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1週目 巨樹ユグドラシルと炎の剣
01 枯れ果てた科学
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物語を始める前に一度この世界の宗教について語る必要がある。宗教の信仰心はともかくとして、人類史に宗教を外して語ることは難しい。特に架空の物語であるこの話しは特に複雑かもしれない。
基本的にだいたいを占める宗教は『ノース』と呼ばれ、神と妖精、小人、巨人、そして人間がいて、それぞれの種の世界は大きな木の枝で繋がっており、それを宇宙と想像した。後に起きる最終戦争によって神々と人間と妖精は小人と巨人と戦い、そこで巨人は世界を焼き尽くし、世界は終わりをむかえる。そして、世界は再生を果たし生き残った神と人で新たな世界でやり直すというもの。蛇は宇宙を取り巻き、世界の終わりと始まりの輪廻の象徴として、宇宙を取り囲む。
そして、新たに生まれ変わった世界での人類は大きな成長を遂げ宇宙エレベーターやメガストラクチャーを始め、色々な発明を世に生み出した。AIによるロボットは人間の労働を担い、人は労働から解放された。そんな人類史には良いことばかりでもなかった。沢山の間違いを起こし、戦争、テロ、ジェノサイドが起こった。それらも含めての人類史である。そして、それは突如終わりを告げる。巨人の再登場により大地は火に覆われ、文明は失われる。
そして、世界は輪廻し、新たな世界が誕生する。
その世界は、かつての人間が得た技術はすっかり失っており、再び人間は労働が最優先となり、かつての『活動』や世に生み出す『仕事』を失った。格差が生まれ、階級から収入、能力主義による格差と分断による混沌とした世の中となった。そんな世界で一人の少年ジョンはその世界に生まれる。特別な力を持って。だが、その力は必ずしも彼を幸せにしてくれるとは限らなかった。他の能力者も同様に。それは、全てじゃない人々が単純に能力主義を正義として見ていないからだ。嫉妬にまみれた世界では、能力は時に厄介者扱いだ。ジョンは孤独の中で、彼は現実から歴史に目を向ける。もしくは、目をそらした。
◇◆◇◆◇
鐘が鳴り一斉に校舎から制服姿の男子が飛び出してきた。元気いっぱいに走る男子は6歳から12歳で、全員セーラーカラーに青色の短パンを履いている。全員が金髪のショートヘアで、刈り上げかボブか色々な頭があるものの坊主や長髪は見当たらない。足元を見ると長めの指定された靴下にローファー。12歳にいたっては傷があってボロボロだ。校舎の外は芝生の校庭となっており、全員がグループを組んで色んな遊びをしている。校舎にはほとんど子供は残っておらず、精々当番か学校の先生に呼び出された子ぐらいだ。一人を除いては。
その子は11歳で来年12歳の最高学年をむかえる。今はそれより一つ下の学年だが、彼は既に来年の予習(勉強)を終えていた。その成績の優秀さは担任のウインチェスター先生も理解はしているが、一方で協調性のなさに少し心配があった。この日も学校の図書室で歴史の本を夢中に読んでいた。
長身痩せ型の丸眼鏡を掛けた男性教師ウインチェスター先生はその少年に近づく。少年はおかっぱ頭で他の子と同じく金髪で制服を着ている。ただ、他の子と違うのは瞳の色だろう。その子の瞳の色は綺麗なエメラルド色をしていた。
「ジョン。どうして他の子と遊ばないの?」
ジョンはつまらなそうな顔をしながら本から顔を離し頭をあげた。
彼は何も言い返さなかったが、彼の目を見れば分かる。不満そうな目をしていた。時々いるのだ。一人でいた方が楽だと考える子供達が。しかし、そのままでいいとはウインチェスターは思わなかった。
「今からでも間に合う。行ってきたらどうだ?」
「先生、皆は僕の目を怖がっているんです。先生も分かるでしょ?」
「目が原因なのか?」
「いや……」
「それだけじゃないよね?」
ウインチェスターは見抜いていた。だが、ジョンの言っていることはあながち間違いではない。彼の両親は彼の瞳を原因に孤児院に預けたのだ。自分達では育てられる自信がないという理由はジョンからしてみれば無責任になるだろうが、大人からしてみれば10年に現れる特別な力を持った子供をどう育てればいいのか分からない、そういった不安があるのは同情出来た。それでも、ジョンを孤独にさせたのは間違いないわけで、それ以来彼の心には分厚い殻にこもったまま抜け出せないでいた。いつしか、その殻を破り大人になって欲しいと思うが、彼の立場を考えれば前途多難な道のりになるだろう。彼には道標が必要だ。
「歴史に興味があるのか?」
「はい。歴史は好きです。特に人類がかつてたどり着いた文明がどうしてたった30年で失われてしまったのか、とても興味があります。記録によれば、人類は遠い宇宙を誰もが旅行感覚で行くことができ、速い乗り物や人間の世話をするロボットがあって、人間は働く必要がないまるで楽園のような文明まで発展したとあります。でも、今はそれがにわかに信じがたい。その当時の技術をいくら優秀な科学者が集まって研究しても、どういう仕組みなのかさえ分かっていないんです。ほとんどの機械は壊れ使いものになりませんが、僕には何故そんな高度な文明が何故崩壊したのか、何があったのか知りたいんです」
「歴史の研究者になりたいのか?」
「僕は……世界にある遺物を調べ回りたいです。僕に出来ると思いますか?」
「諦めなければね」
ウインチェスターはジョンの肩にポンと叩いた。
「さぁ、行った」
ジョンは本を閉じ席を立つと、本を棚に戻し図書室を出た。ウインチェスターは彼が座っていた椅子を戻した。
ウインチェスターはふと、窓を見た。図書室の窓側から子供達の元気な声が聞こえてきた。
ジョンの言う通り、人類は今じゃ想像もつかない技術を手にした。だが、それはたった30年しかなく、その後どうなったのか歴史の資料がなかった。分かるのは、昔あった技術を自分達はまだ復活させられないということだ。田舎に行けば乗り物は馬か馬車。都会に行けば錆びついた車はあるが、その車のエンジンは複雑で一度壊れてしまえばもう直すことは出来ない。金持ちはその車を乗り回しているが、ほとんどは都会の道の真ん中を走る路面電車に毎日満員の押しくら饅頭の中を我慢しながら乗って移動するのが日常だ。
そして、誰もその歴史にたどり着けた者はいなかった。
◇◆◇◆◇
翌日。その日は嵐だった。横殴りの大雨が窓に激しく打ち付けられ、休校日の学生寮では寮生達が他の部屋へ行ったり来たりしながら、大人数でゲームをしたり、真面目に課題を一緒にやったりする中で、ジョンだけは一人図書室で借りた本を自分の机の前で読んでいた。その本も歴史の本であり、著者はジェフリー・テイラー。彼は謎の30年の歴史には、国ごと空を飛ばす技術があったと主張。その国は海底に沈み滅んでしまったが、その残骸は今も海底に眠っているとされている。そこは魔の海域と呼ばれ、船乗りなら誰も近づかないとされる海底の底にあると言うのだ。勿論、その海底は人間がたどり着くことが出来ない未知の世界で、ジェフリーの主張は確かめようのない主張故に誰も信じる者はいなかったが、ジェフリーの主張きっかけに数多くのファンタジー小説のアイデアとして使われることが度々ある為、誰もが知る説とはなった。だが、ジョンにはそれが絵空事だと思えなかった。巨大な宇宙船、更には宇宙には人間の居住区、それを地上と繋ぐ宇宙エレベーター、そんなものまであったというのは同じジェフリーが証明をしている。それだけに彼の熱烈なファンがジェフリーの講義を聞く為に遠くからやって来る人が大勢いた。ジェフリー・テイラーには世間からしてみたら二分する評価がある。一方は彼を嘲笑い、もう一方は熱烈なファンがいる程に。それは彼の人生においてほとんどが失敗の連続であり、彼が立てた仮説の半分以上は証明しきれていない。だが、空飛ぶ車の存在を証明出来たのも、どんな暮らしや食べ物、娯楽があったのかも、彼は未来の夢を語るように楽しく話すのだ。そして、彼はこう語った。
「そんな時代を失ったのはとても残念なことだ。だが、一方で失った方が我々にとってはもしや正解だったかもしれないという可能性を捨ててはならない。必ず現象には理由があるように、我々が失った時代にも理由があり、私はそれを解き明かす」
だが、その目標は達成することなく、この世を去った。60という若さだった。
ジョンが本を読んでいると、そこにルームメイトのトビーがやってきた。彼はスポーツ刈りで運動神経は同学年では上位に入るだろう成績だ。そして、彼の苦手とするのが歴史だった。
「また、本を読んでるのか?」
「面白いよ」
トビーは過剰に気持ち悪そうな拒絶反応を見せた。
「頭がイカれちまうよ」
「でも、トビーだって本を読むだろ」
「俺が読んでるのは毎日家から送られてくるつまらない本だけさ。でも、読まないと叱られるんだ」
「どんな本さ?」
「母さんは決まって宗教みたいな本。父さんは俺を医者にしたいのか医学に関する本さ。小さい頃は骨格とか体の図鑑を送ってきたよ」
「医者になるの?」
「親に決められたレールなんて御免だね。でも、父さんも母さんもきっと許さない」
「トビーはなりたい夢とかあるの?」
「俺? そうだな……ミュージシャンになりたい」
「ギター弾けたもんね」
「ああ。先輩からの貰い物だけどね。いつか、自分で買ったギターで弾くんだ。お前は?」
「俺は色んなところを旅しながら歴史探検するのが夢かな」
「そうか。まぁ、そうだよな。オタクだもんな」
……それから5年後。16歳になったジョンは船の上にいた。天候はあいにくの大雨。突風は吹き荒れ、大きな波に船がその度に大きく揺れる。蒸気船は現在魔の海域を避けるように遠回りをしながら目的地の港へと向かっている途中で急な天候の変化に見舞われ、船長と航海士が地図を見ながら何やら話をしていた。
