あやかしという病

アズ

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07 あの世

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 どうやら俺は死んだらしい。白装束を着た連中と一緒に気づけば長い列に自分も加わっていたからだ。その長蛇の列にいる人達の顔色は暗い。天気も暗い。殺風景で建物ひとつなく、枯れた大地に枯れ木があって遠くに山がある。しかし、不思議なことに死んだ時の記憶がいっさい無い。自分は何で死んだんだろうか。突然の出来事に困惑しながら、俺はそばにいた金髪青年に声を掛けた。しかし、その人は外人で日本語ではなかった。俺はソーリーと言って違う人に声を掛けた。
「あの、すみません」
「はい、何でしょうか?」
「あなたは死んだんですか?」
「みたいです」
「何故死んだんですか?」
「それは多分まずい薬を飲んでしまったからかもしれません」
「自殺ですか?」
「いえ、そうではないんですが、私の母は認知症でその薬が病院で出たんですが医者が言うには認知症を止める薬というより脳を活性化させる薬らしいんです。あんまり認知症の薬について詳しくなかったもんですから、そうなら普通の人が飲んだら頭が冴えるんじゃないかって。それで大量に飲んでみたんです。私、小説家を目指してまして、でも中々応募しても受賞出来なくて。それで歳ばかり重ねて。だから自分には脳の活性化が必要だと思いまして。そしたらここにいました。まさか死ぬとは思いませんでしたよ。もしかするとヤバい薬も混じってたんですかね」
「後悔してます?」
「後悔? あなたはしてるんですか?」
「いえ、実は自分が何で死んだのか思い出せないんです」
「そうですか。私は後悔なんてありませんよ。どうせ私の小説なんか読まれずに終わるんです。作家は夢でしたが厳しい世界ですから。夢を追いかけて死ねたんです。特にやり残したことはありません」
「それは良い人生でしたね」
「良い人生になるんですかね?」
「違うんですか?」
「私は親孝行をろくにしませんでしたし、結婚もしませんでした。社会に貢献したわけでもありません」
「なら、あなたはこれから地獄に向かってるんですか?」
「あなたって言う人はそんなハッキリと言うんですね!」
 目を見開いて男はそう言った。頭は剥げており、もてそうな感じでもない。やせ細った肉体は健康的でない。
「それは失礼しました。しかし、本当に苦しまずに死ねて良かったですね」
「あ、それは本当に良かったと思います」
 あれ? なんかいつもの俺のテンションではない気がする。不思議な感覚だ。
「因みに、皆どこへ向かっているんですか?」
「さぁ?」
「分からないのに歩いてるんですか?」
「そういうあなただって」
「ああ、確かに」
 長い道を進んでいくと、分岐が現れた。想像するにここで天国と地獄と行き先が別れるんだろう。途中までは皆同じで、途中で大きな分れ目にでる。人を殺したことがあるか否かとか。閻魔大王がいて、そこでお前は「地獄に落ちろ」と宣告され、泣き叫べばその舌を引き抜かれる。しかし、その分岐に近づいて見えてきた案内板を見て驚愕する。案内板には二つある道どちらも『これより先地獄行き』とあった。
「ありゃああ私達どっちにしろ地獄行きですよ」
 剥げた男は俺に肩を回して笑っている。下品な笑いに腹がたった俺はそいつの剥げた頭をビシッと思いっきり叩いた。
「あ、すみません。つい……」
「いいんです。少し下品が過ぎました」
「しかし、何で同じ地獄が二つもあるんですか? 普通は天国と地獄でしょう」
「ああ、分かります分かります。でも、人間に天国行きはないんでしょう。散々環境破壊してきた大罪人ですから。仲良く皆で地獄に落ちようというわけです。ここにいる人達は皆同罪です。でも、そしたら地獄は満パンになるでしょ? だから二つもあるんですよ」
「なるほど。しかし、例えば人を殺したことがある人間と同じ地獄に落とされるのは納得出来ませんね」
「例えば罪を犯した人間は等しく刑務所に入れられますよね。そこには色んな犯罪者がいるでしょ? 全員殺人を犯した奴だけ集めた刑務所ではないわけです。そして、そこで刑務作業をするわけですよね。ただ、期間に違いはありますが。勿論、全てがそれで説明がつくわけではありませんよ。刑務所にも色々ありますから。しかし、ほとんどの人は関係ありませんからそんなことは。裁判所で有罪判決が出た先は世間はそこまで感心を持ちません。最近は出所したことを報道することがありますが、ほとんどは大きな犯罪でない限り事件は風化し、社会は回り続けるわけです」
