?」
「正直まだ分かっていませんが、壊れた機械を触れただけで直せるというぐらいしか」
「なるほど。その力で地下都市を稼働させてしまったと。恐ろしい力ですね」
「……それはニヒルの兵士の人にも同じことを言われました。その力で巨人ももしかすると直せてしまうかもしれません」
「巨人が動けば一国を滅ぼせるでしょう」
「……」
「だが、あなたはそんな事を望んでいない。そうでしょ?」
「はい! 誓って望んでません」
「まぁ、巨人のパーツは全て見つかったわけではないですし、そこまで恐れる必要もないでしょうが、世間は違うでしょう。その力は極力使わないことですね。それがあなたの為になるでしょう」
「分かりました」
「既にその力で船を直しちまってるがな」とグレンはボソッと小声で呟いた。メアリーは「ちょっと」とグレンの腕を肘で突いた。
「分かってるよ」
「あなたの秘密を知った以上、私の秘密をあなたに教えましょう。少しお待ちいただけますかな? 事務所に早退することを伝えてくるので。是非、あなたに見せたいものがあります」




 こうしてジョン達は館長の車に乗ってどこかへと移動をした。
「私に見せたいものとは何ですか?」
「巨人に関するものです。因みに、巨人の頭部がどこにあるか知ってますか?」
「頭部が見つかっていたんですか!? 知りませんでした。それで、どこにあるんですか?」
「南極大陸、その氷の大地に頭部は凍っています。見つかっていないのは胴体ともう片方の足ですね。噂では胴体は宇宙にあるのではという説がありますが、その理由はどこを探しても見つからないからです。ただ、ニヒルのような発見があるとしたら、恐らくは全てのパーツが必ずどこかにあると思った方がよさそうだ」
「それは自分もそう思います」
「ただ、一つだけ気になることがある。それは何故巨人のパーツがこうも各地に散らばっているのか、地中や氷大陸で氷漬けになっているのか……もし、発見した地理に意味があるとしたら、そこから胴体と片足を見つけられるかもしれない」
「なるほど。今のところ一つの国に一つのパーツですから、一つの国に二つ以上はないと思います」
「そうだな。しかし、思い込みは禁物だ」
「はい」
「見せたいものはもうすぐだ」
 そう言って連れて来られたのは糸杉のある墓地だった。
 グレンは疑心暗鬼に館長に尋ねた。
「墓地に何があるっていうんだ館長」
「考えたことがあるかね? 巨人は一体だけなのか?」
「それは疑問に感じたことはあります。見つかるパーツからして、恐らくは一体分しかない。だから、あっても一体だと考えられますが、巨人をつくる技術があったなら、量産していてもおかしくはない。ただし量産出来る技術があった場合ですが」
「その通り。実際、巨人の量産にはその分のビフレスト石が必要だと仮定した時、数に限りが出てくるだろう。ビフレスト石事態貴重だった筈だ。この墓地はね、実のところ人間の墓ではないんだ。巨人の墓だよ」
「え?」
「車を降りよう」
 そう言って館長が車から降りたので、続いて全員が車を降りた。
「何故人間のように巨人の墓があるか疑問のようだね? かくいう私も分かってはいないのだが、墓の下を調べた結果そこに人間の骨は一切全て見つかっていない。この墓地に人間の墓は一つもないんだ」
「全て巨人の墓だってことか!?」とグレンは驚いた。
「私もそれを知った時は誰がそんなことをとずっと悩み続けました。今もそうです。結局、誰の仕業かは分かっていませんが、一つ確かなのは墓の下に眠っているのは骨のかわりにここの土とは違う成分があり、それは細かな粉状になっていました」
「それが見つかった巨人のパーツと同じだったんですね」
「そうです。墓石を見ると分かりますが、そこには人名ではなく全て番号になっています」
「巨人は人間にとってどんな存在だったんですか? 自分はてっきり兵器かと思っていたんですが」
「そもそも兵器説には一つだけ解せないものがあります。それは何故核兵器のようなミサイルとかではないのかという点です。貴重な筈のビフレスト石を使って巨人を大量生産し、それを兵器として戦わせるならもっと効率の良いやり方があった筈。そこで私はもう一つの仮説を考えてみたんです。巨人の使い道は兵器ではなくメガストラクチャーの建設に使われたという可能性です」
「なるほど!」
「今に至るまでメガストラクチャーの建設方法が謎でした。だが、その謎が巨人の力ならば解決出来る。そう考えたんです」
「恐ろしい兵器とばかり考えていたけど、実際はそうではなかった……」
「優しい人間ならそう利用したでしょう。勿論、恐ろしい人間に持たせればそれは兵器となる。人間がどちらか……私達は知っている。だから、兵器を考えてしまう」
「昔の人達はどうだったんでしょうか? もし、優しい人間だったら自分達は何故そうはならなかったんでしょうか」
「所詮は仮説に過ぎない。世界が生まれ変わった時、人も変わってしまったのかもしれない」
 すると、グレンは「ふん、馬鹿馬鹿しい」と大声をあげた。
「人間がそう変われるか。俺は性悪説を唱えるぜ。人間は最初っから変われちゃいないさ」
 すると、ずっと黙っていたギリングが口を開く。
「例え巨人が兵器以外の役割を持っていたからと言って人間のしたことが善なのか? 歴史を開けば兵器開発はやめてなかっただろう。どの歴史だってそうだ。人間が争いをやめた歴史は存在しない。分かりきったことじゃないか。その急に発展した文明の前はそれじゃあどうだった? 戦争をしなかったのか? なにが優しい人間だ。もし、人間じゃなく巨人に心があり、それが優しい巨人だったら、その巨人は人間を見てどう思うだろうな?」
 ギリングの言葉に全員が沈黙した。
「もし、巨人が宇宙からやって来て人間に巨人の持つ文明を与えられたに過ぎないとしたら、その結果を見た巨人は人間をどうするか? そのまま巨人は立ち去り自分の宇宙に帰るか? それとも、自分達の後始末をしようとするだろうか。何故、人が全滅せずやり直せたか、それがそもそも巨人による慈悲だとしたら? 俺達人間が愚かだという結論以外に何が得られるというんだ」



◇◆◇◆◇



 神話は語る。巨人によって世界が滅び、再び世界が再生した時、生き残っていた人類は再びその世界を生きた。



 ギリングは語る。
 それで?
 ギリングはその答えを強引にも見つけ出した。その先もまた人間には暗闇でしかないと。それは出口のない暗闇だ。
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