「このままだと波に押され魔の海域に入ってしまいます」
そう言ったのは丸眼鏡に50代くらいの男性航海士。船長はそれと同じくらいで、経歴は長い。だが、その船長ですら魔の海域を恐れていた。
「魔の海域は急な天候の変化はしょっちゅうだと噂がある。ここは近い。その影響か?」
「なんとも言えません。あの海域は呪われてますから」
幾つもの船があの海域で沈没した。魔の海域を無事通過出来るのは精々例の30年の歴史に造られた巨大戦艦ぐらいだ。連絡が途絶えた船の捜索にあたったその巨大戦艦は時間をかけ沈没中の行方不明だった船を発見した。結局、救出は間に合わず全員死亡と発表された。
この蒸気船は渡航する目的の乗客と積み荷が乗っていた。ジョンもその一人になる。
ジョンの目的は渡航先にある遺跡。そこに文明の衰退の原因が分かるかもしれないヒントが砂漠の地に埋まっている。それはごく最近のこと、砂漠の地で地下に巨大なロボットの腕が見つかったのだ。ただし、見つかったのは腕のみ。それ以外のパーツは見つかっていない。もし、砂漠に同じ大きさのパーツがまだ地下に眠っていたとしたら、それは相当な大きさになる。一つの国、いや、世界を滅ぼすのも容易いかもしれない。多くの学者達が興味津々になってパーツを見つけだそうと掘っている。そうと知った以上、行かない手はない。で、学校をほっぽり出してここまで来たわけだが、この嵐ときた。全く運が向いていない。
「船長、こうなったら魔の海域を突っ切るしかありません。そのルートが一番の近道です」
「仕方ない」
蒸気船は進路を変え魔の海域へと入っていった。
すると、驚くべきことに魔の海域の海は入って直ぐに緩やかになった。外はポツポツ雨となりまだ分厚い雲に覆われて、暗く、薄気味悪い。海からはイルカの鳴き声が聞こえ始めた。
幾つもの船がこの海域で沈没していった。
だが、想像した海域と違ってむしろ安全な航海な気がした。
異変に気づいたのは航海士だった。
「風が止んだ」
蒸気船は問題なく今の航路を直進する。
「いや、違う!!」
「どうしたんだ」
「これは巨大な嵐の目」
「つまり、目の中にいるのか!?」
徐々に船は大きく揺れ始める。それにつれ、雨も次第に強まっていった。
再び船は嵐の中に突入し、雷が鳴り響く中、魔の海域を蒸気船が進んだ。
「最悪な状況になったな。何故、航海士の君が気づかない」
船長は航海士を責めた。だが、航海士は何も言わず、どんどんその顔色は青ざめていった。そして遂に口から泡を吹き出しその場に倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か!?」
船長が駆け寄ると、それを見ていた乗組員達が口々に「呪いだ。魔の海域の呪いだ」と口ずさんだ。
「呪いは真っ先に航海士を狙うんだ」
「俺達は終わりだ……」
船長はまさかと思った。まさか、本当に呪いが…… 。
その時、空が真っ白になった。暗かった外が急に太陽の下に出たみたいに眩しくなって……それが、雷だと気づいたのはそれより後だった。
◇◆◇◆◇
気がつくと、ジョンは病院のベッドの上で寝ていた。上半身を起こすと看護師が近づき「気づかれました?」と言った。
それから医師がやってどうなったのかを聞かされた。それによればあの嵐で遭難したあの船を翌日嵐の明けた日に漁師に発見され救助隊に救出されたらしい。その時、自分は意識を失っており、この病院へ搬送され既に一日が経過していた。
「他の方はどうなりましたか?」
その質問に医師は複雑そうに「残念ながら」と答えた。
「そうですか……」
「この後、地元警察があなたについて色々と聞いてくると思います。その目のことも」
「はい……」
「あなたも賢者の一人だったんですね」
「ああ……でも、能力は使えないんです」
「使えない?」
「自分が何の能力かは分からないんです。ただ、瞳の色が皆と違うってだけで」
「そんな事ってあるんですね」
医師は半信半疑だったが、後から来た警察は半信どころか全く信じてもらえなかった。長い長い聞き取りをあれこれ聞かれた後、警察は帰り際に「また来ます」と言ってようやくその日は帰っていった。その日の夜の事。ラウンドしに来た看護師がまだ眠れない自分に「今のうちに荷物を持って出た方がいいよ。でないと、あなたそのまま捕まるよ」と言った。ついでにサングラスを渡してくれた看護師にジョンはお礼を言って病院を裏口からこっそりと抜け出した。
日が出て店が開き始める頃、ジョンはお土産屋に入りそこで新たな服を調達し、その場で着替え目的のラクダ乗り場へ向かった。そこにはランニングシャツ姿にサングラスのおっさんと、14歳くらいの子供がいた。
「いらっしゃい。お客さん観光客?」
ジョンは頷いた。
「ということは遺跡? それとも例の巨人の腕?」
巨人の腕というのは巨大ロボットの腕のことだ。
「はい、腕の方です。あ、でも遺跡も見たいです」
「両方ね。でも、腕の方は今混んでるから諦めた方がいいね。皆そっち行ってるから」
そう言いながらラクダをジョンに近づけさせ、ジョンはそのラクダに跨がる。
「上手いね。大抵、お客さんラクダ乗るにも一苦労。こっちの手伝い無しじゃ無理なのに」
「馬とかよく乗るんです」
「乗馬? 金持ちの家?」
「いえ、学校で乗馬があるんです」
「なら、金持ちね」
「いえ、そんなんじゃないんですけど」
「馬跨がる子供なんてそういないよ」
そう言った後、おっさんも自分のラクダに乗る。
「お客さん案内してくるから、店番してな」
子供は素直に頷いた。
砂漠地帯は広く街から遺跡まではラクダ無しで行くには大変だ。乗り物はそれぐらいで、地元ではラクダはタクシーみたいな存在だ。
砂漠の地は想像したより暑く、過酷で、一瞬にして汗だくだ。日差しも強く、日陰をついつい探してしまう。だが、この日差しだ。肌の露出が広いおっさんは大丈夫なのだろうか? そんなわけがない。彼の腕は赤くなっており、見るからに痛そうだ。暑くても薄手の長袖長ズボンにした選択はやはり間違いではなかった。
「そんなに肌を露出して痛くないんですか?」
「地元の人間ならこの暑さに慣れてるんでね。ちょっとヒリヒリするくらいさ。でも、お客さんはやめた方がいい。他所から来た人にはこの暑さは耐えられないよ。シャワーを浴びたら一瞬でショック死だ」
「ショック死は大袈裟だけど、分かったよ」
「ほら、そうこうしているうちに見えてきたぞ」
それは窓のない巨大なタワー(メガストラクチャー)の廃墟。上がぐしゃぐしゃに破壊されており、一説によれば雲の上まで届いていた筈だとされる建造物。どのような建築技術かは不明だが、少なくとも当時の技術レベルは異常であったことは窺える。世界各地には高レベルの技術の建築物や遺物があちこに見つかっている。自分がいた国にもトーラス型の宇宙居住施設が平原にある。地上に落下してもほとんど原形を保っていた。そんな頑丈なものが地上に落下した影響で地面にめり込んでいる。そんな硬度もあり得ないレベルだ。それが何故地上に落下したのかも、何故もう動かないのかも分かっていない。そして、何故その技術を失ったのかも。
サンサンとした太陽の下で四方八方広がる砂漠の地に極めて異端な建物の残骸の下の部分は砂に埋もれた状態であり、目の前に見えるその遺跡はくすんだ青みの緑色をしていた。見たことがない材質は頑丈であり、模様のような窪みがある。正面の出入り口から覗くと壁にはガラス玉が埋め込まれており、その中から小さな火が燃えていた。資料で見た通りだが、何故ガラス玉の中で火が燃え続けられているのか、その原理は各専門家ですら解明出来ていない。もし、密閉されたガラス玉なら中の酸素は燃え続ける火によって無くなる筈だ。そうなれば酸素を失った火は自然と消える。だが、そうならないのは埋め込まれたこの建物からエネルギーを与えられ燃え続けているのだろうか。ガラス玉の火は等間隔に壁に埋め込まれ、照明の役割を果たしていた。おかげで長い通路が奥深くまで続いているのが懐中電灯を照らさずとも分かった。
ジョンが食い入るように見ながらカメラでパシャパシャと撮っているのを後ろから見ていたおっさんはジョンに質問した。
「どうして遺跡に興味を持つ?」
「30年という短い文明はこの砂漠や海よりずっと広い。それが何故長続きしなかったのかを知りたいんだ」
「ある学者は人間の底が知れない欲が止まらない発展に神が天罰を下したと言った。このタワーはその象徴だとな。俺もそう思うぜ。想像したことがあるか? これ程の技術を持った人間がいかに恐ろしいか」
「技術が恐ろしいのか、人が恐ろしいのか、どちらだと思いますか?」
「……人さ」
「私もです」
ジョンはそう答えると建物の中へと入っていった。
外でおっさんは「もし遺骨を見つけても触るなよ」と叫んだ。ジョンは手をあげた。
歴史を知るジョンはその警告の意味を知っていた。この遺跡に人骨が発見されたのだが、それに素手で触れてしまった人は、その箇所から酷い炎症がその日に起きた。翌日には変色しだし皮膚が死に黒ずむと、患者は高熱を出し、医師は壊死が起こっているとし、結局その者は切断を余儀なくされた。通常あり得ないことだが、放射能測定器でも基準を上回る数値は検出されなかった。建物にも、物にもだ。だが、ここで発見された遺骨は人である筈なのに、人ではないかのような検査結果が出ている。そのことから偽造品であり、それは人の遺骨ではないと疑う声が相次いだ。例えば、宇宙人かもしれない遺体が発見された時も似たような騒ぎが起こり類似しているが、遺伝子検査が行われた筈なのに、その公表が直前でストップされそのまま公開されずにきている。何故なのか?
