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エレベーター
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衰弱していく父の容態が回復することは結局のところ一度も起きなかった。あれ以来、父は言葉も発せなくなり、そのまま見送られながら息を引き取った。
男は喪服に着替え、火葬場へと母と一緒に向かう。
結局、父の衰弱の原因は分からないままだった。ただ、男にだけ心当たりがあり、それは医学ではどうにも出来ない事だった。医者が分からないというのも無理がない話しだ。
父と母で最後に父の顔を見た時、父は白く痩せていて、しかし、綺麗な顔をしていた。閉ざされたその瞳は何を見ているのか。あの地獄から解放されていることを男は祈った。そして父は火葬へと送られた。
火葬中、すすり泣きが幾つか聞こえてきた。隣にいた母も泣いていた。ふと、その中に何かが混じった声が聞こえた。
男はハッとした。火葬中……そこから声のようなものが。まるで、苦しそうな…… 。その時、男はそれが自分にしか聞こえていないことに気づいた。そして、その声はアレと似ていた。あの声はそういう声だったんだ。
その時になってようやく男は奥底に仕舞い込んでいた記憶がようやく開けられ、それは鮮明になった。
かつて、男がほんとうに母が言うように小さな頃、父と一緒に夜の帳が下りた時間に外に出掛けに行き、母は一緒には行かず玄関で二人を見送ったあの日。父と一緒に串かつの店に行ったのだ。ビル群が建ち並ぶ駅近くの街、交通量も多い通り沿いにある一つのビルの中3階にその店があり、父は串かつの二度漬けが禁止だというのをまず最初に教えながら二人で食べていた。その時、父はジョッキを一つ飲んでいた。店には仕事終わりのサラリーマンが多く、平日だというのに店はそれなりに混雑しており繁盛していた。そんな時に誰かが「火事だ!」と叫んだんだ。あの時は確か上の階が火事になっていた。皆は店の人に案内されながら下へと避難していて、自分は父と一緒にエレベーターへ向かった。小さな子供がいる場合はエレベーターへと案内され、それ以外の大人達は階段を使って避難した。エレベーターはそこまで大きいものではなく、沢山の人が入れるわけではなかった。父と自分の番になった頃にはほとんどの人が避難し終わっていて、自分は大丈夫なのかそわそわしていた。父はこれに乗れば大丈夫だと言ったので、自分はその父の言葉を信じ少し安心したのだった。父が言うならそうなんだろう。父も冷静だったから火事もそこまでではないんだろうとどこか思っていたかもしれない。ようやくエレベーターが自分達の前にやってきて扉が開き中に入った時、エレベーターに向かう車椅子に乗る子が見えた。ビルには確か3階には串かつの店の他にもう一つ入っていた気がした。多分、そこにいたんだろう。しかし、父はそれに気づいていながらその子を待つ前に閉めるボタンを押したのだった。エレベーターはその子を乗せないまま扉が閉まった。閉まる直前「待って」と女の声がした気がしたが、エレベーターは動き出していた。父はその時、何も言わなかった。あの時の自分は恐らく次のエレベーターであの子は助かるだろうと思っていたんだろう。だから、あの火事以降あの車椅子の子を特に気にすることもないまま記憶は彼方へと追いやられた。でも、もしかすると忘れる為に追いやったのかもしれない。父がしたように親の子である自分もそうしたのかもしれない。
何故、エレベーターで車椅子なのか、これで合致する。どうして今に至るまで自分は忘れていたのか。
父は助けてやれば良かったのだ。待ってやれば間に合えた。それに、それを自分は父に注意出来なかった。自分は健康な足があった。階段で逃げることも出来たのだ。それを二人はしなかった。そして、あの子を見捨てたまま下に降りたのだ。
後悔しても遅い。父は気づいたんだ。そして、あの子に地獄へ落とされた。それは当然の報いかもしれない。父は罪を犯し、そして裁かれた。となると、まだ終わりじゃない。自分がまだ残っていた。
男は喪服に着替え、火葬場へと母と一緒に向かう。
結局、父の衰弱の原因は分からないままだった。ただ、男にだけ心当たりがあり、それは医学ではどうにも出来ない事だった。医者が分からないというのも無理がない話しだ。
父と母で最後に父の顔を見た時、父は白く痩せていて、しかし、綺麗な顔をしていた。閉ざされたその瞳は何を見ているのか。あの地獄から解放されていることを男は祈った。そして父は火葬へと送られた。
火葬中、すすり泣きが幾つか聞こえてきた。隣にいた母も泣いていた。ふと、その中に何かが混じった声が聞こえた。
男はハッとした。火葬中……そこから声のようなものが。まるで、苦しそうな…… 。その時、男はそれが自分にしか聞こえていないことに気づいた。そして、その声はアレと似ていた。あの声はそういう声だったんだ。
その時になってようやく男は奥底に仕舞い込んでいた記憶がようやく開けられ、それは鮮明になった。
かつて、男がほんとうに母が言うように小さな頃、父と一緒に夜の帳が下りた時間に外に出掛けに行き、母は一緒には行かず玄関で二人を見送ったあの日。父と一緒に串かつの店に行ったのだ。ビル群が建ち並ぶ駅近くの街、交通量も多い通り沿いにある一つのビルの中3階にその店があり、父は串かつの二度漬けが禁止だというのをまず最初に教えながら二人で食べていた。その時、父はジョッキを一つ飲んでいた。店には仕事終わりのサラリーマンが多く、平日だというのに店はそれなりに混雑しており繁盛していた。そんな時に誰かが「火事だ!」と叫んだんだ。あの時は確か上の階が火事になっていた。皆は店の人に案内されながら下へと避難していて、自分は父と一緒にエレベーターへ向かった。小さな子供がいる場合はエレベーターへと案内され、それ以外の大人達は階段を使って避難した。エレベーターはそこまで大きいものではなく、沢山の人が入れるわけではなかった。父と自分の番になった頃にはほとんどの人が避難し終わっていて、自分は大丈夫なのかそわそわしていた。父はこれに乗れば大丈夫だと言ったので、自分はその父の言葉を信じ少し安心したのだった。父が言うならそうなんだろう。父も冷静だったから火事もそこまでではないんだろうとどこか思っていたかもしれない。ようやくエレベーターが自分達の前にやってきて扉が開き中に入った時、エレベーターに向かう車椅子に乗る子が見えた。ビルには確か3階には串かつの店の他にもう一つ入っていた気がした。多分、そこにいたんだろう。しかし、父はそれに気づいていながらその子を待つ前に閉めるボタンを押したのだった。エレベーターはその子を乗せないまま扉が閉まった。閉まる直前「待って」と女の声がした気がしたが、エレベーターは動き出していた。父はその時、何も言わなかった。あの時の自分は恐らく次のエレベーターであの子は助かるだろうと思っていたんだろう。だから、あの火事以降あの車椅子の子を特に気にすることもないまま記憶は彼方へと追いやられた。でも、もしかすると忘れる為に追いやったのかもしれない。父がしたように親の子である自分もそうしたのかもしれない。
何故、エレベーターで車椅子なのか、これで合致する。どうして今に至るまで自分は忘れていたのか。
父は助けてやれば良かったのだ。待ってやれば間に合えた。それに、それを自分は父に注意出来なかった。自分は健康な足があった。階段で逃げることも出来たのだ。それを二人はしなかった。そして、あの子を見捨てたまま下に降りたのだ。
後悔しても遅い。父は気づいたんだ。そして、あの子に地獄へ落とされた。それは当然の報いかもしれない。父は罪を犯し、そして裁かれた。となると、まだ終わりじゃない。自分がまだ残っていた。
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