エレベーター

アズ

文字の大きさ
上 下
21 / 25
私と私

01

しおりを挟む
 怒涛どとうのような一年を終え、新年はせめて今はより楽になって欲しいと願うのは、28の看護師だ。彼女が働く職場はまるで戦場で、常に戦いだった。それだけに疲労困憊で辞めていく人も続出した。正直、割に合わない給料にもっと貰ってもいい筈なのに、家に帰ってテレビをつけると政治家の逮捕の速報が流れ、ため息を思わず漏らす。
 看護師を夢見てみ勉強も頑張ってここまできたし、看護師以外の道は全く考えていないが、今の職場が自分に合っているかは正直自信はない。かと言って病院を変えたところで待遇が変わるだろうか? どこも大変だということは頭では分かっていた。分かっていたが、時々嫌になる自分がいた。もう少し、せめて待遇なり環境なりが変わってくれればと思うが、それは叶わぬ望みになるんだろう。
 ようやくの休み、その間友人達はというと仕事中だ。土日休みの友人と違い土日関係ない職業だと中々スケジュールも合わせにくい。職場に休みをとりたいなんて自分からは中々言い出せにくい。友人はその間にも遊びに出掛けていた。正直、戦場から一時帰宅が許された兵士が望むのは睡眠であって出掛けて遊ぶことではなかった。これをあと何十年と続けなきゃいけないのかと思うと気が重くなる。一方世間は人生百年時代だとかぬかす。ふざけんな。その前に疲労でくたばってるわ。そんな怒りをぶつける場所もなく、私は午前中を睡眠で潰れた。
 せっかくの休みを睡眠で潰れるのはなんだか勿体ない気がしなくもないけど、午前中にどこかに出ようと体がまず思わなかった。昼近くになってようやく体が起き上がり、着替えたり顔を洗ったり化粧をしたりし始める。昼食は買ってあったパンとインスタントスープを食べて済ませる。午後は買い物に行く必要があり、出掛けなきゃいけない。それ以外に要というものもない。
 中古の白い車に乗り込みエンジンをかけ近くのスーパーへ向かった。その道中、錆びれたビルが一つあって、ほとんどは空きで唯一入っているのが塩谷探偵事務所だった。裏の顔は心霊探偵。塩谷を知る人は口々に彼を裏の呼び名で呼んだ。その当人は自称しているわけでもなければ、その名で呼ぶなと言う。事実なのに、心霊探偵なんて呼び名じゃむしろ客が遠退くと怒るのだ。確かに、心霊探偵を自称してきたら一年前の私なら信用しなかったと思う。



◇◆◇◆◇



 あれは一年前のこと。
 私は自分に出会った。自分そっくりとかでなく、鏡に映るように自分を見たのだ。外で出掛けているところで。その前からも友人が自分を見かけたと言う話しを何度か聞いて、その度に私じゃないよと否定してきたが、これは間違いなく自分である。小柄という背格好、丸い感じの輪郭、自分で言うのも恥ずかしい童顔……あ、私だ。双子じゃない私は自分を見て戸惑った。これってもしかするとドッペルゲンガー?
 ドッペルゲンガーなんて迷信だと思っていたし、もしそうだとしたら私は死んじゃうの!?


 もし、自分のドッペルゲンガーを見た者は死ぬ。


 オカルトに興味の無い私でも知っていることだ。と言うか唯一だ。
 すると、そっくりな私は私を見て「もしかしてあなたは……」と指差しながら「ドッペルゲンガー?」と訊いてきた。
「いや、あなたが私のドッペルゲンガー……」
 こうして、私達は出会ったのだ。



◇◆◇◆◇



 私達はそれから近くの喫茶店で話し合うことになった。ドッペルゲンガーと話しをするというのも変な感じだが、いや滅茶苦茶変であるが、ドッペルゲンガーの方から話し合おうと言い出したのだ。それで、喫茶店に入ったはいいが店員も客も私達を見て目が点になっていたが、私だって同じ気分だ。それから暫く沈黙が続き、ようやく口を開いたのはドッペルゲンガーの方だった。
 開口一番に聞かれたのは「あなた本物?」だった。
「本物って……」
 私そっくりで記憶も共有されていて、そんな私があなた本物かと聞かれたら私はどう説明すればいいのか分からなかった。感情的に否定しようにも、戸惑っている自分そっくりを見ると、こっちまで混乱する。まさか、自分はドッペルゲンガーじゃないよね? と一周して考えが過るが、いや、私は本物だと答えに落ち着く。
「私は本物よ」
「でも、私も本物よ」
「いや、あなたはドッペルゲンガーよ」
「いや、あなたがドッペルゲンガーよ」
「……」
「……」
「えー」
「えー」
 私と、私そっくりは同時に頭を抱えた。ややこしいことになった。てか、なんでこんな事になるんだ??
 それから私とそっくりは手をどけ顔を上げて、お互いの顔を見つめる。
 どうするの、これ…… 。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

カジュアルセックスチェンジ

フロイライン
恋愛
一流企業に勤める吉岡智は、ふとした事からニューハーフとして生きることとなり、順風満帆だった人生が大幅に狂い出す。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

処理中です...