流石に遺骨はもうこの建物には残っていないだろうが、単なる居住でも商業施設でもないことから、いったい何の目的の建物なのか不明だ。この建物に使われている技術ですら不可解だ。
建物の中を回っていると、扉の開かない部屋と既に開いたままの部屋を見つけた。部屋の中には見たことがない機械やパネルがあり、まるで研究所のようだと思った。もしかすると、近くの砂漠で巨大な腕が見つかったのも、ここでそれを作る研究をしていたのかも。
ジョンは昔の頃を思い出す。11歳の頃は宇宙やロボットに興味を持っていて、色んなことを空想したものだ。それをルームメイトがオタクだと馬鹿にしたものだが、ジョンは彼が嫌いじゃなかった。自分のこの目のせいで学校では蛇蝎の如く避けられたものだ。先生は俺の本当の気持ちを理解しようとはしなかった。子供というのは残酷だ。決して天使ではない。むしろ悪魔だ。人間の本性でもあり、大人になると嘘を覚え色んな場に合わせた顔を持つようになる。世界では第一世代の赤い瞳を持った能力者がある町を灰燼と化した事件があった。皆、恐怖と怒りと恨みを持っている。だからといって、自分が何かしたわけではない。むしろ、人と違う外見という理由だけで、特別な力なんてこの歳になっても発現しなかった。俺は別に一人でも良かった。その方が気楽だった。ただ、ルームメイトの彼は珍しく自分を避けなかった。自分にとって数少ない話し相手だった。
その頃は学校でズボン下ろしが流行っていた。自分はよくその標的にされ、後ろから青色の短パンをずらされた。笑われながら俺はそのズボンをあげて足早にその場を立ち去るのだが、その背中に向かってズボンを下ろしたそいつは「お前はギフテッドのくせになーんも出来ないんだな」と言い放ったのだ。
「お前の目は嘘つきの目をしている。その目で色んな奴を騙してきたんだろ」
そんなつもりはない。この目は生まれた時からこうだ。もし、俺が本当に賢者なら、何故能力が発現しない? 俺が聞きたいくらいだ。
あの時の苦い思い出はそう簡単に消えるものではない。何故、俺は皆と同じように生まれてこなかったのだろう。何故、世界は平等ではないのだろう。
学者は技術の行き過ぎた進歩はディストピアを生むと言った。それはまるでこの世界がディストピアでないと言っているようなものだ。血生臭い戦争は相変わらず世界のどこかで起きている。少なくともユートピアではないだろう。未来と今、何が違くてディストピアなのか? 俺には学者の言う事が分からなかった。
ある部屋に入ると、その部屋の隅にブラウン管テレビが山積みに捨てられてあった。
「あの時代にブラウン管テレビ?」
俺はそのブラウン管テレビを観察した。
「何でこんな沢山あるんだ?」
そう言ってテレビを触れた瞬間、バチッと静電気が走った。手を離したテレビの画面がいきなり明るくなり、白黒映像が突然流れ出した。
「え!?」
主電源を押したわけでもないし、そもそもコンセントすら刺さっていないからテレビがつくこと事態おかしい。
俺は自分の掌を見た。この手が触れた時、静電気が走りテレビがついた……まさか?
俺は他のブラウン管テレビも次々に触れていく。すると、どういうわけか、テレビの画面も次々と明るくなり、同じ白黒映像を流し出した。
「俺がやったのか?」
白黒映像はロケット打ち上げのニュースを報じていた。自分の知っているロケットより小さなロケットは皆に見守られながら地上から発射され空へ向かって煙をあげながら飛んだ。
画面はそれからカラーへ移り変わる。さっきのロケットより遥かに大きく、映像は宇宙服を着たパイロット達を映した。人を乗せたロケットは打ち上げられ、人々は大きな拍手と歓喜をあげた。
映像はより鮮明になり、宇宙船から送られた映像に切り替わった。そこで無重力を楽しむ姿や実験の様子が流れた。
映像はより細かいものとなり、巨大な宇宙船や起動エレベーター、宇宙旅行をする人々の姿が映し出された。その中にはトーラス型の宇宙居住施設もあった。
「こ、これは貴重な映像だぞ」
ゴミだと思って放置されたものがまさか歴史を知る重要な宝だったとは。これは皆驚く筈だ。
だが、映像は突然黒くなった。正確には黒煙だ。その中から赤い炎が見える。
何があった!? だが、映像はそこで終わった。
ジョンは急いでリモコンを探したが見当たらなかった。
「そういえばテレビにもボタンがあったよな」
思った通り、主電源の他にボタンがテレビについており、それで巻き戻しや再生を行って何度も何度もその映像を確かめた。
そして分かったのは映像は一つしかないということと、攻撃を受けたのか事故が原因なのかこの映像だけでは分からないということだった。
ジョンは他の部屋も見て回ることにした。建物にはエレベーターと非常階段がある。ジョンは階段を使い上の階へと上がる。その階も同様で開かない部屋とそうでない部屋があって、そして長い通路だ。
そして、その階のある部屋では来る前に読んだ資料の通り細長い宇宙船の設計図(全体図のみ)が壁一面に描かれてあった。直径160メートルの探査機で天体へカモフラージュが可能とされるが、未だその探査機の実物をお目にかかれたことはない。これは学者によってはまだ完成されていないと少数がそう語るが、ほとんどの学者は高レベルの技術ならば既に完成された探査機で、まだ見つからないのはもう残っていないか、宇宙のどこかにあり発見が出来ないのかと考えられた。もし、宇宙にあっても人は既に生きていないだろう。無人の探査機はカモフラージュされたまま宇宙を彷徨い続けているのかもしれない。
だが、ジョンはこれを資料で初めて見た時、カモフラージュ技術は戦争にも使えると思った。もし、あの時代に人間が戦争をしていたらいったいどれだけの人間が犠牲になり死んでいったか……そう思うとゾッとしたのを思い出す。今でも背筋に寒気がするけど。
ただ、その時代でもロボットはあれど人間が夢見る自律を獲得したロボットは資料のどこにも存在していない。あの時代でさえ、その技術は不可能だったということか。ロボットの頭脳で解決出来ない問題は複数存在する。例えば記号接地問題とか。一時期はロボットは人を越え脅威となると言われたが、果たせないと分かると、その時代の宗教観も変容した。その時代の宗教観は神は存在するが、宇宙を創造した神は人類に無関心であり、神の第一原因は否定され、また、神の救済も無い。故に平等もない。この考えは平等ない世界を何故完璧な筈の神が我々人類に与えたのか、その完璧に矛盾が生じ、それを解決する為に考えられたものだ。もし、不平等の世界が闇で、もう一つの世界が光で、我々人類が闇の世界の住人だったとして、何故完璧な神は闇を生み出したのか疑問が生じてしまう。人間は闇と光は表裏一体で切り離せないと考え、世界も同じだと考えても、それは神に対しても同じことが言えるのだろうか。それは完璧と呼べるのか。
神は曖昧だからこそ、人間の中で存在し続けられるのだろうと思う。
ジョンは部屋を出て更に上の階へと登っていく途中で規制線に阻まれてしまった。立ち入り禁止の看板と、その先に防犯カメラが設置されてあった。
ジョンは仕方なく引き返し出口へと向かった。
出口を出るとおっさんがラクダに餌をやりながら待っていた。
「どうだった?」
「途中から上の階へは行けないようになっているんですね」
「ああ、そうだ。上の階へ行くには申請が必要だ。つまり、そこからは有料というわけだな。上に行くにつれ値段が上がっていく。それでも一番上までは行けないがな」
「申請はどれくらいかかります?」
「さぁ? 役所に行ってくれ」
「分かりました」
「それで、例の腕も見に行くのか?」
「はい」
「よし、分かった」
それからジョン達は腕が発見された場所へとラクダに乗って向かった。
暫く進んでいくと、あちこちで発掘調査をしている作業員を見かけ、それを通り過ぎて更に進んだ先に大きな穴が見えてきて、その中心にその巨大な腕が立っていた。
「なんだアレ……」
「俺にも分からないが、あんなのを本当に人間が作ってしまったのかって思うよ」
「アレを動かしていたとすれば、それなりの動力、エネルギーが必要だ。どうやったんだろう……」
「俺は知りたくないね。知るべきじゃないだろ」
◇◆◇◆◇
その日はとても刺激的でとてもワクワクした一日だった。砂漠のせいで服の中には砂が入り、汗と混ざり気持ち悪い以外は大変満足出来た。
街に戻り店が軒を連ねる通り道を過ぎて、その手前には観光名所となる巨岩要塞があり、この街並みは岩や石造りの建築物が多い。泊まる宿泊施設も石造りの建物だった。その街の近くには川が流れており、それは海まで繋がっている。川の向こう側には古い石造りの兵舎があり、そこも観光名所となっている。
宿泊している部屋でジョンはシャワーを浴び服を着替えると、撮影した写真を一枚一枚確認していった。その中にある一枚の写真をジョンは食い入るように見た。その直後、窓の外では街の人達が突然歌いだした。ストリートライブでも始めたのだろう。かなり外は賑わっている。国によっては許可申請なくストリートライブをするのを条例で禁じているところもあるが、この国は夜中でなければ警察に止められることもない。若者だったら大抵は世の中の不満を訴えたラップ、移民なら平和の歌、年齢が高くなると古いカントリー・ミュージックとか様々だ。ラクダのおっさんならロックを口ずさんでいたし、飲食店に行けば鼻歌歌いながら料理をしたり、この街の日常は歌と密接だった。ただ、出された料理は激辛でこっちは口の中が別の意味でロックだが。
決して治安がいいとは言えないこの場所でも平和な時はある。ジョンはそれが永遠に続けばと思う。
◇◆◇◆◇
夜中、悲鳴が聞こえジョンはベッドから飛び上がった。すると、窓の外が夜なのに明るかった。
赤々と燃える地上はまるで地獄絵図の有様で馬に跨り逃げる人達や消火活動する人や燃える自分の家の前で泣き崩れる人がいる中で、空を見上げている人達が何人かいた。ジョンはその方へ振り向くと、そこには巨大な人影が煙の中から見えた。いや、あれは巨大なロボット…… 。女の甲高い悲鳴が耳に響き、ジョンはハッと我に返った。気づいたら自分はベッドの上で、あれは夢だった。手には一枚の写真があり、その写真はメガストラクチャーの中で見つけたブラウン管テレビの映像。その映像には煙と炎が映し出されている。自分はその原因を近くで発見した巨大ロボットの仕業だと思っている。だが、この国でそんな大規模な戦争があったという記録は無いし、その仮説を立証しようにもこの街や周辺が無事なことは不自然だ。あの映像がこの辺りとも限らない。では、メガストラクチャーとあのロボットの腕の関係は? メガストラクチャーが無惨な姿になっている理由は?
