異世界で『殺し屋』

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第二章

02 支配

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 スケルトン署長は頭を悩ませていた。それはミケルセンが本部の二人の家族を部下に襲わせたからだ。大抵はそれで引っ込む。だが、ミケルセンは完全に見誤った。その二人はむしろ燃えてしまい、逆にミケルセンを逮捕するまで戻らないと言い出した。脅迫にも屈しない若者は勇敢なのか愚かなのか。ただ、生意気な若者と違うのは二人は知恵を持っているということだ。
 既に二人は動き出し新たな作戦を練り始めている。ミケルセン曰くサヤカは能力者に何度も奇襲を受けては返り討ちにしている。だが、二人はそもそも最初から上手くいくことを想定していない。情報だ。サヤカがどう対抗するか、様々な能力で攻めたり、複数人、単体、場所、そこから得た戦闘情報から作戦を導かせる為だ。そして、私はあの二人に信用されていない。作戦は私には知らされずに実行される。彼らの行いに何か問題があっても責任は私にはない。だが、本部は私に別の責任を取らせるつもりだ。早速二人はリストを作成し、一人一人リストの上から順に呼び出している。誰が何を喋るにせよ、ミケルセンにはいずれ知れ渡る。ラッパ吹きはミケルセンの報復を恐れる筈だ。だが、それは彼らも想定すること。密室に呼び出されたあの空間、あの時間に何が行われているのか。
 署長室にノックが入る。
「入れ」
「失礼します」
 入ってきたのは刑事課の警部補。角ばった顔つきの男で信用できる人物だ。彼ならあの二人の行動を気づかれることなく調べ上げられる筈だ。
「つまり、私にスパイをしろと? お言葉ですが、本部の人をスパイして万が一にも知れたら」
「だからお前に頼んでるんだ。警察のノウハウを身内に使うことに抵抗があるのも、リスクがあるのも分かるが、連中はまるで分かっていない。話を聞くつもりもない。それでどうなる? 最後に待っているのは沢山の血が流れることだ。連中はそれを分かっていない。責任なら私がとる。何か聞かれたら私の名前を出せ」
「本当に宜しいのですか?」
「ああ。やってくれるな?」
「……分かりました」
「それで、どうする?」
「まずは盗聴を仕掛けます」
「何か分かったら知らせろ」
「分かりました」



◇◆◇◆◇



 私はミケルセンに呼び出され、読んでいた朝刊をテーブルに置き、彼の元へ向かった。朝刊の一面は新しい大統領の写真と就任式の挨拶が一部抜粋されてあった。
「今日、新たな歴史の誕生の日となりました。今日に至るまで、この国は様々な試練を神より与えられ、我々はそれに挑み続けました。我々が願うのは勝利。経済の勝利、福祉の勝利、労働者の勝利、それらは我々の幸福に繋がります。苦境が長引いたことは否定しません。しかし、長い暗闇には必ずどこかに光があるものです。私は大統領となり、まずこの国を勝利に導く為に大胆に勇敢に全身全霊をもって立ち向かいます。全てはこの国の為に」
 ペック大統領の新たな政権下で下院の選挙が控える中で出発したペックにとっては課題の山積にどう立ち向かうかが世間が最も注目するところ。そんなペックの人柄は不正を嫌い、誠実であること。それ故に汚職警官には特に厳しい目が向けられることとなる。
 証拠改ざんや違法捜査はもっての他。
 大統領が変わるだけでこの国はこうも変わるのかというのがまさに、新たな風と表現される所以であろう。
 だからこそ、気になるのはミケルセンがペックを勝たせたことだ。無条件に? いや、何かあるだろう。そう思うのが普通だ。それとも私が疑り深いだけか? あのミケルセンが大統領選挙で単にノーブルに敗北を与えたのはノーブルが裏切ったからだとあの時は思ったが、あのミケルセンがそれを予期出来なかったのかふと疑問に思い出すと、全ての現状に裏がありそうで何が真実なのか分からなくなった。ミケルセンが私に全てを説明しているわけではないことは当たり前に分かる。なら、あの男の本心はどこにあるのか。




