理想と現実と果実

アズ

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第1章 アルカディア

06 恐怖のプレゼント

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 岡田は、松居が趣味でやっていた畑に来ては、そこで育てている野菜達の様子を見た。
「あいつ、そういえばトマトジュースばっか飲んでたな。あんな不味いの、よく毎日飲めたよ」
 岡田は目の前にある真っ赤に育ったトマトを見ながらそう呟いた。
 その空は快晴だった。



◇◆◇◆◇



 数ヶ月前。
 真っ赤なお鼻のトナカイと、サンタの格好をしたロボットが商店街や街中の歩道を歩いていた。
 この時代になっても、クリスマスという文化はなくなることはなかった。
 日本人にとってはあまり宗教意識はなく、お祭り感覚になっているが、昔のクリスマスとは感覚が違った。
 昔なら、サンタさんがプレゼントを用意し、子供はそれに喜んだものだが、今では欲しい物はいつでもロボットが作り、届けてくれる。つまり、クリスマスのプレゼントの特別な感覚はもはや今の子供にはない。
 簡単に物が手に入る時代の為に物の大切さをあまり今の子供達は感じないのではなかろうか。
 街ではクリスマスの飾りはされているが、それは人間達の文化を尊重しAIアースが続けているに今は過ぎない。
 ほとんどの子供達はクリスマスの飾りに興味も示さず、家の中でゲームをしている。
 大人は昔からある、デートや告白にクリスマスに合わせる若い男女はいるが、孤独な若者は今の子供と変わらない。
 食べ物も、いつでも豪華な食事をとることが出来る。料理が趣味でない限りは、全てロボットが料理をして提供してくれる。それも超一流の料理人のデータを持つAIアースなら、家庭でその味をいつでも味わうことができる。
 その結果、肥満の割合は昔と比べ増加した。特に発展途上国だった国々はそれが顕著にあらわれていた。
 健康意識を持ってもらう為、アースは広告を出したり、個人のスマホに健康状態とそれに対する改善策を提示するも、無視されてしまわれることもあった。そうなると、運動不足と過剰な栄養摂取により、生活習慣病患者が増加した。
 AIアースはそれを問題視し、政府に対して直ぐに対応策を国として行うことを提案したが、それは検討に検討を重ねた結果、保留となり、それはずっと続いている。
 健康よりも今のだらしない生活を手放したくないと考える有権者がいたからだ。周りも迷惑する話しでもなく、そこは自己責任にすべきではないのかといった世論の意見が圧倒的だったのだ。



 世間がそうであるのに対して、一方石塚達は違った。
 トレーニングを欠かさず、食事も栄誉バランスを考えて皆やっていた。
 そもそも、アースに食事も栄誉バランスモードで任せていれば、そこまで肥満になることはないのだ。怠慢になるかならないかの差だ。
 一様、薬は出されるが、やはり食事と運動のバランスは重要であり、薬にもできることには限界があった。



 石塚は汗をたらしながら懸垂をしていると、早速電子腕時計が反応した。


 ピコン。


 懸垂をやめ画面を見ると、出動要請が出ていた。
「は?」
 今のは石塚が言ったのではない。尾崎なおの声だ。
 皆も似たような反応だった。
 出動要請と同時に事前情報まで送られてくる。出動に向かう最中、その情報を頭の中に入れておく。ここにいる隊員全員がしていることだ。
 ここに慣れ始めた橘楓もまた同様である。