「仰る通りだと思います」
「実際、分岐に閻魔大王はいないようですし、流れのままに勝手に左右にわかれてますよね。私達もそのようにしましょう」
「しかし、何故自分が地獄に落とされるのかせめて裁判所の判決理由のように説明が欲しいですけどね」
「ああ、そんなの意味あります? どうせ地獄に落ちるって分かっているのに?」
「意味はあると思いますが?」
 男は首を傾げた。
「損得を求めるのではなく意味を求めるものだと思いますけどね」
 こうして知らない男と議論している時間もまた不思議に感じながら、男と俺は同じ左の道へと進んだ。
「道に逸れたらどうなると思います?」と俺は聞いた。
「他に道はありませんよ?」
「道はありませんが、道に沿って歩く理由もないでしょ? もしかすると、地獄を避けることが出来るかもしれない。しかし、このまま進めば確実に地獄に俺達は向かっていくでしょう」
「皆はそうしてませんよ」
「なんなら道連れを募集しますか」
「そうしよう」
 俺はそばにいた黒髪の人に声を掛けた。すると韓国語で返された。俺はソーリーと言って他の人に声を掛けた。その人は日本語が喋れた。
「あの、俺達これから道をそれて」
「話しならさっき聞こえてました」
 そう俺の説明を遮ったのは若い黒髪の長い女性だった。
「なんだかワクワクしますね」
「まずは慎重に行動しましょう。何があるか分かりませんから周囲を」
 しかし、女は俺の話しを聞かずに一人勝手に道にそれて走り出した。すると、見えない何かに長い髪が掴まれ空中へと引っ張られる。女の足は地面から離れ、道へ引き戻される。その時、女の髪はブチブチ鳴らしながら抜けて落ち武者みたいな頭をして戻ってきた。
「お前達のせいだからな!」
 泣きながら剥げた頭を撫でながら自分の頭を確認する女。
「人の話しを最後まで聞こうとしないから」
「うるさい!」
 しかし、分かったことがある。俺達は道から離れられない。そしたら、あの女のような運命を辿る。すると、今度は文句を言いながら女は道を引き返した。皆とは逆方向に進む。なるほど、確かに道は道だ。しかし、女はまた何かに捕まり空から縄が飛んでくると、その女の背中を鞭のように振るった。女は悲鳴を上げた。女の白装束が破け背中は血だらけになって再び俺達のいる場所に戻ってきた。
「考えたこと全てやってくれたな」
 しかし、こうなると抵抗しない方がよさそうだ。地獄がどんな場所かは知らないが、運命という奴は避けられず受け入れるしかなさそうだ。
 前に進み、その先に古びた門が現れた。門には地獄と書かれており、前を歩く人達は次々とその門を潜っていく。その先にいったい何があるというのか。
 いよいよ門が近づき、俺達は遂にその門を潜ってしまった。
 門を潜った先に待っていたのは巨大な宇宙船だった。鉄の船。門を潜った人間達にスピーカーからアナウンスが流れる。
「ようこそ、地獄へ! 君達は社会貢献をしてこなかった罪人です。まず、臓器提供意思表示カードを持たず、臓器提供の選択の自由を訴え何も協力せず死んでいった人達からは全員臓器を摘出します。かわりに機械を埋め込み代用します。次は環境破壊してきた罪人には今から巨大なオーブンの中に入っていただき燃えてもらいます。次に誹謗中傷をしてきた罪人は舌を引き抜き声帯を摘出します。次に」とアナウンスは次から次へと地獄の案内を続ける。なるほど、俺達は罪人か。どの罪を犯したかで受ける罪が変わる。それはとてもフェアであり納得がいく。俺は臓器提供意思表示カードを持っていたので罪はスルーされた。だが、次の巨大なオーブンは避けられないだろう。すると、前の方で男が騒いでいた。
「おかしい! 俺達は環境の為にむしろ活動してきた! なのに、何故こいつらと一緒に焼かれなきゃならないんだ!」
 環境活動家らしい男が騒いでいるが、実際環境破壊は止まっていないので、そいつも同罪だった。焼かれた。
 俺はてっきりヒエロニムス・ボスの描いた狂気の地獄を想像していたのに全く違っていた。
 遠くの地獄では園児に虐待していた罪人が園児の格好をさせられ人格否定された上で窓のない金庫に閉じ込め、金庫の上には600年のタイマーが動く。その間は泣き叫ぼうが永遠に放置され、精神崩壊した大人の罪人が金庫から車椅子に乗せられ出てきた。そして、目を覚まさせる為に熱湯ならずマグマの海に放り投げ罰する。