世界は謎に包まれている。宇宙だけじゃなく海の底すら人類は到達出来ず未解明のまま。その上、自分達のことや歴史すら知らないときた。全く謎の尽きない世界だ。だからこそ面白いと思わせてくれる。
朝、ジョンは早めに客室を出て役所に行き許可申請を受けに行こうとした。だが、下のロビーで何やらトラブルが起きていた。二人の怖そうな男達(どちらも全身にタトゥーが入っていた)が見覚えのある男を囲み、一人が彼の襟を掴んでいた。
「船長!? 生きていたんですね」
「君は確か船に乗っていた……いや、そんなことより君、私を助けてくれないか」
すると、怖そうな男がこちらを睨みつけてきた。
「なんだ、あんたがこいつの代わりに金を払ってくれるのか?」
「金?」
「そうだ。あの嵐で船が転覆して積み荷も一緒に沈んでこいつは今や借金を負っている。問題はその借金を返す手立てがこいつにはねぇってことだ。だろ?」
「だから、金は必ず返す。働いてな。今仕事を失ったばかりなんだ。仕事さえ見つかれば必ず返すって」
「幾ら借金してるのか分かってるのか?」
ジョンは「彼がもし返せなかったらどうなるの?」と訊いてみた。男は「そうだな……そうなったら」と言いながら船長のボタンを外していき、腹が裸が顕になるとその胸を指差した。
「こいつのここが無くなる。あと」
男はゆっくり人差し指を下におろしていく。
「中にあるもん。俺達はお前の中のもんを有効活用してやるよ」
「よ、よしてくれ……」
ジョンは更に彼に幾ら借金があるのか訊いた。男は指を3本立てて見せた。
「そんなに!?」
「だから、こいつはせっかく生き延びたところ悪いが俺達の為に死んでもらわなきゃならん」
「それじゃ死んだ方がマシじゃないか」
「馬鹿を言うな。お前が死んだらお前の家族に払ってもらうさ。お前には妹がいた筈だ。そいつを使ってたらい回しだ。そしたら妹が死ぬだろうな」
「そんな……家族は関係ないだろ! 家族は連帯保証人じゃない。契約書にもあるだろ」
「その連帯保証人も船ごと沈んだんだろうが!! 俺達は何がなんでも回収する。分かってただろ? それに、家族は関係大有りだ。家族っていうのは簡単に縁が切れるもんじゃねぇ。それが家族ってもんだろう。家族の一人が失態したら、それを背負うもんだろうが。可愛そうだよな、出来損ないの息子を持つ親の苦労が窺えるよ。だが、それが世間の当たり前だろうが」
「家族だけは……家族だけは手を出さないで下さい……金は必ず返しますから」
「だ・か・ら、今のお前には無理だろ」
「猶予をくれ。必ず金を集める」
「猶予? お前にそれをやったら逃げるだろうが」
「逃げない。家族に迷惑をかけるわけにはいかない」
「悪いがそこまで俺達お前を信用してやれないんだわ」
「なら、俺の代わりに彼にお願いするのはどうだ?」
船長はいきなりジョンを指差した。
「え? 俺が!?」
「構わないぜ」
「いや、ちょっと待ってよ。何で俺が」
「猶予は3日だ。それを過ぎたら素直に諦めろよ」
「3日だなんて俺には無理だぞ」
「3日……もう少し伸ばせないか?」
「3日が嫌なら」
「分かった。3日だ。君、なんとかその間に俺を助けてくれ。でなきゃ、俺はこいつらに殺される。頼んだぞ」
「3日でどうやって集めろって言うんだ! 他の奴に頼めよ」
「俺が頼めるのはお前しかいない」
「それじゃ3日な」
男二人組は船長を両サイドで抱えながら連行した。
「三日後、金を持ってここに来い」
そう言って男達は去って行った。
とんでもないトラブルに巻き込まれてしまった。しかも、あの様子じゃあの船長は他から借りる手立てがあったようには見えなかった。全て丸投げされた。
嵐のようで、ジョンは無警戒に巻き込まれた。立ち尽くすジョンに宿屋の店主が近づいた。
「連中に関わるな。あんな大金君では到底集められない。しかも、たった3日ではね。気を落とすこともない。誰のせいでもないんだ。あの男にだってそれが分からないわけじゃあるまい」
店主はそう言ってくれたが、それであの男が死んだらずっと忘れることなんて出来ない。そんな簡単なことじゃない。
ジョンは宿を出て暫く考えながら歩いた。考える時の散歩は良い。アイデアが湧いてくるからだ。
ふと、道沿いに錆びついた一台の車がとまっていた。段ボールで「直した者に100リア」と書かれてあった。そのそばで地べたに座り込む中年男性が朝から酒瓶を片手に通行人を観察していた。ジョンは昨日の出来事を思い出す。メガストラクチャーにあったブラウン管テレビをこの手が触れた瞬間に電源がついた。ゴミと思われたものがだ。だとしたら……自分の能力はもしかすると。
それを確かめる絶好の機会かもしれない。
「おじさん、報酬100リアって本当?」
「なんだ、お前に触らせるわけないだろ。ガキは失せろ」
「俺は単なるガキじゃないよ。学校に行っているし、メカには詳しいんだ。この国に来たのも色んなメカを見て回る為だ」
本当は歴史だけど…… 。
男は鼻で笑って「なら、やってみろ」と言った。
ジョンは車の前側に回りエンジンルームをあけた。近くにあった用具を見て男に「借りるよ」と言うと、男は本気にせず適当に「勝手にしろ」と答えた。ジョンは用具を持ち直している振りをしながらタイミングでエンジンに素手で触れた。すると、やはり静電気が走り、ビリッとした直後にエンジンがかかった。驚いた男は立ち上がり「本当に直しちまった」と暫く呆然としていた。
「それじゃ約束の金を」
「ま、待て。金は約束通り払う。その前に他にも動かない車があるんだ。それらも直せるか? 勿論、その分は支払う。一台こいつと同じ100リアだ」
「その車はどこに?」
◇◆◇◆◇
人は本当に幸せな時は自然と歌を歌いたくなるものだ。
約束の日、例の男二人組と船長がいた。船長の方は頬がやせ細っており、無精髭がそのままになっていて、髪もボサボサ頭になっていた。服は三日前と変わらない格好だ。
「金は用意出来たのか?」
ジョンはテーブルの上に約束の札束を置いた。それを見た二人組と船長、そして遠くから見守っていた店主までもが驚いた。
「約束だ。船長を解放しろ」
「ああ……いいだろう」
男達は約束の金を回収すると不思議そうにしながらも金の出処は聞かずに外へと去って行った。
船長は口髭を擦りながらジョンに訊いた。
「どうやった?」
「働いて稼いだ」
「たった三日でか? いや……いい。とにかくあんたのおかげで助かった。あんたの金はなんとかして返すよ」
「これからどうするんですか?」
「知り合いの船でとりあえず働かせてもらうようお願いするよ」
「実は船が欲しいんです」
「船?」
「自分は世界各地にある遺跡を回って何故文明が失われたのか、その理由を知りたいんです。その旅には船が必要なんです」
「中古の船でもそれなりになるが」
「壊れて動かない船でもいいんです」
「は? そりゃ、港に行けばあるが……」
「その船を譲ってもらうんです」
「動かない船をどうするんだ?」
「直します」
「直す!?」
「それで、その船の船長になってくれませんか?」
「俺が?」
船長は暫くポカンとした。ついていけていないようだ。
「船が動くなら働くさ。まぁ……船が直ると仮定してだ、あんたの言葉を信じるとして、航海士が必要だ。俺は航海士じゃないからな。まぁ、それも知り合いに頼って探せると思う」
「それじゃ、俺は船を直します」
「直しますって……無理だろ」
◇◆◇◆◇
船長が言っていた船とはどんな船かと思ってバラックがあちこちある近くの港まで行くと意外にもそれは巡視船のことだった。大抵この時代で動く船と言ったら機帆船になるからだ。ただ、船長が言うに全く動かないとのことだが、ジョンは宣言した通りエンジンを復活させてみせた。
「本当に直しやがった……どんなマジックを使った?」
「それじゃ、あとは航海士ですね」
「まぁ待て。急ぎじゃないなら他に色々なものが必要だ。航海士だけじゃなく他の乗組員もな。それと、俺の名はグレンだ。そして、この船はあんたのものだ。船長は君だ。俺は操舵手兼副船長でどうかな?」
「では、それでお願いします」
「船長、暫く猶予をくれ。その間に準備を進める。船長はどうする?」
「まだやり残していることがあるから、そっちを先に片付けるよ」
「分かった。 ……やり残したこと?」
やり残したことが丁度、役所から許可申請していたものが返答され許可がおりた。それがメガストラクチャーの上の階だった。
再びラクダのおっさんにお世話になり、早速そのメガストラクチャーの廃墟へと向かう。
「許可が出たみたいで良かったな」
おっさんはそう言って、前回同様メガストラクチャー前まで到着すると、出入り口のそばでラクダに餌をやりながら待った。ジョンはその間に中へ入る。
長い通路を進み階段を登っていく。許可証を首にぶら下げ規制線の中に入り階段を登っていくと、そのフロアから何人かの観光客がチラホラと通路を歩いていた。警備員もそのフロアからで、部屋には機械が沢山あり、その部屋には巨大な3Dプリンターがあった。資料によれば必要なものをここである程度のものは製造していたのではないかという説がある。他に量子コンピューターのある部屋や、かと思えば何もない部屋には壁一面に人の名前がびっしり書かれたものがある。ジョンはそれらをカメラにおさめ、一つ一つ撮影していった。更にこのフロアには制御室がある。沢山あるモニターに沢山あるスイッチのある部屋で、スイッチには全て番号が振られてあり、メーターも複数ある。だが、そのメーターとボタンの中に奥に沈んだものがある。資料によれば原因は不明とある。これもジョンは撮影していく。
もし、この機械も触れれば直るなら、こいつも動くかもしれない。ジョンはそっとその機械を触れてみたが、さっきの静電気みたいなのは起こらなかった。機械も動く気配がないことから能力に制限があるのかもしれない。例えば、パーツが足りないものはどうやっても直らないとか。このメガストラクチャー事態上がごっそり失っているから、それが理由かもしれない。
ジョンに出た許可証は残念ながらそこまでだった。