《死んだ筈の元カノが自分の家に来たと男性から通報あり》


「ゾンビってこと?」と橘は冗談のつもりで言った。
「ゾンビとかふざけた通報じゃないの?」
 尾崎は疑心暗鬼にそう言った。
 無理もない。ゾンビとなれば。だが、そこは石塚、冷静だった。
「冗談だったら俺達に連絡がいく前にアースが判断して処理するだろう」
「まぁ、そうだけどさ……ゾンビだぜ?」
 結局、そうは言いつつも出動準備にとりかかる尾崎。
 全員が揃い車が出動した。
 現場は15分程度の距離でマンション5階だ。
 マンションの前に車をとめ、全員はエレベーターに乗り込みその通報があった階数へ向かう。
 エレベーターがその階に到着すると、エレベーターから部屋までは一本の通路があり、その通路には白いワンピース姿の女性がドアの前で立っていた。足元を見ると、その女性は靴を履いてはいなかった。その時点で異変に気づく。
 本来ならばここで駆けつけた警察は声を掛けて名前を訊くだろう。そして、ついでに身分証の提示を求めることになる。
 だが、今はそんなことをしなくても全てAIのアースが教えてくれる。
 電子腕時計の画面を操作して彼女の名前を調べた。
 個人情報が出るのは一瞬だ。
 名前は大石萌。24歳没。
「ん?」
 経歴が表示され、最後には自殺による死亡とある。
 だが、その死亡とある女性は今目の前に立っていた。
 青白いわけでもなければ、ゾンビのように今にも襲ってきそうな獣のような顔を此方に向けているわけでもなかった。
 それじゃ、アースの間違いなのか? しかし、アースの正確性は俺でも知っている。だからこそ、この状況が理解出来なかった。
「お前はいったい誰だ?」
「大石萌ですけど……」
「ますます分からないな……君は此方が持っている情報によれば既に亡くなっていることになっている」
「はい。私は自殺をしました」
「おや? それは認めるのか」
「確かに私は死にました。でも、白衣の天使が私を生き返らせたんです」
「ちょっと待ってくれ。少し整理したい」
 もし、死亡確認のミスなら、彼女の言う通り自殺をしたが実際は死んでいなくて、こうして元カレの所に戻ってきたということになるのか? だが、死亡確認は人間がやるのではなくアースが行う。そんなミスをするだろうか?
 すると、尾崎が石塚の肩を叩いた。
「どうした?」
「あの人の家族を調べたら、萌は双子の姉だった。双子なら、アースが誤認したって可能性はない?」
 彼女が持っているタブレットには家族の情報が出ていた。
 そのタブレットには確かに双子の姉妹がいたのが分かる。そして、妹の方の写真を見ると確かに二人はよく似ていた。
「いや、あり得ないだろう。人間が目視で確認するのとは違う」
「まぁ、そうだよね……」
 彼女も分かってはいた。だが、そうでもしないとこの状況に説明がつかない。
「君はその……白衣の天使に生き返らせてもらったというけど」
「本当です。眠りから覚めるように自然に起きたら目の前にそれはいたんです。で、私に言ったんです。あなたは自ら死にました。それを覚えていますかって。それは女性のような声でした。目はまだ視界がボヤけていて顔の部分が光で見えなかったんですけど、白衣を着ていたので。私はその天使に言われて気づいたんです。私は確かに好きだった彼氏にふられて自殺をしたことを。そのことを思い出すと天使は私に言うんです、あなたを私は生き返らせました。あなたはそれを望んでいました」
「つまり、その天使はあなたを蘇らせたんですね」
「多分、そうです。でなければ私は死んだままです。それで、もう一度彼の所に来たんです」
「どうして? 君は彼氏のせいで自殺をしたんでしょ?」
「せっかく生き返ったんですよ。彼にまた会えるなら会いたい。それに、彼は悪くありません。私が勝手に死んだだけですから」
「それで今に至るって言いたいんだな?」
「そうです」
 石塚はアースに問いかけた。
「アース、質問だ。死んだ人間が生き返ることはあるのか?」
《ありません》
「では、私が目の前にいる女性はいったい誰だ?」
《大石萌です》
「その大石萌は死んでいなかったのか?」
《はい、死亡確認がとれています》
「なら、俺の目の前にいる大石萌はゾンビかなにかか。どうして生きている」
《質問の意図が分かりませんでした。もう一度、質問をして下さい》
 石塚は舌打ちした。
「もういい」
《お役に立てず申し訳ありません》
「全くだ」
 石塚は女性の方を見た。
「君が大石萌さんだとして、君が言う通り生き返ったと仮定しよう」
「本当です」
 そこはムキになる感じの言い方だった。石塚は気にせずに話しを進める。
「いや、今は本当かどうかをここで揉めようとは思わない。とにかく、仮定だ。その仮定でいけば、本当に蘇った君を見た彼氏が君を怖がるのは当然だ。彼氏の方は君をふったわけだし、それに傷ついた君は自殺をした。それが生き返ってまた自分のとこに来たら、呪い殺されに来たのかと普通なら考えてしまうだろう」