 地獄には死という概念が存在しない。死後の世界故に罪人は罰を受けながら汚れた魂を削り落としている。しかし、深く傷ついた魂は修復できず、大量の罰を受けた魂は弱まり、遂には輪廻転生の前に消滅する。地獄の風景を見渡して仕組みが理解したところでいよいよ次は自分が巨大なオーブンの中へインされる番となった。因みに例の男は機械が入れられ改造された人間になっていた。心臓の鼓動は歯車の音でドクドクではなくカチカチである。
「もう消えて無くなりたい。俺は存在する価値なんてなかったんだ。だから、ここで浄化され綺麗さっぱり跡かたも無くなり去っていくんだ」
 弱音を吐く男。因みに落ち武者女は一つの罰でもう魂は消滅したようだ。
「いいのか、あんたはそれで? 輪廻転生を受けなくても」
「あそこまで辿り着けた奴がいると思うか? それに、いたとしても次もまた人間とは限らないんだぞ。どうする? ガチョウに生まれかわってフォアグラの為に生き地獄を味わう人生だったら。俺は耐えられないよ」
 すっかり魂が弱っている。これでは次のオーブンでは溶けて消滅してしまうだろう。俺も他人事ではない。そもそも何で俺は死んだんだ? 他の奴は死ぬ直前の記憶を持っている。そもそも俺は本当に死んだのか? そう思うとこれは現実なのか疑ってくる。だとしたら何だというのか? 俺が知っていることはただ一つ。
 俺は分厚い灰色の雲に覆われた天に向かって小鬼の名を呼んだ。
 すると、分厚い雲の隙間から神々しい光が差し込んできて、そこから巨大な赤い手が地上へと伸びてきた。
 やはり、そうだったのか。



 気がつくと俺は夜の公園にいた。そこに小鬼と、例の道化師のあやかしがいた。
「何で!? どうして道化師のあやかしがいる?」
「全く、あと少しワシの名を呼ぶのが遅れていたらお前の意思は完全消失してたぞ。お前という奴はいつもこうギリギリを生きておるのか?」
「おい、俺は聞いてるんだ。お前の言う通りあのあやかしは去ったのに何でまた現れたんだ」
「そりゃ、お前がワシと契約していることをそのあやかしは知ったからだ。契約したお前を取り込み、お前という意思を消失させ契約した体だけを取り込む。契約事態はお前が死なない限り維持出来るからな。要はあいつの目的はワシだ」
「クソっ、それじゃあの地獄はなんだったんだ?」
「お前の罪を見せあたかもそれが正当な罰であると見せることでお前に気づかれないようにしたんだろう」
「地獄になんか余分なのがあったぞ」
「所詮人間が想像するものなんてあやかしが共有してるわけないだろ。地獄も人間の創作物さ」
「なら、地獄はないのか?」
「お喋りはその辺にした方がいいぞ」
 小鬼の言う通り、道化師のあやかしは諦めてはいなかった。ナイフを出しケラケラと笑っている。
「あれを倒してくれ」
「言われなくても」
 小鬼は大男サイズになると、道化師に襲いかかった。道化師はケラケラ笑いながらナイフを投げつけたが、青鬼の肉体を傷つけることは出来ず、当たったナイフは跳ね返り地面へと落下した。道化師のあやかしは笑うのをやめ、飛び跳ねた。
「はぁ?」
 そいつはまるで体重を感じさせないぐらいの身軽なジャンプに簡単に大男サイズの青鬼の頭上遥かを通過し、俺目掛けて飛んできた。
 道化師は俺の目の前に着地すると、不敵な笑みを見せた。その直後、そいつの後頭部にさっき道化師が投げたナイフが突き刺さった。それは青鬼の仕業だった。地面に落ちたナイフを広い投げたのだ。
「道化師は道化師らしく芸をして笑わせろ!」
 道化師の体は突然沢山のトランプになって地面へと落ちた。トランプの絵柄は全てジョーカーになっていた。
「あやかしはどうなった!?」
「消えた」
「取り逃がしたのか?」
「あのな、あやかしは殺せん。それこそ契約で縛りでもしない限りな。しかし、いくら契約とはいえ他のあやかしの真の名は言えん。それがルールだ。とはいえ、もうあのあやかしはお前を襲わんだろう。奇襲を仕掛けて失敗したんだからな」
「本当か?」
「第一、あやかしと契約した時点で他のあやかしに目をつけられることぐらい想定しておけ。用心ぐらいするだろ」
「何故それを言わない」
「ワシはお前の先生ではないわ!」
 俺は舌打ちした。確かにそうだが、クソっ……油断したのは俺のミスだ。
「ああああ!! もう! 分かった。気をつけるさ。だが、真の名を知るのはあやかしにとっては大事なことなんだろ?」
「そうだ。簡単ではないのは当然だろ。しかし、過去に一度だけそれをした奴がいる」
「なに?」
「ワシにとっては初めての主人であり、全てのあやかしと契約し百鬼夜行を実行した人間がいる」
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