メガストラクチャーから出てくるとおっさんはジョンに気づき「どうだった?」と訊いた。
「更に謎が深まりました。ここにいた人達はどうしたのか。その記録がないんです。でも、記録がないことがヒントかもしれない……」
「それはどういう意味だ」
「まだ分かりません」
「そっか。まぁ、あんたみたいなのがいつかその謎を解き明かすんだろう」
「それが僕の夢です」
◇◆◇◆◇
ジョンは宿に戻り後日、船の方へ行ってみた。すると、船には既に積み荷を運ぶ作業が行われている最中だった。ジョンはグレンを見つけ声を掛ける。グレンは髭を剃っていて加え煙草をしていた。服は白いワイシャツ、頭はボサボサから散髪したのか短髪に切り揃えられている。
「船長、今積み荷を積ませてるところで、ほとんどが食料や必要な物資。あとは燃料になる。航海士と乗組員になりそうな奴を見つけたので勝手に採用したが、問題あるか?」
「いや、大丈夫です」
「それじゃいつでも出港可能だが、目的地はどこになるんだ?」
ジョンは鞄から世界地図を取り出し広げた。
「ここです。ニヒルです」
ジョンはそう言った。
基本的にだいたいを占める宗教は『ノース』と呼ばれ、神と妖精、小人、巨人、そして人間がいて、それぞれの種の世界は大きな木の枝で繋がっており、それを宇宙と想像した。後に起きる最終戦争によって神々と人間と妖精は小人と巨人と戦い、そこで巨人は世界を焼き尽くし、世界は終わりをむかえる。そして、世界は再生を果たし生き残った神と人で新たな世界でやり直すというもの。蛇は宇宙を取り巻き、世界の終わりと始まりの輪廻の象徴として、宇宙を取り囲む。
そして、新たに生まれ変わった世界での人類は大きな成長を遂げ宇宙エレベーターやメガストラクチャーを始め、色々な発明を世に生み出した。AIによるロボットは人間の労働を担い、人は労働から解放された。そんな人類史には良いことばかりでもなかった。沢山の間違いを起こし、戦争、テロ、ジェノサイドが起こった。それらも含めての人類史である。そして、それは突如終わりを告げる。巨人の再登場により大地は火に覆われ、文明は失われる。
そして、世界は輪廻し、新たな世界が誕生する。
その世界は、かつての人間が得た技術はすっかり失っており、再び人間は労働が最優先となり、かつての『活動』や世に生み出す『仕事』を失った。格差が生まれ、階級から収入、能力主義による格差と分断による混沌とした世の中となった。そんな世界で一人の少年ジョンはその世界に生まれる。特別な力を持って。だが、その力は必ずしも彼を幸せにしてくれるとは限らなかった。他の能力者も同様に。それは、全てじゃない人々が単純に能力主義を正義として見ていないからだ。嫉妬にまみれた世界では、能力は時に厄介者扱いだ。ジョンは孤独の中で、彼は現実から歴史に目を向ける。もしくは、目をそらした。
◇◆◇◆◇
鐘が鳴り一斉に校舎から制服姿の男子が飛び出してきた。元気いっぱいに走る男子は6歳から12歳で、全員セーラーカラーに青色の短パンを履いている。全員が金髪のショートヘアで、刈り上げかボブか色々な頭があるものの坊主や長髪は見当たらない。足元を見ると長めの指定された靴下にローファー。12歳にいたっては傷があってボロボロだ。校舎の外は芝生の校庭となっており、全員がグループを組んで色んな遊びをしている。校舎にはほとんど子供は残っておらず、精々当番か学校の先生に呼び出された子ぐらいだ。一人を除いては。
その子は11歳で来年12歳の最高学年をむかえる。今はそれより一つ下の学年だが、彼は既に来年の予習(勉強)を終えていた。その成績の優秀さは担任のウインチェスター先生も理解はしているが、一方で協調性のなさに少し心配があった。この日も学校の図書室で歴史の本を夢中に読んでいた。
長身痩せ型の丸眼鏡を掛けた男性教師ウインチェスター先生はその少年に近づく。少年はおかっぱ頭で他の子と同じく金髪で制服を着ている。ただ、他の子と違うのは瞳の色だろう。その子の瞳の色は綺麗なエメラルド色をしていた。
「ジョン。どうして他の子と遊ばないの?」
ジョンはつまらなそうな顔をしながら本から顔を離し頭をあげた。
彼は何も言い返さなかったが、彼の目を見れば分かる。不満そうな目をしていた。時々いるのだ。一人でいた方が楽だと考える子供達が。しかし、そのままでいいとはウインチェスターは思わなかった。
「今からでも間に合う。行ってきたらどうだ?」
「先生、皆は僕の目を怖がっているんです。先生も分かるでしょ?」
「目が原因なのか?」
「いや……」
「それだけじゃないよね?」
ウインチェスターは見抜いていた。だが、ジョンの言っていることはあながち間違いではない。彼の両親は彼の瞳を原因に孤児院に預けたのだ。自分達では育てられる自信がないという理由はジョンからしてみれば無責任になるだろうが、大人からしてみれば10年に現れる特別な力を持った子供をどう育てればいいのか分からない、そういった不安があるのは同情出来た。それでも、ジョンを孤独にさせたのは間違いないわけで、それ以来彼の心には分厚い殻にこもったまま抜け出せないでいた。いつしか、その殻を破り大人になって欲しいと思うが、彼の立場を考えれば前途多難な道のりになるだろう。彼には道標が必要だ。
「歴史に興味があるのか?」
「はい。歴史は好きです。特に人類がかつてたどり着いた文明がどうしてたった30年で失われてしまったのか、とても興味があります。記録によれば、人類は遠い宇宙を誰もが旅行感覚で行くことができ、速い乗り物や人間の世話をするロボットがあって、人間は働く必要がないまるで楽園のような文明まで発展したとあります。でも、今はそれがにわかに信じがたい。その当時の技術をいくら優秀な科学者が集まって研究しても、どういう仕組みなのかさえ分かっていないんです。ほとんどの機械は壊れ使いものになりませんが、僕には何故そんな高度な文明が何故崩壊したのか、何があったのか知りたいんです」
「歴史の研究者になりたいのか?」
「僕は……世界にある遺物を調べ回りたいです。僕に出来ると思いますか?」
「諦めなければね」
ウインチェスターはジョンの肩にポンと叩いた。
「さぁ、行った」
ジョンは本を閉じ席を立つと、本を棚に戻し図書室を出た。ウインチェスターは彼が座っていた椅子を戻した。
ウインチェスターはふと、窓を見た。図書室の窓側から子供達の元気な声が聞こえてきた。
ジョンの言う通り、人類は今じゃ想像もつかない技術を手にした。だが、それはたった30年しかなく、その後どうなったのか歴史の資料がなかった。分かるのは、昔あった技術を自分達はまだ復活させられないということだ。田舎に行けば乗り物は馬か馬車。都会に行けば錆びついた車はあるが、その車のエンジンは複雑で一度壊れてしまえばもう直すことは出来ない。金持ちはその車を乗り回しているが、ほとんどは都会の道の真ん中を走る路面電車に毎日満員の押しくら饅頭の中を我慢しながら乗って移動するのが日常だ。
そして、誰もその歴史にたどり着けた者はいなかった。
◇◆◇◆◇
翌日。その日は嵐だった。横殴りの大雨が窓に激しく打ち付けられ、休校日の学生寮では寮生達が他の部屋へ行ったり来たりしながら、大人数でゲームをしたり、真面目に課題を一緒にやったりする中で、ジョンだけは一人図書室で借りた本を自分の机の前で読んでいた。その本も歴史の本であり、著者はジェフリー・テイラー。彼は謎の30年の歴史には、国ごと空を飛ばす技術があったと主張。その国は海底に沈み滅んでしまったが、その残骸は今も海底に眠っているとされている。そこは魔の海域と呼ばれ、船乗りなら誰も近づかないとされる海底の底にあると言うのだ。勿論、その海底は人間がたどり着くことが出来ない未知の世界で、ジェフリーの主張は確かめようのない主張故に誰も信じる者はいなかったが、ジェフリーの主張きっかけに数多くのファンタジー小説のアイデアとして使われることが度々ある為、誰もが知る説とはなった。だが、ジョンにはそれが絵空事だと思えなかった。巨大な宇宙船、更には宇宙には人間の居住区、それを地上と繋ぐ宇宙エレベーター、そんなものまであったというのは同じジェフリーが証明をしている。それだけに彼の熱烈なファンがジェフリーの講義を聞く為に遠くからやって来る人が大勢いた。ジェフリー・テイラーには世間からしてみたら二分する評価がある。一方は彼を嘲笑い、もう一方は熱烈なファンがいる程に。それは彼の人生においてほとんどが失敗の連続であり、彼が立てた仮説の半分以上は証明しきれていない。だが、空飛ぶ車の存在を証明出来たのも、どんな暮らしや食べ物、娯楽があったのかも、彼は未来の夢を語るように楽しく話すのだ。そして、彼はこう語った。
「そんな時代を失ったのはとても残念なことだ。だが、一方で失った方が我々にとってはもしや正解だったかもしれないという可能性を捨ててはならない。必ず現象には理由があるように、我々が失った時代にも理由があり、私はそれを解き明かす」
だが、その目標は達成することなく、この世を去った。60という若さだった。
ジョンが本を読んでいると、そこにルームメイトのトビーがやってきた。彼はスポーツ刈りで運動神経は同学年では上位に入るだろう成績だ。そして、彼の苦手とするのが歴史だった。
「また、本を読んでるのか?」
「面白いよ」
トビーは過剰に気持ち悪そうな拒絶反応を見せた。
「頭がイカれちまうよ」
「でも、トビーだって本を読むだろ」
「俺が読んでるのは毎日家から送られてくるつまらない本だけさ。でも、読まないと叱られるんだ」
「どんな本さ?」
「母さんは決まって宗教みたいな本。父さんは俺を医者にしたいのか医学に関する本さ。小さい頃は骨格とか体の図鑑を送ってきたよ」
「医者になるの?」
「親に決められたレールなんて御免だね。でも、父さんも母さんもきっと許さない」
「トビーはなりたい夢とかあるの?」
「俺? そうだな……ミュージシャンになりたい」
「ギター弾けたもんね」
「ああ。先輩からの貰い物だけどね。いつか、自分で買ったギターで弾くんだ。お前は?」