「教授、遅かれ早かれ国家が能力者を取り込むことは分かっていた。それが警察組織だけだとは思わない。あらゆる犯罪者、テロリストに能力者を実践投入することは分かっていた。だがな、たった一つの首輪で人は支配に繋がれたりはしないものだ。能力者によっては爆弾を解除するかもしれないし、誰かが爆弾を解除し自由を与えるかもしれない。これが、首輪に繋がれた犬と人の違いだ」
「人は人を支配出来ないということか?」
「異世界人だろうと宇宙人だろうと同じことだ。人はモノじゃない。俺は恐怖を与え支配するが、いつも上手くいくわけじゃない。考え方で上手くどう状況をコントロールするかを見極める」
「その為にペックが大統領になったことは重要なことなのか?」
「先生、まだその話は早い。だが、ヒントを与えよう。この国は大統領制だがあくまでも民主主義だ。王様をつくらない為に議会があり、大統領の権限には制限がある。何でも出来るわけじゃない」
「そうか。ペック支持政党と繋がりがあるということか……」
「大統領でも政治家の不正まではどうにも出来んよ」
「どうしてその話しを私に?」
「俺の部下が本部から来た警部を見張らせている。そいつらはこの街を出て行った。だが、どういうわけかその二人は本部に戻ったわけでもなければ二人の痕跡がまるっきりない」
「その部下は尾行に気づかれ撒かれたのだろう」
「そうだ。では、二人はどこへ行ったのか」
「まだ、この街のどこかにいる」
「私も同じ考えだ。つまりだ、連中は家族を脅しに使っても屈することなく自分の正義を貫こうとしているわけだ。そういう相手は厄介だ。野放しにしておけばこちらが火傷を負うことになる」
「二人を見つけ出し殺すのか?」
「スケルトン署長は使えない。連中は署長がスパイだと気づき自ら姿を消したんだ。直感、行動力、素早い判断、相手は想定よりやるようだ」
「それで私達はどう動けばいい?」
 ミケルセンは直ぐには答えず、お茶を口にする。私もお茶を飲んだ。まろやかな香りとやわからな苦味のあるお茶だ。サヤカはそこに甘いシロップをいつも入れる。彼女は甘党だ。だが、今サヤカはおらず、談話室には私とミケルセンのみだ。ドアの外では二人の警護が見張っている。
「サヤカは殺した人間の過去を夢で体験するんだったよな。その中には本部から来た二人や作戦についても含まれる筈だ。まずは情報が欲しい。その中に打開策となるヒントがある筈だ」
「サヤカに伝えます。しかし、彼女は言葉までは理解出来ません。見たものを語るしか出来ませんが」
「先生にはサヤカに言葉を教えるようお願いもしたが、その後の状況はどうだ?」
「まだ、簡単な会話程度です。彼女次第ですが、後半年から一年は見てみないと」
「まずまずだな。先生は実際色んな国の言葉を話せるんだろ? どれぐらいかかる?」
「この世界の言語なら日常会話程度だとして3ヶ月から半年です」
「流石だな。私でも3カ国語が精々だ」
「世界三大言語ですか?」
「そうだ。分かるのか」
「海外ビジネスをしていることを考慮した推測です。そのどれかが話せればだいたいどこでも通用が可能です」
「成る程な。だが、一番は相手の母国語で話すことだ。その方が距離を縮められる」
 コナーズは頷いた。
「私もその経験があります」
「それじゃ先生、サヤカの件は任せた」
「分かりました」



◇◆◇◆◇



 その頃、とある地下室。殺風景な部屋に囚人服の男女5名が立って次の命令を待っていた。その男女の首元には銀色の爆弾首輪が取り付けられてある。全員10代か20代の若者で、能力を持った異世界人だった。その左右の壁際には銃を持った兵士が立って囚人を警戒していた。他にスーツ姿の金髪の男と、白衣を着たスキンヘッドの中年男性の二人がいた。金髪の長身の男は白衣の男に「それで成功したのか?」と訊いた。彼が訊いたのは洗脳のことだ。
「ああ、彼らは君の命令に素直に従う筈だ。なんならここで彼らに今着ている服を脱げと言ったらその通りにするだろう」
 勿論、それは単なる例えのつもりで言ったのだったが、金髪の男は「そうか」と言って囚人の方へ振り向くと本当に「聞いたな。全員その場で今着ているもの全て脱げ」と命令しだした。
 囚人は躊躇もなく着ている囚人を本当に脱ぎ始めた。特に男がいる中20代女性二人は気にせずズボンを脱ぎ始め、次に上の服、下着、最後にパンツを足から抜き取って直立不動の姿勢をとった。金髪の男はその様子をマジマジと見ていた。白衣の男は咳払いをしたが、金髪の男は気にしなかった。
 全員が脱ぎ終わると白衣の男は金髪の男に言った。
「ウインチェスター警部、よく聞いて下さい。彼らにとってこの世界は、言葉も、夢も、自由もない絶望だ。そんな彼らの首にまるで犬のように首輪をし、支配しようだなんて、私は酷いものに加担してしまったと後悔している。それでも、私の中には愛国心がある。あなたが国家の為に必要だと言ったから、ここまでした。これは人のすべきことではない」
「しかし、あなたはやって見せた。あなたの愛国心がそうさせた」
 白衣の男は両目を見開いた。
「ああ、警部。その通りだ。だが、時に正義を大義にしてその拳を強く振り過ぎてしまうことがある。人間の過ちだ」
「先生、そんな悲観しないで欲しい。彼らはどのみち死刑囚だ。その刑を終身刑に減刑する司法取引を彼らが望んだんだ」
「選択をさせたというが、実際彼らにそれ以外の選択肢はなかった。これは立派な強要であり、選択とは言えない」
「あなたは異世界人や宇宙人にまで人権があると思いますか?」
「この国の法にはない。国際的にも」
「先生、あれは人のかたちをした悪魔だ。でなきゃ、あの能力をなんと説明する? 科学でもない力だぞ。世界はあれを恐れている。実際、その悪魔のせいで国が滅んだ。次は我々かもしれない。これは必要な正義だ。先生、我々は何も間違いを犯してはいない。大統領も認めているんだ。分かるな?」
 白衣の男は黙って小さく頷いた。
「ありがとう。先生、私は家族を傷つけられた。連中にだ。次は殺されるかもしれない。だが、私は国家を優先した。私も先生も愛国心においては本物だ。忘れないでくれ」
 そう言って警部は先生の肩をポンポンと叩いた。
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