 そう言われて大石はうつむいた。
「分かったなら、そこにいつまでもいないで我々と一緒に来てもらおうか。君からは色々と話しが聞きたい」
 そう石塚が言うと、女性は突然彼氏の家の玄関を蹴った。靴を履いていない彼女の足ではかなり痛かった筈だろうが、彼女は痛がる様子はなかった。
「私は彼と話しがしたいだけなの!!」
 突然、態度を急変させ怒鳴りだし、隊員達の背筋が真っ直ぐになる。
 まだ、取り押さえなければならない状況ではないが、このまま女性が暴れだしても困る。石塚は慎重に言葉を選ぶ。
「大石さん、あなたの気持ちは分かった。此方も問題を起こしたいわけではない。どうだろうか、お互いまずは冷静にならないか」
 尾崎は内心、それ逆効果と呟いた。
「私のことは放っておいてよ! 私はあんたらとは喋りたいとは思っていないんだから!」
 そう言った後に今度は女性は元カレの玄関の扉を叩き始めた。
「出てこいよ! なんで出てこないの! 弱虫! それでも男かぁ!」
「大石さん、あなたはまだ犯罪を犯したわけじゃない。一旦落ち着きましょう」
 すると、女は石塚を睨んできた。
「あんたらに言われたくないわ。数字持ちが。知ってんだよ、こっちは」
 それには尾崎もカチンときて舌打ちしたが、それ以上には反応しなかった。他の隊員は冷静だった。
「ああ、知っている。だから、あんたにもなってもらいたくないんだ」
「別にぶっ殺すとかしないし。私はあいつと話しがしたいだけさ。なんで、私をふったのか」
 その時、橘はハッとした。そして、大石に近づくとその人の腕を掴んだ。
「おい!」
 橘の急な行動に石塚は驚いてそう声をかけた。
「なによ……」
「あなたは大石萌じゃないわね」
「な、なに言ってるの!? さっき、あの男が確認したじゃない。アースは私を萌だって言ってたでしょ」
「そう、アースはそう言った。アースの言っていることは正しいし、間違ったことは言っていない」
「なら、その手を離してくれる」
「間違っていたのは私達。それと、元カレの方」
「!?」
「今、顔に出ていたわよ」
「な、なんのことかしら……」
「いいのよ、もう無理しなくて」
「だから、あなたさっきからなに言ってるのよ。言いがかりだわ」
「芝居はもう必要ないって言ってるの」
 聞いていた石塚は橘に「どういうことだ?」と言った。
「アースを騙すことは無理だと考えたあなたはむしろ元カレを騙すことだけを考え大胆な方法を思いついた。名前を変えたんでしょ? 今では名前の変更は昔よりずっと手続きが楽になっているから、あなたはそれを利用して萌という名前に変えた」
「そうか!」と石塚もようやく理解した。
「アースはあなたを萌と認識する。でも、家族構成では出生届の名前が表示されたから、妹は萌の名前ではないままになっていた」
「だが、そうなるとなんでこんな悪戯を考えたんだ」と石塚は橘の推理に質問した。
「悪戯じゃなくて、これは復讐だったわけでしょ」そう答えたのは尾崎だった。
 橘は頷く。
「妹は姉が自殺した原因が元カレだと知る。でも、殺す勇気はなかった。もし、あればその前にアースが感知する。あなたのストレスはこの計画を思いついた瞬間から、アースがカウンセリングをすすめる基準に該当しなくなっていた。あなたは自分でストレス解消法を見つけたから。元カレの住所を姉が残した所有物からおそらく特定したあなたは姉が生き返ったように彼の前に現れることで、その男にトラウマを与えようとした。それが、あなたが見つけた復讐だった」
 大石は大きなため息をついた。
 石塚は「あの白衣の天使は嘘だったのか?」と聞いた。
「どうせ、咄嗟に思いついた設定でしょ? 白衣の天使は看護師を連想させる。看護師からあなたは次に女性という設定イメージを作った。だから、女性のような声だったんでしょ?」
「凄いわね……そこまで見破られるなんて」
「お姉さんのことが好きだったのね」
「うん……」
「あなたが演じようとしたお姉さんは優しいお姉さんでしょ? でも、あなたはお姉さんのようにはならなかった」
「私はダメね……つい、感情が出ちゃうから。どうして双子なのに、こんなに違うんだろ」
「双子イコール同じという意味でないのと一緒でしょ」
「ハハ……そうよね」
「本当は知ってるんでしょ、お姉さんがふられた理由を」
「うん。自殺する前に私に連絡が来たの。他に好きな相手が出来たって言われたって泣いてた」
「身勝手な男ね」
 橘は手を離して彼女を抱いた。まるで、彼女の涙を隠すように。



◇◆◇◆◇



 ピンポーン。
 インターホンが鳴り、黒いシャツに香水の強い香りがする男が出てきた。
「古谷さんですね」と石塚は訪ねた。
「あの……もう終わりましたか? あの女はどうなりましたか」
「ええ、もう解決しました」
「良かった……ありがとうございます」
「ああ、それともう一つ」
「?」
「女遊びもいい加減にしろ」
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