「俺は色んなところを旅しながら歴史探検するのが夢かな」
「そうか。まぁ、そうだよな。オタクだもんな」
……それから5年後。16歳になったジョンは船の上にいた。天候はあいにくの大雨。突風は吹き荒れ、大きな波に船がその度に大きく揺れる。蒸気船は現在魔の海域を避けるように遠回りをしながら目的地の港へと向かっている途中で急な天候の変化に見舞われ、船長と航海士が地図を見ながら何やら話をしていた。
「このままだと波に押され魔の海域に入ってしまいます」
そう言ったのは丸眼鏡に50代くらいの男性航海士。船長はそれと同じくらいで、経歴は長い。だが、その船長ですら魔の海域を恐れていた。
「魔の海域は急な天候の変化はしょっちゅうだと噂がある。ここは近い。その影響か?」
「なんとも言えません。あの海域は呪われてますから」
幾つもの船があの海域で沈没した。魔の海域を無事通過出来るのは精々例の30年の歴史に造られた巨大戦艦ぐらいだ。連絡が途絶えた船の捜索にあたったその巨大戦艦は時間をかけ沈没中の行方不明だった船を発見した。結局、救出は間に合わず全員死亡と発表された。
この蒸気船は渡航する目的の乗客と積み荷が乗っていた。ジョンもその一人になる。
ジョンの目的は渡航先にある遺跡。そこに文明の衰退の原因が分かるかもしれないヒントが砂漠の地に埋まっている。それはごく最近のこと、砂漠の地で地下に巨大なロボットの腕が見つかったのだ。ただし、見つかったのは腕のみ。それ以外のパーツは見つかっていない。もし、砂漠に同じ大きさのパーツがまだ地下に眠っていたとしたら、それは相当な大きさになる。一つの国、いや、世界を滅ぼすのも容易いかもしれない。多くの学者達が興味津々になってパーツを見つけだそうと掘っている。そうと知った以上、行かない手はない。で、学校をほっぽり出してここまで来たわけだが、この嵐ときた。全く運が向いていない。
「船長、こうなったら魔の海域を突っ切るしかありません。そのルートが一番の近道です」
「仕方ない」
蒸気船は進路を変え魔の海域へと入っていった。
すると、驚くべきことに魔の海域の海は入って直ぐに緩やかになった。外はポツポツ雨となりまだ分厚い雲に覆われて、暗く、薄気味悪い。海からはイルカの鳴き声が聞こえ始めた。
幾つもの船がこの海域で沈没していった。
だが、想像した海域と違ってむしろ安全な航海な気がした。
異変に気づいたのは航海士だった。
「風が止んだ」
蒸気船は問題なく今の航路を直進する。
「いや、違う!!」
「どうしたんだ」
「これは巨大な嵐の目」
「つまり、目の中にいるのか!?」
徐々に船は大きく揺れ始める。それにつれ、雨も次第に強まっていった。
再び船は嵐の中に突入し、雷が鳴り響く中、魔の海域を蒸気船が進んだ。
「最悪な状況になったな。何故、航海士の君が気づかない」
船長は航海士を責めた。だが、航海士は何も言わず、どんどんその顔色は青ざめていった。そして遂に口から泡を吹き出しその場に倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か!?」
船長が駆け寄ると、それを見ていた乗組員達が口々に「呪いだ。魔の海域の呪いだ」と口ずさんだ。
「呪いは真っ先に航海士を狙うんだ」
「俺達は終わりだ……」
船長はまさかと思った。まさか、本当に呪いが…… 。
その時、空が真っ白になった。暗かった外が急に太陽の下に出たみたいに眩しくなって……それが、雷だと気づいたのはそれより後だった。
◇◆◇◆◇
気がつくと、ジョンは病院のベッドの上で寝ていた。上半身を起こすと看護師が近づき「気づかれました?」と言った。
それから医師がやってどうなったのかを聞かされた。それによればあの嵐で遭難したあの船を翌日嵐の明けた日に漁師に発見され救助隊に救出されたらしい。その時、自分は意識を失っており、この病院へ搬送され既に一日が経過していた。
「他の方はどうなりましたか?」
その質問に医師は複雑そうに「残念ながら」と答えた。
「そうですか……」
「この後、地元警察があなたについて色々と聞いてくると思います。その目のことも」
「はい……」
「あなたも賢者の一人だったんですね」
「ああ……でも、能力は使えないんです」
「使えない?」
「自分が何の能力かは分からないんです。ただ、瞳の色が皆と違うってだけで」
「そんな事ってあるんですね」
医師は半信半疑だったが、後から来た警察は半信どころか全く信じてもらえなかった。長い長い聞き取りをあれこれ聞かれた後、警察は帰り際に「また来ます」と言ってようやくその日は帰っていった。その日の夜の事。ラウンドしに来た看護師がまだ眠れない自分に「今のうちに荷物を持って出た方がいいよ。でないと、あなたそのまま捕まるよ」と言った。ついでにサングラスを渡してくれた看護師にジョンはお礼を言って病院を裏口からこっそりと抜け出した。
日が出て店が開き始める頃、ジョンはお土産屋に入りそこで新たな服を調達し、その場で着替え目的のラクダ乗り場へ向かった。そこにはランニングシャツ姿にサングラスのおっさんと、14歳くらいの子供がいた。
「いらっしゃい。お客さん観光客?」
ジョンは頷いた。
「ということは遺跡? それとも例の巨人の腕?」
巨人の腕というのは巨大ロボットの腕のことだ。
「はい、腕の方です。あ、でも遺跡も見たいです」
「両方ね。でも、腕の方は今混んでるから諦めた方がいいね。皆そっち行ってるから」
そう言いながらラクダをジョンに近づけさせ、ジョンはそのラクダに跨がる。
「上手いね。大抵、お客さんラクダ乗るにも一苦労。こっちの手伝い無しじゃ無理なのに」
「馬とかよく乗るんです」
「乗馬? 金持ちの家?」
「いえ、学校で乗馬があるんです」
「なら、金持ちね」
「いえ、そんなんじゃないんですけど」
「馬跨がる子供なんてそういないよ」
そう言った後、おっさんも自分のラクダに乗る。
「お客さん案内してくるから、店番してな」
子供は素直に頷いた。
砂漠地帯は広く街から遺跡まではラクダ無しで行くには大変だ。乗り物はそれぐらいで、地元ではラクダはタクシーみたいな存在だ。
砂漠の地は想像したより暑く、過酷で、一瞬にして汗だくだ。日差しも強く、日陰をついつい探してしまう。だが、この日差しだ。肌の露出が広いおっさんは大丈夫なのだろうか? そんなわけがない。彼の腕は赤くなっており、見るからに痛そうだ。暑くても薄手の長袖長ズボンにした選択はやはり間違いではなかった。
「そんなに肌を露出して痛くないんですか?」
「地元の人間ならこの暑さに慣れてるんでね。ちょっとヒリヒリするくらいさ。でも、お客さんはやめた方がいい。他所から来た人にはこの暑さは耐えられないよ。シャワーを浴びたら一瞬でショック死だ」
「ショック死は大袈裟だけど、分かったよ」
「ほら、そうこうしているうちに見えてきたぞ」
それは窓のない巨大なタワー(メガストラクチャー)の廃墟。上がぐしゃぐしゃに破壊されており、一説によれば雲の上まで届いていた筈だとされる建造物。どのような建築技術かは不明だが、少なくとも当時の技術レベルは異常であったことは窺える。世界各地には高レベルの技術の建築物や遺物があちこに見つかっている。自分がいた国にもトーラス型の宇宙居住施設が平原にある。地上に落下してもほとんど原形を保っていた。そんな頑丈なものが地上に落下した影響で地面にめり込んでいる。そんな硬度もあり得ないレベルだ。それが何故地上に落下したのかも、何故もう動かないのかも分かっていない。そして、何故その技術を失ったのかも。
サンサンとした太陽の下で四方八方広がる砂漠の地に極めて異端な建物の残骸の下の部分は砂に埋もれた状態であり、目の前に見えるその遺跡はくすんだ青みの緑色をしていた。見たことがない材質は頑丈であり、模様のような窪みがある。正面の出入り口から覗くと壁にはガラス玉が埋め込まれており、その中から小さな火が燃えていた。資料で見た通りだが、何故ガラス玉の中で火が燃え続けられているのか、その原理は各専門家ですら解明出来ていない。もし、密閉されたガラス玉なら中の酸素は燃え続ける火によって無くなる筈だ。そうなれば酸素を失った火は自然と消える。だが、そうならないのは埋め込まれたこの建物からエネルギーを与えられ燃え続けているのだろうか。ガラス玉の火は等間隔に壁に埋め込まれ、照明の役割を果たしていた。おかげで長い通路が奥深くまで続いているのが懐中電灯を照らさずとも分かった。
ジョンが食い入るように見ながらカメラでパシャパシャと撮っているのを後ろから見ていたおっさんはジョンに質問した。
「どうして遺跡に興味を持つ?」
「30年という短い文明はこの砂漠や海よりずっと広い。それが何故長続きしなかったのかを知りたいんだ」
「ある学者は人間の底が知れない欲が止まらない発展に神が天罰を下したと言った。このタワーはその象徴だとな。俺もそう思うぜ。想像したことがあるか? これ程の技術を持った人間がいかに恐ろしいか」
「技術が恐ろしいのか、人が恐ろしいのか、どちらだと思いますか?」
「……人さ」
「私もです」
ジョンはそう答えると建物の中へと入っていった。
外でおっさんは「もし遺骨を見つけても触るなよ」と叫んだ。ジョンは手をあげた。
歴史を知るジョンはその警告の意味を知っていた。この遺跡に人骨が発見されたのだが、それに素手で触れてしまった人は、その箇所から酷い炎症がその日に起きた。翌日には変色しだし皮膚が死に黒ずむと、患者は高熱を出し、医師は壊死が起こっているとし、結局その者は切断を余儀なくされた。通常あり得ないことだが、放射能測定器でも基準を上回る数値は検出されなかった。建物にも、物にもだ。だが、ここで発見された遺骨は人である筈なのに、人ではないかのような検査結果が出ている。そのことから偽造品であり、それは人の遺骨ではないと疑う声が相次いだ。例えば、宇宙人かもしれない遺体が発見された時も似たような騒ぎが起こり類似しているが、遺伝子検査が行われた筈なのに、その公表が直前でストップされそのまま公開されずにきている。何故なのか?
