魔法の剣とエド

アズ

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第一章 魔法の剣

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 太陽の光から山の下から急に伸びていく影がエドのいる場所を通り越していき、まるで闇が迫ってきたかのような動きに、エドは空を見上げた。すると、それが雲の仕業だと分かる。
 自分を後ろへと押し転がせようとする風に対しては重心を低くし、なんとか耐えるしかない。
 正直、登山に関して言えば自分はプロではない。勿論、この旅を乗り越える為に幾つかの山で経験はしてきた。最初は誰でも比較的安全に登山できる初心者向けの山からスタートした。だが、それは道が綺麗で人の手が加えられてある。次に標高の高い山にチャレンジをし、高山病などの経験をしておくということもした。下山中に頭痛をしたが、そこまで酷いものではなかった。最後は雪の降る山への登山だった。最後にチャレンジした山がその中でも大変だった記憶がある。吹雪が酷くなれば視界は悪いし、その場所から動けなくなってしまい恐怖に感じたこともあったからだ。
 自分はプロを雇うお金もなかったから、登山については独学で得るしかなかった。だから、今回の登山についても練習してきたとは言え不安はかなりある。特に、今までの山と大きく違うのは、魔力のある土地には不思議な生き物が住み着いており、イエティのような化け物の存在の噂や、魔力に影響されたその自然が旅人に対してどのような刃で向けてくるかという謎の恐怖もついてくる。これは、例えプロの登山家であれ命がけの旅になることは間違いない。
 それでも命をかけてこの旅を決めたのは単に父の背中を見てきただけではない。
 父はこの旅に断念したが、それでも生きて戻ってきただけでも凄いことだった。撤退するという判断を間違えなかったことは誰しもができた話しではないからだ。ただ、戻ってきた父は無事戻ってこれたことに安堵した表情を見せた一方で悔やみきれない顔もしていた。それが、死ぬまで続いた。
 父に聞いたことがある。また、チャレンジできたらするのかと。父は即答した。髭を生やした口が短く「ああ」と。父は鍛錬をやめなかった。元々筋肉質であった父の体には旅に出る前にはなかった無数の傷がその肉体に一生残っていた。大量の汗を流しても、父は己を鍛えることをやめなかった。また、チャレンジしてやる。そして、今度こそ勝つと。
 自分には「勝つ」という意味が最初分からなかった。試練に勝つということなのか、それとも強敵の獣に対してなのか、それとも自然に対してなのか。
 だが、父は死ぬ前に教えてくれた。



 勝つとは、己に勝つことだ。



 人間がどんなに鍛えたところで、自分より大きな生物には勝てないし、どれだけトレーニングしたところで、足の速い動物に勝つことはできない。ましてや、人間が自然相手に勝つなんてものは、やる前から人間は勝負に負けている。人間よりずっと前から存在する自然が、それに比べちっぽけな脳味噌でちょっと賢くなったぐらいで勝てないものは勝てない。むしろ、勝とうとするな。やり過ごせ。それが自然を相手にする際にできる人間がとれる唯一の手段だ。
 父が負けたのは自分自身だった。それを悔やんでいた。撤退の判断は間違ってはいなかった。ただ、撤退しなければならない状況にあったのは、己が未熟だったからだ。そこに敗北したのだ。
 父は二度目のチャレンジを果たす前に死んだ。
 己に勝てたところで世間の評価が上がるわけではない。だが、己に勝つことは男として生まれた使命感のようなものだ。それが自分自身の自信に繋がる。
 旅にチャレンジしなかったからといって逃げたことにはならない。ただ、己を知るには危機的状況に自分自身を追いやり乗り越えることだ。山はある意味自分自身に対する壁であり、それを越えた先に見えてくるものがある。それがなにかは越えてみないと分からない。ただ、その旅路が険しい程に見えてくる景色が広いというのは僕の想像だ。
 僕はその景色を見たいのだろうし、旅の中で何かを得たいという、自分自身の成長を欲してもいる。魔法の剣というより肝心なのは己であろう。試練はその己に勝てたものだけに与えられる、この状況をつくりだした錬金術師がそう言っている気がしてならない。
 この旅に備え自分は特訓をしていた。父の見様見真似ではあるが、父のように体を鍛え、汗を流してきた。
 ……まだ、いける。
 自分自身に問いかけ、そう判断した自分は足を引き返すことをせず、前進させた。
 山の天候の変化は地上にいた時のそれとは違う。天候が悪化する前に出来るだけ先へ進みたい。
 そう思うと、足にも多少元気が出てきた。
 その時だった。どこからか遠吠えがした。
 直後、それまでとは違った緊張が走った。
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