流石に遺骨はもうこの建物には残っていないだろうが、単なる居住でも商業施設でもないことから、いったい何の目的の建物なのか不明だ。この建物に使われている技術ですら不可解だ。
建物の中を回っていると、扉の開かない部屋と既に開いたままの部屋を見つけた。部屋の中には見たことがない機械やパネルがあり、まるで研究所のようだと思った。もしかすると、近くの砂漠で巨大な腕が見つかったのも、ここでそれを作る研究をしていたのかも。
ジョンは昔の頃を思い出す。11歳の頃は宇宙やロボットに興味を持っていて、色んなことを空想したものだ。それをルームメイトがオタクだと馬鹿にしたものだが、ジョンは彼が嫌いじゃなかった。自分のこの目のせいで学校では蛇蝎の如く避けられたものだ。先生は俺の本当の気持ちを理解しようとはしなかった。子供というのは残酷だ。決して天使ではない。むしろ悪魔だ。人間の本性でもあり、大人になると嘘を覚え色んな場に合わせた顔を持つようになる。世界では第一世代の赤い瞳を持った能力者がある町を灰燼と化した事件があった。皆、恐怖と怒りと恨みを持っている。だからといって、自分が何かしたわけではない。むしろ、人と違う外見という理由だけで、特別な力なんてこの歳になっても発現しなかった。俺は別に一人でも良かった。その方が気楽だった。ただ、ルームメイトの彼は珍しく自分を避けなかった。自分にとって数少ない話し相手だった。
その頃は学校でズボン下ろしが流行っていた。自分はよくその標的にされ、後ろから青色の短パンをずらされた。笑われながら俺はそのズボンをあげて足早にその場を立ち去るのだが、その背中に向かってズボンを下ろしたそいつは「お前はギフテッドのくせになーんも出来ないんだな」と言い放ったのだ。
「お前の目は嘘つきの目をしている。その目で色んな奴を騙してきたんだろ」
そんなつもりはない。この目は生まれた時からこうだ。もし、俺が本当に賢者なら、何故能力が発現しない? 俺が聞きたいくらいだ。
あの時の苦い思い出はそう簡単に消えるものではない。何故、俺は皆と同じように生まれてこなかったのだろう。何故、世界は平等ではないのだろう。
学者は技術の行き過ぎた進歩はディストピアを生むと言った。それはまるでこの世界がディストピアでないと言っているようなものだ。血生臭い戦争は相変わらず世界のどこかで起きている。少なくともユートピアではないだろう。未来と今、何が違くてディストピアなのか? 俺には学者の言う事が分からなかった。
ある部屋に入ると、その部屋の隅にブラウン管テレビが山積みに捨てられてあった。
「あの時代にブラウン管テレビ?」
俺はそのブラウン管テレビを観察した。
「何でこんな沢山あるんだ?」
そう言ってテレビを触れた瞬間、バチッと静電気が走った。手を離したテレビの画面がいきなり明るくなり、白黒映像が突然流れ出した。
「え!?」
主電源を押したわけでもないし、そもそもコンセントすら刺さっていないからテレビがつくこと事態おかしい。
俺は自分の掌を見た。この手が触れた時、静電気が走りテレビがついた……まさか?
俺は他のブラウン管テレビも次々に触れていく。すると、どういうわけか、テレビの画面も次々と明るくなり、同じ白黒映像を流し出した。
「俺がやったのか?」
白黒映像はロケット打ち上げのニュースを報じていた。自分の知っているロケットより小さなロケットは皆に見守られながら地上から発射され空へ向かって煙をあげながら飛んだ。
画面はそれからカラーへ移り変わる。さっきのロケットより遥かに大きく、映像は宇宙服を着たパイロット達を映した。人を乗せたロケットは打ち上げられ、人々は大きな拍手と歓喜をあげた。
映像はより鮮明になり、宇宙船から送られた映像に切り替わった。そこで無重力を楽しむ姿や実験の様子が流れた。
映像はより細かいものとなり、巨大な宇宙船や起動エレベーター、宇宙旅行をする人々の姿が映し出された。その中にはトーラス型の宇宙居住施設もあった。
「こ、これは貴重な映像だぞ」
ゴミだと思って放置されたものがまさか歴史を知る重要な宝だったとは。これは皆驚く筈だ。
だが、映像は突然黒くなった。正確には黒煙だ。その中から赤い炎が見える。
何があった!? だが、映像はそこで終わった。
ジョンは急いでリモコンを探したが見当たらなかった。
「そういえばテレビにもボタンがあったよな」
思った通り、主電源の他にボタンがテレビについており、それで巻き戻しや再生を行って何度も何度もその映像を確かめた。
そして分かったのは映像は一つしかないということと、攻撃を受けたのか事故が原因なのかこの映像だけでは分からないということだった。
ジョンは他の部屋も見て回ることにした。建物にはエレベーターと非常階段がある。ジョンは階段を使い上の階へと上がる。その階も同様で開かない部屋とそうでない部屋があって、そして長い通路だ。
そして、その階のある部屋では来る前に読んだ資料の通り細長い宇宙船の設計図(全体図のみ)が壁一面に描かれてあった。直径160メートルの探査機で天体へカモフラージュが可能とされるが、未だその探査機の実物をお目にかかれたことはない。これは学者によってはまだ完成されていないと少数がそう語るが、ほとんどの学者は高レベルの技術ならば既に完成された探査機で、まだ見つからないのはもう残っていないか、宇宙のどこかにあり発見が出来ないのかと考えられた。もし、宇宙にあっても人は既に生きていないだろう。無人の探査機はカモフラージュされたまま宇宙を彷徨い続けているのかもしれない。
だが、ジョンはこれを資料で初めて見た時、カモフラージュ技術は戦争にも使えると思った。もし、あの時代に人間が戦争をしていたらいったいどれだけの人間が犠牲になり死んでいったか……そう思うとゾッとしたのを思い出す。今でも背筋に寒気がするけど。
ただ、その時代でもロボットはあれど人間が夢見る自律を獲得したロボットは資料のどこにも存在していない。あの時代でさえ、その技術は不可能だったということか。ロボットの頭脳で解決出来ない問題は複数存在する。例えば記号接地問題とか。一時期はロボットは人を越え脅威となると言われたが、果たせないと分かると、その時代の宗教観も変容した。その時代の宗教観は神は存在するが、宇宙を創造した神は人類に無関心であり、神の第一原因は否定され、また、神の救済も無い。故に平等もない。この考えは平等ない世界を何故完璧な筈の神が我々人類に与えたのか、その完璧に矛盾が生じ、それを解決する為に考えられたものだ。もし、不平等の世界が闇で、もう一つの世界が光で、我々人類が闇の世界の住人だったとして、何故完璧な神は闇を生み出したのか疑問が生じてしまう。人間は闇と光は表裏一体で切り離せないと考え、世界も同じだと考えても、それは神に対しても同じことが言えるのだろうか。それは完璧と呼べるのか。
神は曖昧だからこそ、人間の中で存在し続けられるのだろうと思う。
ジョンは部屋を出て更に上の階へと登っていく途中で規制線に阻まれてしまった。立ち入り禁止の看板と、その先に防犯カメラが設置されてあった。
ジョンは仕方なく引き返し出口へと向かった。
出口を出るとおっさんがラクダに餌をやりながら待っていた。
「どうだった?」
「途中から上の階へは行けないようになっているんですね」
「ああ、そうだ。上の階へ行くには申請が必要だ。つまり、そこからは有料というわけだな。上に行くにつれ値段が上がっていく。それでも一番上までは行けないがな」
「申請はどれくらいかかります?」
「さぁ? 役所に行ってくれ」
「分かりました」
「それで、例の腕も見に行くのか?」
「はい」
「よし、分かった」
それからジョン達は腕が発見された場所へとラクダに乗って向かった。
暫く進んでいくと、あちこちで発掘調査をしている作業員を見かけ、それを通り過ぎて更に進んだ先に大きな穴が見えてきて、その中心にその巨大な腕が立っていた。
「なんだアレ……」
「俺にも分からないが、あんなのを本当に人間が作ってしまったのかって思うよ」
「アレを動かしていたとすれば、それなりの動力、エネルギーが必要だ。どうやったんだろう……」
「俺は知りたくないね。知るべきじゃないだろ」
◇◆◇◆◇
その日はとても刺激的でとてもワクワクした一日だった。砂漠のせいで服の中には砂が入り、汗と混ざり気持ち悪い以外は大変満足出来た。
街に戻り店が軒を連ねる通り道を過ぎて、その手前には観光名所となる巨岩要塞があり、この街並みは岩や石造りの建築物が多い。泊まる宿泊施設も石造りの建物だった。その街の近くには川が流れており、それは海まで繋がっている。川の向こう側には古い石造りの兵舎があり、そこも観光名所となっている。
宿泊している部屋でジョンはシャワーを浴び服を着替えると、撮影した写真を一枚一枚確認していった。その中にある一枚の写真をジョンは食い入るように見た。その直後、窓の外では街の人達が突然歌いだした。ストリートライブでも始めたのだろう。かなり外は賑わっている。国によっては許可申請なくストリートライブをするのを条例で禁じているところもあるが、この国は夜中でなければ警察に止められることもない。若者だったら大抵は世の中の不満を訴えたラップ、移民なら平和の歌、年齢が高くなると古いカントリー・ミュージックとか様々だ。ラクダのおっさんならロックを口ずさんでいたし、飲食店に行けば鼻歌歌いながら料理をしたり、この街の日常は歌と密接だった。ただ、出された料理は激辛でこっちは口の中が別の意味でロックだが。
決して治安がいいとは言えないこの場所でも平和な時はある。ジョンはそれが永遠に続けばと思う。
◇◆◇◆◇
夜中、悲鳴が聞こえジョンはベッドから飛び上がった。すると、窓の外が夜なのに明るかった。
赤々と燃える地上はまるで地獄絵図の有様で馬に跨り逃げる人達や消火活動する人や燃える自分の家の前で泣き崩れる人がいる中で、空を見上げている人達が何人かいた。ジョンはその方へ振り向くと、そこには巨大な人影が煙の中から見えた。いや、あれは巨大なロボット…… 。女の甲高い悲鳴が耳に響き、ジョンはハッと我に返った。気づいたら自分はベッドの上で、あれは夢だった。手には一枚の写真があり、その写真はメガストラクチャーの中で見つけたブラウン管テレビの映像。その映像には煙と炎が映し出されている。自分はその原因を近くで発見した巨大ロボットの仕業だと思っている。だが、この国でそんな大規模な戦争があったという記録は無いし、その仮説を立証しようにもこの街や周辺が無事なことは不自然だ。あの映像がこの辺りとも限らない。では、メガストラクチャーとあのロボットの腕の関係は? メガストラクチャーが無惨な姿になっている理由は?
世界は謎に包まれている。宇宙だけじゃなく海の底すら人類は到達出来ず未解明のまま。その上、自分達のことや歴史すら知らないときた。全く謎の尽きない世界だ。だからこそ面白いと思わせてくれる。
朝、ジョンは早めに客室を出て役所に行き許可申請を受けに行こうとした。だが、下のロビーで何やらトラブルが起きていた。二人の怖そうな男達(どちらも全身にタトゥーが入っていた)が見覚えのある男を囲み、一人が彼の襟を掴んでいた。
「船長!? 生きていたんですね」
「君は確か船に乗っていた……いや、そんなことより君、私を助けてくれないか」
すると、怖そうな男がこちらを睨みつけてきた。
「なんだ、あんたがこいつの代わりに金を払ってくれるのか?」
「金?」
「そうだ。あの嵐で船が転覆して積み荷も一緒に沈んでこいつは今や借金を負っている。問題はその借金を返す手立てがこいつにはねぇってことだ。だろ?」
「だから、金は必ず返す。働いてな。今仕事を失ったばかりなんだ。仕事さえ見つかれば必ず返すって」
「幾ら借金してるのか分かってるのか?」
ジョンは「彼がもし返せなかったらどうなるの?」と訊いてみた。男は「そうだな……そうなったら」と言いながら船長のボタンを外していき、腹が裸が顕になるとその胸を指差した。
「こいつのここが無くなる。あと」
男はゆっくり人差し指を下におろしていく。
「中にあるもん。俺達はお前の中のもんを有効活用してやるよ」
「よ、よしてくれ……」
ジョンは更に彼に幾ら借金があるのか訊いた。男は指を3本立てて見せた。
「そんなに!?」
「だから、こいつはせっかく生き延びたところ悪いが俺達の為に死んでもらわなきゃならん」
「それじゃ死んだ方がマシじゃないか」
「馬鹿を言うな。お前が死んだらお前の家族に払ってもらうさ。お前には妹がいた筈だ。そいつを使ってたらい回しだ。そしたら妹が死ぬだろうな」
「そんな……家族は関係ないだろ! 家族は連帯保証人じゃない。契約書にもあるだろ」
「その連帯保証人も船ごと沈んだんだろうが!! 俺達は何がなんでも回収する。分かってただろ? それに、家族は関係大有りだ。家族っていうのは簡単に縁が切れるもんじゃねぇ。それが家族ってもんだろう。家族の一人が失態したら、それを背負うもんだろうが。可愛そうだよな、出来損ないの息子を持つ親の苦労が窺えるよ。だが、それが世間の当たり前だろうが」
「家族だけは……家族だけは手を出さないで下さい……金は必ず返しますから」
「だ・か・ら、今のお前には無理だろ」
「猶予をくれ。必ず金を集める」
「猶予? お前にそれをやったら逃げるだろうが」
「逃げない。家族に迷惑をかけるわけにはいかない」
「悪いがそこまで俺達お前を信用してやれないんだわ」
「なら、俺の代わりに彼にお願いするのはどうだ?」
船長はいきなりジョンを指差した。
「え? 俺が!?」
「構わないぜ」
「いや、ちょっと待ってよ。何で俺が」
「猶予は3日だ。それを過ぎたら素直に諦めろよ」
「3日だなんて俺には無理だぞ」
「3日……もう少し伸ばせないか?」
「3日が嫌なら」
「分かった。3日だ。君、なんとかその間に俺を助けてくれ。でなきゃ、俺はこいつらに殺される。頼んだぞ」
「3日でどうやって集めろって言うんだ! 他の奴に頼めよ」
「俺が頼めるのはお前しかいない」
「それじゃ3日な」
男二人組は船長を両サイドで抱えながら連行した。
「三日後、金を持ってここに来い」
そう言って男達は去って行った。
とんでもないトラブルに巻き込まれてしまった。しかも、あの様子じゃあの船長は他から借りる手立てがあったようには見えなかった。全て丸投げされた。
嵐のようで、ジョンは無警戒に巻き込まれた。立ち尽くすジョンに宿屋の店主が近づいた。
「連中に関わるな。あんな大金君では到底集められない。しかも、たった3日ではね。気を落とすこともない。誰のせいでもないんだ。あの男にだってそれが分からないわけじゃあるまい」
店主はそう言ってくれたが、それであの男が死んだらずっと忘れることなんて出来ない。そんな簡単なことじゃない。
ジョンは宿を出て暫く考えながら歩いた。考える時の散歩は良い。アイデアが湧いてくるからだ。
ふと、道沿いに錆びついた一台の車がとまっていた。段ボールで「直した者に100リア」と書かれてあった。そのそばで地べたに座り込む中年男性が朝から酒瓶を片手に通行人を観察していた。ジョンは昨日の出来事を思い出す。メガストラクチャーにあったブラウン管テレビをこの手が触れた瞬間に電源がついた。ゴミと思われたものがだ。だとしたら……自分の能力はもしかすると。
それを確かめる絶好の機会かもしれない。
「おじさん、報酬100リアって本当?」
「なんだ、お前に触らせるわけないだろ。ガキは失せろ」
「俺は単なるガキじゃないよ。学校に行っているし、メカには詳しいんだ。この国に来たのも色んなメカを見て回る為だ」
本当は歴史だけど…… 。
男は鼻で笑って「なら、やってみろ」と言った。
ジョンは車の前側に回りエンジンルームをあけた。近くにあった用具を見て男に「借りるよ」と言うと、男は本気にせず適当に「勝手にしろ」と答えた。ジョンは用具を持ち直している振りをしながらタイミングでエンジンに素手で触れた。すると、やはり静電気が走り、ビリッとした直後にエンジンがかかった。驚いた男は立ち上がり「本当に直しちまった」と暫く呆然としていた。
「それじゃ約束の金を」
「ま、待て。金は約束通り払う。その前に他にも動かない車があるんだ。それらも直せるか? 勿論、その分は支払う。一台こいつと同じ100リアだ」
「その車はどこに?」
◇◆◇◆◇
人は本当に幸せな時は自然と歌を歌いたくなるものだ。
約束の日、例の男二人組と船長がいた。船長の方は頬がやせ細っており、無精髭がそのままになっていて、髪もボサボサ頭になっていた。服は三日前と変わらない格好だ。
「金は用意出来たのか?」
ジョンはテーブルの上に約束の札束を置いた。それを見た二人組と船長、そして遠くから見守っていた店主までもが驚いた。
「約束だ。船長を解放しろ」
「ああ……いいだろう」
男達は約束の金を回収すると不思議そうにしながらも金の出処は聞かずに外へと去って行った。
船長は口髭を擦りながらジョンに訊いた。
「どうやった?」
「働いて稼いだ」
「たった三日でか? いや……いい。とにかくあんたのおかげで助かった。あんたの金はなんとかして返すよ」
「これからどうするんですか?」
「知り合いの船でとりあえず働かせてもらうようお願いするよ」
「実は船が欲しいんです」
「船?」
「自分は世界各地にある遺跡を回って何故文明が失われたのか、その理由を知りたいんです。その旅には船が必要なんです」
「中古の船でもそれなりになるが」
「壊れて動かない船でもいいんです」
「は? そりゃ、港に行けばあるが……」
「その船を譲ってもらうんです」
「動かない船をどうするんだ?」
「直します」
「直す!?」
「それで、その船の船長になってくれませんか?」
「俺が?」
船長は暫くポカンとした。ついていけていないようだ。
「船が動くなら働くさ。まぁ……船が直ると仮定してだ、あんたの言葉を信じるとして、航海士が必要だ。俺は航海士じゃないからな。まぁ、それも知り合いに頼って探せると思う」
「それじゃ、俺は船を直します」
「直しますって……無理だろ」
◇◆◇◆◇
船長が言っていた船とはどんな船かと思ってバラックがあちこちある近くの港まで行くと意外にもそれは巡視船のことだった。大抵この時代で動く船と言ったら機帆船になるからだ。ただ、船長が言うに全く動かないとのことだが、ジョンは宣言した通りエンジンを復活させてみせた。
「本当に直しやがった……どんなマジックを使った?」
「それじゃ、あとは航海士ですね」
「まぁ待て。急ぎじゃないなら他に色々なものが必要だ。航海士だけじゃなく他の乗組員もな。それと、俺の名はグレンだ。そして、この船はあんたのものだ。船長は君だ。俺は操舵手兼副船長でどうかな?」
「では、それでお願いします」
「船長、暫く猶予をくれ。その間に準備を進める。船長はどうする?」
「まだやり残していることがあるから、そっちを先に片付けるよ」
「分かった。 ……やり残したこと?」
やり残したことが丁度、役所から許可申請していたものが返答され許可がおりた。それがメガストラクチャーの上の階だった。
再びラクダのおっさんにお世話になり、早速そのメガストラクチャーの廃墟へと向かう。
「許可が出たみたいで良かったな」
おっさんはそう言って、前回同様メガストラクチャー前まで到着すると、出入り口のそばでラクダに餌をやりながら待った。ジョンはその間に中へ入る。
長い通路を進み階段を登っていく。許可証を首にぶら下げ規制線の中に入り階段を登っていくと、そのフロアから何人かの観光客がチラホラと通路を歩いていた。警備員もそのフロアからで、部屋には機械が沢山あり、その部屋には巨大な3Dプリンターがあった。資料によれば必要なものをここである程度のものは製造していたのではないかという説がある。他に量子コンピューターのある部屋や、かと思えば何もない部屋には壁一面に人の名前がびっしり書かれたものがある。ジョンはそれらをカメラにおさめ、一つ一つ撮影していった。更にこのフロアには制御室がある。沢山あるモニターに沢山あるスイッチのある部屋で、スイッチには全て番号が振られてあり、メーターも複数ある。だが、そのメーターとボタンの中に奥に沈んだものがある。資料によれば原因は不明とある。これもジョンは撮影していく。
もし、この機械も触れれば直るなら、こいつも動くかもしれない。ジョンはそっとその機械を触れてみたが、さっきの静電気みたいなのは起こらなかった。機械も動く気配がないことから能力に制限があるのかもしれない。例えば、パーツが足りないものはどうやっても直らないとか。このメガストラクチャー事態上がごっそり失っているから、それが理由かもしれない。
ジョンに出た許可証は残念ながらそこまでだった。
メガストラクチャーから出てくるとおっさんはジョンに気づき「どうだった?」と訊いた。
「更に謎が深まりました。ここにいた人達はどうしたのか。その記録がないんです。でも、記録がないことがヒントかもしれない……」
「それはどういう意味だ」
「まだ分かりません」
「そっか。まぁ、あんたみたいなのがいつかその謎を解き明かすんだろう」
「それが僕の夢です」
◇◆◇◆◇
ジョンは宿に戻り後日、船の方へ行ってみた。すると、船には既に積み荷を運ぶ作業が行われている最中だった。ジョンはグレンを見つけ声を掛ける。グレンは髭を剃っていて加え煙草をしていた。服は白いワイシャツ、頭はボサボサから散髪したのか短髪に切り揃えられている。
「船長、今積み荷を積ませてるところで、ほとんどが食料や必要な物資。あとは燃料になる。航海士と乗組員になりそうな奴を見つけたので勝手に採用したが、問題あるか?」
「いや、大丈夫です」
「それじゃいつでも出港可能だが、目的地はどこになるんだ?」
ジョンは鞄から世界地図を取り出し広げた。
「ここです。ニヒルです」
ジョンはそう言った。
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